おむつ保育実習


《 7 年少さんよりも下のクラス 》

「ね、真澄ちゃんを送ってきてくれた人、誰なの?」
 優子が真澄を淳子に預けるのを教室の窓から見ていたらしい美香が、真澄が教室に足を踏み入れるなり、好奇心いっぱいに訊いてきた。
「ああ、あの人は真澄ちゃんのお姉ちゃんよ。この先にある学校へ行くついでに送ってきてくれたの」
 どう応えていいかわからずに口をつぐむ真澄に代わって、真澄を教室へ連れてきた淳子が説明した。
「ふぅん、学校へ行く時に送ってくれるお姉ちゃんか。じゃ、ひょっとして、真澄ちゃんと同じ学校? 真澄ちゃん、短大とかっていう学校へ行ってて、保育園の先生になるお稽古にタンポポ保育園へ来てるんだよね。今は美香と同じ年少さんだけど、本当は先生のお稽古しに来たんだったよね」
 子供扱いされるのも恥ずかしいが、そんなふうに美香から、自分が実は保育実習生だという事実をあらためて指摘されるのも、たまらない羞恥を真澄に与える。
「ううん、真澄ちゃんが行ってるのとは別の学校なの。でも、優しいお姉ちゃんだから、ちゃんと送ってくれるのよ」
 美香の言葉に真澄が顔を真っ赤にするのを面白そうに眺めながら淳子は言った。
「ふーん、学校って、そんなにいろいろあるの?」
 美香は可愛らしい仕種で首をかしげながら重ねて訊いた。
「そうよ。美香ちゃんも保育園を卒園したら小学校へ行って、中学校へ行って、それから高校へ行くのよ。それでもって短大や大学へ行く人もいるし、専門学校ってところへ行く人もいるし、お仕事する人もいるの。大きくなるごとに、いろんな学校へ順番に行くのよ」
「ええ? 短大って、そんなに大きな子が行く学校だったんだ。でも、そんなに大きな子だったら、みんなパンツでしょ? なのに、真澄ちゃん、おむつだよ。今は美香と同じ年少さんだからおむつでもいいかもしれないけど、短大ってとこへ行ってるんだったらパンツじゃなきゃ変だよ。それとも真澄ちゃん、学校へ行く時もおむつだったの?」
 美香は体の前で腕を組んで、ますます大きく首をかしげた。
 美香のそんな言葉に、真澄はいてもたってもいられなくなってくる。どこかへ逃げ出したくてたまらない。それに対して淳子の方は、ますます赤くなる真澄の顔がおかしくてたまらないといった様子がありありだ。
 そこへ、引き戸が開く気配があって主任保育士が姿を現した。
「石田先生と真澄ちゃん、園長先生がお呼びです。すぐに園長室へ行ってください」
 主任は淳子と真澄に声をかけて教室の外へ連れ出すと、園児たちに
「みんなは、石田先生が戻ってくるまで私と一緒に遊んでいましょうね。さ、何をしようかな」
と言って淳子の代わりに教室に残った。

 わざわざ淳子と一緒に園長室へ呼び出されることになって、真澄の胸には嫌な予感が湧き上がってくる。
「登園してくる園児たちを出迎えなきゃいけない忙しい時に呼び立てたりして申し訳ありません、石田先生。それと、せっかく仲良しのお友達と遊べると思っていたでしょうに、園長室まで来てもらってごめんなさいね、真澄ちゃん」
 園長は真澄を完全に園児扱いして言い、二人の顔をじっと見据えた。
 真澄の胸に湧き上がった嫌な予感がますます大きく膨れ上がる。
「二人に来ていただいたのは、昨日夕方の職員会議で石田先生が提案された事柄に関して結論を出しておきたいと思ったからです 」
 昨日の夕方の職員会議で淳子が提案したのは、年少クラスよりも小さな子供の面倒をみるクラスを設けて真澄をそちらに移すことができないだろうかというものだった。淳子がそんな提案をした理由は、昨日のお昼寝の時のおねしょ騒動と、紙芝居の時のおもらし騒動にあった。昨日、真澄のせいでオヤツが遅れ、紙芝居が中断したといってご機嫌斜めになった園児を淳子は「真澄ちゃんがみんなと同じ年少さんだから腹が立つけど、真澄ちゃんのことをみんなよりも小っちゃな妹だと思えば仕方ないねって思えるよ」と言ってとりなした。その場はそれで収まったが、真澄が他の園児たちと同じ制服を着て『ねんしょうぐみ・たむらますみ』という名札を付けて同じ教室にいるのでは、園児たちにしてみれば、どうしても真澄のことを自分たちよりも小さな子供だと思うのは難しいのではないかと考えたのだ。そこで、年少クラスの園児たちと真澄との間にもっと明確な線引きをすることができないかと提案したというわけだ。
 けれど、もっもとらしく聞こえるその提案が園児たちのためを思ってのことなどでないのは言うまでもない。真澄を園長と淳子の幼い娘に変貌させるために立てた計画の一つの手順にすぎないというのが偽らざるところだ。
「それで、園長はどのようにお考えでしょうか?」
 園長と自分との仲を真澄に気づかれないようわざと事務的な口調で言い、淳子は園長に向かってそっと目配せをした。
「はい。年少クラスの園児たちの性格形成にもかかわる緊急課題ですから、早速、今朝、登園してこられた先生方お一人お一人にご意見を伺い、私なりに考えをまとめました。その結果を申し上げます」
 園長は淳子に目配せし返してから真澄の顔をじっとみつめて重々しく言った。
「石田先生のご提案をお受けすることにします。――実は、少子化のために、当園で受け入れている子供達の数は減少傾向にあります。このままでは園の経営に影響を及ぼす恐れもあるでしょう。そこで私は数年前から、一歳児や二歳児も受け入れる計画を立てていました。ただ、どのタイミングでそれを実行すればいいのか、その見極めには迷っていました。けれど、昨日の石田先生のご提案で踏ん切りがつきました。当面、真澄ちゃんを一歳・二歳児クラスに移して、様子を見てみることにします。それでクラス運営に支障が出ないようなら、来年度か再来年度から本格的に新しいクラスを導入したいと思います」
