4− エノロジー その2

 前回はワイン醸造に関して主として理論的なことをまとめてみたが,今回は実際にワインをつくるときの具体的な作業等についてお話ししたい.もっとも,極言すればワインなどはブドウを潰して亜硫酸を加えておけば勝手にできてしまうものである.明治時代の日本では,醸造には麹が不可欠だと考えられていたため,ブドウに麹を混ぜて仕込んだなんていう話もあるくらいで,かなりいい加減なことをしてもワインはできる.しかし高品質のワインをつくるにはやはりそれなりの手順が必要である.

収穫したブドウの処理
 ブドウを収穫する機械には実を叩き落とすタイプと,樹を揺すって実を落とすタイプとがあるが,後者のほうが葉や茎の混入が少なくて良いとされる.いずれにせよ,機械収穫したブドウは果粒だけが集められ,その一部が潰れた状態になっている.これをさらに軽く潰す,すなわち破砕(foulage)すれば次の段階に進むことができる.
 一方,手で収穫されたブドウは房の形のままで搬入される.果梗(rafle)はタンニン等に由来する雑味をワインにつけるので,通常は取り除く.果梗を除去する作業を除梗(eraflageまたはegrappage)と呼び,機械で破砕と同時に行う.これで次の段階に進む準備が完了した.

酵母の添加
 はじめにブドウを潰して亜硫酸だけ入れておけばワインになると書いたが,発酵を円滑にかつ確実に進めるためにはやはり酵母を加えるほうが無難である.市販の乾燥酵母が各種あるし,自分で選別した酵母を培養しておく人もいる.いずれにせよ酵母の活性を十分に高めてから添加することが肝要である.
 あくまでもブドウに付着している天然酵母にこだわる人もいる.収穫の数日前にブドウを少量収穫して潰しておくと,本収穫がはじまるころには発酵が始まっていて,活性の高い天然酵母が集積している.これを本収穫のブドウを破砕したものに加えれば発酵が迅速に始まるのである.
 ここで笑えない話をひとつ.ある時発酵があまり旺盛でないタンクがあって,ある技師が乾燥酵母を加えた.すると驚いたことに発酵がぴたりと止まってしまったのである.実は加えた酵母がキラー酵母で,これが十分に増殖した後に発酵は無事再開したそうである.

赤ワインの醸造法
 赤ワインの特徴を一言で言うと,ポリフェノールを多量に含むことである.有色ポリフェノールによって赤い色がつき,無色ポリフェノールによって渋味がついている.前回述べたように,前者は果皮に,後者は種子に含まれるが,ポリフェノールは水に溶けにくくエタノールにはよく溶けるので,発酵が進むまで果皮と種子が液に接触(マセラシオンmaceration)しているようにせねばならないし,発酵中の液温もかなり高め(30℃程度)に保たれる.また,このために固形分に含まれる香気成分などの成分もワイン中に多く溶出してくることになる.
 さて,赤ワインをつくるには,実際は破砕・除梗されたブドウをそのままタンクに入れて発酵させればよい.発酵が進むと二酸化炭素に押し上げられて果皮がタンク上部に浮上して次第に乾燥してくる.これをシャポー(chapeau,帽子の意)と呼ぶ.こうなると成分の溶出が遅れるし,表面が空気に触れて好気性菌が増殖し,腐敗してワインに不快な香味をつける原因となる.これを防ぐには,毛のないデッキブラシのようなものでシャポーを突き沈める(ピジャージュpigeage),あるいはタンクの下方から液を引き抜き,ポンプで上方から掛けて循環させる(ルモンタージュremontage)などの作業が必要となる.
 これらの労力を軽減するため,タンクの中程に金網を張って果皮がそれ以上浮上しないようにしたタンクや,自動ピジャージュ装置の付いたタンク,配管でルモンタージュを自動的に行うタンク,全体がコンクリートミキサーのように回転するタンクなども使用される.しかしどんな食品にも言えることであるが,多少の雑味は味のうち,ブルゴーニュ地方などでは頑固に昔ながらの木桶で発酵させ,ピジャージュに励む人も少なくない.木桶の上に登って櫂を入れる姿は,どこか日本酒造りを思わせるものがある.
 やがて発酵が進んで二酸化炭素の発生が少なくなってくると,果皮が沈み始める.アントシアンの抽出は数日で終了し,その後はむしろ果肉などに吸着されて減少するが,タンニンは種子から抽出され続ける.早めに液と固形分を分離すれば比較的渋味の少ないワインになり,長期間(2〜3週間)マセラシオンしておけば渋味の強いワインができるのである.固形分と液を分けるには圧搾(pressurage)する.これは次の白ワインで述べる方法と同じであるが,白ワインの場合は圧搾によって果汁を搾り出し,赤ワインの場合には発酵が終了したワインを搾る点が異なる.

