ママは私だけの校医さん



   《23 二度目の保健室》


「お手伝いします、先生」
 終業を知らせるチャイムが鳴り、生徒たちの縫い上げた布おむつを詰め込んだ紙袋を持って担任が教室から出て行こうとしているところへ美沙が足早に駆けつけた。
「え? でも……」
 美沙からの思いがけない申し出に、担任が戸惑いの表情を浮かべる。
「こんなにたくさん荷物を運ぶのは大変でしょう? 先生にはいつも部活でもお世話になっているし、こんな時くらいお手伝いさせてください」
 殊勝な顔つきで美沙は言った。
 受け持ち教科が家庭科ということもあって、担任は家庭科クラブの顧問をつとめている。その家庭科クラブに所属している美沙が手伝いを申し出ても不思議ではない。しかし、美沙の口調からは、それだけでは説明できない何か別の意味が含まれていそうに聞こえてならない。
「それじゃ、半分は私が運びますね」
 美沙は半ば強引に幾つかの紙袋を奪い取り、担任の返事も待たずにさっさと歩き出した。
「ち、ちょっと、杉下さん……」
 担任も慌てて歩き出し、美沙に並んだ。
 と、美沙が振り向き、意味ありげな笑みを浮かべて担任に問いかけた。
「そういえば、この紙袋、どこへ運べばいいかまだ聞いていませんでした。資料室の奥の収納庫でいいんでしょうか? 家庭科実習室ですか? それとも……」
 前半こそはっきりした声で訊ねる美沙だったが、『それとも……』の後は、級友たちに聞こえないよう声をひそめ、担任の耳元に囁きかける。
 美沙の囁き声が告げる行き先を耳にした途端、担任は、はっとして息を飲んだ。

 しばらく後、保健室のドアの前に二人の姿があった。
 インターフォンを通して解錠を依頼し、ドアが開くと同時に入室したのは担任だったが、それに続いて美沙が保健室に入ってくるのを目にしても、美幸は全く驚く様子をみせなかった。
「やっぱり美沙も来たのね」
 まるで美沙が担任と一緒に保健室へやって来るのを予想していたかのように美幸は短く言った。しかも、担任の目の前だというのに、『杉下さん』ではなく、家にいる時と同じように『美沙』と呼びさえして。
「え? 『美沙』って……」
 思わず担任が聞き返す。
 だが、美幸は澄ましたものだ。平然とした態度で
「いいのよ、美沙で」
と言ってのけ、美沙のことを名前で呼んだだけではなく
「私と美沙の関係がどうなっているか、瀬尾さんに説明してあげる。もちろん、美沙には、私と瀬尾さんとの間柄を教えてあげるわね」
と、担任に対しても『瀬尾先生』ではなく馴れ馴れしい口調で『瀬尾さん』と呼びかけ、二人に椅子を勧めてから、事情を説明し始めた――。
 美幸が啓明の卒業生だというのは前述した通りだが、実は、真衣や美沙の担任である瀬尾と、保健室の前任者である斉藤も啓明の卒業生だ。年齢的には瀬尾と斉藤が同級生で、美幸よりも五つ下なのだが、二人とも、美幸が真衣の母親に対して抱いたのと同様の感情を美幸に対して抱いていた。そもそも、二人が美幸と初めて出会ったのは、美幸が真衣の母親の姿を初めて目にしたのと同じ、幼稚舎から初等部に上がった時の入学式でのことだった。真衣の母親に憧れ、それがきっかけになって早くから児童会の役員になっていた美幸が、二人が初等部に上がる時には六年生になって、かつての真衣の母親と同様、児童会の会長に就任して入学式で新入生を迎える挨拶をしたのだが、その時の美幸の凛々しい姿に憧れて、今度は瀬尾と斉藤が美幸を追いかける巡り合わせになったのだった。ただ、結局は疎遠になってしまった真衣の母親と美幸との関係とは異なって、美幸は二人の想いに応え、機会あるごとに二人と親しく接し続けていたため、その間柄が途切れることはなかった。
 啓明女学院は、その校風を次の世代に確実に伝える目的で、卒業生を積極的に教職員として採用する方針を昔から堅持している。そのため、啓明女子大学に進んで養護教諭の資格を取った斉藤や、同じく家政科の教育免許を取得した瀬尾も母校の教諭として迎え入れられ、指定校医として時おり啓明を訪れている美幸とは更に親交を深める機会に恵まれたのだが、美幸の持って生まれた威厳に満ちた雰囲気にも影響され、美幸に対して限りない憧憬を抱いていた二人は、いつしか、良く言えば美幸に対して極めて従順に、悪く言えば言いなりに近い存在になってゆき、今でもその関係は変わることなく継続しているのだという。
 ――そういった経緯を注意深く言葉を選びながら美幸は美沙に説明し、その後、担任に向かって、美幸と真衣に加えて美沙の三人が今や擬似的な家族関係にあることを、やはり自分に都合のいいように巧みに言葉を選んで説明したのだった。

「それでわかったわ。初等部から高等部まで、ずっと、真衣ちゃんのお母さんのことを慕ってことあるごとに近づいて来る後輩がいたって私の母さんが時々話してくれていたんだけど、それって、ママのことだったのね」
 これまでの経緯を聞き終えた美沙が、くすっと笑って言った。
 美沙が美幸のことを『ママ』と呼ぶのを耳にした担任も、美幸と真衣と美沙との間柄を聞かされた今となっては、それに対して疑念を抱くこともない。
「そう、私のことよ。今から思えば、迷惑になるくらいしつこくつきまとっていたわね、私ったら」
 美幸は苦笑交じりに頷いたが、二人が運んできた幾つもの紙袋に目をやると、満足そうな笑みを浮かべて言った。
「これね、私が瀬尾さんにお願いしておいたのは。生徒さんたち、疑わずに縫ってくれた?」
「はい。初めて手にするおむつ反に最初はびっくりしていましたけど、育児実習に使うからって説明したらすんなり納得してくれました。さすが、啓明の生徒たちはみんな素直ないい子ばかりです」
 担任は少し緊張した面持ちで応えた。
 そこへ、屈託のない声で美沙が横合いから割って入る。
「うん、先生は育児実習用のおむつだって説明してくれたよ。でも、本当は、これって真衣ちゃんのおむつなんでしょ? そうだよね、ママ?」
 躊躇うふうもなくそう断言する美沙に向かって、美幸は口角を吊り上げるような笑みを浮かべて応じた。
