わが故郷は漆黒の闇


【十二】


「わかったら早く着替えましょう。貴重な教育期間、一刻も時間を無駄にはできないんだから。はい、とにかく、まず、今の制服を脱いでちょうだい」
 まだ完全には納得していないのがありありの表情を浮かべながらも、かといって、あからさまな反論もできないでいるユリたち。そんな三人に向かってケイトはぱんぱんと手を打った。
 しばらく躊躇ってから渋々という感じで、三人が同時に、身に着けている保護官の制服のファスナーに指をかけた。保護官の制服といっても、標準型の簡易スペースジャケットの胸元と肩口に民政局のロゴと職務・階級を示すワッペンが貼り付けてあるだけの質素な物だ。ファスナーは、少しハイネックになった首元からウエストのあたりまでの長さがあって、その長いファスナーを引きおろして内側の補助ボタンを外すと、上下つなぎになったスペースジャケットは一挙動で脱ぐことができるようになっている。スペースジャケットの下に身に着けているのは、これも三人とも標準型のプロテクターを兼ねたボディスーツだ。長袖の袖口から足首まで一体成形で仕立ててあるボディスーツは、なんらかのアクシデントによってスペースジャケットが破れても身体の中枢部を保護するよう、保温性と気密性の高い金属繊維を編み込んだ素材でできている。このボディスーツは、背中側にある電磁ファスナーを解放すると一枚の布地のように広がって、こちらも一挙動で脱げるような作りになっている。スペースジャケットとボディスーツを脱いでしまうと、残りは、ごわごわした素材でできた、あまり肌触りの良くないショーツだけになってしまう。コロニーの痩せた土地でも大量栽培できるよう遺伝子操作を施した綿が原料だが、栽培のしやすさと引き換えに一本一本の繊維が太くなるといった傾向が現れて、お世辞にもさらりとした感触とはいえない。それでも、少しでも地球からの援助に頼らない生活を目指している状況で贅沢は言っていられないというのが現状だ。
 最後に残ったショーツも脱いで、三人はほぼ同時に、一糸まとわぬ姿になった。全体に丸っこくてぽっちゃりした、少しお腹の出た幼児体型をさらすのは躊躇われるものの、コマンダーであるケイトの指示には逆らえない。
「ふぅん、ほんっとに小さな子供そのままなんだ。これだったら、地球へ行ってお風呂に入らなきゃいけない場面になってもばれる心配はなさそうね」
 もじもじした様子で下腹部を覆い隠そうとするカタンの手をそっと払いのけて、ケイトは感心したように言った。それから、カタンに続いて、ボビンとユリの体もじっくりと頭の先から爪先までねめまわす。
「いいわ。お肌の張りもみずみずしさも合格。どこから見ても、本当は二十一歳の大人だなんて信じられないくらい」
 三人の裸を確認し終えて、ケイトは満足そうに頷いた。
 ケイトにしても、地球の住人から見れば、とてもではないが二十四歳という実際の年齢に似つかわしい外見をしているわけではない。けれど、そんなケイトと比べても、三人のネオトニー化は顕著だった。丸っこい童顔とぽっちゃりした幼児体型、水滴なんかすぐに弾いてしまいそうな張りのあるみずみずしい肌。どこからどう見ても、まだ小学校にも上がっていない幼児そのままだ。が、実は三人とも、本当は幼児などではないことを示す印が体の上にまるで無いわけでもなかった。それは、よく見ないとわからない印だが、それと意識して目を凝らしてみれば、確かに三人が本当は年端もゆかぬ幼女などではなく、実際には受胎可能な成熟した女性であることをはっきり示す印だ。その印の一つは、微かに、本当に微かに膨らんだ乳房だった。生まれてしばらくした赤ん坊は丸々していて、胸板が意外に厚く見えることがある。けれど、カタンたち三人の胸の小さな膨らみは、そういったものではない。乳児期から幼児期に移った子供の体つきは、丸っこい幼児体型ながらも腕や脚はほっそりしてきて、胸元などは、どちらかといえば貧弱とも言えるくらい華奢な感じになってくる。そんな華奢な胸元なのに、ケイトの目の前にいる三人は、よくよく見れば僅かながら乳房が膨らんでいるのだった。ぱっと見ただけでは、ちょっと丸っこい体つきをしているかなと思われるだけかもしれないけれど、じっと目を凝らしてみれば、それが、全体的に丸みを帯びているのではない、ほんの微かな盛り上がりながらちゃんと乳房の形に膨らんでいるのだということがわかるような、そんな胸元だ。しかも、本当の幼児ならほんのお飾りみたいにしか見えない筈の乳首が、三人のピンクの乳首に限っては、さほど大きくないとはいえ、自らの存在を誇示するかのように、つんと前に突き出すようにして僅かに膨れた乳房の先に立っているのだった。そう思って意識して観察すると、うっすらながら乳輪の存在も見て取れる。更に、もう一つの印が、さかんに両手で覆い隠そうとする下腹部にあった。それは、つるりとした縦筋にしか見えない幼女のそれとは違う、少しばかり不完全ながらも大隠唇と小隠唇が成長した、成熟した女性の性器だった。陰毛の生えていない透き通るような眩いばかりに白い肌の下腹部と、そこにある成熟した性器。見ようによってはひどくなまめかしい取り合わせ。そういった印こそが、三人が、外見上は幼児ながらも受胎可能な体を持つネオテニーであることを明白に示していた。とはいえ、その印も、三人が実は幼児などではないことを知る者が目を凝らしてようやくそれとわかるほどにぼんやりした兆候めいたものでしかないということもまた事実だった。
「じゃ、それぞれ目の前にあるバスケットに用意しておいた物を身に着けてちょうだい。幼稚園の制服なんて初めて目にする物でしょうけど、頭からすっぽりかぶれば着られるようになっているから心配いらないわ。もともと、小さな子供でも自分で着られるようになっているんだから、ややこしい着付けが必要な筈ないんだから。――はい、最初はパンツからね」
 あらためてケイトが三人に言って、めいめいの目の前に置いたバスケットを更に押しやった。
「承知しました、ケイト保護官」
 ようやく裸体を隠せるという安堵と、いよいよ幼児めいた服装をさせられるんだという羞恥とがない混ぜになった、なんとも表現しようのない表情を浮かべて、カタンが硬い声で応じた。
「やだなー、カタンちゃんてば。私のことは『ケイト保護官』じゃなく『ケイトお姉ちゃん』って呼ばなきゃ駄目よ。ま、『ケイト先生』でもいいけど」
 カタンの返答に、ケイトがころころ笑いながら言った。
「わ、私がカタンちゃんで……保護官がケイトお姉ちゃん……ですか?」
 きょとんとした顔でカタンは聞き返した。




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