ルシファーのまどろみ・後編



 応接室のドアが開いたのは、そのすぐ後のことだった。
「お待たせしました、これから治験に向けた最終面談を始めます」
 そんな言葉と共に姿を現したのは、書類ホルダーとタブレットを小脇に抱えた美雪だった。
「久々の再会で積もる話もお有りでしょうが、みなさん、ソファにおかけください」
 そう言いながら美雪は、三人の向い側にあるソファの中央あたりに腰をおろした。
 軽く会釈を交わしてから、恵を真ん中にはさんで美和と京子もソファに座る。

「初めまして、メグミちゃん。これからよろしくね」
 三人が腰をおろすのを待って、美雪が笑顔で恵に話しかけた。
 だが、初めて会う美雪を目の前にして、美和が応接室に入ってくる前の状態よりもまだ更に恵は緊張しているようで、京子の体にますます自分の体を押しつけ、京子が着ているジャケットの袖口をぎゅっとつかんで、何も言えないでいる。
「ほら、ちゃんとご挨拶しなきゃ駄目でしょ」
 京子が恵の耳元に口を寄せて促すのだが、恵はおどおどした様子で顔を伏せ、時おり上目遣いでちらちらと美雪の様子を探り見るばかりだ。
「申し訳ありません、先生。この子ったら人見知りが激しくて、初めて会う人にはいつもこうなんです」
 京子が恐縮しきりに言って、頭を下げた。
 その口調といい、ついさきほど美雪が恵に話しかけた時の口調といい、まわりの人間が恵のことを女子中学生どころか年端もゆかぬ幼女扱いしているのがありありだ。
 わざと大げさに少女めいた振る舞いを装っている恵だが、あからさまな幼児扱いに、羞恥と屈辱で頬がかっと熱くなるのを止められない。しかも、美雪が京子に向かって
「いいえ、気になさることはありません。育児というのは長い時間を要する大変な作業です。ささいなことをいちいち気にかけていたらお母様が精神的に疲れてしまいますよ。それに、まだおむつが外れない小さなお子さんが人見知りをするのは当り前のことです。だから、おおらかな気持ちでいるよう努めてください」
と、いかにも若い母親の育児疲れを労う小児科医師でもあるかのように応じるものだから、(僕は『育児』されているんだ。四つ年下の中学生の女の子に育児してもらっているんだ)と更なる羞恥と屈辱にまみれて、火照った頬をますます赤く染めてしまう。
 京子に巧みに手懐けられ、京子に屈服し、京子に全てを委ねるしかないと諦め、なけなしの矜持など捨て去ってしまった筈なのに、男子高校生でありながらまだおむつ離れできない幼女扱いされて、恥辱を覚えない筈がない。
「それに、今回の治験の結果としてメグミちゃんの人見知りが改善する可能性もありますから、そういう意味でも気を楽に持ってください」
 顔を真っ赤に染め京子のジャケットの袖口をつかんで離さない恵の様子をじっくり眺めながら、美雪は付け加えてそう言った。
 その時になって恵は、短い間に美雪が『治験』という言葉を何度も口にしていることに気がついた。しかも、美雪の口ぶりから判断するに、治験の対象者は。
「あ、あのね、ママ……」
 恵は、これ以上は無理というくらい京子に体を密着させ、おそるおそる訊いた。
「……ち、治験って、病気を治す新しい方法が効くかどうか試すことでしょ? だ、誰か病気なの?」
 恵としては声をひそめて訊いたつもりだったが、いいしれぬ不安のせいでつい声が上ずって、それが美雪の耳にも届いてしまう。
「あら。治験という言葉の意味がわかるなんて、とってもお利口さんなのね、メグミちゃんは」
 恵が言い終えるなり美雪が割って入り、わざと大げさに驚いてみせてから、すっと目を細めて言った。
「だけど、治験の意味くらい知っていて当然。小っちゃな子供なんかじゃない、中学生どころか、本当は高校生なんだもの、そのくらいのこと知っていて当り前。そうよね、坂本恵くん?」
「……!」
「そんなにびくびくしなくても大丈夫よ。あなたが本当は高校生の男の子だということを知っていても、それでどうしようというわけじゃないんだから。むしろ、あなたが本当は男子高校生だということを知っている私だからこそ、あなたの病気を治してあげられるんだから」
「僕が――わ、私が病気? でも、私、病気なんか……」
 坂本恵くんと呼ばれてつい『僕』と口にしてしまった薫だが、京子に睨みつけられて、弱々しく『私』と言い直す。
 それを途中で遮り、美雪はくすっと笑って
「あら、高校生のくせにいつまでもおもらしが治らなくてずっとおむつ離れできないのは病気じゃないのかしら?」
と、さも可笑しそうに言った。
「そ、それは……」
 恵は唇を噛んで言葉を失ってしまう。
「いいわよ、そんなにしょげかえらなくても。私が言っているのは、そんなことなんかじゃないんだから」
 美雪はもういちどくすっと笑って、テーブルをはさんだ向い側から恵の目をじっと見た。
「――辛いことや悲しいことや寂しいことを幾つも経験して、だけど、家族のために頑張ってきたのね、恵くんは。報われないこともあったけど、頑張ってきた。でも、頑張り過ぎた心はすり減ってしまうのよ。すり減って、いつかぽきんと折れてしまうものなのよ、頑張り過ぎた人の心は。だから、穏やかな心でいなきゃいけない。心もゆっくり休ませてあげなきゃいけない。なのに、これまで頑張ることしかしてこなかった恵くんは、どうやって休んだらいいのかわからない。休む方法を知らないのね、可哀想な恵くんは。だから、恵くんはメグミちゃんにならなきゃいけないのよ。メグミちゃんは、まわりの誰からも可愛がってもらえる、とびきり愛くるしい女の子。たくさんのことを美和ママに助けてもらって、いろんなことを幸子ママにおねだりして、どんなことからも京子ママに守ってもらえる、ちょっぴり頼りなくて、とっても可愛らしくて、うんと純真な女の子。だから、恵くんはメグミちゃんになって、何もかもママたちにまかせて、ゆっくり休めばいい。ううん、休まなきゃいけないの」
 大きなテーブルの向こうにいる美雪なのに、なんだか、その不思議な色をした瞳に吸い込まれてしまいそうな気がする。
「だけど、恵くんは何かに邪魔されて、メグミちゃんになりきれない。格好だけはメグミちゃんになれても、心がメグミちゃんになれない。恵くんがメグミちゃんになるのを邪魔しているのは、実は、恵くんの記憶なのよ。生まれてからずっと恵くんとして生きてきたその記憶が、恵くんをメグミちゃんにならせまいとして引き止めているの。いいえ、でも、それは決して悪意からじゃない。恵くんという確固とした一人の人格を守ろうとする、ある意味、当り前の反応。けれど今は、その当り前を飛び越えてメグミちゃんにならなきゃいけない。だって、そうしなきゃ、恵くんの心がぽっきり折れちゃうんだもの」
 眼鏡の奥で、不思議な色の瞳がきらっと光った。
「たとえて言うなら、いまの恵くん・メグミちゃんは『解離性障害』みたいな状態にある。これは病気なのよ。だから、私が治してあげる。初めて試す方法だから『治験』としか呼べないけど、でも、『治療』と呼んでも大丈夫な確かさを得るために研究所のスタッフが頑張ってくれている。だから、私が絶対に治療してあげる」
 いつのまにか恵は、美雪の目を眼鏡越しに真っ直ぐ見ていた。
 京子の体に自分の体を押しつけるのも忘れ、京子のジャケットの袖口をつかむのも忘れ、まばたきするのも忘れて、美雪の話に聞き入っていた。
「だから私は、新しいプロジェクトを立ち上げることを決めた時、同時に、あなたを最初の治験対象者にすることを決めていたのよ。――ああ、いいえ、違うわね。あなたという対象者たり得る人がいたからこそ、新しいプロジェクトを立ち上げたと言ったほうが正確だわ。だから、いいわね? 治験対象者になることに同意してくれるわね?」
「え? ……いえ、でも……」
「ああ、そうね。とても大事なことなんだから、急かしちゃいけないわね。ごめんなさい、すぐに返事をちょうだいというのは流石に性急すぎたわ。じゃ、こうしましょう。これから梶田さんや井上さんともいろいろ話し合うことになっているから、その内容を恵くんもしっかり聞いていてちょうだい。しっかり聞いて、それを判断の材料にして、それから返事をちょうだい。それでいいわね?」
 美雪は改めて恵の瞳を眼鏡越しに正面から見て言い、返答を待つこともせずに美和の顔に視線を移した。