「美沙にかかっちゃ、みんなお見通しみたいね。すぐにわかった?」
「うん。だって、体育の授業中、順番を待っている間に保健室の方にちらちら目をやってたら、瀬尾先生が入ってくるのが見えたんだもん。あ、ううん、遠かったからはっきり見えたわけじゃないけど、背格好とか着ている物とか、そういうのから考えて瀬尾先生以外にはいないなって。――そうですよね? 二時間目の途中に保健室にいらしたの、先生ですよね?」
 最後の方は担任の顔をしげしげと眺めながら、美沙はきっぱりと言った。
「ええ、私です。一時間目と二時間目が空きだったから、三時間目の授業に必要な物を用意しておこうと思って資料室に行きかけた途中で杉下さんと佐藤さんに会って……」
 軽く頷いて応じた担任だったが、途中から言葉を濁してしまう。
「いいわよ、この子の前で気を遣わなくても。佐藤さん――真衣ちゃんのことは、この子にずっと面倒をみてもらっているんだから」
 遠慮がちに言葉を飲み込んだ担任に向かって美幸が取りなすように言い、美沙の顔をちらと見た。
 すると、相変わらず屈託のない声で美沙が担任に、同意を求めるようにして言った。
「私たちが階段の踊り場にいるところに出くわした先生は、私が床に置いた手提げ袋の中を見ちゃったんですよね? 手提げ袋に入っていたオーバーパンツやトレーニングパンツや、それに、おむつを」
「その通りです。それに、杉下さんのかげになってよくは見えなかったけど、ちらと見えた佐藤さんの膝のあたりを小さな雫が伝い落ちるのを」
 美幸の取りなしに、もう担任は逡巡することなく美沙の言葉を引き継いだ。
「それで先生は保健室へいらしたんですね。真衣ちゃんの本当の『病状』を確かめるために。それに、先生らしき人影がが保健室へいらした後、ママが真衣ちゃんの毛布を捲り上げたり、収納棚の前でごそごそしてからベッドの枕元で何かしている様子も見えました。そういったことから判断すると、ママから何もかもお聞きになったんですよね、先生は」
 担任の言葉が終わるのを待ち、体育の授業中に校庭から見た光景を思い出しながら目を細めて美沙が言った。
「そういうこと。美沙の想像通りよ。今朝の職員会議で、真衣ちゃんの具合について、私は先生方にごく簡単な説明しかしなかったの。もともと真衣ちゃんのトイレが近いことは殆どの先生方がご存じだったから、欠席している間に膀胱に変調をきたして、それまでよりもまた排尿の頻度が高くなっているから、授業中でも積極的にトイレへ行かせてあげるよう注意してくださいって伝えただけなのよ。ああ、それと、体育の先生に、腹圧の関係で、余計な力が体に入ると失禁しやすくなっているから、膀胱が本来の機能を取り戻すまで体育の授業は見学で済ませてくれるようお願いしたくらいかな」
 美沙の言葉に対して美幸が職員会議の様子を手短に説明し、その後を担任が続けた。
「そうですね。たしかに、鈴木先生が職員会議でなさったのは、そういった簡単な説明だけでした。ただ、職員会議の間中、意味ありげに私の方をちらちらご覧になっていらしたから、ここでは話せない何かがありそうだなとは思っていました。そうしてしばらくしたら、踊り場での出来事でしょう? 最初は杉下さんの説明に納得しましたけど、手提げ袋の中に入っている物や、佐藤さんの膝の雫を見た途端、ぴんとくるものがありました。それで、次の授業の準備もそこそこに済ませて、二時間目の途中、意を決して保健室を訪れたという次第です」
 そこまで言って担任は美幸の顔を見た。
 美幸は、二時間目の授業が終わるまで真衣が横たわっていたベッドの方に目をやって担任の言葉を引き取った。
「そこで、私は洗いざらい説明したのよ。ねんねしている真衣ちゃんの体にかけておいた毛布を捲り上げて、お尻をくるんでいるおむつカバーを見せてあげたついでに、収納棚の引出に入れておいたおしゃぶりを真衣ちゃんに咥えさせてあげて、それで、実は真衣ちゃんが赤ちゃんになりたがっているってことを説明したの。真衣ちゃんの本当の『病状』は、おしっこが近いだけじゃなくて、いつどこでおもらしをしちゃうかわからないからおむつが必要な体になってしまっていることを。そして、それどころか、無意識のうちに赤ちゃん返りしてしまっているってことを」
「それで、ママったら、仲のいい瀬尾先生にお願いすることにしたのね?」
 美沙がくすっと笑って、二人で運んできた紙袋を指差した。
「瀬尾先生は育児実習用の準備だって説明したけど、本当はそうじゃないのよね? 妹のお下がりのおむつだけじゃ足りないかもしれないから、真衣ちゃんのおむつをクラスのみんなで縫ってもらえるよう、ママが瀬尾先生にお願いしたのよね?」
「そこまでわかっているんだったら話が早いわ。じゃ、クラスのみんなが真衣ちゃんのために縫ってくれた布おむつ、収納棚の引出に入れておいて。せっかくみんなが愛情を込めて縫ってくれたおむつなんだから、丁寧にね」
 美幸は自分の席から立ち上がり、家から持ってきた小物類をしまってあるのと同じ収納棚の上から二番目の引出を開けて美沙に指図した。
 言われた美沙は椅子から立ち上がると、紙袋を両手に提げて収納棚に歩み寄り、ふと引出の中を覗き込んだが、その途端、瞳を輝かせて声を弾ませた。
「あ、おむつカバーが増えてる。どうしたの、これ?」
「例の業者さんが追加分を学校へ配達してくれたのよ。真衣ちゃんを寝かしつけた後、瀬尾さんがここへ来るまでのちょっとした間だったわね。その時におむつ反も持ってきてもらっていたの。美沙に手伝ってもらって自分たちで縫い上げるつもりで配達をお願いしたんだけど、ちょうど業者さんと入れ違いに瀬尾さんがやって来たものだから、クラスのみんなに縫ってもらうことを思いついたのよ。お友達の愛情たっぷりのおむつの方が真衣ちゃんも喜んでくれるに決まっているからね。それにしても、無理なお願いを聞いてくれる人が身近にいるといろいろ助かるわ。斉藤さんには、産休に入る前に備品を整理して収納棚を一つ真衣ちゃん専用に使わせてもらえるようにしてもらったり、洗濯機を置く場所を器具庫の中に用意してもらったり。今度会ったらお礼を言っとかなきゃね」
