わが故郷は漆黒の闇


【二二】


「その頃のニッポンでは、国内が挙げて戦争一色に染まり、成人男性はみな兵士として徴用されていました。国民学校の生徒はまだ少年ですが、いずれは強制的に軍隊に徴用される運命にあったわけです。そこで、軍隊における基礎訓練の真似事を、入隊前に義務教育の教育期間で施しておくことになりました。それが軍事教練です。軍事教練には、二つの目的がありました。一つは、国民全てに対して戦意の昂揚をはかること。そしてもう一つの目的は、少年たちに軍隊の厳しさを前もって教えることです。軍隊というのはこんなに厳しいところなんだぞ、今から覚悟しておけよと前もって言い聞かせておくためです。けれど、軍隊の厳しさを前もって教えておくのには、もう少し別の意味合いもありました。それは、少年たちが軍隊に入った時、その厳しさに戸惑わないよう、その辛さ厳しさに少しでも前もって慣れさせておこうという――これは或る意味、教師たちの親心と言っていいかもしれません。我々はお前たちを軍隊に送り込まなければならない。その時、お前たちを守ってやる術を我々は残念ながら持っていない。我々がお前たちのためにできることは、軍隊というところの厳しさを前もって経験させてやることだけだ」
 三人に向かって、硬い声でケイトは説明した。
「ここは……帰還準備室は……軍事教練の場ということですか?」
 突然、カタンが、はっとしたような顔になって訊いた。
「そう言っていいかもしれません。連邦の高官たちに強引に引き取られることになった幼い子供たちに地球での生き方を教え、コロニーの約3倍もある地球の重力に慣れさせる、ここは、軍事教練の場だと言っていいと私は思っています。特に、地球に潜入して特殊工作の任に就くあなたたちにとっては。自治行政院の幹部も一般住人も、子供たちとあなたたちを地球に送り込まざるを得ない立場です。そして、地球に赴いた子供たちとあなたたちを守る術を私たちは持ちません。私たちにできるのは、前もって知識を与え、少しでも地球の重力に慣れさせてあげることだけです。そして、あなたたちの武運をコロニーから祈ることだけです」
 ケイトは硬い声のまま応えた。
 三人がそっと顔を見合わせる。
「けれど、今は、感傷的になっている時間はありません。説明を続けます」
 顔を見合わせる三人の様子を見やって、ケイトは表情を引き締めた。
 映像が再びワイヤーフレームのCG画像に変化した。が、今度は、バックヤードの廊下として使われている通路を描き出すのではなく、帰還準備室の全貌とおぼしき画像が映し出されていた。
「この部分が、私たちが今いる居住エリアです」
 ケイトは、画像の一部、半円形に描かれた部分の輪郭を指先でなぞった。
「これからの訓練期間を通して、あなたたちは基本的に、ずっとこの居住エリアで暮らすことになります。睡眠をとるのも、食事をとるのも、このエリアです。食事は給仕ロボットが運んできますし、眠る時は、やはり壁の中からベッドが出てくるようになっています。また、この居住エリアは、チュートリアルエリア、つまり教室も兼ねています。地球での生活に必要な知識は、このCG映像と同じように、私が持っているコントローラーを使って画像情報としてあなたたちに与えます。また、幼児としての仕種を身につけてもらうために、該当する年齢の標準的な幼児の行動様式を立体映像として伝えますから、その行動様式を真似るよう努めてください。――これまでのところで質問は?」
 ケイトの問いかけに三人は無言で首を振った。
「では、続けます。この居住エリアの奥の壁、つまり、半円の円周にあたる部分には、円周を三等分する位置に三つのドアがあります」
 ケイトは、CG映像の半円の部分を三度、少しずつ位置を変えて指先で押すような仕種をした。と、ケイトの指先が触れた部分が黄色に輝いて、同時に、居住エリア奥の壁の一部が、映像と同じように微かに黄色に輝く。
「真ん中のドアは、遠心加速器を備えたジムエリアへの入り口になっています。但し、ジムエリアは、この居住エリアと隣接しているわけではありません。このドアは、ジムエリアに直結しているエレベーターの搭乗口だと考えてください」
 ケイトは、真ん中のドアの位置を示す黄色の光点を出発点にして、模式的に描き出されているコロニー隔壁の中央まで指でなぞってみせた。
 ケイトの指の動きに合わせて、赤色の輝線で、一本のシャフトが描かれてゆく。赤色のシャフトは居住エリア奥の壁の真ん中から延びて真っ直ぐコロニーの隔壁に向かい、隔壁に達すると、今度は、コロニーの長軸に向かって一本の線になって延びてゆく。そうして、赤色の輝線とコロニーの長軸が交わる部分に、円形の茶色の区画が現れた。
「コロニーの両側を閉じる蓋のような隔壁は、単純な一枚構造になっているわけではありません。隔壁の厚みは1kmあって、三層に分かれています。最も外側の層は、コロニーの他の部分の外皮と同様、過酷な宇宙空間とコロニー内部の空間とを隔絶するための構造材であり、強烈な宇宙線や危険なスペースデブリからコロニー内部の空間を守る保護材でもあります。また、シャトルが発着する時には中央が開くようになっていて、いわば門扉の役目も果たしているということになります。そして外側から二番目の層は、コロニーと機械的に接しているわけではなく、磁力によって支えられて浮かんでいるような状態になっています。このため、二番目の層は回転することなく静止していて、シャトルの発着場としての機能が与えられています。最後に最も内側の層は、外側の層が破損した場合に備える予備の保護材であると同時に、二番目の層に付随しているシャトルの発着場への連絡口としての機能も有しています。最も内側の層は基本的にはコロニーと機械的に接していますが、中央部分は二番目の層と同じく磁場による浮遊構造になっていて、その回転速度は自由に調整することができるようになっています。具体的に説明すると、シャトルに搭乗しようとする人間は、まず、内側の層に付随しているシャフト内を走行するエレベーターに乗り込んで中央部分に行き、普段は内側の層とシンクロして回転している浮遊部分に移動した後、浮遊部分の回転を停止することによって二番目の層との相対速度をゼロにした上で連結用のシャフトを展開して、浮遊部分から二番目の層に移動してシャトルの発着場に向かうという手順になるわけです。赤い輝線がエレベーターシャフト、茶色の区画が浮遊部分を示しています。ただ、エレベーターシャフトはこれ一本だけというわけではなく、幾つかのブロックからも延びています。ここに表示したのは、帰還準備室専用のシャフトというわけです。わざわざ専用のシャフトを設置した理由は、言うまでもなく、帰還準備室の存在を一般の住人に知られないためです」
 ケイトは赤い輝線を改めて指でなぞりなおし、茶色の区画を指先でぴんと弾く真似をして続けた。




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