「ということで、先ず、梶田さんからの報告を伺いましょう。遊鳥清廉学園の様子はいかがですか?」
「はい、笹野先生から事前に伺っていた通り、大変素晴らしい所です。設備はもとより、先生方も各々に確かな信念をお持ちの方々ばかりで、特に理事長の宮地先生はとても高い見識をお持ちです。それに、笹野先生のご厚意で用意していただいた宿舎も、部屋数は充分ですし学校から程よい距離にあります。そういったことを考え合わせると、遊鳥清廉学園は、井上さんやメグミちゃんにとって、これ以上はない最良の転校先であると断言できます」
 美和は穏やかに微笑んで答え、恵と京子の顔をちらと見た。
「そうですか。それでは、遊鳥小学校の保健室の機材も……」
「あ、あの、ちょっと待ってください。私たち、転校することになっているんですか? その、遊鳥清廉学園とかいうところに?」
 美雪が美和に更に何か聞こうとするのを途中で遮って割って入ったのは京子だった。
「ええ、結果としてそういうことになります。実は、そのために梶田さんには前もって遊鳥小学校に赴任していただいて、いろいろと準備をしていただいていました。K女子中学校の理事長が何かと妨害をしてくるのではないかという危惧があったものですから、これまでのことは井上さんにも内緒のまま秘密裡に進めていました。今初めて転校のことをお知りになったのですから、驚かれたでしょうね。念のため、わかりやすいように順を追ってお話しすることにしましょうか――」
 恵と京子への理不尽な処遇を目の当たりにしてK女子中学校(およびグループ校)に在籍することにほとほと嫌気がさし、それを酒席で河村宏子を相手に何度か愚痴った美和は、或る日、やや大振りの封筒を宏子から手渡された。中に入っていたのは、是非ともお会いしたいという旨を記した手紙と、新幹線のチケットだった。手紙に従って慈恵会・応用医療技術研究所を訪れた美和を待っていたのが美雪だったのは言うまでもない。美雪は自らが主導して立ち上げたプロジェクトの詳細を美和に説明し、プロジェクトへの協力を依頼した。プロジェクトを進めるに当たっては、定期的に研究所で綿密な検査を実施することに加え、日常生活においても常に治験対象者である恵の体調や心理状況をモニタリングしなければにらないのだが、そのためには、或る程度の医療知識を持つ者と共に研究所の近くに恵を住まわせる必要がある。そこで美雪が目をつけたのが、美和だった。美雪は、にわかには信じ難い破格の好条件を呈示し、養護教諭として遊鳥小学校へ赴任してくれるよう依頼した。と同時に、慈恵会が用意する宿舎で恵や京子との共同生活を送りつつ、宿舎や学校の保健室に備えてある機器を使って恵の体調や心理状態を精査してデータを研究所に送ってくれるようにと。K女子中学校を離れて身軽になれる上、これからのゆく先を案じていた(というか、二人がどんな関係になってゆくのか好奇の目で追いかけたくて仕方ない対象である)恵と京子を間近でじっくり観察できるのだから、その依頼を美和が拒むわけがなかった。美雪の依頼を快諾した美和はK女子中学校にさっさと退職願を提出し、美雪からの連絡を受けた宮地紗江子が待つ遊鳥小学校に赴いて、保健室に備え付けてある機器を調整する等の準備作業を行いつつ、この日の最終面談の日に備えていたのだった。さきほどの美和の『私がこれまでどうしていたかについては、この後、笹野先生から話してもらえるから楽しみに待っていて』という言葉が意味していたのは、まさにこのことだった。
「――というような経緯です。以上を説明した上で、改めて伺います。新しく立上げたプロジェクトによる治験を問題なく進めるにあたり、K女子中学校に在学したままでは定期的にこの研究所へ来ていただくことは過重の負担になりますから、研究所からあまり遠くない場所に立地していて、懇意にしている理事長に転校の手続きを速やかに進めてもらえる遊鳥清廉学園に転校していただきたいのですが、いかがですか?」
「わかりました。笹野先生と梶田先生が尽力してくださっているのに、いやだなんて言うわけありません」
 京子は即座に答えた。K女子中学校に対する愛着などすっかり失ってしまっていることもあるが、なにより、恵とずっと一緒にいられるのだから。
「そうですか、それはよかった。では、梶田さんからの更に詳しい報告はいったん保留することにして、次に、午前中に採取した井上さんの『初乳』に関する検査結果をお伝えします」
 美雪は満足そうな笑みを浮かべて軽く頷き、タブレットの画面をちらと見てから、再び視線を京子の顔に戻した。
 母親になった女性の乳房から初めて溢れ出す(そして、それから数日の間の、母親が有する免疫成分を含んだ)母乳を指す『初乳』という言葉が持つ独特の響きに、京子の頬が熱くなる。単に『初めての母乳』と表現するよりも、『初乳』と言われると、実際はそうではないとしても、お産を経験したような、切なくて甘酸っぱくて、なんだか温かい涙がこぼれ出てきそうな気持ちになってしまう。
「今の気持ち、大切にしなさいね。女の人は大抵、早かれ遅かれ、その気持ちを味わうのよ。でも、育児に疲れて、いつかその気持ちを忘れてしまう。だけど、京子ママはその気持ちを忘れちゃ駄目よ。メグミちゃんは京子ママの本当の子供じゃない。けれど、『初乳』を飲ませてあげた時、メグミちゃんは京子ママの本当の娘になる。だから、今の気持ちを絶対に忘れちゃ駄目。この気持ちを胸に抱いていれば、これから先どんなことがあっても京子ママはメグミちゃんを守ってあげられるんだから」
 京子の胸の内を見透かしたかのように、美和が京子の耳元に囁きかけた。
 京子は膝の上で拳をぎゅっと握りしめ、唇を固く引き締めて一度だけ大きく頷いた後、美雪の目をじっとみつめた。
「今の井上さん、とってもいい顔をしてらっしゃいますよ」
 美雪が優しく目を細める。
「検査の結果、井上さんの初乳には何の問題も見当たりませんでした。こちらで事前に想定していた成分比とほぼ完全に一致している上、特定の成分については、こちらの想定をかなり上回る良好な数値が得られているようです。乳房の発育も極めて良好ですから、分泌量が不足する心配もありません。――飲ませてあげても大丈夫ですよ、今すぐにでも」
「本当に、いいんですか? 本当に、今すぐ私のおっぱいを飲ませてあげられるんですか?」
 更に頬を赤らめながら、京子の顔がぱっと輝いた。
「保証します、問題は一つもありません」
 美雪は真剣な面持ちで言ってから、改めて表情を緩めた。
「梶田さんと私はここから出て、授乳が済むのを別の部屋で待っていましょうか?」
「いえ、見ていてください。二人には見ていてほしいんです。私がメグミに初乳、初めてのおっぱいを飲ませてあげるところを、しっかり見ていてほしいんです」
 京子は美雪と美和の顔を交互に見て、きっぱりと言った。
 一方、詳しい事を殆ど知らされずにこの場へ連れて来られた恵は
「おっぱい? 京子ママの初めてのおっぱい……?」
と、きょとんした表情で京子の顔を見上げることしかできずにいる。
 そんな恵に向かって京子は、それこそ、物心ついたばかりの幼児に言い聞かせるように
「そうよ。これまでは、ご飯の後もおねむの時も真似っこのおっぱいだけだったけど、今日からはママ、本当のおっぱいをメグミに飲ませてあげられるのよ。ほら、見てごらん」
と優しく言って、(いかにもこの時が来るのを待ちわびていたというのがありありとわかるほど)手早くジャケットを脱いでソファの上に置き、続けて、ブラウスも脱いでジャケットの上に重ね置いた。
「あら? それって……」
 あらわになった京子の胸元に目をやった美和の口から興味深げな声が衝いて出る。
「うん、授乳用のブラだよ。笹野先生との面談の内容を聞いた幸子ママが、お手製のお出かけ用の洋服を渡してくれる時、これもプレゼントしてくれたの。カップを開けられるようになっているからすぐにおっぱいをあげられるし、普通のブラだと乳首からじわじわ滲み出る母乳を吸い取りきれなくて洋服まで濡らしちゃうけど、これなら生地が厚いしカップの内側に吸収布を入れておけるからって。中学生なのにこんなブラ、ちょっと恥ずかしいけど、メグミにおっぱいをあげるためだったら、それで、メグミと私が本当の親子になれるんだったら、恥ずかしいなんて言ってられないよね」