 本当のことを知った時、真衣はどんな顔をするだろう。頬を真っ赤に染めて羞恥に身悶えする真衣の様子を胸の中に思い浮かべながら、美幸は説明を続けた。




 四時間目の授業が始まってすぐ、うっという真衣の呻き声が美沙の耳に届いた。素早く教室中を見渡し、長い数式と複雑なグラフを書き連ねている最中の教師も、板書を自分のノートに書き写すのに精一杯な級友たちも当分はこちらの様子を気に留めることもなさそうだと判断した美沙は、隣の席に座っている真衣の様子を無遠慮に眺めまわした。
 弱々しく肩で息をつきながら背中を丸めているのは一時間目と同じだが、その時とは違って、今は、右手の掌を下腹部に押し当て、時おり微かながら苦痛の表情を浮かべることもあった。そして、そのたびに、痛々しい呻き声が真衣の口から漏れ聞こえる。
「だいぶ苦しそうだけど、どうしたの?」
 しばらく様子を眺めてから、美沙は自分の席から身を乗り出し、真衣に向かってひそひそ声で尋ねた。
「どうしたのって……知ってるくせに。知ってるくせにそんなこと訊くなんて、お姉ちゃんの意地悪」
 真衣は、再び呻き声をあげそうになるのをぐっと堪え、恨めしそうな声で応じた。
「何が意地悪よ。お姉ちゃん、真衣ちゃんに意地悪なんて、これっぽっちもしてないわよ」
 美沙は、真衣が何を言いたいのかわかっていながら、わざときょとんとした顔で聞き返した。
「だって……だって、四時間目が始まる前の休憩時間、お姉ちゃんたら瀬尾先生と一緒に教室を出て行っちゃって、真衣をトイレへ連れて行ってくれなかったじゃない」
 まわりの級友たちに聞こえないよう注意を払いながらも、真衣は今にも泣き出しそうな声で言った。
「あらあら、何を言ってるのかしら、真衣ちゃんたら。真衣ちゃん、本当は高校生なんでしょ? だったら、誰かに連れて行ってもらわなくても、トイレくらい自分で行ける筈じゃない? 保育園や幼稚園の年少さんじゃあるまいし」
 美沙は突き放すような調子で応じた。
「……意地悪、お姉ちゃんの意地悪。真衣が一人でトイレへ行ってもどうしようもないことを知っててそんなこと言うんだから……」
 真衣は唇を『へ』の字に曲げた。
 二時間目と三時間との間の休憩時間なら、まだ真衣も自分の意志でおしっこを出すことができただろう。しかし、その休憩時間は保健室から教室へ戻るのが精一杯でトイレへ行くことがかなわず、三時間目の家庭科の授業が始まって、まわりの生徒たちが育児実習用の(と真衣自身と級友たちは思い込んでいるが、実は真衣のお尻をくるむことになる)布おむつをせっせと縫っている間中、もう限界が迫ろうとしている尿意に耐え続け、ついには、自分の意志では排尿できない段階に達してしまっていた。それでも、美沙に一緒にトイレへ行ってくれるよう頼み込み、二人で入った個室で美沙の乳首を口にふくませてもらえれば下腹部に痛みさえ覚える尿意から解放されるんだと何度も自分自身に言い聞かせ、ようやく授業時間を乗り切ることができた。なのに、恥辱に耐えつつ真衣がトイレへの同行を依頼する寸前、美沙は担任のもとに駈け寄り、何事か囁き交わすと、そのまま紙袋を分け持って教室から出て行ってしまったのだ。教室を出て行く美沙の姿を無言で見送る真衣の胸の中は、言葉では表現できないほどの寂寥感と絶望感に満たされていた。教室にぽつんと残された真衣は、見知らぬ土地で母親とはぐれ、途方もない不安と寂しさに胸を痛める、まだ自分ではトイレへ行くこともできない幼い子供さながらの顔をしていた。
 その後、美沙が教室に戻ってのきたのは、四時間目の始業を知らせるチャイムが鳴るのとほぼ同時だった。そのため、真衣は結局、トイレへ行くことがかなわないまま次の授業を受ける羽目になったのだった。
「うふふ、そうだったわね。見た目は高校生でも、一人じゃおしっこもできない赤ちゃんなのよね、真衣ちゃんは。ママかお姉ちゃんがトイレへ連れて行っておっぱいをあげないとおしっこもできないおむつの赤ちゃん」
 美沙は含み笑いを漏らしながらすっと右手を伸ばし、伸ばした右手をスカートの中に忍び込ませておむつカバーの表面を指先でそっとなぞった。それに対して、真衣は両脚の腿をきゅっと擦り合わせ、両目を閉じて力なく首を振るばかりだ。
「でも、本当は、一人でトイレへ行ってもなんとかなった筈よ。ほら、これのこと、忘れちゃってたのかな?」
 美沙は、真衣の頬がほんのりピンクに染まる様子を満足そうに眺めながら、右手をスカートの中から抜き、真衣が着ているセーラー服の胸ポケットをぽんと叩いた。
 はっとした顔で真衣が美沙の顔をみつめる。
 そこには、美幸が家から持ってきたおしゃぶりが入っていた。保健室で美沙が胸ポケットに押し込み、転げ落ちないようストラップのクリップを胸当てに留めたおしゃぶりだ。
「お姉ちゃんが近くにいない時のためにこのおしゃぶりをポケットに入れておいてあげたのに、肝腎な時に忘れちゃうなんて」
 美沙は勝手に胸ポケットに右手を突っ込んでおしゃぶりを取り出し、真衣の目の前で振ってみせた。
「やめてよ、みんなに見られたらどうするのよ!?」
 教師も生徒たちもまだ板書に意識が集中していて、誰もこちらに振り向く気配はない。だが、二人の囁き交わす声に誰が気づくともしれないのだ。真衣は慌てておしゃぶりをつかみ取ると、おずおずと顔を伏せ、蚊の鳴くような声で言った。
「……忘れてたんじゃない。忘れてたわけじゃないけど、でも……」
 そう、真衣は決しておしゃぶりのことを忘れていたわけではない。忘れようとしても制服の生地を通して胸に当たる感触と、視線を落とすたび目に映るおしゃぶりストラップのせいで忘れることなどできない。けれど、自分でスカートを捲り上げ、おむつを外して便座に腰かけ、一人おしゃぶりを咥えておしっこをした後、自らの手で再びおむつをあてなければならないと思うと、どうしてもトイレへ行くことができなかったのだ。おしゃぶりを吸いながらおしっこを出しきって、その後おむつをあてずに教室へ戻ることも考えたが、そうすると、あてずにすませたおむつをどこに隠せばいいのかが悩ましいところだし、だいいち、スカートの下が丸裸のまま授業を受けられるわけもない。
