わが故郷は漆黒の闇


【二五】


「だって、保護官が急に変なことをするから……」
 ボビンは思わず言い訳めいた口調で言葉を返した。
「ちっとも変なことなんかじゃありませんよ。ちゃんと綺麗にできたかどうか調べてあげているだけなんだから。それを変なふうに感じちゃう方がいけないのよ」
 ケイトはボビンの耳たぶに熱い息を吹きかけて囁いた。
「あ……」
 まるで無防備な状態のところに不意にショーツの上から感じやすい部分をいじられ、耳元に吐息を吹きかけられて、ボビンは知らず知らずのうちに喘ぎ声を漏らしてしまう。
「ほら、まただ。本当の小さな子はね、こんなところをさわられても、くすぐったがるだけなのよ。ボビンちゃんみたいにエッチな声をあげて感じちゃうような子は一人もいないの」
 ケイトはボビンの顔を半眼で見おろして、からかうように言った。
「そ、そんな、感じちゃうだなんて……」
「あら、違うの? 絶対にそんなことないって誓える?」
 ケイトはボビンの目を覗き込んだ。
「それは……」
 ボビンは言い淀んでしまう。
 違うと応えたいけれど、下半身のじんじんした疼きが、それは嘘だと告げている。
「いいわ、正直で。もしも絶対に違うって応えたらもっと責めてあげるつもりだったんだけど、嘘はつかなかったわね。その正直さに免じて、今はこのくらいにしておいてあげる」
 くすっと笑って、ケイトは右手を戻し、ボビンのスカートを元に戻して乱れを整えてやった。そうして、それまでボビンの顔をじっと見つめていたのを、くるっと振り返って、カタンとユリの顔を交互に見て言った。
「わかった? あなたたちが正体を見破られることがあるとすれば、今のボビンちゃんみたいな事態に陥った時なのよ。あなたたちはどこからどう見ても幼稚園児だわ。外見でばれることはない。でも、なにかの拍子で今のボビンちゃんみたいにエッチな声をあげたり、感じやすいところを触られてとろんとした目をしたりしたら、それがきっかけになって正体を怪しまれることになるのよ。そんなところも含めて幼児になりきる訓練を積むのよ。それが結局、工作を成功させるたった一つの方法なんだから。わかったわね?」
 優しい保護官としての顔はそのまま、口調だけコマンダーのそれに変えて、きつくいましめるように言うケイトだった。
「……はい!」
 三人は一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたけれど、じきに口元を引き締めて頷いた。
「うふふ、三人ともちゃんとわかってくれて、先生とっても嬉しいわ。これからも聞き分けのいい素直な子でいてね」
 ケイトは再び保護官の口調に戻って笑顔で言うと、目の前のボビンの体をきゅっと抱きしめ、改めて耳元に唇を寄せた。
「おしっこはちゃんと拭いてあるみたいね。でも、年中さんくらいの子供だと、少しくらい拭き残しがあった方が自然よ。あまり綺麗にしすぎると却って怪しまれるかもしれないから、そのあたりにも気をつけてね」
 ここまでケイトは事務的な口調で言ってから、再びボビンの耳たぶに吐息を吹きかけて囁きかけた。
「おしっこは綺麗に拭いてあったけど、今は少し濡れちゃってるかもしれないわね、ボビンちゃんのパンツ。私にいじられて、いやらしいお汁が出ちゃったんじゃないかしら?」
 ケイトの囁きにボビンの頬が赤く染まった。
「本当に正直なのね、ボビンちゃんは。とても正直な体だわ」
 ケイトはおかしそうにそう言うと、ボビンの頬に軽くキスをして立ち上がった。
「そ、そんな……」
 言われて、ボビンは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「いいのよ、そんなに恥ずかしがらなくても。だって、ボビンちゃんは本当は二十一歳の大人だもの。感じちゃうのが当たり前。ただ、地球に潜入するためには、そんな大人としての感覚さえ封印しなきゃいけないのよ。辛いけど、我慢してね。コロニーに暮らす人たちの無念を晴らすまで辛抱してちょうだいね」
 まだ笑顔のまま、それでも真剣な眼差しでケイトは言った。
「……わかりました。頑張ります」
 ケイトの言葉に、ボビンは一旦は恥ずかしそうに伏せてしまった顔をきっと上げて応えた。
「うん、頼もしい返事だわ」
 ケイトは満足そうに頷くと、あらためて居住エリアの内側をぐるっと見渡して言った。
「さて、三人とも飲み物は終わったみたいだし、カタンちゃんとボビンちゃんのトイレも終わったから、ちょっと慌ただしいけど、これで休憩はおしまいにしましょう。せっかくだから、ジムエリアで地球と同じ1Gの重力を経験させてあげるわ。いつまでも座学ばかりだと飽きてきちゃうしね。さ、ついてらっしゃい」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 すっと体を伸ばして真ん中のドアに向かって歩き出すケイトをユリが慌てて呼び止めた。
「ん? どうかしたの、ユリちゃん?」
 ケイトは、ユリの呼びかけにぴたっと足を止めて振り向いた。
「あ、あの……私、まだなんです……」
 ユリは助けを求めるみたいな顔つきで、蚊の鳴くような声で言った。
「まだ? まだって、何が?」
 首だけ振り向いたケイトが、わざとのような不思議そうな声で聞き返す。ユリが何を言いたいのか充分わかっているのに、わからないふりをしているのがありありだ。
「だから、あの……トイレです」
 ユリは大きく息を吸い込んで、意を決したような表情で言った。
「トイレ? でも、トイレなら、カタンちゃんもボビンちゃんも終わってるわよ?」
 ケイトは尚もすっとぼけてみせる。
「ふ、二人は終わったかもしれないけど、私はまだ……」
 ユリはすがるような目をして言った。




戻る 目次に戻る 本棚に戻る ホームに戻る 続き