 京子は面映ゆそうに、けれど、どこか誇らしげに瞳を輝かせて説明した。
「授乳用のブラだからカップを開けておっぱいをあげればいいんだけど、私、このプラをプレゼントしてもらった時から決めていたんの。少しくらい面倒でも、初めておっぱいをあげる時はブラを外しちゃおうって。母乳を飲む時の赤ちゃん、ママのおっぱいを手で触るよね? ママのおっぱいをつかんで、それでママと一緒にいるって安心して、幸せな気持ちで母乳を飲むよね? だから、せめて初めての時だけはメグミに私のおっぱいを触ってほしくて、だから、せっかくの授乳用ブラだけど、初めての時は外しちゃおうって」
 京子は臆する様子もなく両手を背中にまわしてホックを外し、さきほど脱いだばかりのブラウスの上に授乳用ブラを置いた。
 そうして、ソファに腰かけたまま腰をきゅっと捻り、一糸まとわぬ姿になった上半身を恵に向けて
「笹野先生からもらったお薬のおかげで、ママはおっぱいが出るようになったのよ。これまでみたいに真似っこでおっぱいを吸うだけじゃない、本当のおっぱいをメグミに飲ませてあげられるようになったのよ」
と、両手を広げて恵を抱き寄せた。
 しばらくの間は京子の言動に戸惑うばかりの恵だったが、京子の乳首がじっとり湿っている様子を目にし、京子の体から微かに漂ってくるなんとも表現しようのない匂いを嗅いでいると、次第次第に目がとろんとしてくる。
「さ、ママのお膝においで」
 どこに焦点が合っているのか定かでない目を京子の乳首に向け、くんくんと生まれたての子犬のように弱々しく鼻をひくつかせる恵の体を抱き寄せた京子は、授乳の真似ごとをする時はいつもそうするように自分の腿に恵のお尻を載せさせ、恵の体を横抱きにして乳首をそっと突き出した。
 恵の右手がおそるおそる伸びて、固く張った京子の右の乳房に触れる。続いて、左手。
 恵は豊満な乳房を両手で撫で包むようにしたまま、ぴんと勃った乳首をおずおずと咥えた。
「そうよ、それでいいのよ。いつも真似っこのおっぱいでお稽古していたから上手ね、メグミは。でも、もういいのよ。もう真似っこでもないし、お稽古でもないのよ。ほら、本当のおっぱいを飲んでちょうだい。たっぷり出るから、お腹いっぱいになるまで飲んでちょうだい」
 京子は、恵の後頭部を包み抱えている左手をそっと持ち上げた。
 恵の舌が躊躇いがちに動いて、乳首の先をぴちゃぴちゃと舐める。
「やだ、くすぐったい。遊んでないで、ちゃんと飲まなきゃ駄目よ。このおっぱいがメグミのお昼ご飯なんだから」
 乳首の先を舐められ、下腹部がきゅんとなる感じを覚えながら、京子は甘ったるい声で言った。中学生とはとても思えぬ、大人の女性の、そして若い母親の色香を含んだ声だった。
 恵は、舌と上唇で京子の乳首をはさむようにして、ちゅっと吸った。




 生温かい液体が舌の上に広がる。
「おいしい? ママのおっぱい、おいしいでしょう?」
 乳首から母乳が溢れ出るたびに下腹部がじんと痺れる。京子は、熱い息を恵の耳に吐きかけた。
 恵は、熱に浮かされてでもいるかのようにとろんとした顔つきで、唇と舌を動かし続ける。
「上手よ、メグミ。メグミは本当にママのおっぱいを飲むのが上手ね。いいわよ、もっともっと飲んで、ママの本当の娘になるのよ」
 京子の息が荒くなる。

「ここで、プロジェクトの内容について、これまでよりも詳しく説明しておくことにしましょう。そのままでいいから、井上さんと恵くんも一応は聞いておいてくださいね」
 京子が恵に授乳する様子を満足そうな顔で眺めていた美雪が、恵の隣から自分の隣に席を移した美和と軽く頷き合って言った。
 美雪の声が耳に届いているのか届いていないのか、京子と恵からは、それといった反応はない。
 けれど、そのことを美雪が気に留めるふうもない。
「恵くんは初めて聞くと思いますが、プロジェクトの目的は、記憶を人為的に操作する手法を確立するところにあります。認知症には幾つかの型がありますが、この研究所では、その内の或る型の認知症を引き起こす主因となる物質を特定することに成功していて、その物質がどのようなメカニズムによって脳内の記憶領域からの記憶情報の読み出しを阻害しているかについても、綿密な解析が完了しています。現在は、その記憶情報読出阻害メカニズムを無効化する方法を確立することで、型は限定はされるものの、認知症の治療手段を手に入れるための研究を進めているところです。ただ、私は一方で、その物質を積極的に活用することができないだろうかと考えました。忌まわしい災害の被災者になったり、おぞましい性暴行の被害者になったり、血縁の呪縛から逃れられなくなったりして心に深い傷を負った人たちの記憶からその災厄に関する部分を消し去って――厳密に表現するなら、その災厄に関連する部分の記憶だけを読み出せなくして――心の傷を癒やすことができるのではないかと考えたわけです。そう考えた私は、先ず、その物質を効率よく生体内で合成する手法を確立するためのプロジェクトを組織しました。そのプロジェクトが成果を収めたのが今から二年前のことです。このたび立ち上げたプロジェクトは、そこで得られた知見を最大限に活用し、生体内で合成された阻害物質を治験対象者に経口摂取させて人為的に制御された記憶障害を惹き起こすことによって、治験対象者にとっては忌まわしい、あるいは、無用の記憶を消去する――記憶情報を積極的にブロックして思い出させないようにする手法を確立するところにあります。恵くんには、その治験対象者になっていただきます。また、井上さんには、プロジェクトへの筆頭協力者になっていただきます。いえ、事実上、井上さんも治験対象者の一人ということになるでしょうか」
 それまでの穏やかな笑顔から一転、美雪は、真剣というよりも冷徹と表現した方がいいような表情を浮かべ、感情の動きを殆ど感じさせない口調で告げた。
 美雪が口にした『記憶を消去する』という言葉と『恵くんには、その治験対象者に』という言葉は恵の耳にも届いている筈だ。しかし、そのような穏やかならざる言葉を聞いても、恵は、まるで意に介するふうもなく京子の母乳を貪り飲むのをやめない。
「恵くんがメグミちゃんになるのを妨害している邪魔な記憶を消去してあげるのが治験の目的です。井上さんが自分の体の中で合成する記憶読込阻害物質を母乳と一緒に恵くんに飲ませて、その阻害物質が血流によって恵くんの脳に届いて記憶領域の脳細胞に少しずつ蓄積していって、それが一定の量に達した時点で、或る期間の記憶が新しい順に消去されます。そのプロセスを何度も繰り返すことで、男の子だった頃の記憶は、薫くんの頭の中から一切なくなります。その後は、井上さんの娘として、メグミちゃんという女の子としての記憶を蓄積してゆくことになります。全ての記憶を消去した真っ新な頭に」
 恵が京子の乳房にむしゃぶりついて唇と舌を一時も休めず動かし続ける様子に、眼鏡の奥の瞳を怪しく輝かせて美雪は言った。
「夢は記憶の再構成――目が覚めている時に経験した様々な出来事や耳にした言葉や目にした物は一時的に記憶領域にストックされるだけで、そのままでは簡単に忘れ去られてしまいます。脳は、そんな一時的な記憶を整理して、残しておくべき記憶と破棄してもかまわない記憶に分類する作業を人が眠っている間に行い、残すべき記憶に対しては記憶領域への深化・定着作業を行います。そういった一連の作業過程の一部を夢として人は垣間見ています」
 美雪はタブレットの画面を何度かスワイプした。
「一日ごとなのか一週間ごとなのか一ヶ月ごとなのか、阻害物質の蓄積に伴う記憶消去反応がどの程度の頻度で起きるのか、それはまだわかりません。ただ、記憶消去反応は眠っている最中に起きる筈です。その時、普段とは比べものにならないほど鮮明で長い夢を見ることになるでしょう。そして、目が覚めた時には、一定の期間の記憶がなくなっています」
