おむつ保育実習


《 5 甘えんぼう 》

「いい子ね、真澄ちゃん。ちゃんと自分でごめんなさいできるなんて、とってもいい子だわ」
 優子は、後ろにまわした手で真澄の背中を優しく撫でた。
「うん、真澄、いい子だよ。優子お姉ちゃんに褒めてもらえて、真澄、とっても嬉しい」
 優子の胸元に顔を押しつけて泣き声で、けれど、晴れやかな表情で真澄は言った。いつのまにか自分のことを『私』ではなく名前で『真澄』と呼ぶようになっているのが、優子に本当の年齢を知られないようにするため幼児を演じているからという理由だけでないのは、その表情を見れば明らかだ。保育園で園長や淳子から屈辱に満ちた仕打ちを受け、美香たち園児から羞恥に満ちた扱いを受けてぼろぼろになりかけていた真澄の心が、優子の無垢なあたたかさに触れることで随分と癒されていた。異様で不埒な企てを抱く園長や淳子の手で園児扱いされると屈辱や羞恥にまみれて絶望的になってしまう真澄だが、そんなものをまるで感じさせない優子から子供扱いされると、なんだかそのまま本当に子供の頃に戻って、本当なら自分よりも年下の優子に全てを委ね、べったり甘えたくなってしまう。そんなふうにして、優子のそばにいると、知らず知らずのうちに穏やかな幼児退行を始めてしまいそうになる真澄だった。
 だが、実は、それさえも園長と淳子の企みの内にあるのだった。園長と淳子は、自分たちの抱いた歪んだ欲望を満たすための計画を実行に移すにあたって、美香と優子を利用することを思いついた。もちろん、当の二人はそんなことはまるで知らない。本人たちがそうと意識しないまま、二人は園長と淳子に操られるまま、真澄を淳子たちの幼い娘に変貌させるための計画に手を貸しているのだ。美香の場合は、実習初日の騒ぎのために真澄に対して抱いた憎悪につけこまれて、想像を絶する羞恥と屈辱を真澄に与える役割を担わされた。一方、優子は、生来的に持っているあたたかさや優しさ、子供好きという性格を利用されて、ひたすら真澄を甘えさせ、真澄の心をとろとろに溶かしてしまう役割を与えられたというわけだ。とはいえ、二人を各々の役割につけるにあたって淳子は何も難しいことをしたわけではない。「美香ちゃんはパンツになったけど、真澄ちゃんはおむつなのよ」と言ってさりげなく美香をけしかけ、優子には、真澄を引き会わせた上で真澄が優子に頼らざるを得ない状況を作り出しただけだった。ただそれだけのことで、園長と淳子は自ら直接手をくだすこともなく、美香と優子に、真澄を二度と引き返すことのかなわない『幼児退行への道』に引きずりこむ役割を与えたのだった。
「そうね、真澄ちゃんはとってもいい子だもんね。あ、でも、このままじゃ淳子お姉ちゃんのお部屋に帰るのは無理ね。歩いてるうちにおしっこがおむつから漏れちゃうかもしれないから、先におむつを取り替えないといけないね」
 淳子の企てなど知る由もない優子は真澄の体からそっと手を離すと、脱衣場からバスタオルを取ってきてリビングルームの一角に敷き、その上に真澄を横たわらせた。
「少しの間だから、そのまま待っててね。あ、そうそう。おむつカバーからおしっこが漏れ出しても制服が汚れないようにしておこうね」
 優子は、バスタオルに横たわった真澄のスカートをおヘソのすぐ下あたりまで捲り上げた。こうしておけば、おむつカバーからおしっこが滲み出したとしても、バスタオルが濡れるだけでスカートまで汚す心配はない。
 
 優子が部屋を出て行くと、急にしんとなる。
 バスタオルに横たわったまま所在なげに首を巡らせる真澄の目に、ベランダとつながる大きなガラス戸が映った。もうすっかり日が暮れて外が真っ暗になっているため、照明の明るい光に満ちたリビングルームの内側からガラス戸を見ると、まるで鏡のように真澄の姿がくっきり映っている。保育園の制服のスカートをおヘソの下まで捲り上げ、おむつカバーを丸見えにしてバスタオルの上に横たわる真澄の姿だ。
(私、これからどうなっちゃうんだろう。先輩を頼って保育実習をさせてもらうためにタンポポ保育園へ来た筈だったのに、いつのまにか保育園の制服を着せられて園児たちと一緒に生活させられて。しかも、おむつまであてられて、おねしょやおもらしでおむつを何度も汚しちゃうなんて。わ、私、どうしちゃったんだろう)ガラス戸に映る自分の姿をどこか遠くにある光景のように眺めながら、真澄はぼんやり思った。けれど、こんな姿のままここから逃げ出すことはできない。そう思うと、なんだか、もうどうなってもいいやと半ば自暴自棄になってくる。そんなふうになるくらい、真澄の心は疲れきっていた。

「おっきしてちょうだい。真澄ちゃん、ほら、おっきして」
 優子の声が聞こえて体が揺すられた。
 どうやら、優子が戻ってくるまでの間にバスタオルの上で眠ってしまっていたらしい。真澄はのろのろと瞼を開けた。
「よくねんねしてたね。でも、そうね、小っちゃい子はもうおねむの時間かもしれないね」
 この時刻に眠りにつくのが真澄の日課になっていると思ったのか、優子は優しい声で言った。しかし、実は二十歳の短大生である真澄が、まだ夜も浅い時刻に眠りにつくわけがない。今日はいろんなことがありすぎて、精神がその負担に耐えかねて、ついついうとうとしてしまったというのが本当のところだ。が、そんなことを優子に説明するわけにもいかない。
「あ、優子お姉ちゃん。真澄、ねんねしちゃってたの?」
 真澄は目を覚ましたばかりの幼児を演じて瞼を両手でこすりながら上半身を起こした。
