わが故郷は漆黒の闇


【五一】


「あ、お尻拭きだ。そうだね、おしっこを綺麗にしないとおむつかぶれになっちゃうもんね」
 ケイトがパッケージから引き出したお尻拭きを年長の一人が指さした。
 いくらネオテニー化が特段に進んでいるといっても、本当の幼児ほどに肌が柔らかなわけではない。少しくらい手入れを怠ったとしてもおむつかぶれになることはない。それでもコロニーの育児センターでおむつを取り替えるたびにケイトはユリの下腹部をお尻拭きで綺麗にしていた。実はケイトがそうしていたのは、おしっこを拭き取るためというよりも、それを名目にしてお尻拭きの柔らかな不織布でユリの感じやすい部分を責めるためだった。そして、ケイトがわざわざそんなことをしてきたのには二つの理由があった。
 一つ目の理由は、地球に潜入した後、ユリが誰かに(たとえば、ユリを引き取った養親などに)おむつを取り替えてもらうことになった時、お尻拭きなどで下腹部を拭かれることがあるだろうから、それに慣れておくためだ。もっとも、お尻拭きに慣れるためとはいっても、アルコールを含んだひんやりした感触に慣れるためなどではなく、お尻拭きがたまたま秘部に触れたとしても、それで感じてしまわないよう訓練を積んでおくためというのが正確なところだ。外見は幼児でもその正体は大人の女性だから、秘部に触れられたりしたら、単にくすくったがるだけでなく、性的な興奮を覚えてしまう可能性は否定できない。そんなことになったらたちどころに正体を見破られてしまうのだ。それを避けるために、ケイトはことあるごとにユリの感じやすい部分を責めては、それでユリが喘ぎ声をあげたりしないよう厳しくいましめるという訓練を続けてきたのだった。
 そうして二つ目の理由。それは最初の理由と少しばかり矛盾するようだが、柔らかなお尻拭きで秘部を責めることでユリに性的な快感を与えるためだった。れっきとした成人で、もちろんのことトイレでおしっこをするのが当たり前になっているユリにおむつを使う習慣をつけさせるのは容易なことではなかった。いくら地球に潜入するためとはいえ、二十一歳にもなるユリにとって、おむつは羞恥の下着以外の何ものでもない。それを着用して、しかも、おしっこはおむつの中にするよう命じられても、そんなことがそう易々とできるわけがなかった。そこでケイトは、おむつを取り替えるたびにユリが性的快感を覚えるよう仕組んだのだった。そのために、お尻拭きで秘部を責めるということを繰り返してきたのだ。それは、ケイトの言いつけに従っておむつをおしっこで汚したユリが与えられるとっておきの『ご褒美』だった。こうしてケイトはユリにおむつの習慣を身に付けさせていったのだった。
 そんな訓練を続けた結果、ユリは、おむつを取り替えられるたびに身悶えするような快感を得ながらも顔色を変えたり喘ぎ声を漏らしたりするというようなことはしない、いささか奇妙な身体の持ち主になっていった。そうして、おむつを濡らすたびにケイトに(暗に)お尻拭きをねだるようになっていたのだ。もちろんケイトはユリのおねだりを受け入れ、ユリがおしっこでおむつを汚すたびにお尻拭きで感じやすいところを繰り返し責め続けてきた。大勢の目が集まっている今も、ケイトが手にしたお尻拭きを目にしたユリの胸の中は、不埒で淫らな期待で満ち満ちていた。
「あれ? ユリちゃんのお股、なんだか濡れてきてるよ」
 お尻拭きを目にして半ば反射的に恥ずかしい愛液が溢れ出してきたユリの下腹部を見て、年中の一人が半ばきょとんとしたような、半ばびっくりしたような顔でケイトに言った。
「あら、本当ね。ひょっとするとユリちゃん、またおしっこが出そうなのかもしれないわね。早くケイト先生におむつをあててもらわなきゃいけないわね」
 応えようがなく押し黙ったままのケイトに代わって、わざとらしく慌てた様子で言ったのはユ・ビヌキーの妻だった。
「でも、おしっこ出ちゃったばかりなんでしょ、ユリちちゃん。なのに、またおしっこなの?」
 ユ・ビヌキーの妻に、年中のもう一人が不思議そうな顔をして聞き返した。
「だって、ユリちゃんは体が小さいから仕方ないのよ。あのね、体の中には、おしっこを溜めておく膀胱っていうのがあるんだけど、体が小さいと、その膀胱も小さいのよ。だから、溜めておけるおしっこも少なくて、すぐ一杯になっちゃうの。ほら、大きなコップにお水を入れてもなかなか一杯にならないけど、小さなコップだとすぐ一杯になって溢れちゃうでしょ? それと同じなのよ」
 ユ・ビヌキーの妻は腰をかがめて年長の二人と目の高さを合わせ、自分の下腹部を指差して説明した。そうして、年中の二人が互いに顔を見合わせて納得したように頷き合っている間にユリの耳元に唇を押し付けて囁く。
「子供たちにはそんなふうに説明しておいたけど、でも、本当は違うみたいね。この濡れ方はどう見てもおしっこじゃないわね。もっと粘りけのある濡れ方。うふふ、ユリちゃん、恥ずかしいおつゆをこぼしちゃったんでしょう? わかるわよ、そのくらいのこと。でも、おむつをおしっこで汚しちゃって恥ずかしいおつゆをこぼすなんて、ユリちゃん、おむつが大好きなのね。いいわよ、隠さなくても。おむつが大好きでおむつに感じちゃって、それでおつゆをこぼしちゃったんでしょう? そうよね、そうでなきゃ、立派な大人がおむつなんてあててられないわよね。おむつが大好きなユリちゃんだから、本当は大人なのにおむつをあてていられるのよね。大丈夫、心配しなくていいわよ。これからパパとママのお家に行っても、ずっとずっとおむつをあててあげるからね。ユリちゃんはこれからも、大好きなおむつとバイバイしなくていいんですよ。ユリちゃんはずっと、おむつの外れない小っちゃな子供でいられるんですよ。――本当は二十一歳の大人でもね」
 ユ・ビヌキーの妻の囁きに、ユリの顔を絶望が覆う。




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