ルシファーのまどろみ・完結編その二



 恵が遊鳥小学校に転校して来て二日目の朝。
 始業のホームルームまでまだ時間があるのだが、大半の生徒はもう登校してきていて、教室のあちらこちらで幾つかの仲良しグループに分かれ、夏休みの予定を教え合ったりしている。
 そんなざわめきの中、扉が開いて、二人の女生徒が教室に入ってきた。一人は恵、もう一人は京子だ。

「あ、おはよう、メグミちゃん。それに、井上さんもおはようございます」
 扉のすぐ近くで明美との会話に興じていた雅美が真っ先に二人に気がついて、元気いっぱいに挨拶をした。
「おはよう、坂本さん。おはようございます、井上先輩」
 雅美の傍らで明美もぺこりと頭を下げる。「おはよう、二人とも。昨日はいろいろとありがとう。これからメグミがなにかと迷惑をかけると思うけど、よろしくね。――じゃ、私は自分の教室へ行くけど、何かあったらすぐに連絡するのよ。いいわね?」
 京子はにこやかな面持ちで挨拶を返し、恵のお尻を制服のスカートの上からぽんと叩いて教室をあとにした。

 残された恵はもじもじと恥ずかしそうにしながら
「お、おはよう、服部さん。おはよう、野田さん。……昨日は校舎を案内してくれたり、いろいろ話しかけてくれたり、ありがとう。それと、京子お姉ちゃんに先に言われちゃったけど、メグミ、京子お姉ちゃんがいないと一人じゃ何もできなくて、みんなにはいろいろ迷惑をかけちゃうと思うの。……でも、できれば、お、お友達になってほしいんだけど、駄目かな」
と、二人に向かって遠慮がちに声をかけた。
 よく見ればその笑顔はこわばっているのだが、雅美と明美はそのことには気づかない。
「駄目だなんてこと、あるわけがないわよ」 恵の言葉が終わるか終わらないかのうちに、明美が優しい笑顔で言う。
「野田さんの言う通りよ。こんなに可愛いお友達ができたら、きっと、他のクラスの子に自慢しちゃうよ、私」
 明美の言葉に雅美は大きく頷いてみせたが、その直後、やや気遣わしげな様子でこう続ける。
「あのね、こんなことを言うと失礼かもしれないけど、せっかくお友達になるんだから遠慮しないで言うね。――坂本さん、転校してきたばかりで緊張しているせいかな、なんていうか、ちょっと引っ込み思案な感じがするんだけど、そういうとこを治したら、友達なんてすぐにたくさんできるよ。だから、おどおどしてないで、元気にしていた方がいいと思うんだ。……ごめんね、変なこと言っちゃって」
 雅美にそう言われて恵は
「……ううん、いいの、本当のことだから。メグミ、京子お姉ちゃんがいなきゃ一人じゃ何もできないんだって自分でもよくわかっていて、でも京子お姉ちゃんに子供扱いされて、そのたびに拗ねちゃって、拗ねてることをまわりの人たちに気づかれるのがいやで、だから、ついつい人見知りになっちゃって……」
と考え考え言ってから、ふっと目を伏せて、ぽつりと
「昨日も京子お姉ちゃんとちょっといろいろあって、本当にメグミは自分だけじゃ何もできないんだってことが今までよりもよくわかっちゃって……」
と、しゅんとした様子で続けた。
 メグミが口にした『京子お姉ちゃんとちょっといろいろあって』というのは、京子の手でペニスを弄ばれておむつを精液でべっとり汚してしまった件のことだ。その結果、恵は自分が青年の男子であることをひどく穢らわしく感じるようになり、無意識のうちに幼い女の子への憧れを抱くようになってしまった。そして、それまでは京子に手懐けられ、屈服させられ、京子に依存する生活を送ってはいても、心の奥底には男子高校生としての矜持を僅かながら持ち合わせていたのが、遂には、そのなけなしの矜持が却って重荷になり、千々に乱れる心の隙を衝かれて、美和や京子の目論見通り、京子がいなくては何もできない無力な女児へと墜ちてゆく途を選ばされようとしているのだが、その恥辱の途への最初の歩みこそが、京子に命じられるまま、雅美や明美と『女友達』になることであり、京子と二人きりの時だけでなく他の者の前でも自分のことを幼女さながら『メグミは……』と名前で呼ぶことであった。
「あのね、坂本さん、ううん、せっかく友達になりたいって言ってくれたんだから、呼び方はメグミちゃんでいいよね、服部さんが言った通り、メグミちゃん、とっても可愛いんだから、引っ込み思案なところさえ治せば、私たちの他にも友達はいっぱいできるよ。可愛いメグミちゃんには笑顔がお似合いだから、いつもにこにこしていれば、それだけで、みんなの方からメグミちゃんに、友達になりたいって近づいてくるよ、絶対。自分じゃ何もできないっていうけど、そんなところも可愛いんだよ。なんだか、守ってあげたくなるっていうか、いくらでも甘えさせてあげたくなるつていうか、だから、自信を持っていいのよ。自信を持って、友達をたくさんつくろうよ。でも、最初に友達になったのは服部さんと私だからね、それだけは忘れないでちょうだいね」
 明美は小学五年生の少女にお似合いの眩い笑顔で応じた。
 だが、屈託のない笑顔の明美とは対照的に、『京子お姉ちゃんがいなきゃ一人じゃ何もできない』という恵の言葉を耳にした雅美の脳裏には、昨日カウンセリングルームで美和に見せられたタブレットの映像がありありと思い浮かんできて、心がざわめいていてしまう。
(お家に帰ってからも、おもらししちゃって井上さんにおむつを取り替えてもらって、夕ご飯の代わりに井上さんのおっぱいを飲ませてもらったのかな、メグミちゃん。京子お姉ちゃんがいなきゃ一人じゃ何もできないって、そういうことだよね。じゃ、お風呂でも井上さんに体や髪を洗ってもらっているのかな。それで、お風呂上がりにおむつをあててもらって、喉が渇いたからっておっぱいを飲ませてもらっているのかな。そんなの恥ずかしいだろうな。本当は同い年の従姉妹を『京子お姉ちゃん』って呼んで赤ちゃんみたいに扱われるの、とっても恥ずかしいだろうな。――でも、そんなメグミちゃん、とっても可愛いだろうな。私もずっと面倒をみてあげていたら、メグミちゃん、私のこと、『雅美お姉ちゃん』って呼んでくれるようになるかな。本当は二つ年上で今は記憶がなくなって自分のことを小学六年生だと思っているメグミちゃんが小学五年生の私のことを『お姉ちゃん』って呼ぶなんて、とっても恥ずかしいだろうな。でも、恥ずかしがりながらそんなふうに呼んでくれるメグミちゃん、可愛いだろうな)
 雅美は夢想しながら、うっとりした目をメグミの下半身に向けた。
 華奢な体つきなのに、お尻だけが大きくて、制服のスカートが丸く膨らんでいる。
(あれが恥ずかしい下着のせいだってことを知っているのは私だけ。うふふ。今日はどんなおむつカバーなんだろう。それに、おむつカバーの中にあてているのはどんなおむつなんだろう。メグミちゃんのお世話を続けて、いつか梶田先生にお願いしてみようかな。私にメグミちゃんのおむつを取り替えさせてくださいってお願いしてみようかな。ほら、雅美お姉ちゃんがおむつを取り替えてあげるから、おとなしくしているのよ、メグミちゃん。いつか、そんなふうに言ってみたいな)
 夢想する雅美の下腹部がじんと痺れる。
 少しばかり早い性への目覚め。そして、少しばかりいびつな性への目覚めだった。


 あ……。
 あえかな恵の声が聞こえた。
 聞こえたような気がした。
 雅美は、隣の席の恵の様子を横目でそっと窺った。
 恵は唇を噛みしめ、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて、肩を小さく震わせている。
 二時間目の授業が終わるまでには、まだ十五分ほどある。
 雅美はさっと手を上げ、こちらに顔を向けた教諭に向かって
「坂本さんの具合がよくないみたいなので、保健室へ連れて行ってあげてもいいでしょうか」
と、はきはきした声で言った。
「あ、それは大変ね。途中退出を許可します。急いで保健室へ連れて行ってあげてください」
 判断に迷うことなく教諭は応じ、足早に教壇をおりて、保健室に近い前方の扉を開けた。
「先生のお許しをもらったから、さ、行きましょう」
 さっと席を立った雅美は恵の側に移り、少し膝を曲げて、弱々しく震える肩を抱いた。
「え? でも……」
 でも、この授業が終わったら梶田先生が連れに来てくれるから。おそらく恵はそんなふうに言おうとしたのだろう。
 だが雅美はそんな恵の言葉を遮り、耳許に口を寄せて
「授業が終わるまで待ってちゃ、横漏れしちゃうんじゃないかな? そんなことになってスカートまで濡らしちゃったら、メグミちゃんの恥ずかしい秘密をみんなに知られちゃうよ。だから、今のうちに保健室へ行こうね」
と、恵が一言も聞き逃さないよう、わざとゆっくり囁きかけた。
 途端に恵が体をびくっと震わせた。
 震わせて、雅美の顔をおそるおそる見上げる。
「さ、行くわよ。連れて行ってあげるから、ほら、私の体にもたれかかって」
 雅美は恵の肩を抱いて椅子から立たせ、細っこい体を右手で自分の方へ引き寄せて、自分たちに注がれる級友たちの視線を意識しながら、ゆっくり歩き出した。


