副社長室の入り口を入ると,そこには秘書のデスクがある。
「失礼します。」
「丹羽部長,副社長がお待ちですよ。」
「はい,ありがとうございます。」
秘書の女子社員はみな,得意先の問屋などの令嬢を縁故採用したものであるため,部長といえども非常に気を使っていたのである。
亜土子は丹羽部長に従って,奥の部屋へ向かった。丹羽部長が重厚な木の扉をノックした。
「副社長,丹羽でございます。」
「どうぞ。」
そう言いながら,副社長が中から扉を開けて出て来て,二人を招き入れた。亜土子が初めて近くで見る副社長は意外と気さくそうな人物で,畏まって立っている部長と亜土子を応接セットのソファに座らせ,自分は下座の椅子に向かい合って座った。現在でも営業本部長を兼任する副社長には,営業マン上がりらしい気遣いが感じられた。
「君が四洲さんですか。パソコンが得意だそうですね。」
「はい・・・。」
「実は他でもない,今度我が社が立ち上げる新しいプロジェクトに参加して貰いたいと思って呼んだのです。」
「はあ,新しいプロジェクトと申しますと?」
「ご存じの通り,我が社の業績は思わしくない。今まで通りの営業を続けていると,ジリ貧なのは分かるでしょう。そこで,IT技術を利用した最新の販売方法を導入してe−コマースに参入することにしました。」
「E−コマース,ですか?」
「そう,インターネットのホームページ上で顧客から直接注文を受け付け,販売するのです。」
「卸や小売店を通さずに直接販売するのですか?」
「そうです。しかし,一応別会社を設立して,販売元はその会社になります。丹羽部長にはそこの社長になっていただきます。」
「でも,そんなことをしたら,既存の卸や小売との関係が悪化しませんか?」
「四洲君,何ということを!」
丹羽部長が口を挟んだ。
「いや,いいんです。四洲さんの意見ももっともだ。でも,これからは古い商慣行を打破しなければ生き残って行けません。これはまだ内緒だが,我が社は来年からカンパニー制を導入し,アイティソリューション食品株式会社と社名を変更します。」
「アイティソリューション食品,ですか・・・。」
この作品はフィクションであり、登場する人物・団体等は実在のものとは一切関係ありません。