「そうよ。私が淳子お姉ちゃんのお部屋へ行って帰ってきたら、すやすやおねむしてたんだよ。あんまり気持ちよさそうだったから、そのまま起こさないでおむつを取り替えてあげたんだよ。それでも全然お目々を覚まさなかったね、真澄ちゃん」
 優子は、透明のビニール袋を真澄の目の前に差し出した。開口部が強力なジッパーになっていて、素材も厚く、見るからに丈夫そうなビニール袋だ。真澄が目を凝らすと、そのビニール袋の中に入っているのは、ぐっしょり濡れた布おむつだった。オムライスを食べながら真澄が汚してしまい、ついさっきまで真澄の下腹部を包み込んでいたおむつに違いない。たぶん、ビニール袋に入れて淳子に返し、それを明日の朝、淳子が保育園で他のおむつと一緒に洗濯するということになるのだろう。
 自分が汚したおむつを目の前に差し出されて真澄の頬が熱くなった。それでも、眠りこけている間に取り替えられたからまだマシかもしれない。これが意識のあるうちに、つい一時間ほど前に会ったばかりで自分よりも年下の優子の手でおむつを取り替えられるようなことになったら、保育園で園児たちの注視を浴びて淳子におむつを取り替えられた時より恥ずかしいかもしれない。
「それで、淳子お姉ちゃんといろいろ話してきたんだけど、真澄ちゃん、淳子お姉ちゃんのお友達が真澄ちゃんのために買ってくれたお洋服を着るのがいやで駄々をこねたんだって? 淳子お姉ちゃん、困ってたよ」
 汚れたおむつを入れたビニール袋を床に置いて、優子は真澄のおでこを人さし指でつんとつついた。『淳子お姉ちゃんのお友達』というのは園長のことだろう。まさか本当の事情を話すわけにはいかないから、淳子は細部を端折って適当に説明したのに違いない。
「だ、だって、子供が着るようなお洋服だったし……」
 ついそう応えて、真澄ははっとした表情で口を閉ざした。こんな言い方をしたら、自分が実は大人だということが優子に知られてしまうかもしれない。
 だが、それは杞憂に過ぎなかった。優子はおかしそうにくすくす笑って
「そうか、真澄ちゃんは子供っぽいお洋服が嫌いなんだ。そうよね、大人っぽいお洋服の方が格好いいよね。うふふ、小っちゃい子はお姉さんぶるのが好きだから子供っぽいお洋服をいやがっちゃうんだよね」
と言い、なんだか納得したように頷くばかりだった。
 本当の年齢を知られるのは免れたものの、代わりに、小っちゃい子は〜と言われて、真澄の頬がピンクに染まる。
「そ、そんな……」
「でも、真澄ちゃんにとってもお似合いのお洋服だと私も思うけどな。ううん、思うだけじゃなくて、本当にこんなに似合ってるんだけどな」
 唇をとがらせる真澄に向かって、淳子は悪戯めいた表情で言った。
「え、本当にこんなに似合ってるって……?」
 優子が何を言っているのかわからずに、真澄はきょとんとした表情で聞き返した。
「あのね、真澄ちゃんがおねむの間におむつを取り替えてあげたんだけど、その時、一緒に、お洋服も着替えさせてあげたんだ。淳子お姉ちゃんがみせてくれた新しいお洋服とっても可愛かったから、どうしても真澄ちゃんが着てるところを見てみたかったんだもん。ほら、立っちして自分のお目々で見てごらん」
 優子は真澄の両手を引いてその場に立たせ、ガラス戸の方に向かせた。
 ガラス戸にくっきり浮かび上がったのは、丸くて広い襟と丸っこいパフスリーブにふんわりした袖口が愛らしいブラウスを着て、パステルピンクの少し厚めの生地でできた吊りスカートを身に着けた愛くるしい少女だった。吊りスカートが制服のスカートよりも少し短めの丈に仕立ててあるため、少しもかがまず背筋をぴんと伸ばしてもスカートの裾からおむつカバーが少し覗いて見える姿が、いかにも小さな女の子特有の可愛らしさを強調している。ガラス戸に映るその少女こそ、優子の手で着替えさせられた真澄の姿だった。
「ほら、こんなにお似合いよ。大きくなったらいやでも大人っぽいお洋服を着なきゃいけなくなるんだから、子供のうちは思いきり子供らしいお洋服を着ればいいのよ。こんなお洋服を着ることができるのは今のうちだけなんだし、こんな時はもう二度と戻ってこないんだから」
 優子はスカートの乱れを整えながら、真澄の耳に唇を寄せるようにして言い聞かせた。
(嘘だ。子供の時が戻ってこないなんて、そんなの嘘だ。だって、私は二十歳にもなっているのに子供の格好をさせられているんだから。短大生なのに、中学生でも小学生でもない、保育園児の格好をさせられて、しかも、おむつまであてられているんだから)真澄は胸の中で優子に反論したが、口には出せなかった。口に出して優子に本当の年齢を知られるのが怖かったからということもあるが、それよりも、ガラス戸に映る自分の姿に目が釘付けになってしまったからだ。(私ったら、こんなに可愛かったんだ。気が弱くて優柔不断で押しがきかないから他の人たちと同じように暮らしていこうとすると、どうしても無理しちゃって、そのせいで要らない虚勢を張ることもあって。いつも必死な形相してるんだろうな、私。なのに、こんなふうに子供の格好をしたら、なんだかほっとしちゃって。目もぎらぎらしてないや。本当の私って、こんなに穏やかで可愛い表情ができるんだ。こんなだったら、いっそ本当に子供の頃に戻って……や、やだ。私ったら、何を考えてるの。子供の頃に戻るだなんて、そんなこと……ううん、でも……)
「自分の目で見てどう思う? 私はすごくお似合いだと思うんだけどな」
 優子はそう言うと、真澄の背後に立ってガラス戸を覗き込んだ。
 ガラス戸には、姉妹めいた二人の姿が前後に並んで映っている。真澄から見れば実は一つ年下の姉と、優子から見れば実は一つ年上なのに見た目はとっても年下の幼い妹だ。