「おとなしく歩くのよ。大股になったり、あまり急いだりすると滲み出しちゃうから」
 自分よりも背の高い恵の肩に手をかけてこちらにもたれかけさせるようにしてゆっくり廊下を歩きながら、雅美はわざと、小さな子供に対するような口調で言った。
 ただし雅美は、『横漏れ』とか『滲み出しちゃう』とか、思わせぶりな表現はするものの、直接的に『おむつ』とは口にしない。それが却って恵の不安をじわじわ煽る。
 昨日の夕飯時、恵の様子を気にかけてくれるよう服部さんにお願いしておいたわよと美和から聞かされてはいたが、恵の『病状』をどのように雅美に説明したのかは知らされていない。ただ、雅美の口にのぼる思わせぶりな言葉から判断するに、恵のお尻を包む恥ずかしい下着のことが伝わっているのはほぼ間違いないだろう。
 服部さん、メグミの病気のこと、どこまで知っているの? 本当はそう訊きたい。訊きたいけれど、訊くのが怖くて口を閉ざしてしまう恵だった。

 ノックして少しだけ待つと、静かにドアが開いて、美和が二人を保健室に迎え入れた。
「もうあと少しで二時間目の授業が終わりそうというところでしくじっちゃったみたいです。お尻が濡れたままだと可哀想だから、急いでお願いします」
 雅美は恵の肩を抱いていた手を背中まですっとおろし、恵を美和の目の前に優しく押しやった。本当は手をお尻までおろして、昨日はタブレットの映像で見ただけだったおむつカバーの感触を実際に確認したい気持ちもあるが、それはもう少し『仲良し』になってからでいい。
「昨日お願いしたばかりなのに、早速ありがとう。じゃ、措置をするから、服部さんは隣のカウンセリングルームで待っていてちょうだい」
 美和はにこやかな笑顔で雅美に言い、恵の手首をつかんで奥のベッドの方へ連れて行く。
「あ、あの、お手伝いさせてもらっちゃ駄目ですか? メグミちゃんがどんな検診を受けているのか、どんなケアが必要なのか、友達として知っておきたいし、それに、これからお世話してあげる上でも、実際に目で見て確かめておいた方がいいかなって思うんです。だから」
 美和の背中に向かって雅美は躊躇いがちに声をかけた。
 それに対して、恵が弱々しくかぶりを振る。
「ごめんね。そういうことは、もう少し後にしましょう。もう少し服部さんと坂本さんが親密になってから」
 不安げな面持ちで美和の様子を窺い見る恵に向かって安心させるように小さく頷いてみせてから、美和はちらと雅美の方に振り向いて静かに言った。
 そして意味ありげな笑みを浮かべ、
「服部さん、児童会の活動で週に一度、こども園で小っちゃな子たちの面倒をみてあげているんだったわよね。その中でも特別年少クラスの子供達とは特に仲良しだって聞いているわ。その子達と同じくらい坂本さんと服部さんが親密になったら、坂本さんのお世話をお願いしようかしら。――そうなるまでに、あまり時間はかからないと思うわよ。ひょっとしたら、すぐのことじゃないかしら」
と、さりげなく付け加えた。


 美和の指示に従ってカウンセリングルームに移り、昨日と同じ場所に腰をおろした雅美の目の前にタブレットが置いてあった。
 少し迷って、けれど好奇心には勝てずに側面のボタンを押すと、保健室の様子が画面に映る。どうやら、昨日と同じ、ベッドのすぐ近くに設置してあるカメラの映像のようだ。
 雅美は画面をあれこれとタップしてみたりスワイプしてみたりしたが、予め美和が機能を制限しておいたらしく、カメラの切り替えや画面の拡大等はできなかった。ただ、何度かタップするうちにマイクの機能が有効になったようで、
「いつまでも愚図愚図してちゃ駄目よ。授業に遅れたら服部さんにも迷惑がかかるんだから、さっさとなさい」
という美和の声がタブレットのスピーカーから流れ出た。
 そのまま雅美が耳をそばだて、画面を凝視していると、二人がベッドに近づいて来たのだろう、スピーカーから聞こえる声が大きくなって、ベッドの上に影が落ちる様子が画面に映る。
 しばらく待つと影の位置が変化し、
「スカートを脱がせてあげるから、そのままじっとしているのよ」
という美和の声が鮮明に聞こえて、美和が恵の手を引いてベッドのすぐ側に立たせる様子が映し出された。
 美和が手早くアジャスターを緩めてファスナーを開き、サスペンダーをさっと肩からずらして制服の吊りスカートを脱がせると、恵のお尻を包んでいるおむつカバーがあらわになった。
(今日はキャンデー柄のおむつカバーなんだ、メグミちゃん。うふふ、可愛いメグミちゃんにお似合いの可愛いおむつカバーだこと)
 雅美が食い入るようにみつめる画面の中で、スカートを脱がされた恵は、おねしょシーツを敷いたベッドに横たわった。と、それまでは恵と共に映っていた美和の姿がフレームアウトし、待つほどもなく、手に丸い容器を持って再び現れる。
「はい、京子ママの愛情がたっぷり入った哺乳壜よ。おむつを取り替えてあげる間、これを飲んでおとなしくしてなさい」
 美和は、手にした容器を恵に両手で持たせた。
 美和が口にした『哺乳壜』という言葉に驚いて雅美は画面に目を凝らした。確かにその丸い容器は、乳白色の液体が八分目ほど入った哺乳壜だった。そして、その乳白色の液体は、美和の言う通りなら京子の母乳。
「やだ。メグミ、京子ママの本当のおっぱいがいい。京子ママに抱っこしてもらっておっぱいがいいの!」
 哺乳壜を強引に手渡された恵は幼児さながらに駄々をこねる。
「やれやれ、元々甘えんぼうだったけど、昨日からますます余計に甘えんぼうになっちゃって。本当にしようのない子だこと。――ほら、これでどう?」
 美和は軽く肩をすくめ、白衣のポケットから、宿舎で京子が恵をおとなしくさせるのに使ったのと同じプラスチック製のガラガラを取り出した。
 からころからころ。
 からころからころ。
 美和がガラガラを振り鳴らすと、恵の目がとろんとして唇が半開きになる。
 美和はガラガラを振りながら、もう片方の手で、半開きの口に哺乳壜の乳首を咥えさせた。
 恵の唇がゴムの乳首を吸って、ごくんと喉が動く。
「すぐに終わるから、おとなしくしているのよ」
 それからしばらく恵の顔の上でガラガラを振り鳴らしてから美和はベッドの端に移り、テーブルの上にガラガラを置いて、恵のブラウスの裾をお腹の上に捲り上げた。
(メグミちゃん、井上さんのこと、京子ママって呼んでるんだ。それに、梶田先生のことを美和ママって。だったら、私のこと雅美お姉ちゃんって呼んでもらうの、それほど難しくないかもね。ガラガラでおとなしくなっちゃって、哺乳壜のおっぱいを飲みながらおむつを取り替えてもらうだなんて、メグミちゃんは赤ちゃんと同じ。赤ちゃんだったら、優しくお世話をしてあげていれば、すぐに懐いてくれるよね。懐いて、私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれるようになるよね。えへへ、早くそうならないかな)
 雅美は瞳を輝かせて画面をみつめる。
 画面に映る美和がおむつカバーの腰紐を解いて横羽根と前当てを開くと、ぐっしょり濡れたおむつがあらわになった。
(水玉模様のおむつなんだ、メグミちゃん。うふ、たくさんしちゃったみたいで、びしょびしょ。メグミちゃんのおむつ、取り替えてあげたいな。体の大きな赤ちゃんのおむつを取り替えるのは葉月ちゃんや晶ちゃん、それに優香ちゃんと祐香ちゃんで慣れていて大丈夫だから、私がメグミちゃんのおむつを優しく取り替えてあげて、雅美お姉ちゃんって呼んでほしいな)
 雅美は、週に一度訪れるこども園の特別年少クラスの部屋で面倒をみてやっている園児の顔を思い浮かべながら画面に見入る。
 美和は恵の足首を高々と差し上げて、ぐっしょり濡れたおむつをたぐり寄せ、ペールに収めた。恵の股間があらわになるが、ペニスが画面に映らないよう美和は自分の背で巧みにカメラを遮りつつ、ベビーパウダーのパフを恵の下腹部に押し当て、新しいおむつをお尻の下に敷き込み、股当てのおむつでペニスを覆い隠した。
 その間、恵は、残りもうあと僅かになった哺乳壜の乳首から一時も口を離さず、ちゅうちゅうと音をたてて京子の母乳を無心に貪り飲んでいる。
「さ、できた。おとなしくしていてお利口さんだったわね。ちょうどおっぱいもおしまいになったみたいだから、ないないしようね」
 おむつカバーの横羽根と前当てを重ねてマジックテープで留め、腰紐をしっかり結わえて、おむつカバーからはみ出ているおむつを股ぐりの中に丁寧に押し入れた美和は、ほぼ空になった哺乳壜を恵の手から取り上げた。
 途端に恵が
「いや! おっぱいなの。メグミ、もっとおっぱいがいいの!」
と、今度は哺乳壜を手から離すまいとして駄々をこねる。
 これまで、恵がそのように感情をあからさまにすることはなかった。おむつが濡れても弱々しく目を伏せるだけだし、お腹が空いてもすがるような目を京子の胸に向けるだけで、僅かに感情を発露させることがあるとすれば、京子の太腿にお尻を載せて京子の手で横抱きにしてもらい京子の乳首を口にふくむ際に嬉しそうに顔を輝かせて可愛らしい歓声をあげるくらいしかなかった。けれど昨日、京子の手でペニスを弄ばれておむつを精液で汚してしまった結果、それまで僅かに持ち合わせていた青年男子としての矜持を捨て去り、幼い女の子へと墜ちる途を選ばされて、これまで以上に幼い女の子を真似た言動や振る舞いをするよう『躾け』られるに従って、感情を抑えることが難しくなってしまったのだった。今の恵は、感情を無邪気にさらけ出し、周囲のことなどまるで頓着しない、年端もゆかぬ我儘放題の幼女へと墜ちつつあった。
「やれやれ、哺乳壜でおっぱいを飲んでいる間はお利口さんだったのに、すっかり我儘になっちゃって。このぶんだと、私だけじゃおとなしくさせるのは難しそうね」
 スカートを脱いでおむつカバーが丸見えの姿で幼児がいやいやをするように首を横に振る恵の様子にわざと呆れたように呟いて、美和はカメラに顔を近づけ、何度か口を動かした。
 美和が何かを伝えようとしているのだと直感した雅美はタブレットの画面に目を凝らし、美和を真似て自分の口を動かして声を出してみる。
 そうしているうちに、美和が「し・か・つ・て・あ・げ・て」――「しかってあげて」と言っているようだと気がついた。
 気がついた瞬間、美和が昨日このカウンセリングルームで雅美に言った「坂本さんが少しでも我儘を言うようなら、遠慮しないで叱ってあげてほしいの」という言葉を思い出す。
 雅美は画面の向こうの美和に向かって大きく頷いて、すっと立ち上がった。


