わが故郷は漆黒の闇


【四二】


『これで、新しく幼稚園の仲間入りする三人の子供と、新しく子供たちの保護者になられた三組のご夫妻がステージの上に揃われたわけです。ここで、保護者を代表して、年長クラス・カタンちゃんの保護者になられたマッチバリー主席監察官御夫妻からお言葉を頂戴したいと存じます』
 それまで園児たちに向けて語りかけていたアナウンスが落ち着いた口調に変わって、カタンの手をぎゅっと握って立っているマッチバリーの名を呼んだ。
 名を呼ばれたマッチバリーが鷹揚に頷くと、夫妻とカタンの三人にスポットライトが向けられる。
「ご紹介にあずかりましたマッチバリーです。このたびは第二ラグランジェポイントのご厚意によりまして、こんなに可愛らしい女の子を養女として迎え入れることができました。本日はLP2−C1の育児センターの職員であるケイト保護官にも入園式においでいただきましたので、ここで改めて心よりお礼を申し上げます」
 マッチベリーは、最後尾の席に高等助言官と並んで座っているケイトを、両手を大きく広げ芝居がかったポーズで指し示した。
 天井からピンスポットの細い光がふってきて、照明を落としたほの暗い会場の中にケイトの姿が浮かび上がる。いかにもお義理だと言わんばかりの気のない拍手の音を聞きながら、ケイトは渋々のように立ち上がって、こちらも、まるで気のないそぶりで軽く頭を下げてみせた。
「あんな少女が保護官ですか。どう見ても小学生くらいにしか思えないのに」
 高官どうし、囁き合う声が会場のあちらこちらから漏れ聞こえる。
「いや、ああ見えてもちゃんとした成人らしいですよ。幼形成熟とかで、コロニーの住人はみな、成人しても地球の子供並みの体格にしかならないとかで」
「ほーお、そうだったんですか。いや、実は、どうして小学生が会場にいるのか、さっきから気になっていたんですよ。それがまさかコロニーから子供たちに付き添ってやって来た保護官だったとは」
「いや、私も実際に目にするのは初めてです。コロニーの住人が地球に立ち入ることは厳しく制限されていますし、保護官が入園式に立ち会うようなことはこれまでありませんでしたからね」
「そうなんですか。けれど、そうですね、そう言われてみれば、標準型のスペースジャケットを着用しているようですね。ああ、なるほど、確かにあのワッペンはLP2−C1の民政局のものだ。どうやら本当にちゃんとした保護官らしいですな」
「ええ、そういうことです。それでも、なんですね、スペースジャケットの代わりにブラウスを着せてランドセルでも背負わせたりしたら、誰でも小学生だとしか思わないでしょうね。幼稚園児もいいけれど、今度は小学生を養子に迎えることも考えてみてもいいかもしれませんな」
「おやおや、それはいささか危険なご趣味ではありませんかな?」
 くっくっくっと忍び笑いを漏らす高官の下卑た横顔を睨みつけてケイトが席に座り直しすと同時にピンスポットの光が消えて、参加者の視線が再びマッチバリーに集まった。
「さて、私ども夫婦が養子を迎え入れるにあたって男の子ではなく女の子を選んだのには理由があります。それは、私も妻も両方ともが男性のユニセクシャリティーな夫婦だということにおおいに関係しています」
 私も妻も両方ともが男性。マッチバリーの口から出たその言葉に、カタンは、はっとしたような表情で、傍らに立つ養母の顔を見上げた。カタンの視線に気づいたのだろう、養母もすっと流し目をくれて、新しく養女になったばかりのカタンの顔を見る。
 けれど、マッチバリーの言葉に驚く顔は、この会場には一つもない。いや、地球上を隅から隅まで探しても、マッチバリーの言葉に驚く者は一人もいないに違いない。現在の地球では、連邦の首府はもとより、古めかしい因習の残る旧国家でも、同性どうしの結婚は法律的にも道徳的にも何の問題もないとされているのだ。いや、たんに認められているというよりも、むしろ推奨されているといった方が正確だ。それは、増え過ぎる人口を少しでも抑制するためだった。異性どうしの結婚ではなく同性どうしの結婚なら、妊娠を伴うことはない。たったそれだけの理由で、性道徳には口うるさい一部の旧国家においてさえ、生殖機能を失う結果になる性転換手術や同性どうしの結婚が合法化され、推奨されるようになるほどに、人口の増加は全地球的な問題に発展していたのだ。そうして今や、こと婚姻制度においては『何でもあり』と表現してもいいような状態になっているのが地球の現状だった(もっとも、そんな施策をとっても人口増加を押さえる切り札にはなり得ず、最終的には、全ての男性に対して生殖機能を奪う処置を施した上で、コロニーでの実績をふまえた人工子宮装置の運用を余儀なくされるという結果を招くことになったのだが)。
 三人も帰還準備室で訓練を受けている間に、そういう知識も身に付けてはいた。ただ、まさか自分がそういったユニセクシャリティーなカップルの養親に引き取られることになるとは思ってもみなかっただけに、呆然と養母の顔を見上げてしまうカタンだった。
「ご覧のように、妻は一見しただけではそれとわからないくらい女性的な体つきをしています。この魅力的な体を手に入れるために、妻は大変な努力をしてまいりました。豊胸処置や骨格修正のためにこの白い肌が何度も医者のメスに切り裂かれ、ホルモン投与のために注射の針が何度も肌に突き刺さりました。そして妻自身も、そのプロポーションを維持するために日に何時間も汗を流し、エステにいそしんでいます。その甲斐あって、この首府中を探しても妻に勝る体をお持ちのご婦人はいらっしゃらなくなったのではないかと、身贔屓を含めて私は思うに至っています」
 少し冗談めかして言ってから、マッチバリーは真剣な表情になった。
「さて、そのようにして体こそ女性になった妻ですが、その仕種や振る舞いには、まだ男性的な部分が残っています。そのことをたいそう気に病んだ妻が思いついたのが、女の子を養子に迎え入れたらどうだろうかということでした。小さな子供を育てる経験をしてみれば、自然と母性本能が生まれ、知らず知らずのうちに女性らしい仕種や振る舞いが身に付くかもしれないと思いたったのです。そして、子供が女の子なら尚のこと、その女の子の仕種を参考にできるかもしれないと考えたらしいのです。そんなひたむきな妻の望みを叶えてやれることになって、私は今、嬉しくてなりません。こんなに可愛らしい女の子・カタンちゃんの養親になれたことを、妻ともども神に感謝しつつ、私のご挨拶とさせていただきます」
 そう言うと、マッチバリーと妻は会場中を見渡しながら大きく手を振った。




戻る 目次に戻る 本棚に戻る ホームに戻る 続き