「でも、怖がることはないのよ。その時も絶対にママが側にいてあげる。メグミは最近、ママのおっぱいを吸いながら眠っているよね? 本当のおっぱいが出るようになってからも、その癖は治らない筈。だから、眠る時にはママが絶対に側にいるし、ママはそのまま添い寝してあげるから、目が覚めた時もママは絶対にメグミの側にいる。今まで憶えていたことが急に思い出せなくなって、メグミはとっても不安になるでしょうね。でも、怖くないのよ。ママがぎゅっと抱きしめてあげる。抱きしめて、朝のおっぱいをあげる。そしたらメグミの不安は消えちゃうのよ。だって、ママのおっぱいには、メグミの不安をなくしちゃう効き目もあるんだから。そんなおっぱいが出るような体に笹野先生がしてくれたんだから。だから、なにも怖がらなくていいのよ、メグミは」
 京子は、いつかテニス部の更衣室でそうしたように恵の額と自分の額を触れ合わせて優しく言い聞かせた。
 京子が言っていることは事実だ。初めて研究所を訪れた日に施された事前措置には、補助臓器を付与する手術が含まれていて、この手術によって、(予め宏子を通じて入手していた毛髪から抽出した)京子のDNAを用いて培養作成した人工臓器の萌芽が京子の乳腺に埋め込まれた(もっとも、『手術』とは言っても、最新の腹腔鏡を用いた術式のおかげで、そうと言われて目を凝らしてみないとわからないほどの手術痕しか残らない、美雪にとっては児戯にも等しいごく簡単な施術でしかなかったのだが)。埋め込まれた萌芽は二週間程度で所定の大きさの臓器に成長し、正常に機能を果たすに至ったのだが、その人工臓器には、合成ホルモン様化合物や筋力増強作用を有する薬剤と共に美雪から与えられて京子が毎日服用している特殊な化合物を取り込んで、記憶読込阻害物質およびβ-エンドルフィンなど脳内麻薬の分泌を強力に促す成分を体内合成する機能を付与されていた。この人工臓器によって体内合成された脳内麻薬分泌促進成分と記憶読込阻害物質とを母乳と共に経口摂取することで恵は、この上ない幸福感に包まれると共に、脳内記憶領域の細胞に記憶読込阻害物質が徐々に蓄積されることになる。授乳用ブラを外した京子の前で恵がとろんとした目をしたのは(そして、『記憶を消去する』という禍々しい言葉を聞いても恵がまるで反応しなかったのも)、極めて近い場所において匂いとして微粒子拡散した成分によって分泌した脳内麻薬のせいだった。そして恵はこの先、脳内麻薬による比類なき幸福感を絶え間なく得ようとして京子の母乳を飲むことをやめられなくなり、他の飲食物を口にすることを固く拒絶するようになる筈だ。要するに恵は、精神的に京子に手懐けられただけでなく、生きるための糧さえ京子から与えられ、京子がいなければ何もできない、幼児そのままの生活を送ることが宿命づけられたというわけだった。
(人工臓器を埋め込むだなんて、初めて笹野先生の説明を聞いた時は不安で仕方なかったけど、先生の言う通りにしてよかった。人工臓器と先生からいただくお薬のおげで、メグミにおっぱいをあげられるんだもの。私のおっぱいを飲んでメグミは昔の記憶から解放されて、私の娘になってくれるんだもの。そうよ、私は先生のプロジェクトの単なる協力者なんかじゃない。私は、メグミに必要な、とっても大切なものを私の体の中で生み出すために選ばれた、メグミと同じ治験対象者。二人きりで暮らせる日が来るまでママは頑張るから、メグミも一緒に頑張ってね)
 母乳を飲むために盛んに動く恵の頬をそっと右手で撫でながら京子は胸の中で囁きかけた。
「これから何度も記憶消去反応が起きて、そのたびに恵くんは記憶や知識を失ってゆきます。そのため、遊鳥清廉学園に転校するに際して、今と同じ中学一年生に編入しても、いずれ授業についてゆけなくなることは明らかです。かといって、授業についてゆけなくなるたびに学年を落として対処していたのでは本人にも負担がかかりますし、受け入れ先にも煩雑な作業を強いることになります。ですから、転校の段階で、現状よりも幾つか学年を落としたクラスに編入させることが適切と判断しました。幸い、児童会の役員を務めていて何事にも面倒見のいい女子生徒が小学校の五年生にいると聞いていますので、その生徒と同じクラスに恵くんを編入させてもらえるよう遊鳥清廉の理事長には依頼を済ませていて、快い返事をもらっています。井上さんは中学校、恵くんは小学校と離れ離れになってしまいますが、その分、梶田さんが養護教諭として管理する小学校の保健室で恵くんをたっぷり甘えさせてあげてください」
 再び穏やかな笑みを浮かべて美雪は言い、書類ホルダーを京子の目の前にそっと置いた。
「以前に話した、井上さんと恵くんとが従姉妹どうしの間柄になるよう作成した新しい戸籍の謄本と関係書類一式です。井上さんと恵くんには、この戸籍に基づいて、当方で用意した宿舎で梶田さんと一緒に生活していただきます。また、梶田さんが遠縁の親戚筋にあたる血縁関係になるように戸籍を作成してありますから、必要に応じて梶田さんを後見人に指定することもできます。前にも言ったように、井上さんが成人年齢に達してメグミちゃんを実子として戸籍に記載できるようになるまで、この戸籍で過ごしてください」
「よかったわね、メグミ。これでママとメグミ、二人きりの生活に一歩近づいたのよ。」
 京子は、それまで恵の頬に触れていた右手をそっとおろし、おむつカバー越しに恵のお尻をそっと撫でた。


 ――そんな経緯があって、共にK女子中学校から転校してきた京子と別れ、小学校五年生のクラスに編入することになった恵だが、これからも次第に記憶を失い、いずれは五年生の授業にもついてゆけなくなる定めにあった。
 これから先、恵がどのような生活を送るのか、改めて見てみることにしよう。


「赤ちゃんじゃない。メグミ、赤ちゃんなんかじゃない。メグミ、パンツじゃなくておむつだけど、赤ちゃんじゃない。だって、メグミは……」
 恵は京子にすがりついたまま、小さな子供が拗ねていやいやをする様子そのままに何度もかぶりを振った。
「そうね、メグミは赤ちゃんじゃない。メグミは高校一年生の男の子。スポーツ特待生として高校に進学した、体操が得意な男の子。でも、高校に入ってからは……」
 京子は、おむつカバーの股ぐりから指をそっと抜いて、恵の髪を優しく撫でつけた。
「……高校に入ってからは、体操部の練習についていけなくなって、劣等感の塊になっちゃった可哀想な男の子。中学の頃は才能だけで優秀な成績を収めることができたけど、高校になると、それだけじゃ限界を迎えてしまう。ダイナミックで伸びやかで力強い演技をこなすには、身長と筋力が必要になる。でも、それは両方とも、メグミが幾ら頑張っても手に入れることができないもの。そのせいでメグミは、敏捷性だけが取り柄の、こじんまりした演技しかできなくなってしまった。このままじゃスポーツ特待生として学校にいられなくなっちゃう。そんなことになったら故郷の家族にも迷惑がかかっちゃう」
 京子は恵の横髪を耳の後ろに優しく掻き上げた。
「そんな時、同じ体育館で練習している女子選手の演技を見て、メグミはふと考えた。男子選手としては迫力不足の演技しかできない自分でも、女子選手としてなら、結構すごい演技ができるんじゃないかって。女の子のふりをするなんて恥ずかしくてたまんない。でも、スポーツ特待生でいられなくなることに比べれば――メグミは恐る恐る、顧問の先生に話してみた。メグミの将来を案じた顧問の先生は理事長先生に相談した。そして理事長先生は、高校生のままでは無理でも、系列の女子中学校に入学し直して女子選手として活動することならできると言ってくれた。そしてメグミはK女子中学校に入学し直して、私と出会った。だけど、これまで頑張り続けて生きてきたメグミの心は、その時にはもうぽっきり折れちゃいそうなほど磨り減って脆くなっていた。心がとても弱くなってしまっていたメグミは結局、女子選手としての活動を続けることもできなくなって、K女子中学校で唯一の友達だった私に甘えるようになった。本当は自分の方が年上なのに、でも『女の子としては』私の方がずっと年長者だからって私に甘えるようになって、友達どうしの関係だったのが、姉妹みたいな関係に変わって、いつの間にか、親子みたいな関係になっちゃった。それも、今さら男の子に戻れないメグミが女の子のふりを続けたものだから、母娘みたいな関係に。ううん、それだけじゃない。メグミは私に甘える口実をつくるために、おもらしまでするようになっちゃって。メグミはおしもの世話をやいてもらわなきゃいけないほど手のかかる子なんだよって言葉にしないで私に告げて私の気を惹いて私に甘えて」