 カメラを使って美和が雅美を保健室へ呼び戻したことを知らない恵は(そもそも、保健室や宿舎に監視用のカメラが設置してあることそのものを恵は知らないのだが)、雅美が目の前に現れた瞬間、顔をこわばらせて息を飲んだ。
「駄目でしょ、メグミちゃん、我儘言っちゃ。お昼以外の休憩時間は短いんだから、さっさと教室へ戻らなきゃ授業が始まっちゃうのよ。転校してきてすぐだからこっちの学校の授業の進み方もわかってないくせに、今からそんなじゃ、授業についていけなくなっちゃうわよ。遊鳥には『逆進級』っていう制度があって、授業についていけない生徒は下の学年に落とされちゃうのよ。それも、すぐ下の学年だけじゃなくて、授業の理解度に応じて二学年でも三学年でも落とされて、ひょっとしたら一年生に落とされちゃうこともあるんのよ。だから、いつまでもおっぱいをせがんでないで教室へ戻らなきゃ。スカートを穿かせてあげるから、ほら、立って」
 新しい学校の事情に詳しくない転校生に向かって同級生がというよりも、入学したばかりの一年生に向かって児童会役員のお姉さんがといった方が似つかわしい、小さな子を咎めるような口調で、雅美は恵に言って聞かせた。
 だが恵は身を固くして押し黙ってしまう。
「メグミちゃん、朝のホームルームが始まる前に言ったよね。野田さんと私に、友達になりたいって言ってくれたよね。だから、大切な友達として言うね。メグミちゃんがおむつなのも、井上さんの母乳しか口にできないのも、病気のせいなんでしょう? 病気の結果だったり病気を治療するためだったりするけど、でも、どっちにしても、病気のせいなんだよね? だったら、恥ずかしがる必要なんてないよ。病気のせいで仕方ないことなんだから、恥ずかしがらなくてもいいんだよ。だけど、今のメグミちゃんは私から見てもとっても恥ずかしい子になっちゃっているよ。メグミちゃんの病気を治すために井上さん、まだ正式に認められていない薬で自分のおっぱいから母乳を出せるようにして、その母乳をメグミちゃんに飲ませてあげているんだよね。メグミちゃんがお腹いっぱいになって、喉も渇かないようにするには、どれだけたくさんの母乳が要るんだろうね。そんなにたくさん母乳を出すには、いくら体が大きくてもまだ中学一年生の井上さんがどんなに頑張らなきゃいけないんだろうね。それを、我儘言ってもっとってせがんで――今のメグミちゃん、とっても恥ずかしいよ。昨日知り合ったばかりの私から見ても、とっても恥ずかしいことしているよ、メグミちゃんは」
 言葉こそ少しきついが、優しい声で雅美は恵を諭す。
「……で、でも、寂しいんだもん。メグミ、京子お姉ちゃんとずっと一緒にいたいのに、中学校と小学校に別れちゃって、昼休みと放課後しか一緒にいられないんだもん。だから、だから……」
 恵は今にも消え入りそうな声で言い、哺乳壜を胸に抱え込んで、拗ねたように顔をそむけた。
「……そうだったんだ。寂しかったんだ、メグミちゃん。もっとたくさんおっぱいを飲みたいだけで駄々をこねたんじゃなくて、井上さん――京子お姉ちゃんに会えないのが寂しくて、それで、京子お姉ちゃんのおっぱいの匂いがする哺乳壜を梶田先生に返したくなくて駄々をこねたんだ。ごめんね、気がついてあげられなくて。ごめんね、理由も知らずに叱っちゃって。でも、教室にはちゃんと戻らなきゃいけないんだよ。メグミちゃんが逆進級で下の学年に落ちちゃって離れ離れになるの、いやだもん。せっかく友達になれたのに、別の教室になっちゃうの、絶対にいやだもん。京子お姉ちゃんと別々になってメグミちゃんが寂しいのと同じように、もしもメグミちゃんと別々になっちゃったら、私も寂しいもん。とってもとっても寂しいもん」
 肩を震わせる恵の横顔を見おろして、雅美は穏やかな声で言った。
 そこへ美和が、雅美の耳許に何やら囁きかける。
「――え? いいんですか? 本当にいいんですか?」
 囁き声が聞こえなくなるのと同時に雅美は驚きと嬉しさがない交ぜになった表情を浮かべ、美和に念を押した。
「ええ、いいわよ。担任の先生には今から連絡を取っておくから心配しないで。本当はいけないことだけど、少しくらい授業を抜けても、服部さんは成績優秀のようだから心配ないでしょう」
 美和は鷹揚に頷いて執務机に置いてある電話を職員室につなぎ、雅美のクラスの担任教諭に
「保健室の梶田です。実は、坂本さんの検診中に少し不具合が生じまして……いえ、もう復旧いたしましたので、ご心配には及びません。ただ、検診データの再取得をすることになって……はい、そうです。それで、どうしても服部さんの助力が必要になりまして……ええ、おっしゃる通りです。ですから、申し訳ありませんが、二人とも三時間目の授業は抜けさせていただくということで。はい、四時間目には必ず間に合わせます。では、ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします」
と偽りの連絡を入れた。

 受話器を耳に押し当ててわざと事務的な口調で偽りの説明をする美和の背中に向かってぺこりと頭を下げてから雅美は、上履きの靴を脱ぎ、ベッドに上がって、躊躇いがちに恵と体を密着させた。
 はっとした表情で、恵がおそるおそるこちらに向き直る。
「私は京子お姉ちゃんの代わりにはなれない。でも、少しだけなら寂しさを紛らわせてあげられるよ、私でも」
 すぐ目の前にある恵の瞳をじっと見て雅美は優しく言い、恵の頭の下に手を差し入れて腕枕をした。
 恵は戸惑いつつも、仄かに頬を赤らめる。
 雅美は、腕枕をした手を動かして、恵の顔を自分の胸元に引き寄せた。
 不意に、どこか懐かしい軽やかな音色が保健室の空気を震わせる。
 からころからころ。
 からころからころ。
 職員室への連絡を終えた美和が振り鳴らすガラガラの音だ。
 途端に恵が瞼を半分ほど閉じ、雅美の胸に顔をなすりつけるようにして唇をちゅぱちゅぱと動かす。
 雅美は無言で美和の顔を振り仰いだ。
 美和が軽く頷いてみせる。
 雅美は、空いている方の手で自分のブラウスのボタンを外して胸元をはだけ、中に着ているキャミソールの肩紐をずらした。
 あらわになった綺麗なピンクの乳首を恵がそっと口にふくむ。
「あ……!」
 唇から熱い吐息を漏らしながら、雅美は、空いている方の掌で恵の後頭部を包み、恵の顔を更に強く自分の胸元に抱き寄せた。
 恵が唇と舌を巧みに動かして雅美の乳首を吸う。
「ん……!」
 雅美は思わず下半身をよじった。
 下腹部がじんと痺れて喘ぎ声が口を衝いて出る。
「坂本さん――メグミちゃんにおっぱいをあげる気分はどう? これで服部さんも井上さんと同じ、メグミちゃんのママね」
 美和は、ガラガラを恵の手に握らせながらねっとりした声で言った。
「……いいえ。私、ママなんかじゃありません。……昨日タブレットで見せてもらった、井上さんがメグミちゃんにおっぱいをあげている時の愛情たっぷりの顔。あの愛情に比べたら、私なんてまだまだです。……私はママなんかじゃなくて、お姉ちゃん。時々ママの真似をして小っちゃな妹に自分のおっぱいを吸わせる、ちょっぴり悪戯好きのお姉ちゃん。……私はそれでいいんです」
 何度も喘ぎ声を漏らし、途切れ途切れに雅美は答えた。
 からん。ころん。
 片手を雅美の胸元に押し当て、もう片方の手で恵がガラガラを振る。
 雅美にしてみれば、お人形遊びの延長のつもりかもしれない。幼い頃に遊んだミルク飲み人形に雅美を見立てた、他愛ないごっこ遊びかもしれない。
 けれど、ようやく性に目覚めたばかりの雅美自身は気づいていなくとも、美和は嗅ぎ取っていた。雅美が発する、京子や幸子や、そして美和自身と同じ匂いを。