 その姿を目にするなり、真澄は体ごとくるりと後ろを向いた。後ろを向いて
「うん、すっごく似合ってる。こんなに似合ってるのに、淳子お姉ちゃんがお着替えさせてあげるって言ってくれた時はどうしてあんなにいやがっちゃったんだろ。このお洋服が真澄にこんなに似合ってること教えてくれて本当にありがとう、優子お姉ちゃん。真澄、優子お姉ちゃん、大好き」
と、胸の中の迷いをふっ切るようにわざと明るい声で言って、優子の胸元に顔を埋めた。
「よかった、真澄ちゃんが素直になってくれて。私も、素直で可愛い真澄ちゃんが大好きよ」
 自分の胸元に顔を埋める真澄の後頭部を掌で包み込むようにして優子は言った。
「あのね、淳子お姉ちゃんが、今夜は真澄ちゃん、私のお部屋に泊めてあげてって言ってくれたの。真澄ちゃん、淳子お姉ちゃんのお部屋に帰ってきたら叱られるかもしれないって心配するにちがいないから、今夜は優子お姉ちゃんのところにお泊まりさせてあげてって。だから、何も心配しなくていいんだよ。今夜は私とお風呂に入って、私のベッドで一緒にねんねしようね」
「え、でも……」
 淳子の胸元に顔を埋めたまま真澄は言葉を濁した。一緒に入浴したりすれば、胸の膨らみに気づかれてしまう。幼児体型のあまり発育のいい体ではないとはいうものの、まるで胸が膨らんでいないわけではない。それを見られ、あやしまれたりすれば、本当の年齢を知られてしまうかもしれないのだ。
「いいのよ、そんな困った声を出さなくても。おっぱいが少し大きくなってるのが恥ずかしいんでしょう? 淳子お姉ちゃんから着替えのお洋服を預かる時に教えてもらったのよ。まだ保育園児なのに総体的に大人びた体つきをしてるけど驚かないでねって。私も初めて見た時、小学校のお姉ちゃんだと思ったくらい真澄ちゃんは大きいから、体のいろんなところが大人みたいになっていても不思議じゃないかもしれないわね。お友達の前で着替える時なんかは恥ずかしいかもしれないけど、今は私と二人きりだもん、恥ずかしがることなんてないんだよ。それより、保育園でこんなに体が大きいんだから、本当の大人になったらもっと大きくなって、お母さんに負けないようなすごいバレーボールの選手になれるかもしれないじゃない。だから、胸を張っていいんだよ、真澄ちゃん」
 優子はいとおしそうに真澄の髪を撫でつけた。
「うん、わかった。優子お姉ちゃんがそう言ってくれるんだったら、真澄、頑張る」
 前もって淳子が予防線を張ってくれていたらしいことを知って、ほっとしたように真澄は言って安堵の溜息をつく。
(こうなると、あそこの毛、先輩に剃り落とされてて却って助かったようなものね。いくら発育がよくて体の一部が大人めいているといっても、いくらなんでも、あそこの毛が生えてる保育園児なんているわけがないんだから。もしも生えたままだったら、たちどころにあやしまれちゃっただろうな。あやしまれて、本当の年齢を知られて、随分と恥ずかしい目に遭っただろうな)そこまで考えて、ふと真澄は別の思いにとらわれた。(恥ずかしい目に遭っただろうな……でも、恥ずかしい目に遭うのがいやなだけで本当の年齢を知られるのが困るわけじゃない。本当を言えば、そんなことどうでもいい。本当の年齢を知られたら優子お姉ちゃんに嫌われて、こうやって抱っこしてもらえなくなっちゃうんだ。そんなの、絶対やだ)
 知らず知らずのうちに真澄は淳子の体に力いっぱいしがみついていた。
「あらあら、真澄ちゃんはとっても甘えんぼうさんなのね。体が大きいからしっかりしてるように見えるけど、本当は甘えんぼうさんだったのね。そうね、甘えんぼうさんだから、いつまでもおむつが外れないのね」
 優子はくすぐったそうな表情で言って、もういちど真澄の髪を撫でつけ、明るい声で続けた。
「あとでたっぷり抱っこしてあげるから、残りのオムライスを食べちゃいましょう。お腹が空いたままだとちゃんとおねむできないんだよ」
 そうして真澄があらためてダイニングルームの椅子に腰をおろすと、優子は電子レンジで温め直したオムライスの皿をテーブルに並べ、エプロンのポケットから取り出した生地をさっと広げて真澄の首筋に巻き付けた。
「え……?」
 真澄が目をやると、パステルピンクの生地でできたよだれかけで自分の胸元が覆われているのがわかった。パステルピンクとレモンイエロー、保育園で着けさせられたのと色は違うものの、周囲をフリルのレースで縁取りし、右下あたりにウサギのアップリケを縫い付けたところはまるで同じ、大きなよだれかけだ。
「これも淳子お姉ちゃんから預かってきたんだよ。真澄ちゃん、オカズやミルクをこぼしてお洋服を汚しちゃうから、ごはんの時はよだれかけを着けてあげてねって。でも、よかったね。スカートと同じ色の、真澄ちゃんにとってもよくお似合いのよだれかけで」
 優子は、にこにこ笑って言った。
「じゃ、準備もできたから私が食べさせてあげるね。まだスプーンをちゃんと使えない真澄ちゃんには、優しい優子お姉ちゃんがごはんを食べさせてあげまちゅからね。はい、まんまだから、お口あーんして」
 優子に悪意がないことは充分わかっている。わかっているのだが、その幼児言葉に真澄は思わず顔を赤らめてしまう。淳子や美香によって掻きたてられる羞恥とはまた違う、どこかくすぐったいような気恥ずかしさだった。

 優子の手でオムライスを食べさせてもらった夕飯の後は、優子が後かたづけを終えるのを待って、お風呂の時間になった。
「はい、それじゃ、よだれかけを脱ぎ脱ぎちまちょうね。ほら、お手々を上げて。そうそう、真澄ちゃん、お上手でちゅねー」
