わが故郷は漆黒の闇


【四三】


『ありがとうございました。マッチバリー主席監察官の感動的なお言葉に対して、みなさま、もういちど盛大な拍手をお願いいたします』
 アナウンスの声が促して、会場は改めて大きな拍手の音に包まれた。
 そうして、拍手が鳴りやんで会場に静寂が戻るのを待って、アナウンスが今度はカタンたちの名を呼んだ。
『さ、それじゃ今度は、子供たちにご挨拶をしてもらいましょう。カタンちゃん、ボビンちゃん、ユリちゃん、きちんとご挨拶できるかな』
 アナウンスがそう言うと、それぞれの養親が三人をステージの最前列中央の位置に連れて行って手を離した。
 コロニーに比べて三倍強にもなる地球の重力のせいで、立っているだけでも脚がぶるぶる震える。それをかろうじて堪える三人の顔が引き締まった。
 チャンスは一度きり。
 大勢の高官たちが集まる場で生物兵器を解放する時は今しかない。
「コロニーに住む者を代表して、地球連邦の重責にあるみなさんに伝えたいことがあります」
 ユリを真ん中にして左側に立ったカタンが声を張り上げた。見た目通り甲高い声は幼児そのものだが、その口調は実際の年齢にふさわしく落ち着いていた。ただ、これから自分たちが引き起こそうとしている事態の重大さのせいか、声が僅かに震えるのは止められないでいる。
「第一ラグランジェポイントから第五ラグランジェポイントまで、全てのコロニーに住む者は、ことあるごとに、連邦政府に対して地球への帰還を要望してまいりました。あるいは、それがかなわぬなら、せめてコロニーのエネルギー収支を改善させるための補修工事を施工してくれるよう要望してまいりました」
 そこまで言ってカタンが正面を見据え、その後をボビンが言葉を継いだ。
「しかし、その要望はことごとく無視されました。要望を容れることが不可能なら不可能と回答をいただけたなら、まだ話し合う余地はあったでしょう。それを、あなたたち連邦政府は無視し続けるだけでした。その上、地球において人工子宮装置の運用が始まると、『一部の幼児の帰還を認める』という名目のもと、コロニーから子供たちを拉致するという暴挙に出る始末。我々は、もう、あなたたちを赦すことはできません。連邦が話し合いを拒絶するなら、それも結構。我々も言葉を以てではなく、力を以て我々の思いを伝えるまでです」
 そう言って口を閉ざしたボビンがユリの背中をついた。
「これまでの我々の苦しみを全て託した怒りの鉄槌、ここに振りおろします」
 ボビンの合図を受けて、ユリが、手にしたガラガラを頭の上に振り上げた。
「我らの怒りの鉄槌、ここに下さん!」
 カタンとボビンが声を揃えて叫ぶと同時に、ユリが、ガラガラの頭部と柄との付け根の奥にある隠しボタンを押して、ガラガラの柄を力いっぱい握りしめた。こうすることでガラガラの柄に内蔵した血管パターンスキャニング装置が作動し、今ガラガラを持っているのがユリであることが確認される。あとは、前もって決めておいた一定のリズムでガラガラを振ればガラガラの頭部が開いて、例のバクテリオファージ様生物を含んだガスが噴出する。そうなればまたたく間に高官たちや幼稚園の職員たちは絶命し、連邦政府は事態の把握と収拾に全機能を集中させざるを得なくなる。その隙に乗じてコロニー側が交渉の主導権を握る手筈になっていた。
 憎むべき敵であるとはいっても、さすがに二百人を超える人命をこの手で奪うことになると思うと、ガラガラを振るユリの手の動きも鈍る。しかし、僅かに動かしたガラガラがかろやかな音をたて、その音を耳にした途端、ユリの逡巡はふっきれた。
 神経中枢に直接作用する音波に誘われるまま、ユリはガラガラを打ち振った。帰還準備室では、時が経つのも忘れて、体が憶えるまでダミーのガラガラを繰り返し振り続けたユリだ。そのリズムを忘れるわけがない。

 いつしか会場中の視線は全てユリの振るガラガラに集まり、ガラガラの音しか聞こえなくなった。
 けれど、いつまで経ってもガスは噴出しなかった。
 まさかとは思いつつ、リズムに合わせて振るのに失敗したのかもと、ユリは何度も何度もガラガラを振った。
 が、結果は同じ。

 あせりの表情を浮かべて立ちすくむ三人の後ろで、マッチバリーが手近にいる職員を呼び寄せて何やら囁きかけた。マッチバリーから何か説明らしき言葉を受けた職員は笑顔で頷くと、無線のインカムを通して、マックベリーが口にした説明の概略をアナウンスブースの職員に伝えた。
『みなさま、カタンちゃん、ボビンちゃん、ユリちゃんが演じてくれた寸劇、お楽しみいただけたでしょうか。これまで入園式のたびに新しく仲間になった子供たちは楽器を奏でてくれたり歌を披露してくれたりしましたが、今回のような寸劇は初めてです。タイトルは――宇宙を駈ける美少女戦士・セーラーシスターズだそうです。難しい台詞もちゃんと言えて、三人とも、とっても上手でしたね。特に、ガラガラを武器に見立てたユリちゃんの迫真の演技は、とても年少さんには思えませんでした。これだけしっかりしたお嬢ちゃんですから、もうすぐおむつも外れることでしょう。新しいママさん、それまでは大変ですけど、おむつのお洗濯、頑張ってくださいね』
 アナウンスブースの職員は、同僚から伝えられたマッチバリーの説明を幾らか自分なりにアレンジして会場の参加者に伝えた。
 鬼気迫る表情でステージに立ち、思いもしなかった言葉を口にするカタンたちの様子に戸惑いの表情を浮かべていた高官たちは、そのアナウンスを耳にするなり、どっと笑い崩れ、真に迫る演技をみせてくれた三人に向かって盛んな拍手を送った。
 もちろん、三人は寸劇を演じたわけではない。決死の覚悟で生物兵器を解放しようとしたのだ。それがなんらかのトラブルで生物兵器の容器を開くことができなくなってステージ上で立ちすくんでいるというのが実状だ。ところがマッチバリーがそれをさも三人が寸劇を演じているかのように職員に説明し、それを信じた職員がマッチバリーの説明通りにアナウンスしたものだから、会場にいる全員がマッチバリーの説明を真に受けてしまったのだった。




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