「園長のお考えを尊重します。それに、立派な保育士になることを目指している田村先生には、少しでも幅広い年齢の子供たちの気持ちを感じ取れるようになってもらうことが大切ですから、そういう意味でも一歳・二歳児クラスの生活を身をもって体験させるのは有意義なことだと思います」
 淳子は大きく頷いた。
「そんな、そんな……」
 園長と淳子の言葉に、真澄は大きく目を見開いて何度も首を振った。
「あ、そんなに心配しなくても大丈夫よ、真澄ちゃん。真澄ちゃんは年少さんより小っちゃい子のクラスになるけど、教室は今までと同じ年少さんのところにいられるようにしてあげる。一人だけのクラスで一人だけ別のお部屋なんて寂しいから、年少のお兄さん・お姉さんと一緒にいられるようにしてあげますよ。だから仲良しのお友達と一緒で寂しくなんてないんですよ」
 わざと優しげな笑みを浮かべて、園長は、駄々をこねる幼児をあやすように言った。それから、執務机の下から大きな紙袋を取り出して、今度は淳子に向かって言う。
「一歳・二歳児クラスの子だと、まだあんよも上手ではありません。制服のスカートが脚にまとわりついて転倒する恐れもありますから、これに着替えさせてあげてください。一歳・二歳児クラスの子供にぴったりの洋服ですから」
「承知しました。拝見します」
 淳子は受け取った紙袋の口を開け、中に入っている衣類を次々に取り出すと、一つ一つ真澄の目の前に差し出してから机の上に並べていった。
 ふんわりした三部袖のトレーナー、幅の広い肩紐の付いたロンパース、いかにも小さな女の子向けといったスカート付きロンパース、スカートが脚にまとわりつかないよう思いきり丈を短く仕立てたベビードレスタイプのワンピース、おむつカバーの上に穿かせるオーバーパンツなど、どれも、やっと伝い歩きができるようになったばかりの幼児にお似合いのベビー服ばかりだった。それも、真澄が着られるように仕立てた異様に大きなサイズのベビー服だ。
「さすが、園長先生。昨夜のうちに作ってしまわれたんですか」
 机の上に並べたベビー服と羞恥に歪む真澄の顔とを面白そうに見比べて、さも感心したように淳子は言った。
「ええ、さすがにきつかったけど、可愛い真澄ちゃんの顔を頭に思い浮かべたら頑張ることができました。私が縫い上げたベビー服を着せてあげたら真澄ちゃんがどれほど嬉しそうな顔をしてくれるか、それを思ったら疲れも眠気も感じませんでしたよ」
 園長は目を細めて頷いた。
「それでは早速、真澄ちゃんに着せてあげることにします。最初はこのスカート付きロンパースがよろしいでしょうか」
「石田先生におまかせします。石田先生には当分の間、年少クラスと一歳・二歳児クラスを掛け持ちで受け持っていただくことになります。つまり、真澄ちゃんの保育園での生活には全ての責任を持っていただくことになるわけです。だから、着せるお洋服も石田先生が選んであげてください」
「承知しました。――じゃ、真澄ちゃん。最初はこのトレーナーとスカート付きロンパースの組み合わせを試してみましょう。真澄ちゃん、なかなかおねしょが治らないけど、ひょっとしたらおねむの時にお腹が冷えてるんじゃないかしら。ほら、ロンパースだとお腹が冷えにくいからおねしょも良くなるかもしれないわよ」
 おねしょもおもらしも実は自分が与えた強力な暗示のせいだということはおくびにも出さず、淳子はスカート付きロンパースの肩紐を両手で広げるようにして持ち上げ、真澄の肩に押し当てた。
「い、いや、そんな赤ちゃんの着る物なんて……」
 思わず真澄は淳子の腕を払いのけようとする。が、体格と力に差がありすぎる。
「真澄ちゃん、制服のスカートの裾からおむつカバーが見えるの、恥ずかしそうにしてたでしょ? でも、ロンパースならそんなこと気にしなくていいのよ。体の上の方から、お腹も、おむつでぷっくり膨れたお尻も包み込んじゃうもの。だから、おむつカバーが見えちゃうって恥ずかしがらずにすむのよ」
「やだったら、や! わ、私、赤ちゃんじゃない!」
「あらあら、そんなこと言っちゃって。じゃ訊くけど、お風呂場で優子お姉さんに抱っこしてもらっておしっこさせてもらったのは誰だったかしら? お風呂場でおしっこさせてもらったのにおねしょでおむつをびしょびしょにしちゃったのは誰だったかしら? おねむの間、優子お姉さんのおっぱいを咥えて離さなかったのは誰だったかしら? そんな子が赤ちゃんじゃなくて何でしょうね」
「で、でも……だって……」
「ほら、ロンパースのお尻のところを見てごらん。ボタンが五つ並んでるでしょ? このボタンを外すとお尻のところが大きく開くようになってるのよ。なんのためにこんなふうになってるのか、真澄ちゃんにもわかるよね?」
 淳子は、弱々しく首を振って身を退く真澄の目の高さにロンパースのボトム部分が来るように肩紐を更に高く持ち上げた。
「……」
「そうよ、おむつを取り替えやすくするためにこんなふうになっているのよ。こうしておけば、お洋服を脱がなくてもボタンを外すだけでおむつを取り替えられるものね。わかるわよね? これは、一日に何回もおもらしでおむつを汚しちゃう真澄ちゃんみたいな子にお似合いのお洋服なのよ。いつおむつを汚しちゃうかわからない赤ちゃんの真澄ちゃんにお似合いなの。さ、こっちへいらっしゃい。先生が着替えさせてあげるから」
 逃げ場のない園長室で淳子と園長に取り囲まれた真澄には抵抗する術は何一つ残っていなかった。




