わが故郷は漆黒の闇


【三六】


「あ、主席監察官殿。実は、たった今LP2−C1から到着した子供たちの手荷物検査をしようとしていたのですが、その女の子が持っているガラガラを本官が手にした途端、大声で泣かれてしまいまして。おまけに、コロニーから付き添ってこられた保護官からは、そのことをきつく責められる始末で……」
 入国審査官は、マッチバリーの姿を認めると、直立不動の姿勢で敬礼をしながら、言い訳じみた口調で事の成り行きを説明した。
「これはこれは、主席統括官に統括技官、それに、主任出納官。お見苦しいところをお目にかけまして誠に申し訳ありません」
 慌てて入国審査官の横に歩み出た高等助言官がマッチバリーの正面に相対し、揉み手せんばかりにして言った。
「ああ、高等助言官。このたびは私たちの養子を探してきてもらってご苦労だったね。ところで、コロニーからやって来た子供たちが地球に到着すると、いつもこんな騒ぎになるのかい?」
 三人の高官の中でも最も若く見えるユ・ビヌキ統括技官が、自分よりもふたまわりくらいも年上の高等助言官に向かって横柄な口調で言った。
「いえ、決してそんなことはありません。これまで何度も子供たちに付き添ってまいりましたが、こんなことになったのは初めてのことです」
 高官たちの目の前で起きた騒ぎが自分の失点になることを恐れてか、はたから見ていてもおかしいくらい大げさに首を振る高等助言官。
「それは本当かい? これまで、本当にこんな騒ぎになったことはないのかい?」
 ユ・ビヌキは、念を押すように入国審査官に問い質した。入国審査官もまだ若いが、ユ・ビヌキはそれよりもまだ二つくらいは年下だろう。それでも、まるで物怖じする気配はない。
「はい。本官はコロニーから地球に帰還してくる子供たちの入国審査を主に担当していますが、これまでは何の問題もありませんでした。これまでは、子供たちは皆、手荷物など持っておりませんでしたから検査の必要もなく、問題の起きようもなかったという事情もありますが」
 入国審査官は、自分よりも年下の統括技官に向かって神妙な面もちで応えた。連邦内での地位というのは、それほど絶対的なものらしい。
「それが、今回に限っては、子供たちが手荷物を持って地球に到着したというわけか」
 ようやく事情が飲み込めたというふうにハー・リヤマ主任出納官が呟いた。
「でも、あまりにもひどいんじゃありませんか? こんな小っちゃな子が大切にしている玩具を取り上げようとするなんて。コロニーはどこも貧しくて、地球に向かって送り出す子供たちに何一つお土産らしい物を持たせてやれません。でも、せめて、これまで送り出してきた子供たちの中で一番幼いこのユリちゃんにだけは、お気に入りのガラガラを持たせてやりたかったんです。本当ならコロニーにいる子供たちで使い回しすべき物ですが、それでも、せめてものはなむけに、民政局局長に頼み込んで持たせてやることにしたんです。それを取り上げようとするだなんて、せっかく地球にやって来た子供たちに連邦はそんな冷たい仕打ちをするんですか」
 ユリの手を引き、高等助言官と入国審査官を押しのけるようにして前列に歩み出たケイトが、烈しい口調で言ってマッチバリーの顔を睨みつけた。
「ん? 君は……」
 突然目の前に現れた少女の顔を見おろしてマッチバリーは少しの間だけ思案顔になったが、すぐにそれが誰なのか気づいたのだろう、じきに穏やかな表情に戻って言った。
「LP2−C1育児センターのケイト保護官だね? これまで何度も子供たちの帰還に付き添ってきてくれているらしいね。先に子供を引き取った仲間たちから聞いているよ。見かけは子供みたいだが、有能な保護官だそうだね。今回は私たち三組の夫婦のために子供たちを引率してきてくれたことについて心から礼を言わせてもらうよ」
 マッチバリーの口調はいささか皮肉めいていたが、連邦の高官とコロニー民政局の職員という関係を考えれば、二人の間にひややかな空気が流れるのも仕方ないことだ。
 そこへ、ユ・ビヌキが横合いから口をはさむ。
「おや、その子がユリちゃんなのかい? じゃ、僕たちが引き取ることになっている子だね。確かに、高等助言官が送ってきてくれたビデオ通り可愛らしい子だ。これなら妻も気に入ってくれるだろう」
 ユ・ビヌキはそう言って、少し離れた場所に佇んでいる若い女性に向かって手招きをした。どうやらそれがユ・ビヌキの妻らしい。
「この子がユリちゃんだそうだよ、ハニー。君が気に入ってくれそうな可愛い子だよ」
 ユ・ビヌキは、ゲートの向こう側でガラガラを握りしめ、両目の下に涙のあとを残したユリを指し示した。
「うん、本当に可愛らしい子ね。あらあら、ちょっと見て。セーラースーツのスカートの裾からちょっとだけ見えてる下着、あれっておむつカバーよね。高等助言官、ちゃんと私たちの希望通りの子を連れてきてくれたのね。幼稚園に行って入園式でお披露目をしてお家に連れて帰るのがますます楽しみになってきたわ。本当になんて可愛い子なのかしら」 ユ・ビヌキと同い年か一つ二つ下だろうか、こちらも随分と若く見える妻は、ユリの姿を見るなり、うっとりした顔をして言った。
「そうか、あの子が統括技官が引き取る子なのかね。なるほど、まだおむつが外れていないんじゃ、これまで地球に帰還した子供たちの中でも一番幼いな。それではガラガラを手放さないのも仕方ないだろう」
 マッチバリーが納得顔で頷いて、あらためて入国審査官に向かって言った。
「君、どうだろうね。小さな子供の持っているガラガラまで検査する必要はないだろう。ここで手間取っては後々のスケジュールに遅れが生じる恐れもあるし、もう子供たちを私たちに渡してもらえないだろうかね」
「は、しかし……」
「大丈夫だよ。私たち三人が子供たちの身元引受人だ。何か問題があれば、私たちが共同で責任を取る。君には一切迷惑をかけないから」
 尚も渋る入国審査官をハー・リヤマが説得した。幼い子供が手にするガラガラに危険があるわけがないという自らの判断もあるが、不安そうな顔をしてゲートの奥に立ちすくんでいる子供たちの姿を目にして胸を痛める妻たちに急かされてというのが本当のところだ。




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