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昨日の登場場面では、ほんの一瞬だったこともあって、その容姿、細かくまで語りはしなかったものの。それでも…サンジさんが、
『あんな綺麗なご婦人、忘れてどうするか。』
なんて言ってたくらいだからして、なかなかに端正な顔容かんばせのお嬢さんである。品の良さそうな若々しい面立ちには意志の強そうな瞳が力強く据わっており、シックなデザインの淡い薄色のワンピースがよく映える、若木のような撓やかでほっそりとした肢体。色白でなめらかな肌に包まれた腕や、するりとしたラインで縁取られたバランスの取れた脚といい、背中へと垂らした…さらさらと指通りの良さそうな長い髪といい。彼女自身という"素材"の良さに加えて、身の回りの雑事を人任せにした上で、自分を磨くことにも人手を惜しみなくかけられるような、ちょいと贅沢な身分の人間であることを易々と想像させるだけの、
《 手間暇かけて培いましたのよvv 》
と、言わんばかりの、それはそれは手入れの行き届いたお姿をなさった"お嬢様"であったから。
「えっと…。」
「…う〜っと。」
これが挑発的で生意気そうな輩だとか、いかにも胡亂うろんな雰囲気の人間であったならば、こっちも肩を聳そびやかしてど〜んと突き放せるものを。下手に突き飛ばしたならそのまま怪我でもしそうな風情の、どこか可憐な少女であったことが、彼らの意気とか気勢とやらを少々鈍なまらせる。はっきり言って…どう踏み込んで良いのやら。見たそのままの世間知らずなお嬢様なら、そりゃ一体何の話だと知らん顔して素っ惚けるべきだろうかしらんと、示し合わせようと仕掛かったそんなタイミングへ、
「どうやって此処へ…大剣豪さんの立ち寄り先に辿り着いたのか。
その経緯をきちんとお話ししなければ、
"何のお話なのかしら"って惚けて通されそうですわね。」
あうう、読まれてしまっているぞ。おのれ、くのいちか。おいおい 焦って錯乱しかかった筆者を尻目に、
「冗談抜きに。」
ずずいと。皆が額を突き合わせていたところの、よ〜く磨き込まれた一枚板のカウンターのその手前から。彼女に向かって真っ直ぐ進み出たのは…こちらもなかなか美麗でセクシー。才気煥発にしていつだって意気軒高。自信たっぷりな意志の強さが、その…グラマーだけれどほっそりとした身体の裡うちから滲み出てくるような、それは頼もしいお姉様。
「何のお話だか、さっぱり分からないんですけどねぇ。」
ここは女の自分が出た方が角も立たないだろうと思ったか。それにしては…斜はすに構えて、そこから"ちろん"と見下ろすような眼差しを投げやり、十分に挑発的な態度バリバリ、
「どこかから観光でいらした方みたいですけれど、残念ながら此処は単なる小さなスナック。夢見がちなお嬢さんが想像力を掻き立てるようなものは、何にも隠れてなんかいませんことよ。」
だから。とっととお引き取り下さいなと、口調こそ丁寧だが、態度は十分すぎるほど居丈高に言い放ったナミさんへ、
「お惚けになられるのも判ります。」
少女はまるきり怖じることなく…むしろ はきはきと、自分の側の言い分というものを淀みなく語って、
「問われて"そうです"と答えられないお立場の方々だということも重々承知しております。」
――― ですが。
「私が此処へ辿り着いたのは、
そもそもあなた方の側からの接触があったのを後辿りしてのことですのよ?」
だのに、それを"何かの間違いだ"なんて言われても。忘れたのかしら、困りますね…というよなお顔になったものだから、
「………はい?」
ちょっと待って下さいなと、これにはさすがにナミさんも…惚けて通そうとした初志をうっかりすっかり忘れたほどに、どこか虚を突かれたような顔つきになってしまった。
「こちらからの接触ですって?」
その言われように、ナミご自慢のそれは切れのいい頭脳が素早く思い出したのが、ほんのついさっきまで彼女自身が追及していたお題目。
『あんたに用向きがある人間からの接触が、この店へ直接ビンゴ出来ちゃう、此処があんたと繋がりのある場所だと知られちゃうだろう経緯いきさつはそんなにない。あんたかルフィのどちらかが、正体を見極められた上で、此処への出入りもチェックされでもしない限りわね。』
――― あ…っ!