「せっかく念のためを思っておしゃぶりまで用意しておいてあげたのに、それも使えないなんて、本当に赤ちゃんなんだから。結局、ママかお姉ちゃんがトイレへ連れて行っておむつを外してあげなきゃいけないわけね。でも、だったら、トイレでするのも教室でするのも一緒だから、ここでおしゃぶりを咥えておしっこしちゃいなさいな。おむつが濡れたら保健室へ連れて行って取り替えてあげる。それでいいでしょ? だいいち、おしっこを我慢しすぎてお腹が痛いんじゃ、トレイまで歩くこともできないんだし」
 美沙は、いったん真衣がつかみ取ったおしゃぶりを再び奪い取り、真衣の唇に強引に押し付けた。
「ぐ……」
 それまで顔を伏せぎみにしていた真衣が首をのけぞらせ、口にふくまされたおしゃぶりを吐き出そうとする。しかし、級友たちの注意を惹かないようあまり体をよじることもできず、悲鳴をあげることもかなわないため、美沙の手から逃れることはできない。
「ほら、真衣ちゃんの大好きなおしゃぶりよ。ちゅうちゅうしながらおしっこを出しちゃいなさい」
 美沙は幼児をあやすように、しかし、それでいて有無を言わさぬ調子で言って、真衣の口におしゃぶりを押し込む手にますます力を入れた。
「んむ……」
 力ない抵抗も虚しく、とうとう教室の中でおしゃぶりを咥えさせられてしまう真衣。
 と、下腹部がぶるっと震えて表情が変わる。
「そう、それでいいのよ。今まで我慢してきて辛かったでしょう? でも、もういいの。おしゃぶりをちゅうちゅうしながらおしっこを出しちゃっていいのよ。出しちゃっても、おむつがちゃんと吸い取ってくれるんだから」
 真衣の表情が変わった意味を瞬時に理解した美沙は、もうおしゃぶりを支え持っている手を離しても大丈夫と判断し、すっと身を退いて自分の席に座り直した。だが、僅かに首だけを巡らして横目で真衣の様子を窺うことは忘れない。
 美沙が判断した通り、もう真衣がおしゃぶりを吐き出すことはなかった。気持ちとしては吐き出したくてたまらないのだが、おしっこが出かかって膀胱の負担が僅かながら減少し、それまで絶えず苦しめられていた下腹部の痛みが少しとはいえ楽になるのを感じると、今や排尿には欠かせない小物になってしまったおしゃぶりを口から離すことなど到底できないのだった。
(それでいいわ。クラスのみんなに囲まれておしゃぶりを吸いながらおしっこでおむつを汚しちゃえばいいのよ、これから先もパンツのお姉ちゃんになれない赤ちゃんのままの真衣ちゃんは)美沙は口には出さず、胸の中で囁きかけてにまっと笑った。

 しばらくして、再び下腹部をぶるっと震わせた真衣が呆けたような顔でおしゃぶりを口から離し、それを美沙が胸ポケットに戻してやるのと、長い板書を終えて数学担当の教師が生徒たちの方に振り返るのとが殆ど同時だった。
 それまで黒板に向かい合っていた教師は板書を終えてこちらに向き直った後、生徒たちが板書の内容をノートに書き写している様子を確認しながら教室内を歩き出したが、真衣の席に近づくと、真衣が鉛筆も持たずに体をこわばらせ、赤い顔をして唇を震わせているのに気がつくと、
「どうしたの、佐藤さん? 気分が悪いんじゃないの?」
と心配そうに声をかけた。
 しかし、真衣は担任と目を合わさないよう視線をそらし、唇をきゅっと噛みしめるばかりだ。
「杉下さんは、佐藤さんが調子悪そうにしていたのがいつごろからかわかる?」
 真衣が何も応えようとしないのを見て取った教師は、少し慌てた様子で今度は美沙に問いかけた。
「はい。ひどくなったのは、少し前からです。授業が始まってすぐの頃からちょっとどうかなという感じだったんですけど、先生が黒板にかかりきりになっている間に急に辛そうにしだして……」
 美沙は努めて冷静な口調で応じた。
「そう。だったら、愚図愚図していられないわね。確か、このクラスの保健委員は杉下さんだったわね。急いで佐藤さんを保健室へ連れて行ってあげなさい」
 数学担当の教師にしてみれば、今朝の職員会議で真衣の病状について、膀胱の機能に少し変調をきたしていて頻尿の傾向が見受けられ、体調を崩しやすくなっているということしか聞かされていないから、真衣の顔が赤いのが、まさか教室でおむつを汚してしまった羞恥のせいだとは想像もつかず、急な発熱のためだと判断して美沙にそう指示するしかなかった。
「わかりました。すぐ連れて行きます」
 美沙は、赤い舌を胸の中でぺろっと突き出してみせながら、口調だけは冷静さを装って応え、素早い身のこなしで自分の席を立って真衣の肩に手を置くと、
「さ、保健室へ行くわよ、佐藤さん。大丈夫? 自分で立てる?」
と、いかにも気遣わしげに声をかけた。
 教師や生徒たちには、それが、級友の体調を心配する保健委員の言葉にしか聞こえないだろう。しかし、当の真衣にとっては、
「じゃ、ママがいる保健室へ行こうね、真衣ちゃん。大丈夫かな? 一人でちゃんと立っちできるかな?」
と、級友たちの目の前で幼児扱いされているとしか受け止められない。そのせいで思わず首を振り、体をすくめてしまう。
 それに対して美沙は
「そう、自分で立てないの。いいわ、私が立たせてあげる」
と素っ気なく言った後、両手を真衣の脇の下に差し入れると、耳元で
「自分で立っちもできないなんて、本当にまだまだ赤ちゃんなんだから。でも、いいのよ。お姉ちゃんが抱っこして立っちさせてあげるから、ちょっとの間だけじっとしてなさい」と甘ったるい声で囁きかけ、真衣の体を抱えるようにして椅子から立たせた。
 と、おしっこをたっぷり吸った布おむつの重みでおむつカバーがずり落ちてしまいそうになる。
 真衣は両脚の太腿を擦り合わせておむつカバーがずり下がるのをかろうじて防ぎ、ますます顔を赤く染めて、助けを求めるような目で美沙の顔を見上げた。
