既に肉の快楽を深く知っているそこは、指の侵入を容易に受け容れた。ぬちゅ、と濡れた音が、越野の切なげな浅い吐息に重なる。立ったままでベルトを外し、制服と下着を足元までずり下ろされただけの姿態は、青白い蛍光灯の光に前も後も無防備に晒されて、この上もなく淫らだった。白いシャツの裾から、高まった欲情の証が露に覗く。背中を仙道に預け、ゆっくりとめり込んでくる長い指を必死で飲み込みながら、越野は
「早く……」
と懇願した。それが、学校の部室という非常識な状況下で、淫乱と言うほかない姿を露にしている自分への羞恥から来るものなのか、あるいは身体の奥でじくじくと疼き渇望する肉欲に思考を支配されてのことなのか、越野にももう分からなかった。ただ、侵入してくる指先が粘膜のより深いところを撫でていくにつれて、自分の体温がじわりじわりと上がるのを感じながら、身を捩ってその時を待つだけだった。そうして三本に増やされた指が奥まで入ったところで、仙道がようやく自分の制服のジッパーをゆっくりと下ろした。
「一回だけ、な」
そう言って穏やかに微笑すると、仙道は越野の体内から抜いた指にそのまま硬く勃ち上がった自身を沿わせ、まだ指の形で閉じきらずひくひくと誘うそこを、背後から確実に貫いた。固い筋肉の入り口の奥で、押し出そうとする生体反射を伴って、熱く柔らかな粘膜の襞が一心に絡みついてくる。仙道は一度息を漏らしたが、それ以上に越野の艶かしい喘ぎが部室の中に響いた。越野が背を反らせ身体を捩らせる度に、仙道の熱塊は引き込まれるように奥へ奥へと侵入していった。二人とも立ったままで身体を揺らし、互いの熱を身体の奥で思うがまま確かめ合った。
 越野も、はち切れそうなほどの熱を蓄えて先端から露を流し始めた自分自身を、そのまま放っておくのには限界に来ていた。自慰を見られているようで恥ずかしいことだとは分かっていながらも、越野もまた男の生理をこれ以上押し留めることはできなかった。右手でその部分に触れるや、もう、焼きついた理性では止められなかった。溜息交じりの声を絶え間なく漏らしながら、指と掌で刺激を繰り返す。男に尻を突かれながら自らを扱く行為が卑猥かどうかを意識する余裕は、最早越野にはなかった。越野が一際高い声を上げたとき、背中の仙道が越野の左の耳元で囁いた。
「越野、こっち」
越野が声の方に反射的に顔を向けると、不意に指先で顎を後ろに向かされ、そのまま舌と唇で呼吸を奪われた。数秒の間ねっとりと唾液を絡ませ合ったあと、仙道はそのまま濡れた唇の触れる距離で、殊更に声を潜めて囁く。
「声、外に漏れるぞ……」
そうして、大きな掌で越野の右手を局部ごと包み込み、やわやわともどかしい愛撫を始めた。
「あんま、先にイクなよな」
そう言うと、仙道は眉毛を下げて苦笑した。背後から下肢を突き上げる熱と形は猛々しく強靭だったが、前に回された腕と掌は穏やかで温かく、越野の感覚をすっかり溶かし尽くすには十分すぎるほどだった。白く濁って遠くなりそうな意識を仙道にようやく支えられながら、越野が律動に合わせてか細い呼吸を漏らす。
「仙道、もう……!」
「まだ、もうちょっとガマンな」
仙道の首筋を一筋の汗が流れ落ち、蛍光灯の光をちらりと反射した。
















 二十分程で学校に到着した菅平は、そのまま校門を通り、校庭を横切って、部室棟の近くまで自転車を乗りつけた。すぐに一つ明かりが点いている部屋があることに気づき、それが部屋の並びから言って自分達バスケットボール部の部室だと分かるのにも、そう時間は掛からなかった。
 部室にまだ誰かがいるのが分かって、菅平は手間が省けたような気まずいような、複雑な気分になった。部室の鍵が開いているなら、守衛室まで鍵を借りに行って貸し出し台帳に名前やら時間やらを書き込む面倒も踏まなくて済むし、すぐに用事を済ませられるから、手早く家に帰れるだろうということは分かる。一方で、誰かが遅くまで残っている部室に、一度帰宅した自分がずけずけと入っていくのも、気が弱く遠慮しがちな菅平にとっては、やや勇気の要ることではあった。もし、自分とあまり親しくない先輩が残っていたら、何か話しかけられても困ってしまうし、もし何かのことでイライラしている相手だったら、もしかしたら八つ当たりを受けて説教を始められるかもしれない。忘れ物なんて気が緩んでる証拠だ、とか、お前の今日のプレイは全然なってない、とか。あるいは、もし互いに仲が良い部員同士で残っていて話に花が咲いている所であったら、自分などが踏み込んで雰囲気を壊してしまうのも、なんだか申し訳ない気がした。
 とは言っても、そうやってあれこれと考えていた所で自分の用事を済まさないまま帰ることもできず、結局は部室棟の錆びた階段をゆっくり様子を見ながら上り始めるほかになかった。
 菅平の頭の中に、ごくごく薄い期待が、ないわけではなかった。部室に残っているのが、万が一、あの人だったらいいな、という期待だった。そしてそれは強ち可能性ゼロでもないんじゃないかと密かに思うところもあった。というのは、努力家のその人は、部活のあとの自主練習も最後まで残っていることが多いのを知っていたし、今日も、少なくとも自分が体育館を出るまでは残っていた。そうして、もしかしたら今一人で日誌を書いているのかもしれないし、部の運営や練習方法について他の二年生部員達と打ち合わせしている最中かもしれない。もし運が良ければ、なにか声を掛けてもらえる可能性だってなくはない。なんにしろ、部活以外でもその人に会えるとしたら、今日はすごくラッキーな日なんじゃないか、そう考えて菅平は自分の頬が少しだけ緩むのを感じたが、それもすぐに、ただの想像と期待で喜びかけている自分への失望に取って代わり、それから、当てが外れたときの気落ちを自分で増幅してどうするんだろう、とまた気弱な彼らしい後悔をした。