白ワインの醸造法
 白ワインとは,アントシアンをほとんど含まないために赤い色がついていないワインのことであるが,他のポリフェノールの含有量も少ない.これは,白ワインには一般に白ブドウ(果皮にアントシアンの色がついていないブドウ)を用いるだけでなく,発酵前に圧搾して果汁だけを発酵させることによる.したがって,赤ブドウを用いても素早くかつ軽めに圧搾すれば白ワインをつくることができるのである.破砕したブドウを圧搾,すなわち圧力を掛けて搾れば果汁が取り出せるのであるが,搾りやすくするために除梗しないことも少なくない.
 さて,破砕したブドウからはかなりの果汁が自然に流れ出してくるが,これだけではまだ30%以上の果汁が果肉の中に残っているので,これを取り出すために圧搾をする.昔は隙間だらけの木桶にブドウを入れ,上から五右衛門風呂の底板を押しつけるような機械を用いたが,現在ではシャンパーニュ以外ではほとんど見掛けない.今日一般に用いられる機械は,金属製の円筒形の篭が横になっていて,その中にブドウを入れ,回転させながら中で圧力を掛けるタイプのものが主流である.両端から板で押しつぶすタイプと,中に丈夫なゴム風船が入っていて,これが膨らむことによって搾るタイプとがある.いずれにせよ,あまり強く搾ると雑味が出てくるので搾る段階によってワインの質が変わることになるが,通常は適度に圧搾したうえで全部の果汁を混合して次の作業に移る.
 圧搾後の果汁は果肉の成分等でかなり濁った状態になっている.これをしばらく放置して懸濁物を沈殿させる作業をデブルバージュ(debourbage)と呼ぶ.この際亜硫酸を多め(100ppm以上)に加える,冷却する,あるいはペクチナーゼを加えるなどの処理によってより清澄な果汁を得ることができる.ワインの濁りの原因となる蛋白質を除くため,ベントナイトを数百ppm加えてから濾過することもある.もっともあまりきれいにしすぎると酵母が栄養失調になって吟香が出てくるのは清酒と同じである.
 次にいよいよ発酵であるが,白ワインの場合は比較的低温(20℃弱)で発酵させる.大容量のタンクでは冷却装置が不可欠であるが,気温が15℃以下で一定している地下蔵の中で小樽(容量225〜228l)で発酵させる方法もあり,これなら自然に適温となる.
 発酵が終了すると酵母の死骸等が沈殿するが,これを日本語でオリ(澱または滓),フランス語でリー(lie)という.ワインがこれに長期間触れていると雑味(SO2が還元されてできるH2Sなど)がつくと言って従来はすぐに分離されていたが,最近はむしろアミノ酸などの旨味がつくと言ってそのままにすることも少なくない.ラベルにシュル・リー(sur lie)と書いてあったらこのことである.

ロゼワインの醸造法
 ロゼワインは赤ワインの10分の1程度のアントシアンを含むために淡い色がついたワインのことであるが,成分的には白ワインに近い.色のついた白ワインと言っても良かろう.これをつくるには2つの方法がある.
 まず,色の濃い赤ブドウで普通に白ワインをつくってみる.すると果皮のアントシアンが少量果汁に溶け込んで着色する.発酵中に色素は多少失われるが,それでもできたワインは淡いピンク色である.色の淡いロゼワインはこの方法でつくられる.
 もう一つの方法は,赤ワインのように仕込んでおいて,色がうっすらとついてきたところで圧搾してしまう方法である.圧搾のタイミングによって赤ワインに近いものからかなり淡い色のものまでつくることができる.
 赤,白も含め,原料とマセラシオンの違いによってできるワインの色を図1にまとめた.なお,白ワインに赤ワインを少量加えてもロゼの色になるが,この方法は発泡性ワイン以外では禁止されている.また,よく物の本に白ブドウと赤ブドウを混ぜて醸造する方法もあると書いてあるが,フランスではあまり聞かない.


図1 原料ブドウとマセラシオンの期間によるワインの色の違い


   
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