わが故郷は漆黒の闇


【五八】


「じゃ、話してあげる。あのね、高等助言官の奥さんも、できるだけ小さな子供がほしかったんだって。だから、おむつの外れないユリちゃんを引き取ることになったママのことがとっても羨ましいって何度も言ってたわ。でも、奥さんが引き取るのは、ユリちゃんに比べるとずっと体の大きなケイトちゃん。それでいろいろ考えて、ケイトちゃんを、小学校に通うようになってもおもらしの治らない、ちょっぴり困ったちゃんにしちゃうことにしたんだって。おもらし癖があるといろいろ手間はかかるけど、手間をかけてあげると、子供を育ててるんだって実感できるからね。うん、奥さんの気持ち、ママもとってもよくわかるわ。ユリちゃんのおむつを取り替えてあげるたびに、ああ、この子は私がいなきゃ何もできないんだ、私の可愛い娘なんだって感じるもの」
 ユ・ビヌキーの妻は一旦口を閉ざし、ユリのおむつカバーを何度も撫でさすってから、再び言葉を続けた。
「それで、病院で、膀胱の口を開いたり閉じたりする筋肉に有機電極を埋め込む手術をしてもらうことにしたんだって。有機電極っていうのは、電気を通すんだけど、金属なんかとは違って体に悪い影響を与えない電極で、埋め込んですぐ体内の組織に溶け込むから、それを埋め込んでもらった人が生きている間ずっと働き続けることができる、すごくよくできた電極だそうよ。もともとは神経性の疾患で手や脚をちゃんと動かすことができない人を治療するために開発されたそうなんだけど、高等助言官と奥さんは、その電極をケイトちゃんの膀胱の筋肉に埋め込んでくれるよう病院のお医者様にお願いしたの。それから、目の神経と有機電極をつないでくれるよう、それもお願いしたんだって。それでね、急に強い光が目に当たったり、暗い所から明るい所に出て眩しく感じたりしたら、その刺激が目の神経から有機電極に伝わって、勝手に膀胱の口が開くようにしてもらうんだって言ってたわ」
 その説明を聞いて、ユリは、どうしてケイトがおもらしなんて恥ずかしい粗相をしてしまったのか、その理由に思い至った。記念写真を撮るという名目で高等助言官がシャッターボタンを押した旧式のデジカメ。そのストロボの光が当たったせいで、視神経が受ける刺激に連動するようになっている有機電極が膀胱の筋肉の緊張を解いて、それで、ケイト自身の意思とはまるで無関係におしっこが漏れ出てしまったというわけだ。逆光の補正にストロボなど発光させずデジタル処理ですませる現在のカメラではなく、わざわざ旧式のカメラを高等助言官が使ったのは、わざとそうするためだったのだろう。生徒も先生も入学式の会場でケイトの到着を待っているから学校関係者の姿はないとはいえ、いつなんどき通行人が通りかかるかもしれない校門の前でわざとケイトにおもらしをさせて、その羞恥にまみれる表情を楽しむために。そうして、その羞恥の表情を写真としてずっと残しておくために。
『このままじゃスカートとブラウスまでおしっこで汚れちゃうから、ほら、パンツを穿き替えましょうね、ケイトちゃん』
 ユリの目の前の空間に浮かぶ高等助言官の妻の立体映像が、ケイトの背負ったランドセルの蓋を開けて、ビニール袋と新しいショーツを取り出した。どうやら、ビニール袋には、ぐっしょり濡れたショーツが既に一枚入っているようだ。
『はい、靴を脱いで右足を上げてちょうだい』
 高等助言官の妻は新しいショーツを夫に預け、ビニール袋の口を開いてケイトに言った。
『あ、あの……こんな所で……?』
 ケイトは弱々しく首を振った。
『仕方ないでしょう? 濡れたパンツのまま歩いて行ったらスカートまで濡れちゃうし、学校の廊下をおしっこの雫で汚しちゃうんだから。それに、ここへ来る途中に駅でおもらししちゃって、大勢のお客さんがいる中で穿き替えたんだから、もう平気でしょ?』
 高等助言官の妻はくすくす笑って言った。
 妻の言うように、居住区から学校のある区画まで三人はGET(Ground Effect Train)に乗ってきたのだが、地下にある駅から地上に出た瞬間、赤道直下の太陽の眩さに、膀胱が勝手に開いてケイトはおもらしをしてしまった。そうして、地下駅への通路近くで、大勢の人たちが行き交う中、養母の手でショーツを穿き替えさせられたのだった。
『そ、そんな……』
 ケイトは力なく首を振るものの、それ以上は何も言えない。
『でも、本当に困ったことね。今日は入学式だけだから、新しいパンツを何枚かと、汚れたパンツを入れる袋をランドセルに入れて来られたけど、明日からどうしようかしら。教科書とノートでランドセルは一杯になっちゃうでしょうし』
 半ば強引にケイトの右脚の足首をつかんで持ち上げながら、高等助言官の妻は、わざとらしい思案顔をしてみせた。
『だったら、専用の袋を持たせなきゃいけないだろうな。朝は新しいパンツを入れてきて保健室の先生に預かってもらって、学校が終わったら、今度は、汚れたパンツのお土産を持って帰らなきゃいけないんだから』
 コロニーでは保護官という地位にあって子供たちの面倒をみていたケイトが今は逆におしっこで汚してしまったパンツを穿き替えさせてもらっている様子を満足げな表情で眺めながら、高等助言官は、さも当然というような口調で言った。
『そうですね。じゃ、忘れ物をしないよう、透明な素材で専用の袋を作ってあげることにしましょう。それなら、朝は新しいパンツが入っているか、夕方は汚れたパンツをちゃんと持って帰ってきたか、すぐにわかりますから』
 おしっこを吸ってケイトの下腹部の肌に貼り付くショーツを、くるくると丸めるようにしてずりおろしながら、高等助言官の妻は言った。
『そんな……そんな恥ずかしい袋を持って学校へ行くなんて……』
 ショーツを脱がされた無毛の股間をあらわにして、ケイトは助けを求めるように高等助言官の顔を振り仰いだ。
『だって、仕方ないだろう? ケイトちゃんは、小学生にもなっていつおもらししちゃうかわからない困った子なんだから。今日も、家を出て入学式に出席するまでに二回もパンツを汚しちゃったんだろ? この後も何回しくじっちゃうかわかったもんじゃない。そんなケイトちゃんなんだから、少しくらい恥ずかしくても仕方ないんだよ』
 それが自分たちが受けさせた手術のせいだということはおくびにも出さず、高等助言官は諭すようにケイトに言って、改めて妻の方に向き直った。
『そうだな、透明の袋がいいな。それならケイトちゃんの同級生たちも忘れ物がないかどうか確認してくれるだろうし。私は明後日にもコロニーへ戻らなきゃいけないが、あとのことはよろしく頼むよ』
『わかりました。これからはケイトちゃんが一緒だから私も寂しくありません。私のことは気になさらず、思う存分、お仕事に打ち込んでくださいね』
 高等助言官がねぎらいの言葉をかけ、妻が頼もしく頷くところで映像が途切れた。

「みんな、新しいパパとママにちゃんとしてもらっていたわね。ユリちゃんも同じ、パパとママ、いつまでもユリちゃんを可愛がってあげるわね。――さ、そろそろ、おっぱいはおしまいにしましょう。もう、お腹いっぱいになったでしょう?」
 コントローラーをポケットにしまったユ・ビヌキーの妻はユリの体を膝の上に抱きおろして、ブラのフロントホックを留め、ブラウスのボタンをきっちり留めた。




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