「――というわけで、今日から真澄ちゃんは小っちゃい子のクラスに移ります。クラスの名前は『トドラークラス』といいます。トドラーというのは、よちよち歩きを始めたばかりの小っちゃな子という意味で、生まれたばかりの赤ちゃんよりは大きいけど、みんなみたいな年少さんよりは少し小っちゃい子のことを言います。ただ、トドラークラスは真澄ちゃん一人きりのクラスで、そのままだと真澄ちゃんが寂しがって可哀想だから教室はみんなと同じお部屋を使います。みんな、可愛い妹だから絶対に苛めたりしないで思いきり可愛がってあげるのよ」
 一歳・二歳児クラスが試験的に設けられることになったことを園長が朝の職員会議で発表し、その場で『トドラークラス』という名前が決まって間もなく、トレーナーとロンパースを着せられた上に口にはオシャブリを咥えさせられてロンパースの胸元を大きなよだれかけで覆った真澄が年少クラスの教室の一番前に立たされて子供たちに紹介されていた。
 淳子に手を引かれ、赤ん坊そのままの格好で目の前に立ちすくむ真澄の姿を目にして、園児たちは一斉に嬌声をあげた。中でも、美香はあからさまな好奇心に満ちた目で真澄の姿を頭の先から爪先までゆっくり見まわしてから、よく通る声で淳子に尋ねた。
「先生、どうして真澄ちゃん、オシャブリを咥えてよだれかけをしてるんですか? 昨日まで、おむつは汚してたけど、よだれで制服を汚すことなんてなかったのに」
「それは、真澄ちゃんの連絡帳に書いてある内容を読めばわかると思うわよ。今から先生が読んであげるから、静かに聞いててね。連絡帳、昨日はお母さんが書いてくれたけど、今日の分はお姉さんが書いてくれたみたい」 淳子は、真澄の通園鞄から連絡帳を取り出してページをめくった。
「じゃ、読むわよ。『今朝も真澄ちゃんはおねしょでおむつをびしょびしょにしてしまいました。昨夜は晩ごはんを食べている途中におもらしでおむつを汚してしまうし、おねしょしないようにお風呂場で抱っこしておしっこをさせてあげたのに、やっぱりおねしょをしてしまいます。どうやら、おむつが外れるのはまだまだ先のことのようです。先生にはご迷惑をおかけしますが、これからもよろしくお願いします。それと、昨夜、眠っている間、ずっと私のおっぱいを吸って離れませんでした。強引におっぱいから引き離すと寂しそうに唇を動かしますので、可哀想になってまたおっぱいを吸わせてあげたのですが、この調子では、おっぱいから卒業するのもまだ先のことになりそうです。重ね重ねお手数をおかけしますが、この点につきましても、お世話の方、よろしくお願いします』だって」
「あ、それじゃ真澄ちゃん、いつもお姉さんのおっぱい吸ってるんだ。それで、お姉さんがいない時はお口が寂しくてオシャブリ吸ってるんだね。でも昨日はタンポポ保育園へ来たばかりで、オシャブリ吸ってるのを美香たちに見られたら恥ずかしいから我慢してたんだ。だけど一日しか我慢できなくて、今日になったらまたオシャブリ吸うようになったんでしょ」
 淳子が読み聞かせた連等帳の内容から美香は勝手な推測をしてみせて、自慢げに鼻をぴくぴくさせた。
「うふふ、やっぱり美香ちゃんは賢いわね。そんなことをすぐに考えつくなんて」
「だって、年少さんのお姉ちゃんだもん。
ト、トド、ええとなんだっけ……あ、そうだ、トドラークラスの赤ちゃんとは違うもん」
「はい、それじゃ、お姉ちゃんらしく、真澄ちゃんの面倒をちゃんとみてあげてね」
「うん、まっかせといて。昨日みたいに、オヤツのミルク、美香が飲ませてあげる」
 美香は胸を張って応えた。
「よかった、頼りになるお姉ちゃんがいて。じゃ、紹介はこれくらいにして、真澄ちゃんも自分のお席に行きましょう。トドラークラスの真澄ちゃんは美香お姉ちゃんみたいにじっと椅子に座ってられないでしょうから、椅子の代わりにいい物を用意しておいてもらったのよ」
 淳子は美香に軽くウインクしてみせてから、真澄の手を引いて教室の一角に向かって歩き出した。
 それに従って真澄も歩き出したけれど、ものの三歩も進まないうちに足取りがあやしくなってきて、それからすぐにぴたっと足の動きを止めてしまった。
「どうしたの、真澄ちゃん。急にあんよができなくなっちゃったのかな? ひょっとして、甘えんぼうさんの真澄ちゃんは先生に抱っこして自分の席まで連れて行ってもらいたいのかな?」
 淳子は、その場に立ちすくむ真澄の顔を見おろして、からかうように言った。と、淳子の視線から逃れるように顔を伏せた真澄の腰から膝にかけてのあたりが小刻みに震えているのが目にとまる。
「あ、そういうことか」
 淳子は納得したように呟いて床に膝をつくと、ぶるぶる震える真澄のお尻を包み込んでいるロンパースの股間に並んだボタンに指をかけて手早く外し、お尻のあたりの生地をさっと捲り上げて、その中から現れたおむつカバーに掌を押し当てた。
「やっぱりだ。真澄ちゃん、おもらししちゃってるのね? だからあんよが止まっちゃったんだ」
 おむつカバーの生地を通して、じわじわと広がってゆく生温かい感触が掌に伝わってきた。同時に、おしっこを吸って布おむつが僅かに膨れ、重みのせいで幾らか垂れ下がってゆく様子も感じ取れる。今まさに真澄はおもらしでおむつを汚してしまっている、そのさなかだった。とはいえ、おねしょで汚したおむつを優子の手で取り替えられてから今までまだしくじってないのだから、二時間に一度くらいの割合で尿意を覚える真澄にすれば、よく我慢した方かもしれない。
 視線を床に落とした真澄の顔は真っ赤だ。おむつカバーのおかげで直接見られることはないとはいえ、園児たちの注視を浴びる中でおむつを汚してしまっているのだから、羞恥のきわみにあるのも当然のことだろう。
「美香お姉ちゃん、早速お仕事ができたわよ。真澄ちゃんの席の横にバスタオルとポリバケツが置いてあるからここへ持ってきてちょうだい。それと、替えのおむつも同じ所にあるから、それも忘れないでね」