「大丈夫、お姉ちゃんが後ろからついて歩いてあげるから。おしっこの重みはお尻の方にかかっているから、少しくらいおむつがずり下がったとしても、前からじゃ殆どわからない筈よ。だから、後ろさえ私の体で隠しちゃえば、真衣ちゃんが恥ずかしい粗相をして恥ずかしい下着を汚しちゃったことなんて誰も気がつかないわよ」
 美沙は真衣の背後にまわりこみながら、羞恥を煽るように囁きかけた。
 だが、真衣は何も言い返せない。一人で行ってもどうしようもないからとトイレへ行くことさえ諦め、美沙の手でおしゃぶりを咥えさせてもらわないとおしっこをすることもできず、下腹部の痛みを伴う尿意からやっと解放されたと思えば、それは赤ん坊そのままおむつを汚してしまった結果だ。しかも、おむつを取り替えてもらうために保健室へ行こうとしても、美沙の庇護のもとでなければ、それさえかなわない。
 真衣は、自分が美幸や美沙の手を煩わせなければ一人では何もできない、それこそ手のかかる幼児めいた存在になり果ててしまったことを改めて痛いほど思い知らされた。同時に、美幸と真衣に対する依存心が胸の奥底で次第次第に膨れあがってきているのだが、どうやら、そのことにはまだ自分では気がついていないようだった。

 半ば強引に椅子から立ち上がらされ、ずり落ちそうになるおむつを誰にも気づかれないよう、幼い子供が母親にすがる姿そのまま美沙の体に寄り添うようにしてゆっくり歩き出す真衣。教師と級友たちは、教室を出て行くそんな真衣と美沙の後ろ姿を気遣わしげな視線で見守っていた。だが、ただ一人、園田茉莉だけは、視界を阻む美沙の体を見透かしてしまいそうなほどじっと目を凝らして真衣の下腹部のあたりを見据えていた。
 幾つもの視線を一身に集めて教室をあとにして廊下を歩き、階段をおりて、一階にある保健室へ向かう真衣の足取りは重かった。いや、重いというよりも、覚束ないと表現した方が正確だろう。たっぷりおしっこを吸って今にもずり落ちそうになるおむつを両脚の腿を擦り合わせることでかろうじて支え、下腹部にまとわりつくぐっしょり濡れた感触に耐えて歩くのだからそうなってしまうのも仕方ないのだが、すぐ後ろに大柄な美沙が寄り添い歩いているものだから、その対比もあって、小さな歩幅でゆっくり足を進める真衣の姿は、ようやくよちよち歩きが出来るようになったばかりの幼児さながらだ。
 それに、授業中とはいっても、廊下や階段に人影がまるで無いわけではない。校内の見回りをする教頭や、次の授業に備えて資料室や各教科の準備室に出入りする教師たちと時おりすれ違う。そのたびに真衣はおどおどと美沙の背後に隠れようとするのだが、美沙はそんな真衣をわざと前に押しやり、自分が会釈をするのに会わせて真衣にも頭を下げさせるのだった。対照的なそんな二人の様子は、とてもではないが同級生とは思えない。ましてや、本当は真衣の方が美沙よりも一年近く年上だと言っても信じる者など一人もいないに違いない。




「やっと来たわね。そろそろかなと思って待っていたのよ」
 美沙に手を引かれて覚束ない足取りで保健室に入ってきた真衣の姿を見るなり、美幸はすっと目を細め、待ちかねたかのように言った。
「うふふ。可愛い娘と離れ離れになって寂しかった? でも、ちゃんと連れてきてあげたわよ」
 美沙が悪戯めいた口調で言い、真衣のお尻をぽんと叩いた。
 その拍子に、真衣は思わずとっとっとっという感じで美幸のすぐそばまで押しやられ、前のめりに倒れまいとして脚を踏ん張ったものだから、それまでなんとか受け止めていたおむつが幾らかずり下がってしまう。同時にスカートの裾がふわっと舞い上がり、おしっこを吸った布おむつの重みでお尻の部分が垂れ下がりぎみになっているおむつカバーが三分の一ほどあらわになった。
「授業中にしくじっちゃうなんて本当に困った子だこと。ま、ぱっと見た目は高校生だけど中身はおむつの赤ちゃんなんだから仕方ないんだけど」
 美幸はひょいと腰をかがめると、真衣の両脚の間に右手を差し入れ、おしっこを吸ったおむつの重さを確かめるかのようにおむつカバーの垂れ下がった部分を掌に載せて言った。口先では『困った子』と言いながらも、顔には満足げな笑みを浮かべている。けれど、美幸の本心がどちらにあるかは、これまでの言動を思い出せば明らかだろう。
 それを受けて美沙が
「そうよ、本当に困った子なのよ。休憩時間に自分でトイレをすませておくわけでもないし、おしっこをしたくなって堪らなくなっても私がおしゃぶりを咥えさせてあげないとできないし、やっとできたと思ったらおむつを汚しちゃうし。このぶんだと、午後も授業中に教室を抜け出さなきゃなるでしょうね。一日に何度も授業を中断させるだなんて、先生方にもクラスのみんなにも迷惑がかかるから、どうにかしなきゃいけないんじゃないかしら」
と、こちらはわざと呆れたように言って、何の予告もなしに真衣のスカートのサイドファスナーを手早く引き下げた。
「たしかに、このままじゃ、高校生の中に幼稚舎の年少さんが紛れ込んでるようなものだから、みんなに迷惑がかかってしようがないかもしれないわね。わかった、どうすればいいか考えておくわ」
 空気をふくんでぱさっと落ちてくる真衣のスカートを、それまでオムツカバーに押し当てていた右手で巧みに受け止め、腰を伸ばしながら、美幸は意味ありげな口調で応じた。
 美幸の瞳に宿る妖しい光に気づいた真衣の胸が不安にざわめく。
「でも、それは後のこと。今はおむつを取り替えてあげるのが先決ね」
 不安の色をたたえる真衣の顔を見てくすっと笑いながら、美幸は右手のスカートを付き添い椅子の背もたれにかけ、二時間目が終わるまで真衣を寝かせていたベッドの毛布を捲り上げた。
 途端に真衣の頬がかっと火照る。
 毛布の下にはおねしょシーツが敷いてあった。