 京子は恵の頬に優しくキスをした。
「私も、そんなメグミのことが可愛くてたまらなかった。一人っ子だった私はメグミのことが妹みたいに思えて、いつか、娘みたいに思えていた。本当は私より年上の男の子なのに私の気を惹こうとしておもらしまでしちゃうようになったメグミのことがいとおしくてたまらなかった。だから、(理事長先生の指示で一緒に暮らしてメグミの面倒をみている)保健室の梶田先生に相談しておむつをあててあげて。赤ちゃんに戻って女の子に生まれ変わろうとしているメグミのお世話をやいてあげるのが、なんだか楽しくてたまらなくなって。それで今度は、とうとう女子選手としてもスポーツ特待生でいられなくなっちゃったメグミを引き取ってくれることになった遊鳥清廉学園に二人で転校することになって。でも、メグミの心は、本当の学年である高校一年生としての生活を送るどころか、中学一年生としての生活を送るのさえ難しいほど磨り減っちゃっていて。だから、磨り減っちゃった心を治療してくれることになった慈恵会の笹野先生と遊鳥清廉学園の理事長先生が話し合って小学五年生に編入させてもらえることになって、梶田先生と私とメグミの三人で一緒に暮らせるようにしてもらえて。――そうね、メグミは赤ちゃんじゃない。メグミは高校一年生の男の子。でも今は、高校一年生の男の子からママの娘に生まれ変わろうとしている可愛い女の子。メグミは今、高校一年生の男の子でもあるし、中学一年生の女の子でもあるし、小学五年生の女の子でもあるし、まだおむつ離れできない小っちゃな女に子でもあるのよ」
 京子は制服のスカートの上から、おむつで丸く膨らんだおむつカバー越しに恵のお尻をぽんと叩いた。
 京子が恵に言って聞かせた内容は事実とは異なる。だが、それは京子の思い違いなどではなく、京子が意図してそんなふうに説明したのだった。

 恵が(脳内麻薬分泌促進成分や記憶読込阻害物質などを含んだ)京子の母乳を飲み始めてから十一日目にあたる一昨日の夜から昨日の朝にかけて、最初の記憶消去反応が発現した。
 京子に添い寝してもらっている状態で目を覚ました恵は、自分がどこにいるのか、まるでわからない様子で、京子に呼ばれて寝室にやって来た美和の顔を見るなり、
「梶田先生!? ぼ、僕、どうしてこんな所にいるんですか? それも、誰かわからない女の人に抱っこされて寝ているなんて、一体どういうことなんですか!?」
と、金切声をあげたものだった。
 美和が恵を落ち着かせ、丁寧な聞き取りを行った結果、ここ一年間ほどの記憶が失われていることがわかった。しかも、「最近一年間ほどの記憶を失った」という意識もないから、この時の恵は自分のことを(本来は、高校二年生に進級している筈なのだが)F高校に入学して数ヶ月しか経っていない高校一年生だと認識していることが明らかになった。だから恵にしてみれば、寮の自分の部屋で眠りについたつもりなのに、目が覚めてみれば、見知らぬ部屋のベッドで、(高校一年の夏としての記憶においては恵はまだ京子と出会っていないわけだから、それが京子とはわからない)まるで誰ともしれぬ大柄な女性の胸に顔を埋めた状態だったのだから、わけがわからないのも当り前のことだった。
 しかし、取り乱す恵とは正反対に、記憶消去反応が発現した時に恵が取ると予想される言動を予め美雪から説明されていた京子と美和は落ち着き払っていた。前もって美雪から指示されていた通り、鉄棒からの転落事故があったせいでF高校の理事長の策略のままK女子中学校に転籍させられたという事実は伏せて(事実を告げたとしても、本人にはそのあたりの記憶が一切ないのだから、余計な混乱を惹き起こすことにしかならない)、ついさきほど京子が言ったように、恵が自ら女子選手として活動したいと望んだ結果としてK女子中学校に転籍し、女子選手としても実績を残せないまま、心が過重な負担に耐えかねて、女子中学校における唯一の友人である京子に対する依存心を異様に拗らせてしまった状態に恵があるのだと、これまで以上に恵が京子に依存するよう仕向けることを目的として、事実とは異なる説明をしたのだった。
 その説明を恵が簡単に信じることはなかった。けれど、京子が恵を力尽くで抱き寄せ、強引に乳首を口にふくませた途端、研究所での面談の際に「ママがぎゅっと抱きしめてあげる。抱きしめて、朝のおっぱいをあげる。そしたらメグミの不安は消えちゃうのよ。だって、ママのおっぱいには、メグミの不安をなくしちゃう効き目もあるんだから」と京子が口にした言葉の通り、みるみるうちに恵の顔から不安と困惑の色が消え、まるで安心しきったかのように表情を緩め、京子の母乳を貪り飲み始めた。京子は母乳を与える間、事実とは異なる説明を何度も繰り返し恵の耳元に囁きかけた。母乳に含まれる成分のせいで脳内麻薬が多量に分泌され、脳内麻薬によるこれ以上はない幸福感に包まれる恵対して、京子が耳元で囁く言葉は極めて強い暗示効果を発揮し、その偽りの説明は、疑いようのない事実として恵の意識に滲み入った。
 そうして、母乳を飲み終える頃には、恵は京子の言葉をすっかり受け容れ、
「ママのおっぱい、とっても美味しかったよ。私、ママのおっぱい、大好き」
と自分のことを『僕』ではなく『私』と呼んで豊満な胸に自分の顔を埋め、甘えた仕草で京子に頭を撫でてもらうようになっていた。
 その時、京子は再び恵の耳元に唇を寄せて
「これからは自分のことを名前で『メグミ』って呼んでごらん。小っちゃい子は自分のことを『私』なんてお姉ちゃんぽい呼び方をしないで、たどたどしい口調で名前で呼ぶよね? ママ、メグミにもそんなふうにしてほしいな。そんなふうに自分のことを可愛らしく名前で呼ぶメグミのこと、ママはもっと大好きになっちゃうだろうな。大好きになって、おっぱいもたくさん出るようになるだろうな」
と言い聞かせた。

「それじゃ、新しい同級生のお友達や上級生のお姉さん達の目の前で汚しちゃったおむつを取り替えようね。いつまでも濡れたままじゃおむつかぶれになっちゃうよ」
 京子はそう言って、美和に目配せをした。
 美和が、二つ並べて据えてあるベッドの内、奥のベッドにかかっているカーテンを引き開ける。
「用意は済ませておいたわよ。お昼休みから放課後までは時間が長くておしっこの量も多いでしょうから横漏れしちゃっていることも考えて、替えのおむつカバーも用意しておいたから、さ、どうぞ」
 そう言って美和が指差す方を見ると、奥のベッドの脇にに小さなテーブルがあって、その上に大振りの衣装籠が置いてあった。衣装籠の中に入っているのがたくさんの布おむつと新しいおむつカバーだということは、京子たちがいる場所からも容易に見て取れる。
 美和が指差す方に恵もちらと視線を向けたが、慌てて目をそらし、京子の体にすがりついて
「メグミ、おっぱいがいい。メグミ、早くママのおっぱいが飲みたいの。だから、おむつは後でいいの」
と懇願する。昨日の朝は高校一年性の夏以後の記憶を失って戸惑っていた恵だが、今は、脳内麻薬が有する向精神作用のせいで京子の偽りの説明を信じ込んでしまっているのがありありの様子で、おむつの交換よりもおっぱいを甘えた声でせがんでいた。
「駄目よ、先におむつを取り替えなきゃ。濡れたおむつのままだとおむつかぶれになっちゃって、病院の看護師さんにおむつかぶれのお薬を塗ってもらわなきゃいけなくなるのよ。小学五年生のお姉ちゃんなのに、そんなの恥ずかしいでしょ? いい子でおとなしくおむつを取り替えさせてくれたら、後でご褒美にたっぷりおっぱいをあげる。それでいいでしょ?」
 京子は、最初の記憶消失反応が起きた後も全てを自分に委ねたままの状態に恵をいさせることに成功して満足の笑みを胸の中で浮かべつつ、若い母親が幼い娘に言い聞かせる口調そのまま恵を宥めた。
「で、でも、メグミ、朝の休憩時間もお昼休みも、哺乳壜だったんだよ。今日は、朝お目々が覚めた時に朝ご飯の代わりのおっぱいを飲んだだけで、それから今まで、おっぱい、おあずけなんだよ。だから、おっぱいがいいの。おむつより先におっぱいなの」
 恵は、時おり上目遣いで京子の顔を見上げながら、今にもべそをかきそうにして訴えかける。