 真澄のおむつカバーに掌を押し当て、布おむつをじわじわと濡らして広がってゆくおしっこの感触を感じ取りながら、淳子は首だけ振り向いて美香に言った。
「はーい、先生。それで、真澄ちゃんの席って、あのベビーサークルだよね? 先生と真澄ちゃんが園長先生のところへ行ってる間に主任先生が用意してたベビーサークルでいいんだよね?」
 美香は何度か確認してから、教室の一角に用意してあるベビーサークルに向かって歩き出した。
 美香が向かう先にある直径三メートルほどのベビーサークルは、美香が言ったように、淳子と真澄が園長室へ行っている間に主任保育士が運び込んできたものだ。ただ、普通のベビーサークルとは違って高さが九十センチメートル以上もあるのは、真澄のために園長が特別に注文していたからに他ならない。淳子に抱き上げられて中に入れられたが最後、真澄が自力で抜け出すことができなくなるよう、わざわざ背の高いベビーサークルを作らせたのだ。ベビーサークルの中には布でできた柔らかいボールやヌイグルミに積み木といった赤ん坊の玩具が置いてあって、ベビーサークルのすぐ横には、替えのおむつやおむつカバー、着替えのロンパースに新しいよだれかけ、様々な小物を収めたベビータンスが据えてあり、その横には、すぐ使えるよう用意したおむつを入れたバスケットと、汚れたおむつを入れておくポリバケツといったものが並んでいる。
 まだ年少の美香だから、淳子に指示された物を全て一度に持ってくることはできない。洗剤を溶かした水を張ったポリバケツ、何組もの布おむつを入れたバスケット、大きなバスタオルといった物を美香が一つずつ甲斐甲斐しく運び終えるのとほぼ同じ頃、真澄はようやくおしっこを出し切ったようで、ひときわ大きくぶるっとお尻を震わせた。
「さ、みんな出ちゃったみたいだから、美香お姉ちゃんが持ってきてくれたバスタオルの上にごろんしましょうね」
 ロンパースのお尻の生地が両脚の間に垂れ下がった、見ようによってはだらしない、見ようによっては妙になまめかしい姿の真澄の腰に両手を巻き付けるようにして、淳子はバスタオルの上に体を横たえさせた。
「い、いや……みんなの見ている前でおむつだなんて、そんなの、いや……」
 想像を絶する羞恥に耐えかねて口を閉ざしたままだった真澄が、淳子の手で左右の足首を一つにまとめてつかまれた瞬間、バスタオルの上で弱々しく首を振った。
「駄目よ、ちゃんと取り替えておかなきゃ。おむつかぶれになっちゃうし、それに、せっかく美香お姉ちゃんが用意してくれたんだから」
 おむつの交換を力なく拒否する真澄にあやすように言って、淳子は、真澄の足首を高々と持ち上げた。だらんと広がっていたロンパースの生地がお腹の上まで捲れ上がって、今朝取り替えられたばかりのおむつカバーがあらわになる。ベビーピンクの細かな格子柄に黄色の小さなヒヨコの模様をあしらった生地でできた真新しいおむつカバーだ。
「やっぱり、ロンパースは便利ね。いちいち着ている物を脱がさなくても、こうやっておむつを取り替えられるんだから。ほんと、赤ちゃんの真澄ちゃんにはこれ以上ないくらいお似合いのお洋服だわ」
 おむつカバーの前当てと横羽根を開きながら、淳子は真澄の耳に届くようにわざと大きめの声で呟いた。
「赤ちゃんじゃない。私、赤ちゃんじゃないのに……」
「そうね、昨日までは赤ちゃんじなくて年少さんのお姉ちゃんだったわね」
 ぐっしょり濡れた水玉模様のおむつを手前にたぐり寄せ、水を張ったポリバケツに滑り込ませて淳子は言った。そうして、真澄の耳朶に唇を触れ合わせて、園児たちには聞こえない小さな声で囁きかける。
「でもって、一昨日までは短大生のお姉ちゃんだったのよね、真澄ちゃんは。でも、それは一昨日までのこと。今の真澄ちゃんはおもらしでおむつを汚しちゃうだけじゃなく、オシャブリを咥えたお口からこぼれるよだれでよだれかけも汚しちゃう赤ちゃんなのよ」
 淳子の言う通りだった。おむつはいやだと言い、自分は赤ん坊などではないと言い張るために口を開くたびに、唇からよだれが溢れ出しては、顎先から滴り落ちてよだれかけに薄いシミをつくっていた。普段ならそんなことにはならないのだが、片時も離すことなく咥えさせられているオシャブリのせいで口の中に唾が溜まり、それがよだれになって溢れ出しているのだ。
「さ、新しいふかふかのおむつをあてましょうね。赤ちゃんはね、新しいおむつをあててもらってお尻が気持ち良くなると、きゃっきゃっ言って喜ぶのよ。真澄ちゃんはどれだけ嬉しそうなお顔をしてくれるかな」
 淳子は、よだれで頬を濡らす真澄の顔を眺めながら、十枚で一組にまとめてある新しい布おむつの束をお尻の下に敷き込んだ。
 昨日から何度も経験しているのに、まだその柔らかな感触に慣れることのできない真澄の体がぴくんと震えて、思わずお尻を持ち上げようとするのか、腰と両脚に力が入る。
「そう、新しいおむつがそんなに気持ちいいの。思わず体を動かしちゃうくらい喜んでるのね、真澄ちゃん」
 淳子はくすくす笑って真澄の足首をおろし、両脚を広げさせて、お尻の下に敷き込んだおむつの端を持ち上げた。太腿の内側を撫でるようにして両脚の間を滑る布おむつの感触が真澄に更なる羞恥を与える。
「あ、やん……」
 真澄の口から喘ぎ声が漏れ、僅かに開いた唇の端からよだれが滴り出して頬を伝い落ちる。
「ふぅん、可愛い声を出すのね、真澄ちゃん。昨夜、優子お姉さんのおっぱいを吸っていた時もそんな声を出していたのかしら」
 淳子はすっと目を細めて僅かに笑いを含んだ声で言いながらおむつの形を整え、おむつカバーの横羽根と前当てをマジックテープで留めて、はみ出しているおむつをおむつカバーの中にそっと押し込んだ。