そうかやっぱり、融通が利かない職人馬鹿の怪盗か、それとも好奇心旺盛なれどまだまだ未熟者な坊っちゃんのどちらかが原因なのかと。事実と事実がぴったりと重なり合った、この、新たな事実というか確証というのかへ。ぐぐぐっと沸き上がって来るお怒りというか、憤懣というか…あんたたちはもうっと、何かしら怒鳴ってやろうかいと しかかったその瞬間へ、
「…っ! 思い出した!」
こちらも何事か思いつくものがあったらしく、その勢いのままに…ついつい相手を指差しているルフィであり。そんなお行儀の悪いことをしたまま、まだどこか幼いとけないお声を張り上げた彼だった。
「うてなちゃんだっ!」
…………………………はい?
◇
さて。うてなちゃんという名前。覚えていて下さる方が、一体どのくらいいらっしゃるのでしょうか。この『月夜に躍る』シリーズの第二話、美術館から古陶器の青磁の壷を盗み出した騒動をご披露いたしました時に、ルフィがパーティーに潜り込むためのカモフラージュという格好での変装をした少女の名前。確か、L重工とかいう大企業の会長のご令嬢だった筈で。
「思い出していただけたのですね、ありがとうございますvv」
にっこり微笑む物腰もまた、それは爽やかな透明感をまとって何とも軽やか。
「まだアメリカの学校じゃなかったっけ?」
「夏休みで戻って来ておりましたのよ。」
まるで元から面識のあるクラスメイト同士のような会話をルフィと交わし、
「実は実は、こそりとお話を伺っておりましたが。」
背後から取り出した"聴診器"を構えて見せたのは…冗談なのかそれとも本気か。(う〜ん)
「あのメールアドレスへ接触下さってらしたのですね。」
全然気がつきませんでしたと、可愛らしく肩をすくめて苦笑をし、
「てっきり、触れずに放っておこうという態勢を構えてしまわれたんだと思って。それで今日、改めてお伺いしましたの。」
にこりんと。それは愛らしく微笑むお顔は、はっきり言って…あの時彼女に変装したルフィとはあまり似てはいなかったが、
"当たり前じゃん。あの館長さんや招待客の殆どが"名前しか知らない人"って条件で選んで彼女に化けたんだからさ。"
あ・そうか。そりゃそうだよねぇ。ただでさえ、あまり日程に余裕のないお仕事だったみたいだし。筆者までもが何だか和やかになりつつあったところへ、
――― だんっ! と。
そこにゴキブリでもいたのかと思わせるほど、床板を力強く踏み締める音が一発。
「そんなことはどうでも良いのよっ!」
あはは、ナミさん怖い。(苦笑)
「うてなだか、はてなだか知らないけれど。一体どうして、大企業系財閥のお嬢様がこんな場末のスナックに立ち寄ったりしているのかしら。」
そうでしたね。ナミさんも例のお仕事の時には、ルフィのメイクやお洋服の着付けに手を貸したから。この うてなちゃんとやらがその事件がらみで関わりがあると、丸きり縁がない訳ではない人物だというのは理解したらしかったが。………だが、しかし。この、くどいようだが…いかにも深窓のご令嬢な うてなお嬢様が、一体どうやって此処へ、怪盗"大剣豪"の立ち寄り先へ、何の誤差もなくぴったりと辿り着けたのか。そこんところがはっきりするまでは、こっちの手の内、そう簡単に見せる訳には参りませんと、相も変わらず強腰な構え。それへと"受けて立つ"と言わんばかりの強気な眼差しで、
「私が今日もまたこちらに伺ったのは、昨日の仕儀への様子見なんかではありません。」
うてなお嬢様もまた、キッとお顔を上げて、
「先程も言いましたが、此処に至るその道筋、導きは、あなた方の側から仕掛けられていたものだったのですよ? そうでなければ…あなたが仰有る言をそのまま返すなら、お嬢様とか呼ばれている畑違いの世界に住まうこの私が、裏の世界などという恐ろしくもおどろおどろしい、全く知らなかった世界への探索なぞ、思いつきさえしませんでした。」
正に"売り言葉に買い言葉"というようなノリにて、すぱーんっと威勢よく言い返したものだから。
「やっぱりあんたたちのどっちかが、何かしらの手落ちをしたのねっ!」
くるりと振り返って今度はゾロやルフィを睨みつける、ナミさんのその形相のおっかないことと言ったら………。単なる八つ当たりで"これ"ですかい。