 美雪との最終面談の日以後、恵が口にするのは京子の母乳だけになった。他の飲食物を口にしないよう京子が強制したのではなく、脳内麻薬による幸福感に少しでも浸っていたい恵が自ら求めてのことだった。授乳の頻度はおよそ三時間ごと。朝食代わりの授乳の後は二時間目と三時間目の間の休憩時間ということになるが、短い休憩時間内に母乳での授乳を済ませることはできない。そのため、前日の夜の内に搾乳しておいた母乳を冷凍して学校に持って行き、保健室で美和が哺乳壜を使って飲ませることになる。加えて、転校初日である今日は、京子が何かと忙しいこともあって、昼の授乳も哺乳壜で済ませていた。最近の記憶を失った恵であっても、以前から授乳の真似事で口にふくみ、この十日間あまりは母乳を求めて何度も口にした乳首の感触は唇が憶えているのだろう、哺乳壜の紛い物の乳首では満足できず、京子の乳首から飲ませてくれるようせがんでやまない。その姿を見て、恵が本当は十七歳の男の子だと言われても信じる者などいる筈がない。
「でも、おむつかぶれに……」
「やだ、おっぱいがいいの!」
 京子に手懐けられ、日ごろは京子のいいなりなのに、この時ばかりは頑として我を通す恵だった。だが、そんな姿も、幼児が我儘を言っているようにしか見えず、保護欲が掻き立てられて京子は下腹部が妖しく痺れるような感覚を覚えるのだった。

「やれやれ、聞き分けの悪いメグミちゃんだこと。このままじゃ埒が明かないから、試しにこれを使ってみない?」
 苦笑交じりに美和が二人の間に割って入り、何やら掌に載せて京子の目の前に差し出した。
「あ、笹野先生がメグミにってプレゼントしてくれたおしゃぶり。そうね、これならメグミもいい子になってくれるかも」
 美和の掌に載っているのが何なのか京子は瞬時に理解し、美和の掌からおしゃぶりをつまみ上げた。
 そう、美和が執務机の引出から取り出して持って来たのはゴム製のおしゃぶりだった。ただ、見た目はどこにでもあるおしゃぶりだが、美雪が恵のために用意して美和に手渡しておいたのは、京子の母乳から抽出した脳内麻薬分泌促進成分をナノパウダー化して吸い口に封入した、特殊なおしゃぶりだった。
「おっぱいは後にして、先におむつの交換よ。お口が寂しいみたいだから、これを咥えているといいわ」
 京子は、つまみ上げたおしゃぶりを恵の唇に押し当て、口にふくませた。
 待つほどもなく、おしゃぶりの吸い口に微細加工技術で穿たれた極小の穴を通して脳内麻薬分泌促進成分のナノパウダーが唾液に溶け出し、口の中に広がる。成分を含んだ母乳を直接飲むのに比べれば効き目は弱いものの、我を張っていた恵をおとなしくさせ、京子の指示に従わせるには充分だ。
 次第に恵の瞳が虚ろになり、京子の体にすがりついている手の力が弱くなってゆく。
「本当に手間のかかる困った子なんだから、メグミは。じゃ、おとなしくなったところで、おむつを取り替えやすいようにスカートを脱いでベッドにごろんしようね。さ、自分で脱げるかな」
 口では『困った子』と言いつつも、その実まるで困った様子などなく、満更でもなさそうな口調で京子は呟き、制服のスカートを脱ぐよう恵を促した。
 だが恵は、甘えたような目で京子の顔を見上げ、無言で首を振るばかりだ。
「小学五年生のお姉ちゃんなのに、自分でスカートも脱げないの? 本当に困った子だこと。じゃ、ママが脱がせてあげるからじっとしているのよ」
 再びわざとらしく『困った子』と口にすることで恵の羞恥をさりげなく煽ると同時に、自分が手間のかかる『育児』をしているのだという喜びを改めて噛みしめながら、京子は腰を屈めて手を伸ばすと、先ず腰まわりのアジャスターを外し、次にサイドファスナーを緩めてから、サスペンダーを肩からずらして制服の吊りスカートを手早く脱がせた。
「これでいいわ。でも、まだ動いちゃ駄目。そのままおとなしくしているのよ」
 脱がせたスカートを皺にならないようハンガーにかけた京子は、恵の体を軽々と横抱きにしてベッドへ運んだ。
 ベッドには、前もって美和が用意しておいたのだろう、おむつを取り替える際にシーツが濡れるのを防ぐためにおねしょシーツが既に敷いてあった。
 京子は、おねしょシーツの真ん中あたりにお尻を載せて恵をベッドに横たえた。
「やれやれ、すっかり赤ちゃんになっちゃったわね、メグミったら」
「本当に、ぷっくり膨れたおむつカバーと丸襟のブラウス姿でおねしょシーツに寝そべっている姿なんて、赤ちゃんそのものね。それに、嬉しそうにおしゃぶりをちゅうちゅうしているところも」
 京子と美和が、どちらからともなく囁き交わして、くすっと笑う。
「初めて会った時は私と同い年くらいかなと思っていた女の子が本当は四つも年上の男の子で、その子が今はすっかり赤ちゃんみたいになっちゃって、もうすぐ私の娘になってくれるだなんて、本当、何があるかわからないわ。入院が決まった時は、これから先テニスを続けられるかどうかすごく不安だったけど、入院したからこそ美和ママやメグミと出会えて、私にテニスをやめる決心をさせるほどメグミのことが愛おしく感じられるようになっちゃって――今から思えば、あの時の入院は神様からのプレゼントだったのかもしれない。ね、美和ママはどう思う?」
 恵が着ているブラウスの裾を優しく捲り上げつつ京子は感慨深げに言い、同意を求めるかのように美和の顔を見た。
「そうね、偶然では済まないほど、いろいろな人と人の縁が交わって今があるような気がするわね。入院したことが京子ママへの神様からのプレゼントなのか、メグミちゃんそのものが私たちみんなへの神様からのプレゼントなのか、逆に、私たちみんなこそがメグミちゃんへのプレゼントなのかもしれない。それとも、ひょっとしたら、神様じゃなくてメグミちゃん自身が私たちを呼び集めたのかもしれないしね」
 美和は、とろんとした目つきでおしゃぶりを吸い全身の力を抜いてベッドに横たわる恵の姿を見おろして、独り言めいた口調で応じた。
「美和ママの言っていること、ちょっと難しくて私にはわかりにくいかな。私にわかるのは、目の前のメグミがとっても可愛いってことだけ。でも、それで充分だよね」
 恵と本当の親子にしてあげるわよと美雪から告げられ、恵の母親にふさわしくしなきゃと大人びた振る舞いを常に意識してきた京子だが、この時ばかりは年齢相応の屈託のない笑顔になって、恵のお尻を包むおむつカバーの腰紐に指をかけた。
「ただでさえ可愛いメグミなのに、おしゃぶりを咥えたら余計に可愛らしくなっちゃって。まさか、この子が本当なら高校生の男の子だなんてね」
 京子から言われて、恵の頬にさっと朱が差す。けれど、脳内麻薬の心地よさに酔いしれる恵はおしゃぶりを吸うのをやめられない。
「さ、新しい同級生と上級生の目の前でどんなにたくさんおもらししちゃったのかな、いつまでもおむつが外れない困った子のメグミは」
 腰紐をほどいた京子は、上から順にホックをぷつっぷつっと外しておむつカバーの前当てを恵の両脚の間に広げ、わざと大きな音をたてながらマジックテープを剥がして互いに重なり留めてある左右の横羽根を外し、お尻の両側に敷き広げた。
「あらあら、ぐっしょりだこと。本当にたくさんしちゃったのね。でも、おヘソのすぐ下、横羽根のあたりは濡れてないみたい。やっぱりメグミは女の子ね、おむつがこんな濡れ方をするなんて」
 言われて、恵の頬がますます赤くなる。
 美和や京子は恵におむつをあてる時はいつも、ペニスを後ろに折り曲げるようにしている。ペニスが前向き(おヘソの方に上向き)になっていると、おもらしをした時に一旦上向きに溢れ出たおしっこが、おむつとペニスとの隙間を伝うようにして流れ広がるものだから、おむつにきちんと吸収されにくくて横漏れしやすくなってしまう。それに対してペニスを後ろ向きにしている(お尻の方に向けている)と、股当てのおむつと横当てのおむつが重なり合っておむつが厚くなったあたりにおしっこが流れ出ることになるから吸い取りやすくなる。それに、ペニスがおヘソの方を向いていると位置と方向がどうしても安定しないものだからおむつのどのあたりを厚くしておしっこを吸い取りやすくすればいいかわかりにくいのだが、お尻の方を向いていると両脚の間にはさまった状態でおむつが押さえることになるから、おむつの最も厚いところからペニスがずれにくくなって、横漏れの心配がずっと少なくなる。京子や美和は恵に、ペニスを後ろに折り曲げておむつをあてているのにはそういった理由があるのよと言い聞かせて納得させているいるのだが、実は、二人が恵のペニスを後ろに折り曲げているのには、もう一つの目的があった。それは恵に『女の子としてのおもらし』を経験させることだった。ペニスのせいで普通ならおむつの前側がおしっこで濡れやすい男の子のおもらしとは逆に、少し後ろ側のおむつが濡れるおもらしを繰り返し経験させることで、自分が女の子になってゆくのだということを一日に何度も身をもって実感させるために。
