わが故郷は漆黒の闇


【十五】


「じゃ、始めるわよ。カタンちゃんと同じ、最初はパンツからね。はい、アンヨを上げて――」
 カタンの時と同じようにボビンの両手を肩に置かせて、ケイトはバスケットから『おジャ魔女ドレミ』のパンツをつかみ上げた。

「――はい、できた。うふふ、カタンちゃんに負けないくらい可愛い幼稚園児になったわね、ボビンちゃんも。本当の年はカタンちゃんとボビンちゃんは一緒だけど、地球へ潜入する時はカタンちゃんが年長さんでボビンちゃんが年中さんっていう設定だからね」
 ケイトは、ものの十五分も経たないうちに、ボビンにショーツを穿かせ、シャツを着せて、その上から身に着けさせたセーラースーツの襟にレモンイエローのリボンを留め、胸元に『ねんちゅうぐみ・ボビン』と書いた名札を留めて、前髪をふわっと巻いて後ろ髪をポニーテールにまとめたヘアスタイルに整えてしまった。そうすると、特にヘアスタイルのせいだろう、カタンよりも幼いくせにどこか勝ち気な感じのする幼稚園児のできあがりだ。
「おっけー。これなら誰が見ても幼稚園の年中さんね」
 ケイトは念を押すようにもう一度ボビンの全身を無遠慮な視線で見やった。ボビンが体を揺するたびに、少し丈の短いセーラースーツのスカートが空気を含んで、ほんの少しだけ捲れ上がる。そうすると、ショーツに包まれた下腹部もちょっとだけ見えてしまい、本当の幼児のようなぴっちりした股間ではなく、性器が成熟しているために僅かながら恥丘も盛り上がっているせいでショーツのクロッチの部分が、よく注意して見てみると微かにこんもりした感じになっているのがわかる。いかにも幼児が喜んで穿きそうなアニメのバックプリントをあしらったショーツの股間がぷっくり膨らんでいる光景は妙に倒錯的なエロチシズムを感じさせるけれど、一目でそのことに気づく者はまずいないだろう。それほどに、ボビンの外見には幼い装いがお似合いだった。
 そうしてケイトは、最後に残るユリの方に振り向いた。
「さ、今度はユリちゃんを年少さんに変身させてあげる番ね。はい、これがユリちゃんのハローキティの下着よ。カタンちゃんやボビンちゃんのよりずっと可愛いから、きっと気に入ってもらえると思うわ」
 ユリの方に振り向いたケイトは、カタンやボビンの時と同じように、バスケットに手を伸ばすと、セーラースーツの下に隠しておいた『下着』をつかみ上げて、ユリの目の前でぱっと広げてみせた。
「え……?」
 ユリは、ハローキティというのがどんなキャラクターなのか、まるで知らない。それでも、なんとなく、カタンのショーツのナージャやボビンのショーツのドレミみたいな可愛らしい女の子のキャラを思い浮かべていた。なのに、ケイトがバスケットからつかみ上げた下着にプリントして合ったのは、子猫をモチーフにして可愛らしくデフォルメしたキャラクターだった。(これがハローキティっていう『カワユイ』系のキャラなのかしら。たしかに、ぱっと見ただけで胸がきゅんとなるくらい可愛いキャラだけど)ユリは胸の中で呟いて、その愛くるしい子猫のキャラに目を凝らした。
 と、ハローキティがプリントしてある下着の素材が妙につるんとしているみたいに見えることに気がつく。最初は気のせいかなと思ったけれど、もういちど目を凝らしてみても同じだった。コロニー産の綿でできたパンツのごわごわした感じとはまるで違うし、カタンやボビンが穿いたばかりのさらっとしたショーツともまた違うのが一目でわかる、どことなく光沢のある素材だ。
「うふふ、カタンちゃんやボビンちゃんのショーツとは違うことがわかった?」
 ユリが幾らか不思議そうな表情でじっと見つめていることに気がついて、ケイトは、手にした下着をユリのすぐ目の前で、バックプリントの付いたお尻の方ではなく、前の方が見えるように、くるっとひっくりかえしてみせた。
 後ろの方を見ただけでは、少し形の代わったパンツだな、ちょっと変な素材でできたパンツだなというくらいにしか思っていたかったユリだが、その下着の前の方を目にした途端、あっと声をあげてしまう。
「わかったみたいね。そうよ、これはショーツじゃなくて、おむつカバーよ。ハローキティをプリントした可愛いおむつカバーなのよ」
 ケイトが言う通り、それは――横羽根に前当てをマジックテープで留めるようになっている作りの、つるんとした防水生地でできたそれは、ユリも小さな子供たちの面倒をみる時に何度も手にしたことのあるのと同じ、股おむつ用のおむつカバーだった。育児センターの備品のおむつカバーが機能一点張りでクリーム色の味気ないデザインになっているのに対して、ケイトがバスケットからつかみ上げたおむつカバーがとても上品なベビーピンクの生地でできていて、お尻のところにハローキティのバックプリントをあしらった見るからに可愛らしいデザインに仕立ててあるという違いはあるものの、二重ギャザーになった腿の部分といい、マジックテープで留め具合を調整できるようになっている横羽根と前当てといい、濃いピンクのバイアステープで縁取りした裾まわりといい、どこからどう見てもおむつカバー以外の何物でもなかった。
「ケイト保護官たら、じょ……」
 ケイト保護官たら、冗談が好きなんだから。そう言って笑い飛ばそうとして、けれど、なぜとはなしに嫌な予感を覚えたユリは途中までしか言葉にできなかった。
 なんともいえない嫌な予感――ユリは突然、ある事に思い当たった。ケイトは、カタンに対してもボビンに対しても、「パンツ」という言い方をしていた。カタンのは「ナージャのパンツ」だし、ボビンのは「おジャ魔女のパンツ」と言っていた筈だ。なのに、ユリに対してだけは、パンツではなく「ハローキティの下着」という言い方をしていたのだ。そのことに気づいたユリの胸に、ひょっとしたらという不安の念が湧き起こってきた。




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