 これでもかといわんばかりの幼児言葉に従って手を挙げたり膝を伸ばしたりしていた真澄も、ブラウスと吊りスカート、ソックスを脱がされて、残りは胸元に小花の刺繍をあしらった女児用のスリップに純白のコットン素材でできたジュニアブラ、それにおむつカバーという姿にされた時、思い余っておずおずと言った。
「あの、あの、優子お姉ちゃん。真澄、赤ちゃんじゃないんだよ。そんな、赤ちゃんに言うみたいな言い方、やめてほしいんだけど」
「あ、そうか、そうだったわね。おむつとよだれかけの真澄ちゃんがあんまり可愛いからつい赤ちゃん扱いしちゃったけど、そうよね、真澄ちゃん、赤ちゃんじゃなくて、保育園のお姉ちゃんだったよね。ごめんね、赤ちゃんに言うみたいな言い方されて恥ずかしかった?」
「う、うん。……とっても恥ずかしかった」
 本当は保育園どころか短大生だ。恥ずかしくないわけがない。けれど、幼児言葉をやめてくれるよう頼んだのは恥ずかしさのためばかりではない。このままそんな言葉遣いを続けられていると、なんだか、それをすんなり受け容れてしまいそうになるようで、そんな自分が怖かったのだ。
「わかった。じゃ、ちゃんと保育園のお姉ちゃんに合わせた言い方をするね。はい、スリップを脱がせてあげるから両手をバンザイしてちょうだい。うん、そうそう。あ、そのままにしててよ、可愛いブラも外さないといけないから。はい、もういいわよ。うふふ、でも、本当に小学校のお姉ちゃんくらいに胸が大きくなってるのね。私も子供の頃からこんなだったら、今ごろグラビアクイーンになってたかも……あ、こんな言葉、小っちゃい子は意味を知らなくていいのよ」
 優子のなすがまま、とうとう真澄はおむつカバーを残してあとは丸裸という姿にされてしまった。脱衣場の壁に填め込みになっている大きな鏡に映る自分の姿をちらとだけ見て、真澄は慌てて目をそらす。
「あとはおむつを外すだけね。はい、バスタオルの上にごろんしようね」
 優子は首筋と腰を両手で支えるようにして真澄の体をバスタオルの上に横たえさせると、両脚を開かせて少し膝を立てさせ、おむつカバーの前当ての端に指をかけた。
 マジックテープを外すベリリという音が、さほど広くない脱衣場に響き渡る。その音が耳に届いて、真澄は、自分の下腹部がおむつに包み込まれていることをあらためて思い知らされるのだった。
 それから優子はおむつカバーの横羽根を外した後、布おむつをおむつカバーの上に広げた。
「うん、これくらいなら、まだ新しいのに取り替えなくてもいいわね」
 優子はおむつカバーの上に広げたおむつに手の甲を押し当て、湿り具合を確かめて呟いた。おもらしをしていなくても、汗で湿ってくると、こまめに取り替えないと敏感な子供の肌はすぐおむつかぶれになってしまうことをちゃんと知っているようだ。
「でも、真澄ちゃん、胸が大きくなっているだけあって、お股のあたりもなんだか大人びてるんだね。おむつを取り替える時も、前もって淳子お姉ちゃんから教えてもらってなかったらびっくりしちゃっただろうな、私。だけど、それ、発育がいいってことだから、お友達と違っても恥ずかしくなんてないんだよ。――はい、立っちして」
 優子の手で剃り落とされたためにすっかり無毛になってしまった真澄の下腹部をしげしげと眺めてから優子は真澄の手を引いて抱き起こし、外したばかりのおむつとおむつカバーを正面から見おろす位置に立たせて言った。
「お風呂に入る前に、おむつにお礼とお願いをしておきましょうね。じゃ、両手を合わせて」
「おむつにお礼とお願い?」
「そうよ。一緒に言おうね。――おむつさん、おむつさん、今日は一日、真澄ちゃんのおねしょとおもらしを受け止めてくれてありがとうございました。これからもずっと、真澄ちゃんがおねしょとおもらしでお布団やお洋服を汚さないよう、いつまでも守ってください、お願いします。ほら、真澄ちゃんも言うのよ」
 真澄が顔を赤く染めるのを面白そうに窺い見て、優子は真澄を促した。
「だ、だって……」
「あら、言えないの? ちゃんとお礼が言えない子はバチがあたって、いつまでもおむつが外れないんだよ。ふうん、真澄ちゃん、おむつのままでいいんだ。あ、ひょっとすると真澄ちゃん、おむつが好きなのかな。パンツのお姉ちゃんになりたくないのかな」
「そんな、そんな……いじわる! 優子お姉ちゃんの意地悪!」
 おむつが好きなのかなとからかわれたのを、大声で、けれどどこか甘えるような表情で否定する真澄。
「でも、いいのよ。もしも本当に真澄ちゃんがおむつを大好きでいつまでもおむつが外れないんだったら、いつまでも私が取り替えてあげる。だから、おむつが好きでもいいんだよ。――じゃ、お風呂に入ろうね。私もすぐ脱いじゃうから、ちょっとだけ待っててね」
 優子は真澄の目をじっと覗き込んで言った。

 脱衣場で衣類を脱がされたのと同様に、浴室でも真澄は優子にされるがままだった。優子の手で髪をシャンプーしてもらい、スポンジに含ませたボディソープで体を洗ってもらう時も、まるで抵抗する素振りはみせずにじっとしていた。ここは特に綺麗にしとかなきゃ駄目なのよと言って下腹部を念入りに洗われた時は体をびくんと震わせたものの、それ以上は何もしなかった。
 しかし、浴室用の椅子に座った優子の手で太腿とお尻との境目あたりを掌で包み込むようにしてそのまま膝の上に抱き上げられた時はさすがに驚いて、きゃっという悲鳴をあげ、手足をばたばたさせてしまった。
「駄目よ、あまり暴れると落っこちちゃうじゃない。タイル張りの床だから、落っこちたら痛くて泣いちゃうわよ」
 優子はたしなめるように言って、真澄の体を背後から抱き直した。