 普通、おむつをあてる時には後ろ向きに折り曲げられたペニスも少し時間が経てば前に向いてしまうものだが、恵の場合は、体全体と同じくペニスも発育不全で極めて小さく、ホルモン異常のせいで第二次性徴期をまだ迎えていないため勃起する力も限られているため、両脚の間で後ろ向きに折り曲げられたペニスは、厚めにあてられたおむつに押さえつけられると、そのままおとなしくしているしかないのだった。
「それにしても、本当にメグミは綺麗なお肌をしているわね。すべすべのつるつるで。それに、邪魔な毛なんて一本もないから、ママ、羨ましくなっちゃうわ」
 ぐっしょり濡れた横当てのおむつを横羽根の上に重ね、股当てのおむつをおむつカバーの前当ての上に重ね置いた京子は、恵の無毛の下腹部をじっくり眺めまわして、溜息をつかんばかりにして言った。
 それは、恵の羞恥心を煽るためというよりも、半ば本気で羨ましがっている口調だった。日ごろから大人びた言動を心がけている京子にしても、実際のところはまだ中学一年生の少女だ。そのあたりの年代の少女は第二次性徴期に入るか入らないかといった微妙な年頃で、胸の膨らみや初潮を迎えたかどうかや、恥毛の有無といったことにとても敏感だ。それが京子の場合は、毎日服用している筋力増強剤の副次作用のせいで一気に背が伸び、体つきが一回りも二回りも大きくなった上、胸が豊かに発育し、陰毛も極めて濃く生え揃ったものだから、体育や部活で着替えるたび級友や先輩から囃し立てられることが少なくなかった。そんなことがあるものだから、多感な年頃の京子にしてみれば、本当は十七歳の男子でありながら童女さながらのつるつるすべすべの恵の下腹部を羨ましく思ってしまうのも無理からぬところだった。そんな、恵を羨む気持ちが無意識のうちに加虐的な悪戯心に転化して、本当は自分よりも四つ年上の男の子である恵を、うんと年下の幼女扱いして虐めてみたくなるのも仕方ないところだろう。
「さ、濡れたおむつをぽいしちゃおうね。ほら、あんよを上げて」
 わざとらしく幼児をあやすように言って、京子は恵の左右の足首を左手で一つにまとめてつかみ、そのまま高々と差し上げた。その時になって初めて、お尻の方に向けて折り曲げられていた発育不全のペニスがあらわになる。
「児童会室でしくじっちゃってから今まで、お尻が気持ち悪かったでしょ? なのに泣かずに我慢できるなんて、メグミは本当にお利口さんね。さすが、小学五年生のお姉ちゃんだわ」
 京子は、濡れたおむつを手早く手元にたぐり寄せ、美和が差し出したペールに収めた。学校の保健室でも、三人が一緒に住むことになった宿舎でも、恵のおむつを取り替えるたび、濡れたおむつからおしっこを採取して成分を分析し、データを研究所に送信することも美和の務めだ。
「ちょっとひんやりするけど我慢するのよ。おしっこの雫が残っていたらおむつかぶれになりやすいからね」
 京子は、おねしょシーツと共に予め美和が用意しておいてくれたお尻拭きの容器に右手を伸ばし、薬品が染みんだシートを一枚引き出して恵の下腹部に押し当てた。
「んん……」
 おしゃぶりを咥えたままの恵の口からくぐもった喘ぎ声が漏れる。
 京子は入念に恵の下腹部を拭き清め、最後の仕上げに、幼児そのまま皮をかぶったペニスの先にお尻拭きのシートを押し当て、先端の皮を少し強引にめくるようにして、ペニスの割れ目に残っているおしっこを拭き取った。
 足首を高々と差し上げられたまま、恵の下半身がびくんと震える。
「さ、新しいおむつよ。メグミがおもらしで汚しちゃうたび何度も何度も洗濯して乾かしたおむつだから、とっても柔らでふかふかになっているわよ」
 京子は、美和が前もって横当てと股当てを「T」の字の形に重ねて用意しておいた水玉模様の布おむつを、足首を高々と差し上げているため僅かに浮いた恵のお尻とおむつカバーの間に敷き込んだ。
 何度経験しても決して慣れることのない布おむつの想像以上に柔らかな感触に羞恥心が掻き立てられ、恵はおしゃぶりをぎゅっと噛んで、幼児がいやいやをするように弱々しく首を振る。
「せっかくのつるつるすべすべの恵のお肌が真っ赤に腫れないように、ぱたぱたをしておこうね」
 京子は、濡れたおむつを収めたペールを保健室の奥の処置コーナーに置いて戻ってきた美和が差し出す丸い容器からパフをつかみ上げ、柔らかいパフでベビーパウダーを掬い取って恵のお尻に優しく押し当てた。なぜとはなしに懐かしさを感じさせる甘い香りが保健室を満たし、気持ちが穏やかになる。




 おむつカバーに包まれていることもあって、厚めにあてたおむつの中は通気性が良くないため、体温と湿気ですぐに蒸れてしまう。その湿気を吸収することで赤ん坊の柔らかな肌をさらさらに保つことがベビーパウダーの役割だが、長い時間にわたっておむつカバーを開かないままにしていると、湿気を吸収したベビーパウダーが皮膚にべっとり付着して、却っておむつかぶれになりやすくなる。それも、良かれと思ってベビーパウダーをたくさん用いれば用いるほど、そうなりやすくなる。そんなふうに、本来はおむつかぶれになるのを防ぐためのベビーパウダーも用法を誤れば逆効果になることを京子も美和は熟知していた。そのことをよく知っている二人には、ベビーパウダーの量やおむつを取り替えるタイミングを調整して恵のすべすべの肌を赤く爛れさせることも難しくはない。恵が我儘を言ってきかないようなら、わざとおむつかぶれにさせるというお仕置きを施し、自分たちの意のままに従わせるのも簡単なことだと知っている二人は、ちらと目配せを交わし合い、研究所の付属病院で小児科の若いナースにおむつかぶれの薬を塗ってもらって恥辱にまみれる恵の姿を思い浮かべて、胸の中でにまりとほくそ笑み合った。
「はい、ぱたぱたはおしまい。あんよをおろしてあげるから、お膝を立ててちょうだい」
 恵の下腹部にうっすらと白化粧を施した京子は、差し上げていた恵の足をベッドの上におろし、両脚を開き気味にして膝を軽く立てさせると、左手で改めてペニスを後ろ向きに折り曲げて両脚の間に押し付け、八枚重ねの股当てのおむつをお尻の下からおヘソの方へ両脚の間に通して、その端をおヘソのすぐ下のあたりまで強めに引っ張り上げ、後ろ向きのペニスを股当てのおむつで強く押さえつけた後、お尻の横に広がっている横当てのおむつを右と左から股当てのおむつに重ね合わせ、更にその上におむつカバーの左右の横羽根を互いに重ね合わせてマジックテープでしっかり留めた。
「もうすぐ済むから、あと少しだけおとなしくしているのよ。お利口にしていたら、ご褒美にたっぷりおっぱいをあげるからね」
 京子は、恵の両脚の間を通しておむつカバーの前当てを引っ張り上げ、横羽根の上に重ねて、一番上のホックを左右とも留めた。そして、おむつカバー全体の形を念入りに整えた後、残りのホックを上から順に丁寧に留め、おしっこの重みでおむつがずり下がってしまわないよう腰紐を固く結わえる。
 あとは、おむつカバーの股ぐりからはみ出ているおむつをおむつカバーの中に指先で丁寧に押し込んでおしまいだ。

「はい、できた。お利口だったわね」
 京子は恵の頭を優しく撫でてから、ベッドに横たわっている恵の体の下に両手を差し入れて横抱きに抱き上げると、そのままベッドの縁に腰かけ、自分の腿の上に恵のお尻を載せさせて、授乳の時にはいつもそうする姿勢を取らせた。
「もうおしゃぶりは要らないわね?」
 そう言われて恵は一瞬べそをかきそうな顔になったが、目の前で京子の胸がぶるんと震えるのを見た途端、いかにも嬉しそうな表情を浮かべて口を開けた。