「もう少しだから、そのままじっとしてるんですよ。いい子にしてたら、ご褒美に今夜も優子お姉さんがおっぱいを吸わせてくれますからね。――はい、できた」
 おむつカバーを包み込むようにしてロンパースのボトムの布を前後に重ね合わせ、手早くボタンを留めると、淳子は大きく膨らんだ真澄のお尻をロンパースの上からぽんぽんと叩いて言った。
「さ、立っちして、今度こそ真澄ちゃんのお席に行きましょうね。可愛いヌイグルミもたくさん用意してもらったから、先生やお姉さんたちと楽しく遊びましょう」
 羞恥に耐えかねて唇を噛みしめる真澄だったが、咥えさせられているオシャブリのためにそれもできない。今の真澄にできるのは、ちゅうちゅうと音を立ててオシャブリを吸うことだけだった。



《 8 屈辱のボール遊び 》

 淳子に抱きあげられて真澄がベビーサークルの中に入れられると、園児たちが駆け寄ってきて周りを取り囲んだ。どの園児も、まるで動物園で珍しい小動物の檻の中を覗き込むような目をして真澄の様子を窺い見る。
「ほらほら、勝手なことしちゃ駄目よ。年少さんのみんなはこれからお絵描きの時間なんだから、ちゃんと自分の席に戻りなさい」
 駆け寄ってきた園児たちに向かってぱんぱんと両手を打ち鳴らして淳子は言った。
 けれど、それを美香が何度も首を振って拒否する。
「だって、美香たちが自分のお席に戻っちゃったら、真澄ちゃん、寂しくて泣いちゃうと思います。美香たちと一緒の教室でも、隅っこで一人ぼっちでベビーサークルに入れられたら泣いちゃうと思います」
 いくら説得しようとしても美香は同じ言葉を繰り返すばかりだ。
 それに対して淳子はやれやれといったふうに肩をすくめてみせると、悪戯めいた表情でこう言った。
「じゃ、いいわ。そんなに真澄ちゃんと一緒がいいなら、美香ちゃん、ずっとここにいなさい。でも、その代わり、美香ちゃんもトドラークラスに入ってもらうわよ。一人ぽっちじゃなくなるから、真澄ちゃん、きっと嬉しがるでしょうね」
 淳子はここまで笑顔で言ってから、美香の目の前に顔を近づけ、少し間を置いて、わざと大きな声で続けた。
「でも、トドラークラスに入るんだったら、美香ちゃんにもおむつをあててあげなきゃいけないわね。おむつをあててロンパースを着せて、よだれかけを着けてあげなきゃトドラークラスに入れないものね。ふぅん、美香ちゃん、せっかくパンツのお姉ちゃんになれたのに、もういちどおむつの赤ちゃんに戻りたいんだ。へーえ、本当はおもらしが治ってないのかしら、美香ちゃん」
「み、美香、赤ちゃんじゃないもん。ちゃんとパンツのお姉ちゃんだもん。だから、トドラークラスなんか入らなくていいの!」
 淳子の言葉に、美香は顔をほんのり赤くして唇を尖らせた。
「じゃ、自分の席に戻るのね? 年少さんのお姉ちゃんだったら自分の席でお絵描きできるよね?」
 淳子は言葉巧みに美香たちをベビーサークルから遠ざけて自分たちの席に戻そうとする。が、美香が寂しそうな表情を浮かべるのを目にして、少し言い過ぎたかなと思い直し、幾らか妥協することにした。
「いいわ。みんなが可愛い真澄ちゃんをずっと見ていたっていう気持ちはよくわかりました。仕方ないから、今日のお絵描きはみんなで真澄ちゃんの絵を描きましょう。可愛い妹なんだから、うんと可愛らしく描いてあげなきゃ駄目よ」
 淳子の言葉を耳にするなり、園児たちは我先にと自分の席に駈け戻り、クレヨンと画用紙を抱え上げると、けたたましい足音をたてて再びベビーサークルの周りに戻ってきた。もちろん、床にぺたんとお尻をつけて座らされた真澄に一番近い場所を確保したのは美香だった。

「ねぇ、先生。真澄ちゃん、ちっとも動かないからつまんない」
 しばらくの間はおとなしく画用紙にクレヨンを走らせていた美香だが、半時間もするとお絵描きに飽きてきたのか、絵のでき具合を確認するために園児たちの輪の後ろをゆっくり歩きまわる淳子に向かって僅かに頬を膨らませて言った。
「え? 動かないからつまんないって言っても、真澄ちゃんはオモチャやペットじゃないんだから、そんなこと言っちゃ駄目よ」
 淳子はくすっと笑って美香をたしなめた。
「でも、美香、真澄ちゃんが遊んでるとこ描きたいんだもん。じっとしてる真澄ちゃんなんて描いてあげない」
 美香はそう言ってぷいっとむこうを向いてしまった。
「やれやれ、困った美香ちゃんだこと。でも、美香ちゃんの言うことも無理はないわね。真澄ちゃん、ベビーサークルの中に座らせてあげた時からちっとも動いてないんだから」
 淳子はベビーサークルの中の真澄をじっと見て呟いた。
 真澄にしても、ずっと同じ姿勢でいるのは辛い。けれど、園児たちの視線を集める中、へんに動いて嬌声の対象になったり囃したてられたりするのはもっと辛く情けない。身じろぎ一つせずじってしていることこそ、今の真澄にとって、僅かに残った尊厳を守るためのたった一つの手段であり、淳子や美香に対するささやかな抵抗の表現だった。
 ふと、真澄と淳子の目が合った。
 その瞬間、淳子は真澄の胸の内を読み取った。(ふうん、そうだったの。意地を張って身動き一つしないってわけね。それが私たちへの当てつけのつもりなのね。いいわ、真澄ちゃんがそのつもりなら私にも考えがあるんだから)
「ね、美香ちゃん。美香ちゃんがそんなに言うなら、真澄ちゃんが遊んでるところを描かせてあげようか。真澄ちゃん、どんな遊びをさせてあげたら喜ぶと思う?」
 淳子は、真澄の耳にも届くよう大きな声で美香に尋ねた。
「あ、だったら、ボール遊びがいいと思う。ボールを転がしてあげて、真澄ちゃんに取ってきてもらうの。美香の妹、そんなふうにするととっても喜ぶんだよ」