 まだジュニアブラも着けていない雅美の薄く固い胸板に顔を埋め、ぴんと固く勃ったピンクの乳首を無心に吸う恵。
 恵は今、年下の母親と年下の姉の庇護のもと、羞恥に満ちた、けれどその羞恥を悦びと感ずる異形の童女への途を歩み出そうとしていた。


 恵と雅美が教室に戻ってきたのは、もうあと五分ほどで四時間目の授業が始まるという頃だった。
「大丈夫なの?」
 自分たちの席についた二人に級友たちが心配そうな目を向ける中、明美が歩み寄って声をかけた。
「ごめんね、心配かけて。でも、大丈夫。検診に使う器械にちょっとトラブルがあったけど、梶田先生が調整し直して検診はちゃんと終わったから。ただ、時間はかかっちゃったけどね」
 保健室で何があったのか雅美はおくびにも出さず、しれっとした顔で明美に答えた。
 だが、保健室での羞恥に満ちた出来事が頭から離れない恵の頬にはさっと朱が差す。
「でも、メグミちゃんはなんだか熱っぽいみたい。本当に大丈夫なの? 先生に言って早退した方がいいんじゃないの?」
 恵の頬が赤くほてるのを見て、明美は気遣わしげに言った。
「……ううん、大丈夫。時々体温が上がることがあるんだけど、少しじっとしていれば元に戻るから心配しないで」
 恵は、保健室での痴態を思い出してますます上気する顔を伏せ、今にも消え入りそうな声で答えた。
「うん、本人がそう言うんだったらいいけど。でも、気分がわるくなったら教えてね。服部さんでも私でも、すぐに保健室へ連れて行ってあげるから」
「……ありがとう、そうする。ごめんね、気を遣わせちゃって……」
 恵は顔を伏せたまま、上目遣いにちらと明美の顔を仰ぎ見た。
「何を言っているの、友達なんだから遠慮なんてしないでよ」
 明美がそう言うのとチャイムが鳴るのとがほぼ同時だった。
「じゃ、席に戻るけど、気分がわるくなったらすぐに言うのよ、本当に遠慮なんてしないで」
 明美は念を押してから自分の席に戻った。
 それが合図になったかのように、級友達も各々席につく。


「大丈夫?」
「……うん」
「じゃ、行こうか」
「……うん」
 四時間目が終わってすぐに交わされた雅美と恵の短い会話。けれど、今の二人にはこれで充分だった。
「メグミちゃんを保健室へ連れて行くね。給食は、検診が終わって教室に戻ってきてから食べる。だから、そのままにしといてって給食係の子に言っておいてもらえるかな。それと、食べ終わったら私の食器は自分で給食室へ返しに行くから気にしないでって。ごめん、お願いね」
 明美にそう告げて、雅美は再び恵の肩を抱いて教室をあとにした。

 二時間目は授業が終わるまで我慢できなかったが、今度はまだ大丈夫。
 が、大丈夫なのもここまでだった。
「あ……」
 階段をおりている途中で恵が脚を止めてしまう。
 付き添っているのが京子なら恵の身に何が起きたのかすぐにわかったのだろうが、雅美にはまだ無理だ。
「どうしたの? どこか痛いの、それとも気分がわるいのかな?」
 それまで恵の肩を抱いていた手を離し、恵の顔を正面から覗き込んで雅美は心配そうに訊いた。
 それに対して恵は
「……出ちゃう……」
と小さな声でそれだけを言って、あとは押し黙ってしまう。
 それでようやく、恵の脚が止まってしまった理由に雅美は思い至った。
 雅美は自分だけ階段を一段上に戻って、恵の背中に両手をまわして細い体を抱き寄せた。こうすると、自分の胸と恵の顔がだいたい同じ高さになる。
「いいわよ、出しちゃいなさい。お姉ちゃんがこうして抱っこしていてあげるから、我慢しないで出しちゃいなさい」
 雅美は、右手をそっと上げて恵の後頭部を掌で包み、こわばった顔を自分の胸に押し当てさせて囁きかけた。
 恵は雅美の薄い胸に顔を押し当ててこくんと頷き、両手を伸ばして雅美にしがみついた。
 直後に再び
「あ……」
と小さな声が恵の口を衝いて出て、恵の腰がぶるっと震える。
「よく我慢したわね。二時間目は休憩時間まで待てなかったけど、今度は授業が終わるまで頑張ったんだから、お利口さんだったわよ。病気なんだから、恥ずかしがらなくていいのよ。自分ではどうしようもない仕方のないことなんだから、恥ずかしがらなくていいのよ。だから、出しちゃおうね」
 雅美は、それまで恵の背中を抱いていた左手を静かにおろして、ぷっくり膨らんだ恵のお尻をスカートの上から撫でさすりながら囁いた。
「……ぇん、ぅぇ〜ん、ひ、ひっく、うぇ〜ん……」
 突然、恵の口から弱々しい泣き声が漏れる。
「メグミちゃん?」
 お尻を撫でる手を止めて、雅美は驚いて恵に呼びかけた。
「び、病気って言われても、メグミ、わかんない。メグミ、自分が病気だって思ったことなんてない……ないのに、ぅ、うぇーん、ぅわーん……メグミ、どんな病気なのか自分でわかんなくて、ふ、ふぇーん、ひ、ひっく、……だけど、おもらしが治らなくて、赤ちゃんじゃないのにおもらしだなんて、やっぱり病気なのかな……う、ぅぐっ、うぐっ、ひっく、でも、やっぱり自分じゃ病気だなんて思えなくて……う、うわーん、うぇーん、わかんないよぉ、頭の中がこんがらがって、何もわかんないよぉ……ぅ、ぅぇーん、うぐっ、ふぇーん……助けてよ、お姉ちゃん、雅美お姉ちゃん、メグミを助けてよぉ……ぅぅぅ、ぅわーん、やだよ、こんなのやだよぉ……ママ、京子ママは優しくて、おむつを取り替えてくれる時は特に優しくて、で、でも、うぐ、うぐっ、わかんないよぉ、やだよぉ、助けてよぉ、雅美お姉ちゃんてばぁ、ぅわ、ぅわーん、ひっく、ひっく、ふぇーん……」
 雅美のまだ薄く固い胸に顔をなすりつけて泣きじゃくりながら、恵はおむつを濡らし続ける。
「メグミちゃん……」
 雅美は左手を恵のスカートの中に差し入れ、お尻の膨らみに沿って掌を股間へと這わせた。おむつカバー超しに、厚くあてたおむつがじわじわ温かくなってゆく様子が掌に伝わる。
「泣きなさい。思いきり泣くといいわ、メグミちゃん。思いきり泣いて涙もおしっこも出しちゃいなさい。出しちゃって、京子ママに優しくおむつを取り替えてもらおうね。おむつを取り替えてもらって、大好きなおっぱいを飲ませてもらおうね。おっぱいを飲ませてもらって、笑顔になろうね。メグミちゃんにお似合いの可愛い笑顔になろうね。笑顔になれるよう、お姉ちゃんがあやしてあげる。おむつを取り替えてもらう間も、おっぱいを飲ませてもらう間も、お姉ちゃんがガラガラであやしてあげる。だから笑顔になろうね」
 雅美は右手で恵の髪をそっと撫でつけた。


 恵と京子が転校して来て二ヶ月ほどが経ち、夏休みが終わって二学期が始まった日の朝。
 雅美のクラスの生徒達は全員、いつもより三十分前に登校し、少しばかり緊張した面持で席についていた。
 だが、その中に恵の姿は見当たらない。
 扉が開いて担任が教室に入って来る。
 入って来たのは担任だけではなかった。担任に続いて、保健室を任されている美和の姿があった。

「おはようございます。昨日は夏休み最後の日だというのに学校から緊急連絡のメールが届いて驚いたと思います。少しでも早くどうしてもみなさんに伝えておかなくてはいけない事があって連絡したのですが、今朝こうして全員がいつもより早く登校してくれて安心しています」
 教壇に立った担任は生徒達の顔を一人一人順番に見回しながら言った。
 そこへ明美が
「あの、先生、坂本さんがまだ来ていないんですけど……」
と躊躇いがちに伝える。
「ええ、わかっています。今朝いつもより早くみなさんに集まってもらったのは、坂本さんの病気について改めて説明するためです。詳しいことは保健室の梶田先生に話していただきますので、静かに聞いてください。――梶田先生、お願いします」
 担任は明美に向かって小さく頷いて応じ、教壇を美和に譲った。