 京子は恵の後頭部を左手で支え持ったまま、右手でおしゃぶりをつまみ上げた。それを美和が受け取り、処置コーナーの水道で水洗いしてから消毒し、保管ケースに収納して、執務机の引出にしまいこむ。
 京子は右手でブラウスのボタンを外して胸元を大きくはだけ、あらわになった授乳用ブラのカップを開いた。京子の体臭と、乳首を濡らす母乳の匂いと、母乳に含まれる脳内麻薬分泌促進成分の匂いがない混ぜになって恵の鼻をくすぐる。
「さ、いいわよ。朝の休憩もお昼の休憩も哺乳壜で我慢してお利口さんだったわね。その分まで、たくさん飲むといいわ」
 京子に促されて、綺麗なピンクの乳首を口にふくもうとする恵。
 だが、乳首までもうあと僅かというところで恵の動きが止まった。
 止まって、すがるような目で京子の顔を見上げ、
「おっぱい。メグミ、おっぱいがいいの」
と訴えかける。
 それに対して京子は
「だから、ほら、おっぱいを飲んでいいのよ」と怪訝な顔で言いかけたが、不意にはっと何か気がついた様子で美和の方に振り向き、
「ごめん、美和ママ。ブラを外してもらえないかな。これはちょっと片手だけじゃ難しくて」
と声をかけた。
「初乳を飲ませる時におっぱいを触らせてあげたから、すっかりそれか癖になっちゃったみたいね、メグミちゃん」
 恵が何をせがんでいるのかすぐに理解した美和はくすっと笑って、京子に言われるまま授乳用ブラを外してやった。
「おっぱい! ママのおっぱい!」
 京子の胸元があらわになるや否や、恵は豊かな乳房を両手で包み持ち、母乳でじっとり湿った乳首にむしゃぶりついた。
「やれやれ。せっかく幸子ママからプレゼントしてもらった授乳用ブラなのに、これじゃ全く意味がないじゃない」
 京子の乳房に無心に顔を埋める恵の姿を眺めながら、美和が苦笑交じりに言った。
「本当に、これじゃ何のために簡単に授乳できるブラを着けているのか、まるでわからないわね」
 京子は美和に軽く頷いてみせたたが、すぐに面映ゆそうな笑みを浮かべて
「でも、初乳をあげた時にメグミがおっぱいを一所懸命に触ってくれて、私、思ったの。おっぱいを触らせてあげるのは初乳の時だけでいいかなって最初は考えていたんだけど、そんなの違うって。ブラを外す手間がかかってもいいから、母乳をあげる時はいつもメグミの好きなだけおっぱいを触らせてあげようって。ううん、『触らせてあげる』んじゃなくて、本当は私がメグミに『触ってほしい』んだってことがわかって。ほら、見て。メグミったら、こんなに無心に私のおっぱいを触ってくれているのよ。私のおっぱいをできるだけたくさん飲もうとして、慣れない手つきで私のおっぱいを揉んで、こんなにいじらしいのよ、メグミったら。こんなふうにされたら、カップだけ開けて勝手にちゅうちゅうしてなさいなんて思えないよ。メグミの掌の温かさをおっぱい全体に感じて、メグミに優しくおっぱいを揉んでもらって、それで、私の体がつくり出せるおっぱいを全部飲んでほしいよ。だから、だから……」
と続けて言ったが、最後の方は泣き笑いの顔で涙声になっていた。
「そう。そんなふうに思ったんだ、京子ママ。うん、京子ママはもう立派にメグミちゃんのお母さんよ。ママって言うより『お母さん』って呼んだ方がお似合いだわ。それにメグミちゃんも、すっかり京子ママの娘になっちゃって。だから、もう少しだけ頑張ろうね。頑張って、もっともっと本当の母娘になろうね、二人とも。――でも、だったら、もう、授乳用ブラなんて要らないんじゃない? 京子ママに似合う可愛いプラにすればいいんじゃないかしら?」
 美少女と見紛うばかりの恵を幼女扱いして弄ぶための協力者に仕立てた、病院で出会ったばかりの見ず知らずの少女。最初は私の異形の欲望を満たすための獲物に過ぎなかった恵と京子がこんな間柄になるなんて。そして、そんな二人の姿にこの私が胸を切なくするなんて。美和は胸の中で溜息を(決して嫌な溜息ではなく、自分がまだ温かい気持ちを抱くことがあるなんてと自分自身に呆れる、照れくさいのを誤魔化すための溜息を)つきながら、穏やかな声で美和は言った。
 それに対してて京子は一瞬の迷いもなくかぶりを振って
「ううん。このブラはこれからも着けていたいの。結局は役に経たないかも知れないけど、この授乳用ブラは、メグミがおっぱいを卒業するまで着けていたいの。だってこれは、私が自分のおっぱいをメグミに飲ませることができるっていう証の下着だから。まだ中学一年生の私だけど、ちゃんとメグミのお母さんになれるっていうことを証明してくれる、とっても大切なものだから。私のおっぱいからは本当の母乳が出るんだよっていう誇りの証だから。だから、私、普通のブラじゃなく、この授乳ブラがいいの」
と、きっぱり断言した。
「すごいね、京子ママは。まだ中学一年生なのにそんなふうに感じられるなんて、とっても立派よ、京子ママは」
 美和は穏やかな笑みを浮かべて優しく言った。
「立派? 私が? ううん、ちっとも立派なんかじゃないよ、私。だって、私ったら……」
 立派と言われて京子はなぜか困ったように瞼をしばたかせ、少し迷ってから唇を舌で湿らせて、恥ずかしそうに言った。
「……メグミが乳首を吸うたびに私、お腹の下のあたりがきゅんとなっちゃって、なんだかとってもエッチな気分になっちゃって、それで、それで私……笑わない? 美和ママ、笑わないで聞いてくれる?」
 言いかけて、けれど途中で顔を伏せ、しばらくの間、自分の乳房から母乳を飲むメグミの口元をいとおしげに見つめていてから、おずおずと顔を上げて京子は続けた。
「……エッチな気持ちになっちゃって、あの、恥ずかしいおつゆが溢れてきちゃって、それで、ぬるぬるになっちゃって、パ、パンツまでぬるぬるに濡らしちゃって、……だ、だから、そんな恥ずかしいことになっちゃう私が立派だなんてあるわけなくて……」
「あら、そんなことを気にしていたの? でも、それは、ちっとも恥ずかしいことなんかじゃないわよ。京子ママにはまだ難しいと思うけど、あそこがぬるぬるになるのは、男の人を受け入れやすくするためなのよ。つまり、京子ママはもう男の人を受け入れられる体になっている、要するに、女の子じゃなく、大人の女性の体になっているということなのよ。それは決して恥ずかしいことじゃなくて、むしろ誇っていいことなのよ。大人の女性の体だからこそ、メグミちゃんのお母さんになれるんだもの」
 美和は京子の肩にそっと手を置き、いたわるように言ってから、悪戯っぽい口調で
「でも、パンツが濡れちゃうのは困ったことね。ひょっとしたら制服のスカートまで濡らしちゃうかもしれないし。あ、そうだ。だったら、京子ママにもメグミちゃんとお揃いのおむつをあててあげようか? おむつをあてておけば、いくらあそこがぬるぬるに濡れちゃっても大丈夫よ。うふふ、いい考えだと思わない?」  
と付け加えて、ころころ笑った。
「やだ。中学生にもなっておむつなんて恥ずかしすぎるから、絶対にやだ」
 京子は顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「あら? 中学生にもなっておむつなんて恥ずかしいって言うけど、だったら、メグミちゃんはどうなるのかしら? 本当は高校生なのにおむつなのよ? なのに自分の方が恥ずかしいだなんて、随分と身勝手なことを言うのね、京子ママは」
 尚も笑いながら美和は言った。
「ううん、メグミはおむつでいいの。だって、メグミはこれからどんどん年齢が戻って幼くなって赤ちゃんになって、私の娘として生まれ変わるのよ。これから大人になってゆく私とは逆に、これからどんどん赤ちゃんになってゆくのよ。だから、おむつでもいいの。ううん、おむつじゃなきゃいけないのよ、メグミは」
 京子は、母乳を口にふくんでぷくっと膨れたメグミの頬をつんと指先で突いた。
 恵は何も応えない。
 ここ一年間ほどの記憶を失い、美雪との面談の内容どころか、美雪と会ったことさえ憶えていない恵には、京子が何を言っているのかわからない。
 今の恵にできるのは、取り替えてもらったばかりの新しいおむつの柔らかな感触に羞恥を覚えつつ京子の乳房を両手で包み持ち、無心に母乳を飲むことだけだった。




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