「例の業者さんが、追加分のおむつカバーを配達してくれた時、サービスにってこれも持ってきてくれたの。おむつカバーを使うのがどういう人かわかりませんけど、おむつを取り替える時に保健室のベッドを汚したりしたら後々手間がかかることになるんじゃないか心配だからとか言って気を遣ってくれてね。お家から持ってこようかとも思ったんだけど嵩張るから取り敢えず見合わせていたんだけど、これで安心ね。というわけで、当分、このベッドは真衣ちゃんの専用かな」
 美幸は、真衣にではなく、わざとらしく美沙に向かって説明した。美沙が真衣の保護者だということを態度でしめすためなのは言うまでもない。
「よかったわね、真衣ちゃん。これで、おむつを取り替えてもらう時、少しくらい暴れても大丈夫よ。おむつの交換を嫌がって逃げ回ったり、おしゃぶりを取り戻そうとしてお姉ちゃんのことを追いかけまわすようなお転婆さんにはぴったりじゃない。今度、その業者さんに会ったらお礼を言わなきゃいけないわね。可愛いおねしょシーツをありがとうって。それと、こんなに可愛らしいおむつカバーをつくってくれてあるがとうって、スカートを捲って、おむつカバーを見てもらいながらお礼を言わなきゃね。――あ、そうそう。ママから聞いたんだけど、その業者さん、追加分のおむつカバーをわざわざ学校まで配達してくれたんだそうよ。せっかくだから、新しいおむつカバーも使ってみようね」
 美沙が真新しいおねしょシーツと真衣の顔を見比べながら言い、収納棚の前に移動して、上から二番目の引出を開けた。
「ほら、新しいおむつカバーはこんな柄になっているのよ。ママが手芸用品のお店で選んでくれた生地でできてるの。今のもいいけど、これも真衣ちゃんのお気に入りになりそうね」
 引出から取り出した新しいおむつカバーを両手で広げ持ち、わざと丁寧に裏返してみせたり、マジックテープを外して内側をみせたりして美沙は言った。それから、真新しいおむつカバーをベッドの端にそっと置いた後、もういちど収納棚の引出に両手を突っ込んで、やはり真新しい布おむつを十枚ほど抱え上げると、
「あ、それと、これもね。せっかく新しいおむつカバーを使うんだもの、おむつも新しいのにしてあげる」
と、真衣の目の前に歩み寄って、水玉模様や動物柄のおむつをこれみよがしに突きつけた。
 目の前に差し出されたのは、何度も洗濯を繰り返したおむつではなく、端に真衣の名前を刺繍したおむつではなかった。美沙が両手で抱えているのは、まだ水通しもしていない真っ新のおむつだった。しかも目を凝らせば、市販の仕上がりおむつに比べて縫い目が幾らか雑なのが見て取れる。その上、おむつの柄には見憶えがあった。
「……!」
 それがどういうおむつなのか気づいた真衣は今にも叫び出しそうな顔になったが、わなわな震える唇からは弱々しい呻き声も漏れ聞こえない。
「何度も洗濯をしたお下がりの柔らかいおむつもいいけど、同じクラスのお友達が愛情を込めて縫ってくれたおむつも素敵だと思うわよ。みんな、真衣ちゃんが教室を出て保健室へ来るのを、心配そうに見送ってくれたでしょう? あんなに友達思いのクラスメートが縫ってくれたおむつだもの、水通しなんてしてなくても真衣ちゃんのお尻を優しく包んでくれる筈よ」
 美沙は真衣の目の前を離れ、ベッドの端に置いたおむつカバーの上に、十枚ほどの布おむつを一枚ずつ丁寧に重ね置いてから、再び真衣のもとに歩み寄り、手首をつかんでベッドの脇に引き寄せた。
「で、でも、それって育児実習の……」
 およその事情を理解しながらも、自分の理解の仕方が間違いであってくれと祈るような気持ちで真衣は力なく抗弁した。だが、語尾が震えて最後まで言葉にならない。
「うふふ。確かに、瀬尾先生はそんなふうに説明してみんなにおむつを縫わせたわね。真衣ちゃんがそう思い込みたいなら思っていてもいいのよ。瀬尾先生にちょっとお願いすれば、それも嘘じゃなくなるんだから」
 美沙は自分の腕を真衣の背中とお尻にまわし、横抱きに抱えあげるようにして真衣をベッドの上に押し上げながら意味ありげに含み笑いを漏らした。
「え……?」
 真衣の顔に、不安に満ちた表情がみるみる浮かぶ。
「簡単なことよ。育児実習っていっても、実習用の人形しか使っちゃいけないってわけじゃないんだから。人形の代わりに真衣ちゃんを練習台にしておむつのあて方を教えてくれるよう瀬尾先生にお願いすることもできるのよ。そうしたら、育児実習に使って、同時に、真衣ちゃんがおもらしをしても大丈夫なようにも使えるじゃない? 瀬尾先生は家庭科クラブの顧問だもん、私からお願いしておいてあげようか?」
 美沙は、真衣をおねしょシーツの上に横たわらせ、おむつカバーに重ねたおむつの内の一枚をつかみ上げると、くすっと笑って言った。
 途端に、真衣の頭の中に、級友たちがまわりを取り囲む家庭科実習室の大きな机の上に横たわらされてお尻の下に水玉模様の布おむつを敷き込まれた自分の姿が浮かび上がる。
「い、いや……そんなの、そんなの、絶対にいやなんだからぁ!」
 真衣は悲鳴じみた声をあげた。
「そう、いやなの。だったら、このおむつは育児実習用じゃないってことでいいわね?」
 美沙にかわって美幸が念を押すように言った。
「……」
 真衣はぎゅっと両目を閉じ、顔をそむけた。
「ふぅん、じゃ、やっばり、育児実習にしか使っちゃいけないのかな」
 美幸はわざと優しい口調で重ねて訊いた。
 それに対して真衣は目を閉じたまま力なく首を振る。
「育児実習じゃなくていいのね?」
 美幸は、優しい声のまま、これが最後よとでもいうように短く訊いた。
 一瞬だけ間があって、おねしょシーツの上に横たわったまま、真衣が、よく見ていないとわからないほど小さく頷いた。
「それでいいのよ。最初からそんなふうに聞き分けよくしていればよかったのに」
 つかみ上げた布おむつを再びおむつカバーの上に戻し、美沙はひょいと肩をすくめた。
「それじゃ、あとは私にまかせて、美沙は教室に戻りなさい。あまり長居しすぎると変に思われるかもしれないから」
 美幸は、ベッドの周囲を移動し、目の前に横たわっている真衣のセーラー服の裾を少し捲り上げ、おむつカバーの前当てに指をかけながら美沙に言った。