「坂本さんが転校して来た日、朝のホームルームで担任の先生から、坂本さんは病気を治すために笹野先生の病院にかかることになったので、病院に近いこの街に引っ越して来て遊鳥小学校に通うことになったという説明を受けたと思います。ただ、その時、担任の先生は坂本さんの病状について詳しい説明はしなかった筈ですが、詳しい説明をしなかったのには理由があります。笹野先生の病院なら坂本さんの病気を早いうちに治してくれるのではないだろうかと私たちは期待しました。そして、早いうちに治るなら、わざわざ病状を詳しく伝えて生徒達に余計な心配をさせる必要はないだろうと私たちは判断しました。だから、その時は敢えて病状の説明はしないことにしたわけです」
 美和はそこまで言って、ぐるりと教室を見まわした。
 生徒達は無言で美和の顔に視線を注いでいる。
「けれど、残念ながら、笹野先生の病院でも坂本さんの病気をすぐに治すのは難しそうだということがわかりました。夏休みの間、坂本さんは毎日のように通院し、笹野先生に直々に診てもらっていたのですが、病状の思わしい改善はみられなかったようです。そういう事情を踏まえ、理事長先生も交えて話し合った結果、このクラスのみなさんには坂本さんの病気について詳しい説明をした方がいいだろうということになりました」
 そんなふうに切り出した美和は、恵と京子が転校して来た日の放課後に雅美に話したのとほぼ同じ内容の説明を行い、
「実は二日前にも、記憶を失う発作が出ました。そのせいで坂本さんは今、およそ二ヶ月前に遊鳥小学校に転校してきたことも忘れ、故郷のN県の小学校に通っていたところまでしか憶えていません。つまり坂本さんにしてみれば、二日前、N県の小学校から帰って自分の家で就寝した筈なのに、目が覚めてみれば、まるで知らない土地の見覚えのない部屋に自分がいて、何が何だかわからず呆然とするしかないという事態に遭遇してしまったわけです。その日の朝、ただ呆然としているだけだった坂本さんに向かって従姉である井上さんは病気のことを説明し、坂本さんが置かれている状況を説明しました。そのおかげで坂本さんは事態を飲み込み、落ち着きを取り戻しました。でも、それは表面上のことでしかありません。実際には坂本さんの心はまだ激しく混乱し、井上さんの説明を心からは受け入れていません。そんな坂本さんに向かって幾ら『あなたは二ヶ月前にこの街に引っ越して来て遊鳥小学校に転校したののよ』と言い聞かせても、完全に納得させることはできません。――そこでみなさんにお願いです。本当は二ヶ月前に遊鳥小学校に転校して来た坂本さんですが、そのことは忘れて、二学期が始まる今日、N県の小学校から遊鳥小学校に編入して、初めて顔を会わせる転校生ということにしてください。これまでのことを幾ら思い出させようとしても、それは坂本さんにとってひどい負担でしかありません。それよりも、今日転校して来て今から親しくなる新しい友達として接してあげてください。坂本さんが心穏やかに遊鳥小学校で過ごすことができるように、そして余計な心配をせずに病気の治療を受けられるように。このことを前もってお願いするために、いつもより早く登校してもらいました。およその事情はわかってもらえたでしょうか?」
と続けてから一息ついた。
 教室がしんと静まり返る。

 二日前に記憶消去反応が発現したという美和の説明は事実だ。正確に言うと、夏休みが始まった日に二度目の記憶消去反応が発現し、その後、およそ十日にに一度くらいの頻度で記憶消去反応が発現して、そのたびにおよそ一年間分の記憶を失うといったことが繰り返され、直近では二日前に反応が発現したのだった。その日の朝、小学校六年生以後の記憶をなくし、まさに編入先の学年そのまま自分のことを小学校五年生だと思い込んだ状態で目を覚まし、まるで見覚えのない部屋のベッドで、まるで見知らぬ大柄な女性の胸に顔を埋めた状態でいることに気がついて呆然とする恵に、見知らぬ女性(つまり、京子のことだが)は、とろけるような甘ったるい声で
「メグミは私の可愛い年下の従弟。でも、病気のせいで、小学五年生になってもおもらしが治らなくて、いつまでもおむつ離れできない可哀想な男の子。おしっこが染み出さないようにたっぷりおむつをあてているからズボンは窮屈で穿けなくて、お家でも学校でもスカートを穿いている男の子。だけど、華奢な体つきでとっても可愛い顔をしているから、まわりから女の子だと思ってもらえて、スカートがお似合いの男の子。病気を治すために大きな病院に通院することになって、病院の近くに引っ越して来て、二学期から新しい学校に通うことになった男の子。――わかるわね? 男の子だってことがばれたら、男の子なのにスカートを穿いている理由を訊かれて、赤ちゃんみたいなおむつのことが新しい学校のみんなに知られちゃうのよ。そんな恥ずかしいことにならないよう、頑張って女の子のふりをしなくちゃいけないのよ、メグミは。私もできるだけ庇ってあげるけど、でも、本当は男の子だってことがばれないよう、自分が一番に気をつけなきゃね」
と繰り返し言い聞かせながら自分の乳首を強引に咥えさせ、極めて暗示効果の強い成分を含む母乳を飲ませた。
 それまでは、記憶消去反応が発現した直後の恵に向かって京子は幾らか事実に近い説明をしていたのだが、自己意識が小学五年生にまで低下し、様々な事柄に対する理解力が乏しくなった恵に対しては、正確な(実際は十七歳の男の子がどのような心理状態を経ておむつを手放せなくなってしまったのとか、次第に記憶をなくしている只中にあるとか、自分よりも四つ年下の少女に手懐けられ、全てを少女に依存した生活を送っているとかいう、にわかには信じ難いけれど正確な)事実を告げても理解できるわけがない。それなら、事実とは異なっても、懐疑の念さえ抱かせないほど深々と心を抉るような説明をして要らぬ思いを恵をが抱かないよう仕向けなさいという美雪からの助言に従って、偽りの事実を甘い声で耳許に繰り返し囁きかけたのだ。
 そして、それから二日が経過した今、美和は、雅美だけでなく、その級友たちをも新たな協力者に仕立てるべく画策しているのだった。

「あ、あの、梶田先生、記憶をなくす発作が二日前に出たとおっしゃいましたよね。だったら、今はメグミちゃん、私のことも忘れちゃっているんですか? 私が誰なのか、顔を見てもわからないんですか?」
 ふと美和と目が合った雅美が、唇を震わせ、今にも泣き出しそうにして訊いた。他の級友よりも先に一人だけ恵の病状を美和から聞かされていた雅美。自分よりも二つ年上の(と雅美は思い込んでいる)恵がおむつを汚してしまうという倒錯の事実に好奇の念を抱き、少しばかり加虐的な悦びを覚えつつも、その可愛らしい転校生のことが大好きな雅美。
「残念だけど、そういうことです。みなさんのことも、先生のことも、教室のことも、今の坂本さんは何一つ憶えていません。記憶をなくした坂本さんにとって、全ては初めて目にするものです。だから、この後、朝のホームルームで担任の先生が坂本さんを紹介したら、みなさんも坂本さんには今日初めて会った転校生として接してください。ひょっとしてどこかで会ったことがあるのかなと坂本さんが感じて胸の中であれこれ考えてしまうと、それが精神への大きな負担になって病状が悪化する怖れもありますから」
 抑揚を抑えた声で美和は言い、少し間を置いて、
「実は、みなさんにお願いしなければならないことはまだあります。笹野先生の診断によると、記憶をなくす発作は、およそ十日ごとに起きて、発作が起きると一年間ほどの記憶がなくなるそうです。そのたびに、せっかく友達になったみなさんのことも忘れてしまい、坂本さんは意識を一歳ずつ遡ってしまいます。だから、発作が起きるたびに、みなさんには坂本さんを新しい転校生として受入れてもらうということを繰り返さなければならないわけです」
と続けた。
 それに対して明美が
「……で、でも、あの、だったら、坂本さんを新しい転校生として迎え入れるのは、私たちよりも下の学年じゃないんですか? たとえば、今度また発作が起きて坂本さんの意識が四年生になったとしたら、四年生のクラスに入ることになると思うんですけど、違うんでしょうか?」
と、要領を得ない顔で聞き返す。
「その疑問は尤もです。遊鳥清廉学園には逆進級という制度がありますから、一年分の記憶を失って学力が低下した坂本さんには、一学年下のクラスに入ってもらうのが妥当です。ただ、単なる学力不足を理由とする逆進級ならそれでいいのですが、坂本さんの場合は事情が別です。坂本さんの場合は、発作が起きるたびに、学力だけが低下するのではなく、記憶をなくす、つまり、それまで積み重ねてきた人生そのものをなくすことになります。記憶をなくすと同時に理解力や判断力も低下し、まわりのことを考えられない、小さな子供に戻ってゆくわけです。たとえば、意識が小学一年生にまで巻き戻ってしまった場合のことを考えてみてください。小学一年生としての理解力や判断力しか持たず、まわりに気遣うことなく自分のしたいように振る舞うくせに、体は小学五年生の平均よりも大きくて、それなりに力もある子。そんな子が本当の小学一年生と一緒にいるのは、冷たい言い方になってしまいますが、とても危険なことです。それに、坂本さんの病状について正確に理解するのは、あなたたち五年生以上でないと無理だと私たちは判断しました。四年生以下の子には、いくら説明しても坂本さんの病気のことは、きちんとはわかってもらえません。だから、これもみなさんにお願いするのですが、これから更に坂本さんの記憶がなくなって意識や学力が下がっても、本人の意識が小学生である間はこの教室で受け入れてあげてください。いえ、同じ授業を受けるわけではありません。意識と学力が低下した坂本さんには別の先生についていただいて勉強をみてもらいます。ただ、給食や掃除といった生活の部分を同じ教室で一緒にしてあげてほしいのです。つまり、人口の少ない田舎の小さな学校で行われることがある複式学級という制度を少し特別な形で実施してみようということです。理事長先生や他の先生方とも相談しましたが、それには、五年生の中でも、最初に坂本さんの編入先になって坂本さんのことをよく知っているこのクラスが最適という結論になりました。――さすがに、意識と学力が小学一年生を下回るようなことになったら、それも無理ですが」
 明美の質問に、美和は、改めて教室を見回しながら答えた。
「じゃ、当分はメグミちゃん、私たちと同じこの教室にいるんですね? 次にまた記憶がなくなった後は勉強は別々になるけど、でも、同じ教室で授業を受けるんですよね。それで、給食や掃除は私たちと一緒にするんですよね。そんなの、こっちからお願いしたいくらいです。お願いだから、少しでも長い間、メグミちゃんと一緒にいさせてください。私、なんでもします。どんなことでも協力します。だから、お願いだから……」
 泣き笑いの声で、雅美が美和と担任に訴えかける。