 小さな子は現金なものだ。頬を膨らませてそっぽを向いていた美香が、淳子の言葉を聞くなり、にこにこ顔でこちらに振り向く。
「そう、美香ちゃんの妹、そうしてあげると喜ぶの。じゃ、美香ちゃん、お手本にするから最初に美香ちゃんが真澄ちゃんに同じようにしてあげて」
 そう言って淳子は後ろから美香の体をサイドレールを越える高さまで抱き上げると、そっとベビーサークルの中におろした。
 ベビーサークルの中に入れられた美香は周囲をきょろきょろ見回して布製のボールをみつけると、それを抱え上げて真澄の傍らに膝をついた。
「はい、ボールだよ、真澄ちゃん。美香お姉ちゃんがボールをころころするから、真澄ちゃんが取ってくるんだよ。ちゃんと取ってこれたら、真澄ちゃん、お利口さんだからね。ほら、ころころ〜」
 美香は真澄に言い聞かせてから、布製の柔らかいボールを、二人の様子をじっと見守っている淳子の方に向けてゆっくり転がした。
 けれど、真澄はまるで無反応だ。わざと無視して、ボールの行く手さえ見ようとしない。
「駄目よ、真澄ちゃん。美香お姉ちゃんがボールをころころしたら真澄ちゃんが取ってくるのよ。もういちどころころするから、今度はちゃんと取ってこなきゃ駄目だよ」
 ベビーサークルの端まで転がっていったボールを自分で取ってきた美香は、それこそ幼い妹に教え諭すように言って、もういちどボールを転がした。
 けれど、やはり真澄は身動き一つしない。
「先生、真澄ちゃんが美香の言うこときいてくれない〜」
 とうとう美香は困った顔をして淳子に助けを求めた。
「美香ちゃんの妹、美香ちゃんがボールをころころしたら、いつでもちゃんと取ってくる? 今の真澄ちゃんみたいなことはない?」
 淳子はベビーサークルのサイドレールに手をかけて美香にヒントを与えるように言った。
「あ、うん。美香の妹も、機嫌が悪くてボールを取ってこない時があるよ。今の真澄ちゃんみたいに」
 美香は淳子に向かって大きく頷いた。
「そんな時、美香ちゃんはどうする?」
 淳子は重ねて言った。
「えーとね、妹がボールを取ってこない時はね……」
 美香は上目遣いで天井を見上げるようにして考えた。
「……そうだ、ガラガラであやしてあげてるんだ。あのね、先生、ボールがころころして行っちゃった所で美香がガラガラを振ってあげると、妹、嬉しそうに這い這いしてきてボールを持つんだよ」
 美香はぱっと顔を輝かせ、熊のヌイグルミの横にあるガラガラをみつけると、さっと拾い上げて、ついさっき転がしたばかりのボールのすぐそばで膝立ちになって振り始めた。
 からころ。からころ。美香が手を振るたびにプラスチック製の玩具がかろやかな音色を奏でる。
 美香は何度も何度もガラガラを振ってみせた。
 しかし真澄はじっとしたままで、身じろぎ一つしない。淳子や園児たちへの抵抗の意味もあるが、今はそれにも増して、胸の中に渦巻く激しい屈辱と羞恥のために体を動かせないでいるというのが本当のとこだった。本来なら自分の教え子である筈の美香が振るガラガラの音色に誘われるままボールを取りに行くなど、想像するだけで身が灼かれるほどの羞恥と屈辱にまみれた行為なのだから。
「先生、ガラガラを振ってあげても真澄ちゃん、ボールを取りに来てくれないよ〜」
 美香はすぐ後ろに立って様子を見ている淳子の顔をベビーサークル越しに見上げて言った。
「そうみたいね。でも、せっかく美香お姉ちゃんがガラガラを振ってくれてるのにボールの所へ来ないなんて変ね。いいわ、先生が手伝ってあげる」
 淳子はそう言ってジャージのポケットから銀色に光る鍵を取り出すと、ベビーサークルの一ケ所に設けてある鍵穴に差し込んで左にまわし、鍵穴のあるあたりを手前に引き開けた。真澄が逃げ出せないような高さにわざわざ特別注文で作らせたベビーサークルだから、大柄な淳子にしても、またぎ越えるのは難しい。そこで、淳子や園長が出入りする時のために開口部分を設けているわけだ。出入りした後はオートロックで再び鍵がかかってしまうから、真澄が逃げ出すことは絶対できない。
 ベビーサークルの中に入った淳子は、足早に真澄のすぐ後ろまで歩いて行くと、真澄の腰を両手で抱え上げるようにして強引に四つん這いの姿勢を取らせた。
「ほら、美香お姉ちゃんがガラガラを振って真澄ちゃんのことを呼んでくれてるわよ。あそこに真澄ちゃんの大好きなボールがあるから、這い這いして取りに行きましょうね」
 淳子は美香に合図を送ってもういちどガラガラを振らせ、四つん這いにさせた真澄のお尻を後ろから押した。しかし真澄の抵抗の意志は固く、お尻を軽く押されたくらいではまるで動かない。四つん這いという屈辱の姿勢を強要されながらも、両手と両足を力いっぱい床に突っ張って淳子に抵抗し続ける。
 だが、淳子がにっと笑ってお尻を押す手を小さく動かしたかと思うと、突然、びくっと体を震わせ、僅かながら右手と右脚を動かして、ボールが転がっている方に体を進めた。
「そうよ、その調子で美香お姉ちゃんが呼んでくれてる所まで行ってボールを持つのよ。さ、もう少し速く這い這いしましょうね」
 そう言って、淳子は軽く真澄のお尻を押した。さほど力が入っているようには見えないのに、淳子がそっと右手を動かすだけで、真澄はまるで抵抗する様子もなく手足をぎこちなく動かして赤ん坊のように床を這って進む。
「ほら、早くしないと美香お姉ちゃんが疲れちゃうわよ」
 もういちど淳子が右手を動かした。
 真澄が弱々しく首を振る。けれど、自分の意志とはまるで無関係のように手と脚が動いて、ボール目指して這い這いで体を進めてしまう。同時に真澄の口から
「やぁん……」