「私は別に変に思われてもいいんだけどな。っていうか、変に思われて、それがきっかけになって本当のことをみんなに知ってもらいたいくらいなんだけどな」
 美沙は冗談めかして言ったが、真衣が弱々しく首を振るのを目にすると
「ま、いいや。とりあえず、教室に戻るね。四時間目が終わったらお弁当を持ってきてあげるから、真衣ちゃんは、ママにおむつを取り替えてもらった後もおとなしくねんねしているといいわ。お口が寂しくなったら、ポケットの中のおしゃぶりをちゅうちゅうしてればいいから、むずがっちゃ駄目よ」
と、くすりと笑って言い、何度か真衣の様子を窺うように振り返りながら保健室から出て行った。

「さ、お姉ちゃんも言っていた通り、お口が寂しくないようにしておむつを取り替えようね」
 美沙が出て行くのを確認してドアに錠をおろしてから、美幸が真衣の制服の胸ポケットをまさぐっておしゃぶりを取り出し、唇に押し当てた。
 それを真衣が反射的に舌の先で押し返そうとする。
「ふぅん、おしゃぶりがなくてもお口は寂しくないんだ。だったら、もう真衣ちゃんは赤ちゃんじゃなくてお姉ちゃんね。お姉ちゃんなんだから、体育の授業になったらみんなと一緒に教室でお着替えできるわね」 
 美幸は、昨日の夕方おしゃぶりをいやがった真衣に対して言ったのと同じような言葉を囁きかけた。
 途端に真衣の唇がのろのろ開いて、おずおずとおしゃぶりを咥える。
「なぁんだ、やっぱりお口が寂しかったんじゃない。遠慮なんてしなくてもいいのよ、おしゃぶりをちゅうちゅうしたくなったらいつでも咥えさせてあげるから」
 美幸は、真衣がくちゅくちゅとおしゃぶりを吸うのを見て満足そうな笑みを浮かべ、今や真衣専用になった収納棚の前に移動すると、小振りの引出からお尻拭きと薬の容器を取り出した。
 と、からんかろんという軽やかな音色が保健室の中に響き渡る。
 はっとした顔で瞼を開き、音のする方に顔を向けた真衣の目に映ったのは、美幸が右手で振っているガラガラだった。
「お口だけじゃ駄目だったわよね。真衣ちゃんはお手々が寂しいとご機嫌斜めになっちゃうから、これもお家から持ってきておいてあげたのよ。さ、自分で持ってからころしようね」
 わざと大げさな仕草でガラガラを振ってみせながら元の場所に戻ってきた美幸は、お尻拭きや薬の容器をベッドの端、美沙が用意したおむつのすぐそばに置いて、真衣にガラガラを握らせた。もちろん、
「赤ちゃんがおしゃぶりと同じくらい大好きなオモチャだから、勝手にガラガラから手を離すことなんてないわよね。もしもガラガラを持てないとしたらお手々の力が弱くなっているってことだから、ちゃんと握れるようになるお薬を注射してあげないとね」
と、勝手にガラガラを放り出したりしたら昨日の筋肉をこわばらせてしまう薬剤を投与するわよと仄めかすのを忘れない。
 真衣には、唇の代わりにおしゃぶりをきゅっと噛みしめてガラガラを受け取るしかなかった。
 けれど、まだ辱めが終わったわけではない。美幸が家から持ってきて引出にしまっておいたのは、それだけではなかった。
「おしゃぶりをちゅうちゅうしていると、よだれがこぼれちゃうわよね。制服の胸当てや大きな襟によだれの跡が付いちゃって、それに誰かが気づいたりしたら、恥ずかしい目に遭うのは真衣ちゃんだもん、そんなことにならないよう、これをしておこうね」
 美幸は、右手にガラガラを持ち、口におしゃぶりをふくんだ真衣のセーラー服の胸元を大きなよだれかけで覆った。
「い、いや……」
 おしゃぶりに抑えつけられて舌と唇が思うように動かせない真衣がくぐもった声で呻いた。途端に、おしゃぶりを吸っているせいで口の中にじわじわ溜まってきた唾がよだれになって唇の端から溢れ出し、一条の筋になって頬を濡らす。
「ほら、言ってる端から。だから、ちゃんとしておかないといけないのよ」
 美幸はよだれかけの端で真衣の唇と頬を拭い、首筋の後ろと背中とでよだれかけの紐を手早く結わえた。
「うん、これでいいわ。じゃ、少しの間だけおとなしくしているのよ」
 スカートを脱がされた下半身はおむつカバー、上半身はセーラー服を着ているものの、その胸元はよだれかけに覆われて、制服のリボンを半分ほど覗かせ、右手にはガラガラを持って口におしゃぶりをふくんでいるという、なんとも奇妙で、同時にひどく倒錯的な艶めかしさを漂わせる真衣の姿を無遠慮に眺めまわして、美幸はおむつカバーに指をかけた。
「いや……」
 思わず真衣は身をよじって呻き声をあげた。今度はよだれが顎先から胸元に伝い落ちてよだれかけを濡らす。
「おとなしくしてなきゃ駄目よ。暴れたりしたら、おしっこがおむつから沁み出して制服の裾を濡らしちゃうから。そんなことになったら困るでしょう?」
 自分はまるで困るふうもなくそう言いい、美幸はマジックテープを剥がして外したおむつカバーの前当てを真衣の両脚の間に広げると、続いて横羽根に手を伸ばした。
「あらあら、たくさん出しちゃったのね。でも、ママの言いつけを守ってちゃんと二時間以上我慢できたんだもの、お利口さんだったわね。これからもこの調子でなるべくトイレの回数を減らすように頑張ろうね。我慢しすぎて授業中にしくじっちゃってもおむつが吸い取ってくれるんだから安心だし」
 前当てを外すと、おしっこを吸って薄い茶黄色に染まったおむつがあらわになる。美幸は、まだ湯気を立てていそうなおむつに目をやりながらおむつカバーの横羽根を真衣の体の左右に広げ、両足の足首を左手で一つにまとめてつかんで、そのまま高々と差し上げた。
「でも、おむつを汚しちゃったら、すぐに美沙お姉ちゃんに教えなきゃ駄目よ。濡れたおむつのままでいると、おむつかぶれが余計にひどくなっちゃうんだから。おむつかぶれを若い男のお医者様に診ていただくのは恥ずかしいでしょう?」
 真衣の両足を高く差し上げたまま、美幸は、ぐっしょり濡れて下腹部の肌にまとわりつく布おむつの端を空いている方の右手で持ち上げ、おむつカバーの前当ての上に重ねた。そうして、そのままおむつカバーごと手前にたぐり寄せ、おむつカバーで丸く包むようにしてベッドの隅に置く。