 そして迎えた、正規の始業のホームルーム。
 チャイムが鳴るのと同時に扉が開いて、担任が教室に入って来た。その後ろに、ピンクのランドセルを背負った恵が続く。
 戸惑いつつも好奇の念を隠しきれない生徒たちの目が、しきりにスカートの裾を引っ張りながらおどおどした様子で教室に足を踏み入れる恵に注がれた。

「ホームルームの最初に、新しいお友達を紹介しておきます。名前は坂本メグミさん。それでは、坂本さんに自己紹介してもらいましょう」
 教壇の上で担任は恵の肩に手を置いて優しく前方に押しやり、自分はすっと身を退いた。
「あ、あの、坂本め、メグミです。N県の小学校から転校してきました。な、仲良くしてください」
 教壇の上で前方に押しやられた恵は時おり言葉に詰まりながらそれだけを言って、おずおずと頭を下げた。
「はい、ありがとう。じゃ、坂本さんは、一番後ろの真ん中の席についてちょうだい。両隣はクラス委員の野田明美さんと児童会役員の服部雅美さんだから、困ったことがあったら相談してくださいね」
 恵が頭を上げるのを待って、担任は雅美と明美の間の席を指差した。

「よろしくね、坂本さん。私が服部雅美で、そっちが野田明美さん。先生も言っていたけど、困ったことがあったら何でも言ってね」
 恵が机の横にランドセルを掛けて席に着くと同時に、雅美が話しかけた。
 それに対して恥ずかしそうな表情を浮かべて
「う、うん、ありがとう。こちらこそよろしくね、服部さん」
と、夏休み前に初めて会った時と同様もじもじした様子で恵が挨拶を返すと、雅美は
(やっぱり、メグミちゃんはメグミちゃんだ。可愛らしくて、ちょっぴり引っ込み思案で、無性に守ってあげたくなる妹みたいなメグミちゃんだ)
と心の中で呟きながら、ふと悪戯心を起こして
「教壇でお辞儀した時も、自分の席に座る時も、スカートの裾を両手で押さえていたでしょう? 坂本さん、すごく女の子らしくて、おしとやかなんだね」
と言って、言われた恵の顔が真っ赤になるのを見ながら
(やっぱり、あれって、おむつのことをみんなに知られないようにスカートの裾を押さえていたんだよね。うふふ。そんなところも全部、やっぱりメグミちゃんだ)
と嬉しそうに胸の中で呟いて相好を崩すのだった。


 それからも記憶消去反応が何度か発現し、とうとう恵の意識が小学一年生にまで戻ってしまった日の朝のホームルーム。
 その日の恵の顔には、これまでにも増して羞恥の色が濃かった。いや、
「……あ、あの……さかもと、め、メグミです。……仲良くしてください、五年生のお兄さん、お姉さん……」
と小さな声で言って顔を伏せてしまう様子は、『羞恥』などという少し大人びて堅苦しい表現ではなく、幼い女の子らしく『羞じらい』と表現した方がお似合いだ。
 小学一年生の男の子がいつも通り眠りについて、翌朝になったら、赤ん坊みたいにおむつをあてられ、おむつカバーがちらちら見え隠れするような丈の短いワンピースタイプのナイティを着せられて、まるで見ず知らずの体の大きなお姉さんの胸に顔を埋めた状態で目を覚まし、昨日まで通っていたのとは別の小学校へ連れて来られて、恵(めぐむ)ではなくメグミと名乗って挨拶するよう言われ、自分よりもずっと高学年の五年生の教室で転校生として自己紹介させられるのだから、ひどく戸惑い、恥ずかしがるのは当然のことだ。そこに、K女子中学校に入学させられてから常に意識している女の子としての仕草が無意識のうちに加わって、幼い女の子特有の羞じらいの表情を浮かべてしまうのだった。
「メグミちゃん、かっわいーい!」
 二学期が始まった日のホームルームでは恵とどう接すればいいのか戸惑っていた級友たちだが、日が経つにつれて恵の存在をありのまま受け入れるようになり、恵の意識と行動が低年齢化するに伴って保護欲をうずうずと掻き立てられて、羞じらいに満ちた恵のその仕草と表情に、女の子たちが知らず知らずのうちに嬌声をあげてしまう。
 その嬌声に対して恵はますます身をすくめて顔を伏せ、上目遣いで助けを求めるように教室中をおずおずと見回し、両脚をぷるぷる震わせるのだが、その様子に、今度は男の子たちの間からも、なんとも表現しようのない歓声が湧き起こった。

「それじゃ、坂本さんは一番後ろの真ん中の席についてちょうだい」
 担任は、これまでの何度かのホームルームでそうしたのと同じく、雅美の隣の席を指差した。
 が、気後れしてしまった恵はなかなか歩き出そうとしない。
 その様子を見かねて、
「こっちよ、メグミちゃん」
と声をかけながら雅美が席を立って教壇の上の恵に近づき、そっと右手を握って
「初めまして、坂本メグミちゃん。私は服部雅美。児童会の役員をしているから、わからないことがあったら何でも訊いてちょうだい」
と優しく話しかけた。
「は、はっとり……ま、まさ……」
 突然のことにちゃんと聞き取れなかったのだろう、恵は雅美の名を呼ぼうとして途中で言い淀んでしまう。
「服部雅美。名字は省いて、『雅美お姉ちゃん』でいいわよ」
 雅美は、二学期になって以後ずっと恵にそう呼ばせている呼び方をさりげなく告げる。
「……雅美、お、お姉ちゃん……」
 恵は少しばかりたどたどしい口調で雅美の名を呼んだ。
「そうよ、雅美お姉ちゃんよ」
 実際は自分よりも年上で僅かとはいえ自分よりも背が高い筈なのに、目の前の恵が、なんだか本当に体の小さな一年生の女の子みたいに思える。そんな恵から『雅美お姉ちゃん』と呼ばれて、雅美の下腹部がきゅんとなる。
「さ、席に着きましょう。ほら、クラス委員の明美お姉ちゃんが手を振ってくれているよ。あの隣がメグミちゃんの席で、もう一つ隣が私の席。憶えておいてね」
 恵と手をつないで雅美がゆっくり歩き出す。
「五年生の中で一人だけ一年生だけど、頑張ってね」
「困ったことがあったらすぐに言うのよ」
「わからないことがあったら俺が教えてやるよ。なんたって、俺、五年生のお兄ちゃんだからな」
 雅美に手を引かれて自分の席に向かう恵に、周囲から声がかけられる。
 心ここにあらずといった様子で、恵は雅美に手を引かれて教壇からおりた。
 しかし、自分の置かれた状況がまだ飲み込めず足元の確認も疎かに教壇からおりたものだから、段差のせいで体が前につんのめりそうになってしまった。すんでのところで雅美に支えられて倒れることは免れたが、スカートの裾がふわっと舞い上がる。それを恵は慌てて掌で押さえた。押さえながら恵は、スカートなんて穿いたことのない筈の自分が随分と慣れた仕草でスカートの裾を押さえていることをふと訝しむ。
 訝しむ恵に向かって、雅美は意味ありげに微笑みかけた。


 ホームルームや給食の時間は机の配置はそのままだが、授業の間は机を教室の隅に移して補助の教諭が恵に勉強を教えることになっている。だが、その日は、他のクラスの担任が病気で欠勤したり教育委員会に提出する資料の締切日が間近に迫ったりと様々な事情が重なったせいでどうしても教諭のやりくりがつかなくなって、恵に勉強を教える筈だった教諭は他のクラスの授業を担当せざるを得なくなっていた。
 そのような事情があって担任が雅美に、補助教諭に代わって恵の勉強をみてくれるよう依頼し、それを雅美は快く引き受けた。学業優秀な雅美にとって、自分の勉強が一日分くらい滞っても支障はないし、恵とずっと一緒にいられるのだから、むしろ、願ったりというのが正直なところだ。
 たが、一時間目の算数はすんなり終わったものの、二時間目の国語の授業で問題が起きた。練習帳を使って平仮名の読み書きがきちんとできるかどうか確認した後、試しに自分の名前を平仮名で書かせてみたのだが、『さかもとめぐみ』ではなく、何度やらせても、『さかもとめぐむ』と書いてしまうのだ。
 そのため雅美は、恵が『み』と『む』を取り違えて憶えているのではないかと考え、再び練習帳を使って『み』と『む』を繰り返し読ませたり書かせたりしてみたのだが、その際は読み書き共に問題はなかった。ただ、名前を書く時だけ、ちゃんとできないのだった。