 不躾に乗り込んでいくのは悪いな、という遠慮から、なるべく足音を立てないようにドアの近くまで歩み寄った。そうしてその間に、中に誰がいるのか、話し声が聞こえるのか、聞こえるとしたら誰の声か、聞こえないとしたら一人なのか、それとも単に誰かが電気を消し忘れたまま帰ってしまったのか、そういった中の様子を伺って心の準備を整える予定でいた。
 中に、人の気配がないわけではなかった。が、話し声が聞こえることはなかった。言うなればもっと密やかな、衣擦れや呼吸のようなものなのかな、と菅平は思った。中にいるのが一人なら、先輩だったとしても同輩だったとしても、驚かせては悪いからまずノックをしてから「失礼します」と言って入るのが多分一番いいだろう。僅かな緊張を手の中に感じながらも、別に悪いことをしているわけではないのだし、と自分を最低限納得させ、ドアをノックし掛けたとき
「んッ……」
思わず手が止まった。
 今のは……? 空耳か、聞き間違いなのかと思った。瞬きをすることも忘れて、菅平は数秒の間ただ無心に耳を欹てた。
「ァ……」
 聞こえる。部室の……中から。意識せず、喉がこくりと鳴った。これは……。
 実際に耳にするのは菅平には初めてのことだったが、それでも間違える余地はなかった。聞こえて来るのは、学校の敷地内で聞くにはひどく不似合いで場違いな音。押し殺した、しかし確かな……喘ぎ声。部員の誰かが、部室に彼女を連れ込んで行為に至っているのか、それとも、誰かが一人で特殊な状況下でのマスターベーションに興じているのか。菅平は、しばらくそこから一歩も動けなかった。とんでもない場面に居合わせてしまった自分のタイミングの悪さを後悔する以前に、足音を立ててしまうのが憚られ、自分の呼吸の音さえ漏れ聞こえてしまうのが恐ろしかった。必死に息を殺し、身を硬くした。これが、所謂「立ち聞き」に当たってしまうと気付くだけの余裕が、菅平の意識にあるはずもなく、どうしたらいいのか考えようにも、気が動転して思考が散り、焦れば焦るほど一層何の形も成さなかった。
 その間にも、ドアの奥からは押し殺しきれない呼吸音と密やかな声が漏れ聞こえて来る。どうやら、女というよりは男の声のようだということは、判断力を殆ど丸ごと失って立ち尽くしているだけの菅平にも、辛うじて分かってきた。とは言っても、その声はどこか淫らな甘さの中に溶かしこまれていて、男が一般的に最中に漏らすような喘ぎや呻き声、荒々しい呼吸音とは随分違っていた。だが今の菅平には、それが何を意味するのかを正しく推測できるはずもなかった。
 一瞬、漏れ聞こえる声の中に聞き覚えのある単語が形を掠めた気がした。菅平は、混乱し切って散り散りの意識を、なんとかそこに結んだ。せんどう、と、聞こえた気がした。そのあとで、今まで聞こえてきたものとは別の男の声も、僅かながら聞こえた気がした。
 せんどう?って、キャプテンの仙道さん? 越野さんといつも仲が良い……。
 そこまで思って、菅平は目を見開き、再び喉を鳴らした。
 まさか、そんなはずは。
 押し留めていた呼吸が、不意にわなわなと震えてくるのを止められなかった。口元に当てた掌から、背中や首の後ろから、凍るような汗がどっと噴き出してきた。不用意に強く打ち始めた心臓が手足を震わせて、鼓動の強さと反比例して四肢から力を奪うようだった。
 聞こえてくる密やかな声に、菅平は確かに、悲しいことに、聞き覚えがあった。いつもの声と響きが違いすぎて、気付けなかった。
「越野さん……」
口の中で小さくその名前を呼んで、菅平はようやく、その意味を生々しく理解した。

 そうと分かれば、その場に居続けられる道理は菅平には一切ないはずだった。鼓膜に絡みつく甘い喘ぎも、密やかな呼吸も、もう一秒だって聞いていたくはないものに違いはなく、事実菅平の理性も、今すぐ耳を塞いで逃げ出すべきだと遠くで叫んでいた。しかし……身体は、その理性の命令とは全く逆の行動に、駆られ始めていた。自分が何故そうしているのか分からないままに、菅平の震える手は、そっとドアノブに触れた。そして握る指に一本ずつ力を込めると、ゆっくりと、手首を回した。
 鍵は、掛かっていなかった。ドアの金具が、静かに、かちゃり、と音を立てる。室内の人物が、咄嗟に息を詰めるのが手に取るように分かった。それでも菅平の身体は躊躇すらせず、腕を目一杯伸ばし、確実にドアを開けた。自分のものとは思えないほど強張った口からは、言葉になりそうもない短い呼吸だけが漏れ、目蓋は、瞬きさえ許さず、その光景の全てを網膜に映し出した。


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