わが故郷は漆黒の闇


【四十】


「あ、ひょっとしたら」
 不思議そうに顔を見合わせていた女の子の片方が、なんとなくわかったというように、にっと笑ってみせた。
「あのさ、カタンちゃん、落第しちゃったんじゃないかな」
「落第?」
「そうだよ。だって、育児センターの先生が『ちゃんとお勉強しない子は年長さんになれませんよ。落第で年中さんのままですよ』って言ってたじゃない。カタンちゃん、落第しちゃって上の学校へ行けなかったんだよ、きっと。それで、もういちど年長さんなんだよ」
「うん、そうかもね。でも、カタンちゃん、何ができなかったんだろうね。お絵描きが上手じゃなかったのかな、ちゃんと絵本を読めなかったのかな」
「お片づけがちゃんとできなかったのかもしれないし、ご挨拶ができなかったのかもしれないね」
 女の子は思案顔で言って、急に何か気がついたのか面白そうに目を輝かせた。
「どうしてだかはわかんないけど、落第して年長さんをやり直すんだったら、私たちの方がお姉ちゃんだよね。育児センターの時はカタンちゃんの方がお姉ちゃんだったけど、今度は、もういちど年長さんになったばかりのカタンちゃんより、ずっと年長さんしてる私たちの方がお姉ちゃんだよ。だから今度は私たちがいろいろ教えてあげないといけないね」
「あ、そうだねそうだね。今度は私たちがお姉ちゃんだね。カタンちゃんがご挨拶できなかったら、ちゃんと叱ってあげなきゃいけないね」
 もう一方の女の子も、両目をきらきら輝かして興奮したような口調で言った。
「それに、ほら、見てよ。カタンちゃん、ちっとも背が伸びてないみたいだよ。今だったら私たちの方が絶対に背が高いよ。それと、カタンちゃん、まだちゃんと歩けないんだよ。だから、年長さんの中じゃ一番の妹だよ。ね?」
「ほんとだ。うふふ、カタンちゃんが妹になっちゃうんだね。うーんと可愛がってあげなきゃね」
「そうだよ、うーんとうーんと可愛がってあげようね」
 カタンの正体を知らない二人がそんなふうにして他愛のない会話を続ける間に、アナウンスは続けてボビンの名を呼んでいた。
『それじゃ、次の新しいお友達を呼びます。二番目は、年中さんのボビンちゃんです。はい、年中さんのボビンちゃーん』
 今度もアナウンスに合わせて園児が大声でボビンの名を呼んだ。
 いったん消えたスポットライトが再び点灯してアーチを浮かび上がらせ、それをくぐって、ボビンを二人の真ん中に置いたハー・リヤマ夫婦がステージの上を歩いてくる。宇宙港に到着してすぐの頃は、コロニーのジムエリアで受けた訓練の甲斐もあって、いよいよ地球にやって来たんだという緊張と使命感で地球の重力下でも体を支えていることができたものの、幼稚園に着く頃には疲労がたまってきて体がたまらなく重く感じられるようになって、カタンと同じようにボビンも何度も倒れそうになってはそのたびにハー・リヤマ夫婦に体を引き起こしてもらいながら、ようやくのことステージの一番前に辿りついた。
「あ、今度はボビンちゃんだよ。ほら、育児センターで私たちと一緒に年中さんだったボビンちゃん」
 カタンのことをあれこれと話していた二人の女の子が、さっきよりも驚いた顔を見合わせた。
 もちろん、二人とも、ボビンのことも保護官とは思っていなかった。胸元と袖口、それに背中にケイトと同じワッペンを付けたスペースジャケットを着ていたものの、子供たちもみな、僅かに色が違うだけで基本的には同じ標準型のスペースジャケットを着用していたから、その違いを意識することはなかった。年中クラスを主に担当していたボビンはこの二人の女の子の面倒もいろいろみてやっていたのだが、当の女の子たちはボビンのことを、随分お節介やきの同級生だなというくらいにしか思っていなかったというのが実際のところだ。
「本当だ、ボビンちゃんだ。でも、まだ年中さんだから、ボビンちゃんも落第しちゃったんだね」
「そうだね。ほら、ボビンちゃん、育児センターの時から私たちのこと随分お節介やいてたじゃん。だから、人のことにかまってばかりで自分のことをちっともしなくて、それで落第したんじゃないかな」
「あ、そうか。私たちと同じ年中さんのくせにお姉さんぶって人のことばかりかまうから自分のことができなくて落第しちゃったんだね。でも、そしたら、今度は私たちがボビンちゃんのことかまってあげなきゃいけないね」
「うん、そうそう。ボビンちゃんは年中さんだけど私たちは年長さんで完っ全にお姉ちゃんだもん、今度は私たちがお節介やいてあげるんだよ。ねぇねぇ、年中さんて、自分でお着替えできてたっけ?」
「う〜ん、どうだったっけ。一年前のことなんて憶えてないよ。ボタンを留めるのはあまり上手じゃなかったかもしれないけど」
「んじゃさ、お昼寝の時、私たちがボビンちゃんにパジャマ着せてあげなきゃいけないかもね。パジャマを着せてボタンを留めてあげて、お布団かけてあげて、お腹をぽんぽんしてあげるの。そんで、もしもボビンちゃんがお昼寝でおねしょしちゃったら、パンツを穿き替えさせてあげるんだ」
「やっだ〜、年中さんの時、おねしょしてたのぉ? 私なんて年少さんでしなくなったけどな」
「え? あ、ううん、まさか、年中さんにもなっておねしょなんてしなかったよ、私。ただ、ほら、ボビンちゃんはまだしちゃうかもしれないなって……」
 その女の子は、まずいことを言っちゃったというふうに舌をぺろっと出して頬を真っ赤に染めた。
「はいはい、そうね。ボビンちゃんのことね、うん」
 もう一人の女の子は、くすくす笑いながら、何度も何度もボビンちゃんのことねと繰り返すばかりだった。




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