 その理由をあれこれと雅美が考えている間に、恵の肩が小さく震えた。
 それが何を意味するのかすぐにわかった雅美は、とりあえず平仮名の書き取りのことは後回しにして恵のすぐ横に立って腰を屈め、他の生徒達には聞こえないよう声をひそめて
「保健室へ行こうか、メグミちゃん。そのままじゃお尻が気持ちわるいでしょ?」
と囁きかけた。
 驚きと羞じらいがない交ぜになった表情で、恵が雅美の顔を見上げる。
「心配しなくても大丈夫よ、他の人たちにはわからないから。でも、このままぐずぐずしていてスカートまで濡らしちゃったら、他の人たちにも知られちゃうわよ。だから、ほら、席から立って」
 おどおどした様子の恵の耳許に雅美は続けて囁きかけ、そっと肩を抱いた。
 諦めたような面持ちで恵がこくんと頷く。
「先生、坂本さんを保健室へ連れて行ってきます」
 もうすっかり慣れた様子で雅美はさっと手を上げて担任に告げた。
「わかりました。お願いします」
 こちらも慣れた様子で担任が応じる。
 自分の恥ずかしい秘密を知っているとおぼしき上級生のお姉さんに保健室へ連れて行ってもらうという『初めて』の経験に、ただ一人、恵だけが、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「それじゃ先生、よろしくお願いします」
 保健室の美和に恵を預け、雅美がくるりときびすを返した直後、
「……お、お姉ちゃん、雅美お姉ちゃん、一緒にいてよ。一人ぽっちにしないでよ」
と、今にも消え入りそうな声で恵が雅美を呼び止めた。
「あら、一人ぽっちじゃないわよ。保健室の梶田先生がお世話をしてくれるんだから」
 雅美は首だけを巡らせてそう言ったが、恵は不安いっぱいの顔で雅美のスカートの裾をぎゅっと掴んで離さない。
 恵にしてみれば、そうするしかなかった。朝になって目が覚め、見知らぬ大柄な女性の母乳を飲まされる時、その様子をじっと見ていた、もう一人の女性。恵が新しく通うことになる小学校の保健室の先生だとその女性は名乗ったが、自分の置かれた状況がまるで理解できない恵には、どんな説明も耳に入らなかった。その女性が(威圧的な)白衣を着て、難しい字が書いてあるラベルを貼った薬品瓶やわけのわからない器具が並んだ(教室や職員室とはまるで異なる、一種独特の雰囲気が漂う)保健室の奥へ自分を連れて行こうとしているのだ。小学一年生の幼い意識しか持っていない恵が不安にかられ、知り合ったばかりとはいえ優しく勉強を教えてくれた雅美にすがるのも無理はない。
「いいわ。服部さんもここにいてちょうだい。そろそろ、服部さんには全てを知っておいてもらった方がいい頃だから」
 困り顔で美和に助けを求める雅美に向かって、美和はふっと溜息をついて言った。
(全てを知っておいてもらう……? 何のことなんだろう? メグミちゃんが本当は私よりも年上で、記憶がなくなる病気にかかっていることは、もう知っている。これ以上、どんな秘密があるのかしら、メグミちゃんに)
 美和の言葉に、雅美の心がざわめく。
「……いいわ、わかった。お姉ちゃんが一緒にいてあげる。それでいいのね?」
 一瞬だけ迷って、けれど美和の言葉には抗えず、雅美は体ごとくるりと振り返って恵の手を取った。