「な、何をするの、優子お姉ちゃん?」
 背中に触れる優子の乳房の感触を微かに覚えながら、不安にかられて真澄は訊いた。
「心配しなくていいのよ、ここでおしっこさせてあげるだけだから」
 訊かれた優子は、こともなげに応えた。
「ここで……おしっこ?」
「そうよ。おねむの前におしっこをすませておくのよ。そうすれば、おねむの間におねしょしちゃっても少しですむかもしれないし、ひょっとしたら、おねしょしなくてすむから。本当はトイレでおしっこするのがいいんだけど、まだおむつ離れしていない子を無理にトイレへ連れて行ったら、それがショックでなかなかトイレへ行けなくなっちゃうことがあるんだって。だから、ここでさせてあげるの」
「や、やだ。優子お姉ちゃんの目の前でおしっこなんて、そんなの……」
 真澄は激しく首を振った。おねしょもおむつの中でのおもらしも、二十歳の真澄には羞恥に満ちた粗相だ。けれど、おしっこを体から溢れ出させる恥ずかしいところは誰にも見られずにすむ。なのに優子は、おむつ離れして間もない幼児におしっこをさせる格好そのままで真澄におしっこをさせると言うのだ。そんなことになったら、真澄の恥ずかしい部分から恥ずかしい液体が迸り出るところを優子に見られてしまう。
「暴れちゃ駄目。おとなしくなさい」
 優子は真澄の耳元で優しく言い聞かせた。
「や、やだ。おしっこ、やだ」
 真澄は優子の手から逃れようとして体を反らせた。と、優子の乳房がそれまでよりも強く背中に当たる。
「真澄ちゃんは素直な聞き分けのいい子なんでしょう? 駄々をこねないで、おねしょしないように先におしっこをすませておこうね。それとも、真澄ちゃんはおむつが大好きだから、おねしょしちゃってもいいのかな」
 優子の熱い吐息を耳元に感じながら、真澄は弱々しく首を振るばかりだった。



《 6 お泊まり保育 》

「出ないんだったら、ちゃんと出るようにしてあげる」
 弱々しく首を振るばかりの真澄のお尻を自分の膝の上に載せるようにして左手だけで体を支え、優子は右手でタオルの端をきゅっとこよりのように細く捻った。そうして、その先端を真澄の下腹部に押し当てる。
「な、何? 何をするの、お姉ちゃん?」
 不安にかられて手足をばたつかせる真澄。けれど、背後から優子の腕が絡みついて離れない。
「ほら、こうすればちゃんとおしっこできるからね」
 優子は細いこよりのようにしたタオルの先端をすっと動かして真澄の尿道に突きたて、ゆっくり左右に廻した。僅かに水分を含んだタオルは意外としっかりしていて、執拗に真澄の尿道を責め続ける。
 普段の真澄は二時間に一度くらいの割合でトイレへ行くのが習慣になっていた。オムライスを食べかけたところでおむつを汚してしまってから今で一時間三十くらい経つ。トイレへ行きたくなるにはまだ少し時間があるものの、膀胱にはかなりおしっこが溜まっている頃だ。そこへタオルで尿道を責められたのだからたまらない。淳子から与えられた暗示の効果もあって、すぐに真澄の下腹部がひくひく震え始めた。
「我慢してちゃ体に毒よ。したくなったら、早くしちゃいなさい」
 優子に悪気があるわけではない。おねしょの恥ずかしさを少しでもやわらげてやろうとして就寝前におしっこをさせているだけだ。だが、それが、実は二十歳の真澄にとってどれだけ羞恥に満ちた行為なのか、そんなことは想像もつかない。優子にとって、膝の上の真澄は、まだおむつの取れない保育園児にすぎないのだから。
「いやぁ……出ちゃう、出ちゃうよぉ!」
 弱々しく首を振っていた真澄が突然、優子の膝の上で体をよじり、叫び声をあげた。強力な暗示のせいでまるで堪え性のない下腹部にされてしまっているため、尿道を刺激されて尿意を呼び醒まされたが最後、とめどなくおしっこが溢れ出てくる。
「いいのよ、真澄ちゃん。全部出しちゃっていいんだからね。ほら、鏡を見てごらん。おしっこを言えるようになった子はね、こんなふうに抱っこしてもらっておしっこするんだよ。真澄ちゃんも早くおむつが外れておしっこ言えるように頑張ろうね」
 優子は少し体の向きを変えて、シャワーの真下の壁に填め込みになっている鏡と向かい合わせになった。その鏡には、優子の手で後ろから抱きかかえられて恥ずかしい部分からおしっこを溢れ出させている真澄の姿が、微かに湯気に揺らめいて映し出されていた。




「はい、これ。真澄ちゃん、おねむの時は毎晩これを飲むんでしょ? 淳子お姉ちゃんから預かってきたのを電子レンジで温め直したんだよ」
 脱衣場で真澄におむつをあて、新しいジュニアブラと女児用のベビードールタイプのパジャマを着せた優子は、真澄を自分のベッドの壁際に座らせて、淳子から預かってきたカップを手渡した。ミルクにハチミツを溶かし、ラベンダーで香りをつけた上に睡眠誘導剤を混入した例の飲み物だ。ただし、お昼寝の時とは違って遅効性の利尿剤は入っていないし、睡眠誘導剤のことは優子は知らない。
「うん、ありがとう」
 真澄は素直にカップを受け取って口を近づけた。そこへ、
「あ、ちょっと待って。まだ準備ができてないんだっけ」
という声が飛んできたかと思うと、優子の手がさっと伸びて、真澄の首筋にパステルピンクのよだれかけを巻きつけ、二本の紐を手早く結んだ。
「あらあら、真澄ちゃんたら、よだれかけを着けてあげたら可愛い赤ちゃんになっちゃった。晩ごはんの時はブラウスの上からだったからあまり思わなかったんだけど、可愛らしいパジャマの上によだれかけだと、保育園のお姉ちゃんじゃなくて可愛い赤ちゃんね。吊りスカートの時よりもベビードールだとおむつカバーもよく見えるし」