「さ、おむつを取り替えるたびに美沙お姉ちゃんが丁寧にお薬を塗ってくれるから、おむつかぶれは少しマシになったかな。優しくお世話をしてくれる妹思いの美沙お姉ちゃんにありがとうを言っておかないといけないわね」
 美幸は右手でお尻拭きを容器から抜き取り、目の前にある真衣の下腹部に押し当てた。
「ん……」
 真衣の体が僅かにのけぞり、あえかな喘ぎ声が唇を衝いて出る。
「おむつカバーの中はどうしても蒸れちゃうわよね。ただでさえ通気性が良くないからすぐに湿っぽくなるのに、たくさんおしっこをしちゃったら、いやっていうほど蒸れちゃうわよね。だから、おむつを外してもらってお尻拭きで綺麗綺麗してもらうと気持ちがいいでしょう?」
 美幸は、真衣の下腹部がひくひく震える様子を凝視しながらひとしきりお尻拭きを動かし、しばらくして、塗り薬を人差指の先に掬い取った。
「さ、おしっこの跡を綺麗にした後は、おむつかぶれのお薬よ。これを塗っておけば、赤くなっちゃった真衣ちゃんのお肌もじきに元通りのつるつるになるからね」
 美幸は先ず、先に掬い取った薬を真衣の下腹部に満遍なく塗りつけた。こちらは、皮膚の炎症を抑えて元通りの瑞々しさを取り戻す効能を持つ薬だ。そうして、次の容器から別の薬を掬い取り、今度は秘部を中心に、今は一本残らず剃り落としてしまった飾り毛が生えているあたりに、さっきとは比べようもないほど入念に塗り込んでゆく。こちらこそ、真衣の下腹部の肌を文字通り『つるつる』にするための薬だった。そう、まだ初潮を迎える前、ちぢれた飾り毛など一本も生えていない頃の童女の肌に戻すための。
「準備はこれでいいわね。さ、お待ちかねの新しいおむつよ。真衣ちゃんのクラスメートが愛情を込めて縫ってくれた新しいおむつは、ふかふかで優しい肌触りに仕上がっているわよ」
 続いて美幸は、美沙が用意していったおむつとおむつカバーを引き寄せ、真衣の足首を更に高く差し上げて、お尻の下にそっと敷き込んだ。
「あ……」
 真衣のから再びなまめかしい喘ぎ声が漏れ、よだれが細い条になってよだれかけに滴り落ちる。
「とっても柔らかでしょう? 同じクラスのお友達が縫ってくれたおむつはとっても柔らかで気持ちいいでしょう?」
 美幸は、布おむつを一枚ずつわざとゆっくり真衣の両脚の間を通してお腹の上にまわし、無毛の下腹部を包み込んでゆく。
「そりゃ、美沙お姉ちゃんの妹から貰ったお下がりの方がずっとずっと柔らかいわよ。でも、大丈夫。これから真衣ちゃんは何度も何度もおもらしやおねしょで新しいおむつを汚すの。そのたびにママやお姉ちゃんがお洗濯をしてあげる。そうやって繰り返しお洗濯をしているうちに、新しいおむつも、お下がりのおむつと同じくらい柔らかくなってくるんだから。そうよ、真衣ちゃんがしくじるたびに、おむつはどんどん柔らかくお肌に優しくなっていくのよ」
 十枚ほどのおむつを残らずあて終えた美幸は真衣の足をベッドの上におろし、改めておむつの位置を整えてから、左右の横羽根をおヘソのすぐ下でしっかり留めた。
「さっきはおしっこを吸ったおむつがずり落ちそうになっていたわね。だから、今度は横羽根をしっかり留めておいてあげる。それに、横羽根に重ねる前当ても。こうしておけばたっぷりおしっこを吸ってももうおむつカバーがずり落ちることはないから心配しなくていいわ。安心して、たくさんおしっこを出しちゃっていいのよ」
 美幸は、左右の横羽根どうしが互いにしっかり留まっていることを確認してから、おむつカバーの前当てを重ね、これもマジックテープでしっかり固定した。それから、おむつカバーの股ぐりからはみ出しているおむつを指の腹で丁寧におむつカバーの中に押し込んでゆく。
「これでいいわ。これで、真衣ちゃんがいつおもらしをしちゃっても大丈夫。クラスのみんなが縫ってくれたおむつがちゃんと吸い取ってくれるから」
 美幸は、息がかかるほど真衣の下腹部に顔を近づけ、はみ出しているおむつがもう無いことを確認して、にこりと微笑んでみせた。これ以上はないくらい優しい養護教諭としての表情と、愛娘を慈しんでやまない母親としての表情とがない混ぜになった、とびきり優しそうな微笑み。その裏に想像を絶するほどに歪んだ異形の母性本能がひそんでいるなどと誰が想像できるだろう。
「それじゃ、ママは、真衣ちゃんが一時間目に汚しちゃったおむつと、今取り替えてあげたばかりのおむつをお洗濯しておくから、その間、真衣ちゃんはねんねしていてね。クラスのみんなが新しいおむつを縫ってくれたからもう枚数は充分だけど、汚れたおむつをバケツに入れたまま長いこと放っておくとおしっこの匂いがこもっちゃうから。さ、子守唄を歌ってあげるから、いい夢を見るのよ」
 四時間目になって気温が上がってきたところに、ブラインドを開け放った窓からは春のうららかな日光が差し込んでいるものだから、保健室の中は暖かいというよりも、いささか汗ばむほどだ。美幸は真衣の体に毛布をかけることもせず、お腹をぽんぽんと優しく叩きながら、よく通る声で子守唄を口ずさんだ。
「い、いや……こんな、おむつカバーやよだれかけが丸見えのままで眠るなんて、そんなの、そんなの……」
 真衣は美幸に向かって弱々しい声で訴えかけた。しかし、毛布をかけて恥ずかしいおむつカバーや大きなよだれかけを覆い隠してくれるよう懇願する前に言葉が途切れ、すやすやと寝息をたて始めてしまう。
「せっかく可愛らしい格好をしているんだから、毛布で隠しちゃうなんて勿体ないわよ。それに、これだけ暖かいと、毛布をかけなくても、おむつかぶれが簡単には治らないくらいにおむつカバーの中が蒸れるでしょうしね。いちいち毛布をかける手間が省けて助かるわ」
 後催眠の効果によって瞬く間に眠りに墜ちた真衣の寝顔をいとおしげに見おろす美幸の瞳が妖しく輝いた。



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