わが故郷は漆黒の闇


【五五】


 と、ユリ自身の意思とはまるで無関係におずおずと舌が蠢いて、ゆっくりと唇が動き出す。過酷な環境で生き抜くことを強いられせいで異様に発達した生存本能が、飢えと渇きに怯えて、ユ・ビヌキーの妻に強要されるまでもなく生命の糧を求めた結果だった。いくら理性が拒んでも無駄だった。自殺者を一人も出現させないほどに発達したコロニー住人特有の生存本能に導かれるまま、ユリはユ・ビヌキーの妻の乳房に顔を埋め、ちゅぱちゅぱと音を立てて乳首を吸い続けた。
「ほらほら、そんなに慌てなくてもいいわよ。ママのおっぱいはどこにも行ったりしないから。いつまでもいつまでも、ユリちゃんに吸ってもらうのを待っているんだから。そうして、これが、ママとユリちゃんが親子になるための儀式なんだから。昨日が入園式だったから本当は今日からユリちゃんは幼稚園に通わなきゃいけないんだけど、園長先生にお願いして、今日だけ休ませてもらったの。何のためだと思う? それはね、ママとユリちゃんが親子になる儀式をするためなのよ。それで、儀式が終わった明日からユリちゃんは幼稚園に行くことになったのよ。――あ、そうそう。カタンちゃんとボビンちゃんも儀式のために休んでるんだっけ。二人ががどんな儀式を受けているか、ユリちゃんに見せてあげましょうね」
 ユリに乳首を吸わせてうっとりした顔をしているユ・ビヌキーの妻が、スカートのポケットから取り出したコントローラーのボタンを押した。
 遮光カーテンが自動で閉まって育児室の中がほの暗くなると同時に、部屋の中央付近に立体映像が現れた。等身大で映し出された立体映像の主は、カタンと、カタンの養親になったマッチバリー夫妻だった。
 ユ・ビヌキーの妻の乳首から一時も唇を離さないユリの目に映った三人は、揃って丸裸だった。カタンのために用意した子供部屋だろうか、レモン色の壁紙に囲まれた部屋の床には小さな女の子が喜びそうなヌイグルミや人形が幾つも置いてあって、窓際には、飾りレースをたっぷりあしらった可愛らしいベッドが据えてある。ダブルのクイーンサイズなのか、そのベッドの上に丸裸の三人が寝そべっているのだが、まるで窮屈な感じはしない。
『さ、それじゃ、儀式を始めるよ。最初はママとカタンとが親子になるための儀式だね。ママ、用意はいいかい?』
 立体映像のマッチバリーが優しく妻に言った。
『ええ、準備はすっかりできていますわ。私はいつでも大丈夫』
 妻は、元男性とは思えない優雅な仕種で頷いた。
『で、カタンちゃんの準備はどうかな』
 マッチバリーはもういちど妻に言った。
『カタンちゃんの方もすっかりいいみたいですよ。私が念入りに準備してあげたんですから、カタンちゃんもいつでもいい筈ですよ』 妻は薄く笑って体をくねらせた。
 すると、俯せだった妻の体が幾らか横を向くような格好になって、それまで隠されていた下腹部があらわになる。
 思わずユリはユ・ビヌキーの妻の乳首を力いっぱい噛んでしまった。それほどに衝撃的な映像がユリの目を奪ったのだ。入園式での挨拶で、マッチバリーは、妻は女性の身体を手に入れたと語った。だが、男性が男性であることを示す最も顕著な部位がマッチバリーの妻の下腹部には残っていた。決して貧弱とは言えない、平均以上のサイズがありそうなペニスが、マッチバリーの妻の股間に屹立していたのだ。
「駄目じゃない、ユリちゃん、ママのおっぱいを噛んだりしちゃ。でも、よかった。ユリちゃんのお口を赤ちゃんのお口に変えておいたから、ちっとも痛くないわ。それどころか、柔らかい歯がぷにゅぷにゅして気持ちいいくらい」
 ユ・ビヌキーの妻は、めっと言ってユリの顔を見おろした。
 けれど、ユリはそれどころではない。思いもしなかった映像に目が釘付けだ。
 マッチバリーの妻が身をよじりながら体を少し横にずらすと、それまで妻の陰になって見えなかったカタンの下腹部があらわになる。こちらは仰向けでベッドの上に横たわっていたカタンの下腹部は、一目でそれとわかるくらい、しとどに濡れていた。それが、カタンの秘部から溢れ出した愛液のせいだということがユリにもすぐわかった。体をずらしたマッチバリーの妻が右手の指を巧みに使ってカタンの恥ずかしい部分を責め続けている映像がユリの目に映ったからだ。
『ちょっといじっただけでこんなに濡れちゃうなんて、外見に似合わず感じやすい子なのね、カタンちゃんは。これだったら、挿れる時にあまり痛くないでしよう。さ、いくわよ』
 マッチバリーの妻はカタンの下腹部をじっと眺めた後、あくまでも優雅な身のこなしでカタンの上に覆いかぶさった。女性としか見えないその外見にはまるで似つかわしくない逞しいペニスでカタンの秘部を貫くために。
『コロニーにいる間は満足な悦びにひたることもできなかったんだろう? その分、ここでじっくり成熟した女としての悦びを味わうがいい。家にいる間は妻と私が交代で君に悦びを与えてあげるからね。でも、昼間は幼稚園でお友達と遊ぶんだよ。だって、カタンちやんは幼稚園の年長さんなんだからね。お友達と一緒にちゃんとお遊戯をしたり絵本を読んだりお砂場で遊んだりして、いい子にしていたら、お家に帰ってきてからご褒美にママとパパでたっぷり可愛がってあげるからね。ああ、ママもパパも生殖機能はなくなっているから、妊娠の心配はない。だから、思い切り楽しんでいいんだよ』
 くっくっくと笑ってマッチバリーはカタンに言い聞かせた。
『い、いやー!』
 カタンの顔が苦悶に歪むところで立体映像が消えた。

「よかったね、カタンちゃん、パパとママに可愛がってもらっているみたいで。じゃ、ボビンちゃんはどうかな」
 ユ・ビヌキーの妻が再びボタンを押した。
 カタンがいた部屋とはまた別の子供部屋が立体映像で現れ、部屋にいる三人の人物の姿が大映しになった。一人はハー・リヤマ、もう一人はハー・リヤマの妻。二人とも、お洒落な部屋着に身を包んでいる。そうして、もう一人、瀟洒に着飾った二人とは対照的な丸裸のボビンの姿。いや、厳密に言うと、何も身に着けていないわけではない。下着も上着も身には着けていないけれど、ボビンの細っこい首には、金色の鎖が付いた首輪がはまっていた。その首輪が、ボビンが見に着けてるいるただ一つの物だった。
『――これでわかったかい、ボビンちゃん。私たちに抵抗すると、こんな目に遭うんだよ』
 立体映像のハー・リヤマが、床に這いつくばるボビンを鋭い目で見おろして言った。




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