 真澄の胸元を大きなよだれかけで覆った優子は、真澄の姿に手を打って歓声をあげた。優子の言う通り、肩紐が幅の広いリボンになっているスリーブレスのベビードールは幼い女児向けのデザインということもあって一見したところではベビー服みたいだし、丈も吊りスカートよりも短い仕立てになっているから、おむつカバーが半分ほど見えてしまう。本当ならベビードールとセットになったフレアパンツを穿くところだが、ぷっくり大きく膨らんだおむつカバーの上からだと窮屈になってしまうからそれはできず、ベビードールの裾からおむつカバーが覗くことになって、余計に赤ん坊めいた格好になっていた。
 可愛い赤ちゃんねと言われて、真澄の頬がほんのりピンクに染まる。
「うふふ、そうすると、ますます赤ちゃんみたい。そうだ。赤ちゃんに自分でミルクを飲ませるのは可哀想だから、私が飲ませてあげる。隣に座るからちょっと窮屈になるけど我慢してね」
 ますます嬉しそうに言って優子はベッドに上がり、真澄の斜め後ろにお尻をおろすと、いったんは手渡したカップを取り上げ、真澄の後頭部を自分の胸元にもたれさせるような姿勢を取らせた。
「はい、淳子お姉ちゃんが真澄ちゃんのために用意してくれたミルクでちゅよ。おいちいでちゅか」
 優子は真澄の唇に押し当てたカップを傾け、いったんはやめていた幼児言葉で囁きかけた。
「真澄、赤ちゃんじゃないってば。だから、そんな言い方……」
 真澄は甘えるような口調で抗議の声をあげた。その途端、口にふくんだミルクが溢れ出して、唇の端から顎を伝って流れ落ち、顎先から胸元へ滴り落ちる。滴り落ちたミルクの雫はパステルピンクのよだれかけに吸い取られて、薄いシミになった。
「あらあら。赤ちゃんじゃないのに、よだれかけを汚しちゃうんだ。保育園のお姉ちゃんだったら、本当はもっと上手に飲める筈なんだけどな。やっぱり真澄ちゃんは赤ちゃんでちゅね。大学から帰る時、哺乳壜を買ってきてあげるから、明日はそれでミルクを飲みまちょうね。赤ちゃんの真澄ちゃんには哺乳壜がお似合いでちゅよ」
 優子は真澄の反応を楽しむためにわざと幼児言葉を繰り返した。けれど、淳子のように羞恥を煽るような口調でないことは、言われている当の真澄にもよくわかった。だから、優子の言葉を強い調子で拒否するのではなく、はにかんだような表情に、くすぐったそうな気恥ずかしさを含んだ口調で
「真澄、赤ちゃんじゃないもん」
とわざと拗ねてみせては、そのたびに何度も何度もミルクでよだれかけを汚すのだった。
 そうして、カップが空になってほどなく、淳子が混入した睡眠誘導剤が効いてきて真澄の瞼がとろんとしてくる。
「へーえ、石田さんの言った通りだ。真澄ちゃん、ミルクを飲んだら本当にすぐにおねむになっちゃうんだ」
 しなだれかかってくる真澄の体をベッドに横たえさせて、優子は感心したように呟いた。
 と、真澄の唇がぴちゃぴちゃと音をたてて小さく動いているのが目にとまる。
「あら、真澄ちゃんたら、まだミルクを飲んでるような気がしてるのかな。なんだか仔猫ちゃんみたいで可愛いんだ」
 優子は人さし指の先で真澄の唇にそっと触れてみた。すると、真澄が優子の人さし指をちゅうちゅうと吸い始める。その仕種に優子の胸が高鳴った。
「だ、誰も見てないよね。大丈夫だよね」
 部屋には自分と真澄の二人しかいないことを充分に知っていながら、優子はそわそわした様子でまわりの様子を探ると、何度も深く息を吸い込んでから、自分が着ているネグリジェの胸元をはだけた。
「ほ、本当に出たらいいんだけど、さすがにそれは無理だよね。で、でも、格好だけでいいから……」
 ネグリジェの胸元をはだけた優子は、まるでかなぐり捨てるような勢いでブラのカップをずらし、人さし指の代わりに、ぴんと勃ったピンクの乳首を真澄の唇に押し当てた。
 最初は戸惑いがちだった真澄の唇がいつしか盛んに動き出し、指を吸っていたのと同じような勢いで優子の乳首を吸い始めた。盛んに乳首を吸うちゅうちゅういう音と仔猫がミルクを嘗めるようなぴちゃぴちゃいう音とが交じり合い、なぜとはなしになまめかしい音色に替わってゆく。
「そうよ、しっかり吸うのよ。赤ちゃんはおっぱいを飲んで大きくなるんだからね。私のおっぱいが出ないのは残念だけど、でも、力いっぱい吸うのよ」
 優子は真澄の口に乳首をふくませたまま、添い寝する姿勢になって、二人の体を一枚の毛布で覆った。
「なんて可愛いのかしら、真澄ちゃん。私のおっぱいをこんなに吸ってくれる真澄ちゃん、誰にも渡したりしないからね。今日から真澄ちゃんは私だけのものになるのよ」
 小さな声で真澄の耳元に囁きかけ、真澄に乳首を与えたまま、いつしか優子もまどろみの世界におちていった。




 目覚まし時計の音にのろのろと瞼を開けた真澄の瞳に優子の乳房が大映しになった。同時に、自分が優子の乳首を咥えていることに気がつく。
(な、なんなの、これ。昨夜、ミルクを飲ませてもらったところまでは憶えてる。でも、その後、急に意識がなくなって……ど、どうして、目が覚めたらこんなことになってるのよ)真澄は慌てて優子の乳首から口を離そうとした。けれど、真澄の後頭部を掌で包むようにして抱え込んでいる優子の手のせいで首を動かせない。
(や、やだ。いくらなんでも、こんなの恥ずかしすぎるよぉ)真澄が何度も体をもぞもぞさせても、まるでそれを押さえつけるみたいに優子が真澄の頭を自分の胸元に引き寄せて離さない。声をあげようにも乳房で口を塞がれているから、くぐもった声さえ出せない。