という、ひどくなまめかしい喘ぎ声が漏れ出た。声は小さくて、すぐ後ろにいる淳子にしか聞こえなかったものの、もしも美香たちの耳に届いたとしたら、まだ年端のゆかぬ園児たちでも、それが普通の声ではないことを直感しただろう。真澄の口をついて出たのは、それほどに淫靡な喘ぎ声だった。
 だが、園児たちの目の前だというのに真澄が思わずそんな声を漏らしてしまったのも仕方のないことだった。淳子が、お尻を押すふりをして、実は中指で真澄の最も感じやすい部分を責めていたのだ。真澄のお尻を軽く押すだけのふりをしながら、淳子は真澄の股間に中指を突き立て、おむつやロンパースの生地越しに敏感な部分をまさぐっていたのだ。いやらしく蠢く淳子の手から逃れるために否応なく真澄は力なく手足を動かして、まるで赤ん坊のように床の上を這い進まざるを得なかったのだった。
「あらあら、赤ちゃんがそんなはしたない声を出しちゃ駄目よ。子供たちに聞かれたらどんな言い訳をするつもりなの? ちゃんと這い這いできたら私だってこんなことしないんだから、ほら、頑張りなさい」
 淳子が真澄の耳元に顔を寄せて囁きかけた。
 思わず真澄は恨みがましい目で淳子の顔を見上げる。
「ほら、お手々とあんよが止まっちゃったわよ。もう少しで美香お姉ちゃんの所まで行けるから頑張りましょうね」
 淳子は真澄の耳元から顔を離し、今度は園児たちにも聞こえるような声で、それこそ、這い這いができるようになったばかりの赤ん坊を励ますように言って、真澄の股間に突き立てた中指に更に力を入れた。
「あ……ん」
 真澄の口から再び喘ぎ声が漏れ、僅かに開いた唇からよだれがこぼれ出て顎先から首筋を伝い落ち、胸元に滴り落ちて、よだれかけに吸い取られる。
「そうそう。だいぶ這い這いが上手になってきたわね、真澄ちゃん。ほら、美香お姉ちゃんはもう目の前よ」
 真澄が美香のすぐ近くまで這い進んで、ようやく淳子は手を離した。
 途端に真澄は這い這いをやめ、力尽きたかのように、おむつで丸く膨らんだロンパースのお尻をぺたんと床につけ、両脚をだらしなく大きく開いた格好で座りこんでしまう。
「よかったね、真澄ちゃん。先生に助けてもらったら、ちゃんと這い這いできるようになったね。じゃ、ここまでちゃんと這い這いできたご褒美にお姉ちゃんがボールをあげる。はい、真澄ちゃんの大好きなボール」
 美香はもういちどだけ真澄の目の前でガラガラを振ってから、ボールを拾い上げて真澄に渡そうと手を伸ばした。が、真澄の顔色の変化に気づくと、慌てて淳子の顔を見上げて心配そうに言った。
「先生、真澄ちゃん、顔が真っ赤だよ。それに、はあはあ言ってるし、よだれもすごいよ。大丈夫かな?」
 美香のもとへ這い這いでやって来る間、真澄の秘部は淳子の手でなぶられ通しだった。そのせいで真澄の顔は上気して真っ赤になり、息遣いも荒くなった上に、唇をきゅっと閉ざす気力も失って、唇の端からよだれをこぼし続けるといった状態になってしまっていたのだ。けれど、その原因が自分だということはおくびにも出さす、しれっとした顔で淳子は美香に言った。
「美香お姉ちゃんがガラガラで呼んでくれるのが嬉しくて急いで這い這いしてきたから体がほてっちゃったのね。大丈夫、少し休ませてあげれば元に戻るわよ」
「あ、そうなんだ。真澄ちゃん、ちょっとでも早く美香のところへ来たくて急いでくれだんだ。うふふ、やっぱり真澄ちゃんは可愛い妹だね。体は大きいけど、美香の本当の妹より可愛いや」
 美香はぱっと立ち上がると、すぐ目の前に座りこんでいる真澄の体をきゅっと抱きしめた。美香に比べるとずっと体の大きな真澄だが、お尻を床にぺたんとつけて座りこんでいるから、真澄の顔が美香の胸元あたりにくる。夏用の制服の薄い生地を通して、真澄の顔のほてりが美香の肌に伝わってくる。
「先生、真澄ちゃんの顔、すごく熱いよ。本当に大丈夫?」
 上気してほてった上に美香から妹扱いされる羞恥に、ますます真澄の顔が赤く熱くなっていた。けれど、そんな事情など知らない美香は、再び心配そうな表情で淳子に訴えた。
「そう、真澄ちゃんのお顔、そんなに熱くなってるの。じゃ、念のために何か飲ませてあげた方がいいわね。体温が高いままだと病気になっちゃうかもしれないから。美香ちゃん、先生が飲み物を持ってくる間、真澄ちゃんの様子をみていてね」
 美香の訴えに淳子はそう言い残し、内側から鍵を使ってベビーサークルを出ると、足早に教室をあとにした。

「はい、飲み物を持ってきてあげたわよ。トドラークラスの真澄ちゃんはコップだと難しいから、これで飲みましょうね」
 待つほどもなく教室へ戻ってきて再びベビーサークルの中に入った淳子は、湯冷ましの水を七分目ほど満たしたプラスチック製の哺乳壜を真澄の目の前に差し出した。
「あ、美香の妹のと同じだ。ね、先生、美香が飲ませてあげてもいいでしょ?」
 淳子が持ってきた哺乳壜を目にするなり、美香が顔を輝かせて言った。
「いいわよ。真澄ちゃんは赤ちゃんだから、自分で哺乳壜を持って飲むのは難しいものね。美香お姉ちゃんが優しく飲ませてあげてちょうだい」
 淳子はにこやかな笑顔で言って、哺乳壜を美香に手渡した。
「うん、ちゃんと飲ませてあげる。お家でも妹に哺乳壜でミルクを飲ませてあげることあるんだけど、お母さん、美香は上手だねって言ってくれるんだよ。はい、真澄ちゃん、ぱいぱいですよ」
 美香は嬉しそうな顔をして淳子に向かって頷いてから、真澄が咥えているオシャブリを優しく取り上げ、両手で持った哺乳壜の乳首を唇に押し当てた。
 しかし、真澄はぎゅっと口を閉ざしてゴムの乳首を拒む。自分よりもずっと年下の幼児の手で哺乳壜の湯冷ましを飲まされるという屈辱の行為をすんなりと受け容れられるわけがない。
「先生、真澄ちゃん、ちっとも飲まないよ。喉が渇いてないのかな」
