わが故郷は漆黒の闇


【八】


 カタンたちが特殊工作員として選ばれたのは、他のメンバーよりも、この三人の方が地球への潜入が容易だと判断されたからだ。不定期的に『地球へ帰還させる』という名目で実質は『拉致』されてゆく幼児たち。連邦高官のその非道の行いはLP2自治行政院幹部職員の怒りに火を注ぐと同時に、皮肉なことに、それまでなら考えもつかなかった地球への潜入方法を思いつかせてくれたのだった。もちろん、誰でもが易々と潜入できるという方法ではない。しかし、カタンたち三人なら、連邦のセキュリティに引っかかる可能性は極めて低いと思われた。
 それは、三人が、地球へ拉致されてゆく幼児になりすますという手段だった。ネオテニー化のせいで外見はどう見ても幼児のくせに一人前の成人としての知性と判断力を持った存在である三人には最適の方法だ。それも、こちらから力づくで押しかけて行くのではない。高官の要望に応えるべく育児センターを訪れた高等助言官にスカウトされて堂々と『帰還』するのだ。これ以上に安全で確実な方法はない。その時から三人は、元々の住民登録を抹消された上で、偽りの年齢を記入した帰還者候補リストに名前を連ね、スカウトの目にとまるべく、可愛らしい少女としての仕種や振る舞いを身に付けるために帰還準備室に送りこまれたのだった。

「そりゃ、たしかにユリはそういう甘えん坊キャラだけど、でも、どっか変だよ。私たちの会話にちっとも入ってこないでさ。いつもだったら甘えん坊キャラっぽく、どんな時でも猫撫で声で『ユリもお話したいのに〜』って言ってくるくせに」
 ケイトにたしなめられても、ボビンはまだ納得しない。
 そこに、カタンも軽く相槌を打って加わった。
「そう言われてみればそうだね。どこか体の具合でも悪いの?」
 カタンにそう訊かれて、ユリは小さく首を振るばかりだった。
「あ、ひょっとして……」
 ユリのおどおどした様子に何か思い当たる節でもあるのか、ケイトが急に大声を出して、ユリが着ているセーラースーツのスカートをぱっと捲り上げた。
「やだ、何するのよ」
 ユリは慌ててスカートの裾を押さえようとしたが、ケイトの手の動きが先だった。
「あ、そういうことか。それなら、おとなしいのもわかるわ」
 ボビンは、ケイトの手でスカートを捲り上げられたユリの下腹部を覗き込むようにして納得げに言った。
「そうだね。おむつが濡れちゃってるんじゃ、ユリがおとなしくしてるのも当たり前だよね」
 カタンもボビンと一緒に頷いてみせる。
 おむつ。
 そう、ユリがセーラースーツの下に着けている下着は、ショーツではなく、水玉模様のおむつカバーだった。そのおむつカバーが、どこか重そうに、カタンやボビンの目の前でユリの下腹部から少しずり落ちそうになっているのだ。
「ぱっと見ただけでどんなことになってるのかわかるけど、念のために確かめておきましょうか」
 ユリのすぐ前で膝を床についたケイトが、左手でスカートを捲り上げたまま、ユリの両脚をそっと開かせるようにして、右手をおむつカバーの中に中に差し入れた
 その間、ユリは頬をピンクに染めて立ちすくむばかりだ。
「やっぱりだ。ぐっしょりだよ、ユリのおむつ」
 おむつカバーの中の様子を丹念に探るように右手をもぞもぞと動かしながら、ケイトはカタンとボビンに報告するみたいに言った。
「でしょうね。おしっこの重みでおむつカバーがずり落ちそうになってるんだもん、そりゃ、おむつはぐっしょりだよね」
 カタンが改めて大きく頷いた。
「そんなにぐっしょりなのに、どうして教えなかったのよ、ユリってば。お尻が気持ち悪いでしょうに。それで、いつ、おもらししちゃったの?」
 何度も頷くカタンの横で、ボビンは半ば呆れ顔でユリに言った。
「……高等助言官が部屋に入ってくるすぐ前。ユリに言おうとしたんだけど、そのすぐ後で扉が開いたから言いそびれてたの……」
 顔を伏せぎみにして、ユリはもじもじと両手の指を絡み合わせながら、よく注意していないと聞こえない小さな声で言った。
「だったら、あのオヤジがいる間にでも言えばよかったじゃない。いつでも取り替えてあげられるように、ちゃんと準備はしてあるんだから」
 おむつカバーから右手をそっと引き抜き、おしっこで濡れた指をハンカチで拭いて、ケイトはユリの顔を正面から見て言った。
「……だって、は、恥ずかしいんだもん。大人なのに、お……おむつだなんて、そんなの恥ずかしいんだもん」
 ユリはケイトの視線から逃れるようにぷいと目をそらして言った。
「そりゃ、ユリたちは大人よ。でも、地球に潜入するために小さな子供になりすまさなきゃいけないことはわかってるでしょう? 子供たちに未来を託して自分から安楽死施設に向かう人たちの表情を忘れたわけじゃないでしょう? 何も事情を知らないまま地球へ連れて行かれた子供たちの顔、ちゃんと憶えているんでしょう? 地球へ連れて行かれた子供たちの中には、ユリが保護官として面倒をみてあげた子もいるんでしょう? そんな人たちとそんな子供たちの代わりにユリたちが復讐を果たさなきゃいけないのよ。復讐を果たすためには、地球に潜入しなきゃいけないの。そして、何度でも繰り返すけど、地球に潜入するためには小さな子供のふりをしなきゃいけないのよ。小さな子供のふりをするのが恥ずかしいなんて、今更なにを言ってるのよ!」
 最後の方はケイトは声を荒げて、それこそ、幼い妹を叱る姉みたいな口調で言った。
「……小さな子供のふりをするのが恥ずかしいわけじゃない……」
 ケイトの激昂に気圧され、ユリは言い訳じみた口調で呟いた。
「じゃ、何が恥ずかしいのよ?」
 ケイトが気色ばんで重ねて問い質す。
「だから……だから、おむつが恥ずかしいんだってば。カタンもボビンも、ちゃんとパンツじゃん。二人ともパンツなのに、どうして私だけおむつじゃなきゃいけないのよ!?」
 ユリは唇を「へ」の字に曲げてケイトに訊き返した。
 ユリの言う通り、カタンもボビンも、幼稚園の制服であるセーラースーツの下には、アニメキャラのバックプリントが愛らしい女児用のショーツを穿いている。実際の年齢から考えれば「ちゃんとしたパンツ」とは言い難いけれど、その外見にはお似合いの下着だ。なのに、一人ユリだけが幼児用の下着も身に着けさせてもらえず、赤ん坊みたいにおむつとおむつカバーでお尻を包み込まれているのだった。
「ユリがおむつな理由は簡単よ。――パンツより、おむつの方が可愛いから。保護官を離任してこの帰還準備室へ来てから何度も説明してあげた筈よ。もう忘れたの?」
 こともなげにケイトは応えた。




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