 それからしばらく真澄が両手を突っ張ったり体を捻ってみたりと無駄な努力を続けていると、ピンポンというチャイムの音が聞こえた。どうやら、誰かが玄関のインターフォンのボタンを押しているらしい。
 その時になってようやく優子がもぞもぞと体を動かして、ベッドの枕元にある受話器を取り上げた。それでも、無意識のうちに、空いた方の手で真澄の後頭部を自分の胸元に引き寄せたままだ。
「あ、はい、どちら様でしょうか」
 まだちゃんと目の覚めていないぼそぼそいう声で優子が受話器に向かって話しかけた。
『隣の石田です。真澄ちゃんを迎えにきたんだけど、もう制服に着替えてるかな?』
 受話器から聞こえてきたのは淳子の声だった。
 その声に、ようやく優子の意識がしゃんとなる。保育園の始業は午前八時四十分だから、子供たちはその時間までに登園すればいい。しかし、仕事などのために子供たちの相手をしていられない保護者に代わって子供たちの面倒をみる養護施設である保育園には、始業時刻よりもかなり早く子供を連れて来る保護者も少なくない。そういったことに対応するために、保育士たちは順番で早朝出勤をする決まりになっている。今朝は淳子がその当番に当たっていて、いつもの日より一時間近く早く出勤することになっているのだ。もちろん、出勤の時に真澄を連れて行く。――昨夜、着替えを渡された時にそう聞いていたから目覚まし時計を早めにセットしておいたのに、ついつい寝過ごしてしまったらしい。
「あ……す、すみません。今、起きたところなんです。ええ、雅美ちゃんもまだパジャマのままで……あ、あの、玄関のロックを外しますから、とりあえず、部屋に入ってください。はい、そう、寝室です。石田さんの部屋と同じ間取りだから、すぐにわかると思います」
 優子は慌てた様子で受話器を戻し、その隣にあるスイッチを操作した。リモートコントロール式のオートロックになっている玄関ドアを開錠するためのスイッチだ。
「ごめんね、真澄ちゃん。私、すっかり寝坊しちゃって。今から着替えて間に合うかな」
 優子は上半身を起こしかけて、真澄が自分の乳房に顔を埋めたままなのにやっとのこと気がついた。途端、優子の胸に悪戯心がむくむく湧きあがってくる。優子は体にかかっている毛布をベッドの足元の方にずらすと、真澄の口に乳首をふくませたまま真澄の体を抱き上げ、お尻を自分の太腿の上に載せて横抱きに抱き直し、そのままの格好で淳子が寝室に入ってくるのを待った。

「おはよう、三宅さん。お邪魔するわよ。……え?」
 ほどなくして寝室に足を踏み入れた淳子だが、ベッドの上にいる二人の姿を目にするなり言葉を失った。まさに授乳の最中の母親と赤ん坊そのままの二人の姿が目に飛び込んできたのだから驚くのも仕方ない。
「お、おはようございます。目が覚めるのが遅くなってすみません。これから真澄ちゃんを着替えさせようと思うんですけど、昨夜からずっとこんな状態で。――真澄ちゃん、淳子お姉ちゃんが迎えに来てくださったわよ。ほら、ぱいぱいからお口を離しておっきしましょう」
 優子は、自分の乳房に顔を埋める真澄の姿をこれみよがしに見せつけながら、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。姪である(と優子は思い込んでいる)真澄が赤の他人である優子の乳首を吸っているところを見て淳子がどんな驚き方をするのか見てみたいという悪戯めいた行為なのと同時に、自分が寝坊したせいで淳子たちが保育園に遅刻するかもしれない状況になってしまったのをなんとかごまかせないかなという少しばかり狡い思いに基づいた行為だった。
「ほら、お口を離して着替えましょうね」
 優子は、横抱きにした真澄の体をベッドにおろそうとして両手を下げた。
 その途端、真澄が優子の首筋に両手をまわしてぎゅっとしがみつき、思いきり優子の乳房に顔を埋めた。目覚まし時計の音で瞼を開けた直後に優子の手から逃れようとしてもがいたのとはまるで正反対の仕種だが、それには理由があった。このまま優子から引き離され、ベッドの上におろされて淳子と顔を会わせるのがひどく恥ずかしくて、それで、淳子と目を合わせまいとして優子の乳房に顔を埋めたのだ。
「あらあら、昨夜早くに会ったばかりなのに、真澄ちゃんはもうそんなに優子お姉さんになついちゃったの。顔見知りの激しい真澄ちゃんがそんなになつくなんて、優子お姉さんのおっぱいが大好きになっちゃったのね」
 淳子にしても、真澄の胸の内は手に取るようにわかっている。実は短大生の真澄が自分よりも年下の優子の乳首を吸っているところを淳子に目撃されたものだから思わず顔を隠してしまったのだろうということは容易に想像がつく。けれど、真澄が優子の乳房に顔を埋めた理由をわざと取り違えて、半ば驚き半ば呆れてみせる淳子だった。
「あ、あの、どうしましょう……」
 優子にしても、真澄がこんなに自分の乳房から離れようとしないのは予想外だった。予想外だったが、真澄がそれほど自分を慕ってくれるのかと思うと嬉しくないわけがない。けれど、今は保育園に遅れないようにするのが先決だった。
「たしか、三宅さんの大学、うちの保育園の先にあったわよね? それに、三宅さんは車で通学してるんだっけ。それじゃ、お手数かけて申し訳ないんだけど、真澄ちゃんを着替えさせたら、大学へ行く時に保育園まで送ってあげてもらえるかな? 早めに子供を送ってくる保護者がいるから私はどうしても早朝当番に遅れるわけにはいかないし」