 何度か真澄の唇に哺乳壜の乳首を押し当てた美香が、困った顔をして淳子に言った。
「ほんと、どうしちゃったのかな、真澄ちゃん。いいわ、どうしてお水を飲まないのか、先生が真澄ちゃんに訊いてみてあげる」
 淳子は美香と真澄の顔を見比べて言ってから、園児たち全員に聞こえるよう声を大きくして続けた。
「あ、そうそう。こんなに真っ赤な顔をして暑がってるんだもの、おむつの中はたくさん汗をかいてるかもしれないわね、真澄ちゃん。もしもそうだったら、おもらししてなくても、おむつを取り替えてあげないとおむつかぶれなっちゃうわ。急いでおむつカバーを開いておむつの具合を調べてみなくちゃ」
 そこまで大声で言ってから淳子は、ロンパースの生地もおむつカバーの生地も見透かしてしまうかのような目つきで真澄の股間をじっとみつめ、急に声を落とすと、今度は園児たちに聞こえないよう真澄の耳元に囁きかけた。
「今おむつカバーを開けられたら真澄ちゃん、とっても困ることになると思うんだけどな。だって、おむつの中、いやらしいお汁でぬるぬるになってるんでしょう? ねばねばの細い糸を引くいやらしいお汁を見たら、いくら小さな子供たちでも、それがおしっこや汗なんかじゃないことはすぐにわかっちゃうでしょうね。年端のいかない園児たちにそんないやらしいお汁を見せちゃってもいいのかしら? それに、このことが子供たちの口から母親の耳に入る可能性は充分あるわよね。子供たちにはそれが何なのかわからなくても、母親なら子供たちの説明でも、すぐに察しがつくでしょうね。田村先生には園児の気持ちをわかってもらうために子供たちと同じ生活を送ってもらっていますって園長や私はお母さんたちに説明しているけど、いやらしいお汁のことを知ったら、誰もそんな説明なんて信じないでしょうね。本当は田村先生、おむつが大好きで、それで自分から進んで園児になりきっちゃってるんだって思うかもしれないわね」
 そう言われて、真澄は恨みがましい目つきで淳子の顔を睨みつけた。淳子の言う通り、おむつの中は愛液でとろとろになっていた。淳子が真澄の秘部を指先で責め続けたために溢れ出したいやらしいお汁が股間を覆う布おむつにべっとり付いている。おしっこや汗に比べて粘りけの多い愛液はなかなかおむつに吸い取られず、いやらしい感触をいつまでも真澄の肌に与え続けている。こんな状態でおむつカバーを開かれ、布おむつの内側まであらわになったら、照明の光を受けていやらしくてらてらと光る細い糸を引く愛液を園児たちの目にさらすことになるのだ。
「でも、おむつを開くのはやめられないわよ。さっき、私は大きな声で園児たちに『おむつの様子を調べなきゃ』って言ったんだもの。このまま私が何もしないでいると、却って園児たちがあやしみだすかもしれないわね」
 淳子は含み笑いを漏らして続けた。
「……」
 想像もしていなかった状況に置かれたことに気づいて、真澄は何も言えない。
「でも、醜態をさらさないですむ方法が一つだけあるわ。どんな方法だか教えてほしい?」 淳子は真澄の耳朶に熱い息を吐きかけた。まだ亢奮が鎮まりきっていない下腹部がじんと痺れて、新たな愛液がとろっと溢れ出る。
「……」
 無言のまま、真澄は絶望的な表情で微かに頷いた。
「いやらしいお汁はぬるぬるだから、なかなかおむつに吸収されないのよね。でも、おしっこを出しちゃえば、おしっこと一緒にすぐおむつに吸い取られるのよ。わかるでしょ? 今おもらししちゃえば、おむつを開いても、子供たちにいやらしいお汁のことを知られずにすむのよ。子供たちは、真澄ちゃんのいつものおもらしだって思うだけだもの」
 淳子は、くすくす笑いながら真澄に『たった一つの方法』の内容を説明した。
「そ、そんな……」
「朝のご挨拶の後でおむつを取り替えてあげてから、今で一時間ちょっと経ったかな。真澄ちゃんは二時間に一度くらいの割合でおもらしをするみたいだから、次のおもらしまでにはまだ少し間があるわね。でも、もう膀胱には、それなりの量のおしっこが溜まっている頃よね? いつも通りのおもらしはできなくても、意識して膀胱を緩めればおしっこが流れ出す筈よ。――とはいっても、急に出すのは難しいでしょうから、少し猶予の時間をあげる。美香お姉ちゃんに哺乳壜でお水を飲ませてもらっている間だけは待ってあげる。でも、飲み終わったら、すぐにおむつを開くわよ。お水を飲めば少しはおしっこが出やすくなるから、その間にちゃんとすませるといいわ」
 そう言って、淳子は返事を待つことなく真澄の耳元から顔を離して美香の方に振り向くと、いかにも優しそうな声で言った。
「いいわよ、美香ちゃん。真澄ちゃん、みんなの前で哺乳壜からお水を飲むのは恥ずかしいからいやだって駄々をこねてたけど、美香お姉ちゃんが飲ませてくれるならちゃんと飲むって約束したわ」 
「うん、わかった。それじゃ、真澄ちゃん。ミルクじゃなくてお水だけど我慢して飲みましょうね。ちゃんと飲めなくてよだれかけを濡らしたらメッ!だよ」
 美香はあらためて哺乳壜の乳首を真澄の唇に押し当てた。
 しばらく迷ってから、真澄の口元がおずおずと動き始め、哺乳壜の中の水が微かに減って、水面にぷくぷくと小さな泡がたった。
「そうそう、お上手よ、真澄ちゃん。喉が乾いてるみたいだから、たくさん飲みましょうね」
 床にぺたんとつけたロンパースのお尻をおむつで大きく膨らませ、美香が支え持つ哺乳壜の乳首を吸って湯冷ましの水を飲む真澄の姿は、トドラークラスの名の通り、ようやくあんよができるようになったばかりの赤ん坊そのままだった。



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