わが故郷は漆黒の闇


【五】


 ケイトが言葉を濁し、カタンが納得しきれないのも、実は仕方のないことだった。高等助言官が三人の少女を地球へ連れていく本当の理由は「いい子にしていた御褒美」といった綺麗事ですむような事情からではないのだから。
 地球上に暮らす人々の多くをスペースコロニーに移住させることで人口増加に対応しようとしていた連邦政府の政策は、コロニーのエネルギー事情の劣悪さのため、実際にコロニーに移り住まわせた者の数が百万人を僅かに超えるに留まったことでわかるように、見るも無惨な形で頓挫してしまった。そのため、各国の政府が主導する産児制限をあざ笑うように地球上には人間がひしめき合う状態が続き、一方、コロニーでは、地球よりも数倍も厳しい産児制限が行われ、人工子宮装置による人為的な受精以外の妊娠は例外なく認められないという状況に追い込まれた。コロニーの自治行政院としては、人工授精の数も減らしてコロニー人口を減少させることで住人一人一人に対する食糧配分を増加させたいと考えていたのが本当のところだが、エネルギー事情の逼迫のために工作機械を満足に稼働させることができない状況のもと、コロニーのメンテナンスや運営は人手に頼る他なく、どうしても或る数以下には人口を減少させることができずにいた。例えば、約二十八万人の人口を擁するLP2では一年間で約四千体の新生児を誕生させて人員を補充することでかろうじてコロニーの運用を支障なく続けることができるというのが実状で、人工子宮装置の運用を止めることなど思いもつかなかった。
 もちろん、そんなふうに必要に迫られて人工子宮装置の運用と育児センターの運営を続けているうちに、それらを効率よく統合運営するためのノウハウと貴重なデータが蓄積されてゆくのは言うまでもないことだ。そして、コロニーが持つノウハウとデータに連邦政府が目をつけたのは今から十年前のことだった。宇宙移住計画の失敗を認めざるを得なくなった連邦政府に残された政策は、更なる産児制限だけだった。そんな時、やむにやまれぬ事情から地球に先立って徹底的な産児制限を行い人工子宮装置の開発と運用を始めていたコロニーが蓄積したノウハウとデータを手に入れて、地球でもそれと同じ方策を実行に移すべきだという意見が政府高官の口をついて出たのも、言ってみれば、ごく自然な成り行きだったのかもしれない。そうして、各地で(とりわけ、アジア地域やアフリカ地域で)頻発した反対運動を軍事力でもって強引に排除して新たな産児制限に関する法律を施行したのが八年前。その後、援助物資の供給続行を人質に取ってコロニーが持つノウハウを高圧的な態度で手に入れ、コロニーのものとよく似た人工子宮装置と育児センターの建造に地球上の各国が着手したのが五年前のことだった。そして、いよいよ、地球上に建造された人工子宮装置の第一号機が稼働を開始したのが今から三ケ月前。新たな産児制限法が施行されると同時に、法律に背く者の取り締まりが徹底的に行われた。そのため、法律施行後、現在に至る八年間に渡って、地球上では新たな生命の誕生は一例も報告されていない。今後、新たな生命の誕生を告げる産声は人工子宮装置第一号機の人工産道から聞こえるのを待つばかりになる筈だった。一見、事態は沈静化したかに見えた。
 が、人々の子供を欲する本能が、そう易々と消えてなくなるわけがなかった。人々は最初の数年間こそ、地球の将来を思って、子供のいない世界にも耐えていた。けれど、理性は本能に対してあまりに無力だった。子供というものの存在は、確かに人々に癒しを与える存在であるのに違いない。身近に子供の姿のない世界で人々の精神は急速に荒廃し、各地で激しい暴動が勃発し始めた。そして、そんな暴動を取り締まる側の人間にしても、本能とは決して無縁ではなかった。新たな産児制限法を立案し、それに反対する人々を容赦なく弾圧してきた政府高官にしても、子供を持ちたいという本能に抗うことは不可能だった。しかし、一般民衆とは違って、彼らは権力を持っていた。さすがにあからさまな形で法律を破るような愚を冒すことだけはしなかったものの、持てる権力を最大限に利用して、一般民衆の目に届かぬようにしつつ自分たちだけが子供を持つことのできる方法を探り、それを実行したのだった。――その方法というのが、コロニーから地球への『帰還』を認めるというものだった。
 地球からコロニーに移り住んだ人々とその子孫は、あまりに過酷な環境に耐えかねて、ことあるごとに、地球に帰還させてくれるよう連邦政府に対して要望文書を送付していた。しかし、ようやく宇宙に送り出すことに成功した人々を連邦政府が再び地球に受け容れるわけがなかった。その確執を発端としてコロニー住人は地球に対する憎悪の念を抱くようになったのは前述の通りだ。それが、どういうつもりか、突如として連邦政府からコロニーに対して「例外的に地球の帰還を認める場合がある」という通達が届いたのが今から三年前の出来事だった。
 日々の生活に汲々として地球の情勢に目をやるゆとりなど微塵もないコロニー自治行政院にしても、なぜ今ごろになって地球連邦政府がそんな通達を寄越したのか、その真意を計り知るのは難しいことではなかった。その通達が実は連邦政府高官の私欲を満たすための方便だと、自治行政院はたちどころに見抜いていた。――ここまで書けば、もう気づかれた方も多いと思う。そう、簡単に言えば、連邦政府の高官たちは、自分たちの気に入りそうな子供に限って地球への帰還を認めるという内容の通達を各コロニーに送りつけたわけだ。しかも、コロニーから地球へ『帰還』を果たした子供たちは、決して地球連邦の正式な一員としての地位を認められるわけではない。ただただ、子供というものを身近な所に置いておきたいという高官たちの私欲を満たすためだけの存在でしかないのだ。結局のところ、ペットの犬や猫とさほど違いがあるわけではない、そういう存在として地球に迎え入れられるというわけだった。




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