 少し考えるふりをして淳子は言った。優子の大学が保育園から五キロメートルほど先にあることも、バスや電車の乗り継ぎが良くないため優子が車で大学へ通っていることも前もって調べておいた淳子は、優子を(優子自身はそうと気づかないまま)協力者に仕立てる計画を思いついた時にはもう、このような事態になることも想定していた。
「あ、はい、わかりました。始業時間に間に合うよう送って行きます」
 真澄を胸元に抱いたまま、優子は神妙な顔つきで頷いた。
「それじゃ、お願いね。あ、そうそう。真澄ちゃんをすぐに連れて行けるよう通園鞄を持ってきてたんだっけ。私が書くつもりだったんだけど、鞄に入ってる連絡帳、三宅さんが書いておいてね。昨夜からずっと一緒だった三宅さんの方が真澄ちゃんの様子をよくわかってるでしょうから。――ところで、真澄ちゃん、おねしょはどうだった?」
 真澄の大きな通園鞄をベッドの脇に置き、淳子は優子の胸元に顔を埋める真澄の横顔を覗き込んで言った。
「あ、いけない。まだ調べてないんだっけ。ちょっとだけ待っててくださいね」
 淳子に言われて、優子は真澄を横抱きにしたまま、右手をおむつカバーの中に差し入れた。それからしばらく右手が動き回って、おむつカバーの中の様子を探る。
「あらあら、たくさん出ちゃってる。おねしょが少なくなるようにお風呂場でおしっこさせてあげたのに、あまり意味がなかったみたいね」
 おむつカバーから右手を引き抜いて、少しおどけたように優子は言った。
「え、お風呂場でおしっこさせてあげたの?」 淳子は眉をびくりと動かして聞き返した。
「ええ、おむつ離れしたばかりの小っちゃな子は後ろから抱っこしておしっこさせてあげますよね? それと同じ感じでさせてあげたんです。まだおむつ離れしていない真澄ちゃんを急にトイレへ連れて行ってトイレを怖がるようになっちゃいけないから、お風呂場で。ね、真澄ちゃん、お風呂場でもたくさん出たんだよね?」
 優子は淳子に説明して、ベビードールの裾を整えながら真澄に言った。
「そう。真澄ちゃん、お風呂場で優子お姉さんにおしっこさせてもらったんだ。よかったね、真澄ちゃん。それじゃ、大好きな優子お姉さんと保育園にいらっしゃいね。三宅さん、よろしくお願いね」
 意味ありげに含み笑いを漏らして言うと、淳子はくるりと体の向きを変えて寝室をあとにした。




 優子が車を保育園前の道路の脇に停めたのは午前八時少し前のことだった。子供を送ってくる保護者の車や自転車の数が最も多くなるのは始業時刻の二十分ほど前だから、それにはまだ時間がある。それでも、道路の脇には車が二台停まっているし、もう子供を送り届けて帰路につくらしい自転車の母親が三人、保育園の入り口付近でお喋りに興じている。
 優子はドアを大きく引き開けて、後ろの席に座らせていた真澄を歩道におろした。
 途端に、嬌声をあげてお喋りをしていた母親たちが一斉に口を閉ざし、優子と真澄の方に興味深げな視線をちらちらと走らせてから、今度はひそひそ声で何やら囁き合う。
「ね、ね、ひょっとして、あの子がそうじゃない?」
「絶対そうだと思うわ。タンポポ保育園に通ってる子の顔はたいてい知ってるけど、あの子は初めて見るもの」
「そうよね、それに、あの大きな体。あの子、絶対に保育園児じゃないわよ」
「じゃ、決まりね。あの子が、本当は保育実習に来た短大生だって」
「そういうことね。でも、昨日、家に帰ってきた子供から聞いた時はびっくりしたわ。まさか、保育実習生が園児になっちゃうなんて」
「うちもよ。まだちゃんと説明できる年齢じゃないから最初は何を言ってるのかちっとも要領を得なくて。でも、さっき子供を送ってきたついでにそれとなく石田先生に確かめたら、本当のことだって教えてくれて」
「ほら、見て。本当に制服だけじゃなくておむつまであててる。あのスカートの膨らみ、絶対にそうよね」
 声をひそめて囁き合う母親たちの会話の内容は優子の耳には届かない。もちろん真澄にも聞こえないのだが、意味ありげに指さす手の動きや、一斉にこちらの様子を窺う目の動きを見れば、何を囁き合っているのか、およその見当はつく。
 優子に手を引かれて保育園の入り口に向かって歩く真澄の足取りは重かった。知らず知らずのうちに顔を伏せ、歩幅が小さくなってしまう。
「ほら、ちゃんと背筋を伸ばして歩かなきゃ駄目よ。――おはようございます、いいお天気ですね」
 本当の事情をまるで知らない優子は、知らぬまに立ち止まりそうになる真澄の手を強引に引いて入り口付近までやって来ると、母親の一団に向かって会釈をした。
「あ、ああ、お、おはようございます」
「え、ええ、本当にいいお天気ですこと」
 それまで真澄のことを囁き合っていた三人は急に優子から声をかけられて、慌てて会釈を返した。そうして、二人が入り口から建物の方へ離れて行くのを見届けてから、あらためて声をひそめるのだった。
「あれは誰なのかしら。あの様子じゃ、真澄ちゃん――田村先生の事情、知らないみたいだけど」
「そうね。でも、親しそうだったじゃない? 知ってて知らないふりしてるとか、そんなじゃないかしら」
「うーん、なんとも言えないわね。田村先生の短大の関係者でもなさそうだけど」
 そんなふうに好奇の対象になっているとも知らない優子は、初めて入る保育園の様子を興味深げに眺めまわしながら年少クラスの教室に向かって歩き続けた。その横を、たっぷり厚くあてられたおむつのせいで動かしにくい両脚を交互に踏み出し、おぼつかない足取りで真澄がよちよちとついて行く。そんな二人は、どうにかすると、年の離れた姉妹でさえなく、若い母親と幼い娘にさえ見えなくもなかった。



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