「じゃ、スカートを脱ごうね」
 ベッドのすぐ側で美和が恵のスカートのアジャスターに指をかける。
 恵は何も応えず、顔を伏せて、雅美の手をぎゅっと握った。
 その間に美和がスカートのアジャスターを緩めてファスナーを開き、サスペンダーをずらして吊りスカートを脱がせると、小花を散らした柄のおむつカバーがあらわになる。
「やだ……」
 恵は自分の下腹部を包むおむつカバーを見まいとして、腰を屈めて雅美の胸に顔を埋めた。
「駄目よ、メグミちゃん。そんなことをしていないで、ベッドに上がらなきゃ」
 雅美はおむつカバーの上から恵のお尻を優しく叩きながら、優しい声で言った。
「でも……」
 雅美の胸に顔を埋めたまま恵は弱々しくかぶりを振る。
 そこへ美和が
「これであやしてあげて」
と静かな声で言ってガラガラを雅美に手渡した。
「さ、これで、お姉ちゃんの言うことを聞いてくれるわね。言うことを聞いて、ベッドにごろんしてちょうだい」
 雅美は、受け取ったガラガラを恵の耳許でそっと振り鳴らした。
 言われるまま恵はとろんとした目で雅美から離れ、ゆっくり上履きを脱いで、おねしょシーツが敷いてあるベッドに横たわる。
「次はこれをお願いね」
 ガラガラの次に美和が雅美に手渡したのは、京子の母乳が八分目ほど入った哺乳壜だった。
 雅美はガラガラを恵に握らせ、哺乳壜の乳首を咥えさせた。
 恵が唇と舌を使ってゴムの乳首を吸うと、母乳の表面に小さな泡が立って、恵の目がますますとろんとする。
 恵がおとなしくなったのを確認してから、美和はおむつカバーの腰紐を解いて前当てと横羽根を開き、ぐっしょり濡れた動物柄の布おむつをペールに収め、左右の足首をまとめて掴んで高々と差し上げて、お尻の下に新しいおむつを敷き込んだ。
 その間、哺乳壜の母乳を無心に飲む恵の顔に見入っていた雅美たが、優しく鼻をくすぐるベビーパウダーの甘い香りに、ふと恵の下腹部に目を向けた。
 と、ある筈のないものが恵の股間に垂れ下がっていることに気がついて、思わず何度も目をしばたたかせてから
「そうだったんだ……」
と呟いて、くすっと笑ってしまう。
「あら、あまり驚かないのね」
 パフをベビーパウダーの容器に戻し、恵の下腹部を新しいおむつで包みながら、少しばかり拍子抜けしたように美和が言った。
「なんとなく、そうじゃないかなと思っていたんです。メグミちゃん、ひょっとしたら、葉月ちゃんや晶ちゃんたちと同じかもしれないって」
 哺乳壜を支え持ったまま、雅美は答えた。
「いつから、そんなふうに思っていたの?」 雅美に訊きながら美和は手を休めることなく、おむつカバーの横羽根と前当てをマジックテープで留めて、腰紐を結わえた。
「メグミちゃんの意識が三年生に戻った時くらいかな。それまでは、なんていうか、お芝居をしているような感じがしていたんです、メグミちゃん。だけど、意識が低学年に戻るにつれて、『本当のメグミちゃん』みたいなのが時々見えるようになってきて」
 雅美は、盛んに頬を膨らませて哺乳壜の乳首を吸う恵を愛おしそうな目でちらと見た。
「二時間目の授業で私、メグミちゃんに自分の名前を平仮名で書かせてみたんです。そうしたらメグミちゃん、いくら注意しても、『さかもとめぐむ』って書いちゃって。――メグミちゃん、本当は『めぐむ』君なんですね。男の子の、さかもとめぐむ君」
「そうだったの。でも、ま、そうよね。こども園の特別年少クラスの園児の面倒をみてあげている服部さんだったら、メグミちゃんが本当はどんな子なのか、察しがついても不思議じゃないかもね」
 美和はふふっと笑いながら、おむつカバーからはみ出ている布おむつを股ぐりの中にそっと押し込んだ。
「でも、クラス委員の野田さんも含めて、他の生徒達には内緒にしておいてね。余計な混乱を惹き起こしたくないから」
「わかっています。梶田先生は一学期の途中から遊鳥小学校に赴任してこられましたけど、特別年少クラスの子が四人とも本当は男の子だってこと、ご存じですよね? でも、生徒の中でそのことを知っているのは、幼稚園の頃から葉月ちゃんの面倒をみていた富田愛子先輩と上山美鈴先輩と私だけなんです。小林伸也君も幼稚園の頃から私たち女の子と一緒に葉月ちゃんの面倒をみていたけど、葉月ちゃんのおむつを取り替えてあげなきゃいけなくなると、恥ずかしそうにして部屋から出て行っちゃっていたし、児童会の行事でこども園の子たちの面倒をみている今も同じだから、葉月ちゃんが本当は男の子だってこと、伸也君はまだ知らないんです。――本当のことを知った時に伸也君がどんな顔をするか、女の子三人で楽しみにしているんですけど、なるべく長く楽しみたいから、当分は秘密にしておくつもりなんですよ」
 最初は神妙な面持ちで応じていたが、伸也の名前を口にしたあたりから表情が変わり、最後はくすくす笑いながら雅美は言った。
 そして、ひとしきり笑ってから、再び神妙な面持ちに戻って
「何年も前から面倒をみてあげている葉月ちゃんの秘密を、幼稚園の時から仲良しの伸也君にも教えてあげないくらい口が堅いんだから、友達にすぐのメグミちゃんの秘密を誰かに話すなんてこと、絶対にしません」
と如才なく応じる。
「いいわ、わかった。それなら安心だわ」
 恵におむつをあて終わった美和は腰を伸ばし、軽く肩をすくめて言った。
「でも、メグミちゃんが男の子だってことに服部さんが気づいていたのなら、服部さんがカウンセリングルームでタブレットを使って保健室の様子を見ている間、メグミちゃんのおちんちんを見られないようにカメラを体で遮ったりする必要なんてなかったわね。やれやれ、無駄骨を折っちゃったかな、私ったら」
「うふふ。そうかもしれませんね。でも、誰かが勝手にカウンセリングルームに入って来て、私が見ているタブレットを覗き込んだりしていたら大騒ぎになっていたでしょうから、先生の気遣いは無駄なんかじゃないと思います。――あ、空になっちゃった。いつもみたいにしていいですよね、先生?」
 それまで美和の方に顔を向けていたが、支え持っている哺乳壜が軽くなったことに気がついて自分の手元を覗き込んだ雅美は、空になった哺乳壜と恵の顔を交互に見比べて、甘ったるい声で言った。
 その瞳が艶めかしく潤んでいるのが傍目にもわかる。
「いいけど、でも、服部さんは大丈夫なの? メグミちゃんが本当は男の子だってことがわかって、それでも、今までと同じようにできる?」
 美和が雅美の顔を真っ直ぐみつめて問いかける。
「できます。メグミちゃん、お昼休みと放課後は京子ママのおっぱいをもらえるけど、朝の休憩時間は哺乳壜しかもらえないんですよ。そんなの、可哀想です。だから私が、まだおっぱいは出ないけど、でも、真似っこでも、おっぱいをあげたいんです。メグミちゃんが女の子でも、本当は男の子でも、そんなの、どっちでもいいんです。おっぱを欲しがっているメグミちゃんにおっぱいをあげる。私はそうしてあげたいんです」
 雅美はまるで迷うふうもなく答えた。
 それに対して、ほんの僅かの間を置いて美和が再び問いかける。
「メグミちゃんが服部さんよりも六つ年上の十七歳だとしても? 十七歳の男の子におっぱいをあげられる?」
「え……?」
 この問いかけには、さすがに雅美も押し黙ってしまう。
「前の学校では、メグミちゃんと井上さんは同級生だった。そのことは教えてあげたけど、それ以上のことは教えてあげなかったわよね。それを今、教えてあげる。メグミちゃんは本当は、井上さんよりも四つ年上、服部さんよりも六つ年上の、坂本恵という男の子なのよ。服部さんは、十七歳の坂本恵くんにおっぱいをあげられる?」
 美和がわざと冷たい声で重ねて訊く。
「先生はご存じですよね? 特別年少クラスの子たち、葉月ちゃんも晶ちゃんも優香ちゃんも祐香ちゃんも、みんな私よりもずっと年上の男の子だってこと、先生はご存じですよね? 児童会の役員でこども園の子たちの面倒をみてあげる時、特別年少クラスの子は私にまかせてもらっているんです。葉月ちゃんが男の子だってことを伸也君に知られないようにするためもあるけど、本当は、そんなことよりも、私の秘密の楽しみを知られないようにするために。――私の秘密の楽しみっていうのがどんなことなのか、聞きたいですか?」
 雅美が押し黙ってしまったのは、ほんの一瞬のことだった。雅美は、あどけない顔と鈴を転がすような声にはまるでそぐわない艶めかしい笑みを浮かべ、ねっとり絡みつくような口調で美和に聞き返した。
「聞かせてもらおうかしら」
 美和は短く答えた。
「私、特別年少クラスの四人の子たちに私のおっぱいをあげているんです。もちろん、出ませんよ。でも、私は四人におっぱいを吸ってほしいし、四人は私のおっぱいを吸いたがるんです。だから、あげているんです。あの子たち、お家じゃ、好きなだけママのおっぱいをもらっています。でも、こども園じゃ、決まった時間にしかおっぱいをもらえないんです。それが可哀想で、私、おっぱいをあげるんです。特別年少クラスの子たちは四人とも、メグミちゃんよりも年上の男の子です。私よりもずっと年上の男の子のくせに、ううん、年上の男の子だからこそ、私のおっぱいを吸う時、とっても可愛い顔をするんです。四人とも、いろいろ事情があって、小っちゃな女の子として躾けられているから、ママのおっぱいが大好きなんです。でも、元は年頃の男の子だから、女の子のおっぱいが大好きで。両方の『おっぱいが大好き』が合わさって、私のおっぱいをちゅぱちゅぱする時、とっても可愛い顔になるんです。その顔を見ると、私、なんだか変な気分になっちゃって、でも、それがとっても気持ちよくて――それが私の秘密の楽しみなんです」
 雅美は美和の反応を確かめるかのようにいったん口を閉ざし、年齢からは想像もつかないぞくりとするような流し目をくれてから、
「だから、いつもみたいにしていいですよね? いつもみたいにメグミちゃんに私のおっぱいをあげていいですよね、先生?」
と言ってにっと笑い、美和の返事を待つこともせずベッドの縁に腰かけた。
 ベッドの端に座った雅美は吊りスカートの左側のサスペンダーをずらし、ブラウスのボタンを外して胸元をはだけ、キャミソールの肩紐をずらして、上履きを無雑作に脱ぎ捨てて、メグミのすぐ隣に横たわった。
 そうして、左手をすっと伸ばして恵の頭の下に差し入れて腕枕をし、ぴんと勃った左の乳首を恵の唇に押し当てる。
 恵が唇から僅かに舌を出して、雅美の乳首をおそるおそる、ちろっと舐めた。
「遠慮しないで、ちゅうちゅうしていいのよ。メグミちゃんがちゅうちゅうしてくれたら、お姉ちゃんも気持ち良くなれるんだから」
 雅美は右手で恵の背中をそっと撫でた。
 言われて恵は雅美の乳首を何度か舐めてから、おそるおそる口にふくむ。
「いいわよ。そのままちゅうちゅうしてちょうだい。メグミちゃんは上手にちゅうちゅうできるかな」
 雅美は右手を恵の背からうなじを伝って顔へ這わせ、上気した頬をさわっと撫でた。
 恵の体がびくんと震えて、固い乳首をちゅっと吸う。




  「上手よ、メグミちゃん。うふふ、メグミちゃんは女の子だから、おっぱいがとっても感じやすいところだって知っていて、優しく吸ってくれるのね」
 雅美は右手を更に恵の顎の下へ這わせて、喉元を指先でくすぐった。
「ち、ちがう……メグミ、女の子じゃない。メグミは男の子だもん……」
 雅美の乳首を咥えたままくぐもった声で恵は弱々しく言って、恥ずかしそうに雅美の胸に顔を埋めた。
「ううん、ちがわないわよ。恵ちゃんは女の子。だって、ほら――」
 雅美は、恵の喉元をくすぐっていた右手を恵の胸元に移し、親指と人差指の先でブラウスとジュニアブラ越しに乳首をそっとつまんできゅっと捻った。
「あ……!」
 呻き声とも喘ぎ声ともつかないあえかな声が恵の口を衝いて出る。
「ほら、乳首をいじられて感じちゃうんだから、メグミちゃんは女の子よ。それとも、それでも違うって言っちゃうのかな?」
 雅美は、恵の乳首の先を人差し指の腹でそっと押さえつけるようにして何度もきゅっと捻る。
「や……や、だめ……そんなことしちゃだめだったら……」
 恵は、ジュニアブラのカップの柔らかな肌触りの素材越しに乳首をいじられて、身悶えしながら熱い息を吐き続けることしかできなかった。それでも、雅美の乳首から口を離すことはない。
「ほら、こんなに感じちゃって。いいわね? メグミちゃんは女の子。それも、まだおむつ離れできない小っちゃな女の子。京子ママのおっぱいが恋しくて、我慢できなくて、雅美お姉ちゃんのおっぱいにむしゃぶりついちゃう、甘えんぼうの小っちゃな女の子。たから、京子ママと雅美お姉ちゃんがきちんと躾けてあげなきゃいけない、赤ちゃんみたいな女の子。わかったら、お姉ちゃんのおっぱいをもっとちゅうちゅうしてもいいわよ。でも、まだ自分が男の子だっていうのなら、お姉ちゃんのおっぱいはおあずけね。――さ、どうする?」
 身悶えする恵の耳許に、雅美はふっと息を吹きかけて囁いた。

(やれやれ、京子ちゃんもそうだけど、雅美ちゃんも、まだまだ子供っぽくて可愛らしい顔をしているくせに、相当の手練れだこと。協力してもらうどころか、下手をしたら私の方が煽られちゃうわね、この調子じゃ。それにしても、同類の匂いを嗅ぎ取る私の鼻がよく利くっていうだけじゃ説明できないわよね、メグミちゃんをこんなにいとも簡単に手懐けちゃうなんて。――ひょっとしたら京子ちゃんも雅美ちゃんも、私が思っているのとはまるで違う、とんでもない子なのかもしれない)
 目の前で繰り広げられる恵と雅美の痴態に、なぜとはなしに体をぞくりと震わせて美和は胸の中で呟いた。



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