"この若さで、かなり上級のコネクションで顔が利くのは、本気モードで怒った時の、こいつのこの迫力のせいだって話だからな。"
何をまた、うんうんともっともらしくも頷いてますか、ゾロさんてば。雄々しくも分厚い胸板に腕を組み、この期に及んでも全然動じてない緑頭の大怪盗様はともかく、
「そんな筈はないよう。」
こちらはナミの迫力に素直に反応し、座っていたスツールから跳ね上がって…丁度後ろにいたゾロの、大きくて頼もしい背中の陰へ、臆病な仔ウサギのように飛び込んだルフィであり、
「確かに うてなちゃんのことを調べたけど、まずはあのレセプションに招かれてる人たちの名前を浚って、それからプロフィールとかスケジュールとかを調べただけだし。」
ゾロの雄々しくも分厚い上半身をナミからの眼光を防ぐための盾代わりにし、肩の先からちょこっとだけ目許を覗かせて、懸命に弁明をして見せる。
「そのアクセスを逆探知されたんじゃないの?」
まったくこの子は…と、迂闊さを指摘しかかったナミだったが、
「そんな筈ないもんっ!」
そこは、その点にだけはルフィもきっぱりと言い返す。
「追跡や逆探知なんかされたことないもん。俺、体力とか世渡りの経験とかは皆に負けてるけどさ、PC技術だけは誰にも負けないんだもんっ。」
「でも、現に…っ。」
このお嬢さんに逆探知されてるじゃないのよ、分からない子ねぇと、まくし立てかかったナミへ、
「彼の言い分は本当ですわ。」
選りにも選って、当のお嬢さんがにこりと笑って肯定する。その笑顔からして余裕たっぷり、どう見ても彼女の側の方が断然優勢なこの場にあって、こんな心強い後押しはないとばかり、
「ほら見なよ。」
ホッとしたルフィだったが、ちょっと待てって。(笑)
"仲良しさんになっててどうする。"
このボケっぷりもまた相変わらずに可愛い弟ではあるが、場合が場合だけに…サンジがその胸中にて、おいおいと突っ込みを入れてしまったほどである。確かになぁ。さっきからのこの問答って…例の騒動にて彼女に化けた小細工をしたのはワタクシたちでございますと、既にしっかりと白状しているも同然なのでは?(笑)
「確かに、直接には辿れないような、痕跡さえ残さないアクセスだったと思われます。でも、あの美術館の騒ぎと、それへ私に化けた誰かが関わったらしいということは、そのまま"風聞"として私の元へ伝わって来ましたの。」
うてな嬢はそうと言い、
「ある意味、名前を勝手に使われたという"被害者"ですから、何かしら支障が生じたというような触りはありませんでしたが、そのような企みを立てたとして、私本人とかち合っては何にもならない。だから、私のプロフィールなりスケジュールなり調べた筈だろうに、その痕跡が全くない。」
そのお爺様やお父様は財界の大物で、その肩書やら履歴やらは『紳士録』だの『郷土の名士』だの…インターネットに接続する必要のない、様々な文献にもプロフィールが紹介されていようけれど。彼女自身のことまでは記載されてはいない筈。ただ単に"妙齢のお嬢様"というだけではない。財閥総帥直系という身の上は、そのまま…誘拐や政敵からの中傷誹謗の標的にだってされかねず、そんな彼女のプライベートを公開するなんて、むしろ以もっての外な"愚行"であろう。
「私のスケジュールの詳細は、確かに…本宅のセクレタリィデータに収録してあります。新しい予定や様々な手配を組む時に、それぞれの部署で最新の情報の確認がすぐさま取れるようにというのが目的ですが、内部の者には至便でも外部からは鉄壁の防御がなされてあった筈なのに。そのレセプション当日、本当だったら帰国していた筈が、急遽入った…母校のアメフトの試合の応援に駆けつけたという予定の変更、それまで浚えたなんて。」
おおう。そんなギリギリな事情まであったんですか、あの計画。腹黒館長に犯人に間違えられかけてた子を見かねて助けた番狂わせといい、物凄いドタバタしていた作戦執行だったんですねぇ。
「それが却って、頼もしいことだわと、私の興味を引き寄せたんです。」
………うてなちゃん、両の手を胸の前に組んで感動しております。
「それで、PCへのアクセスを追えないのならと、人海戦術を繰り出しました。」
今度はグッと、白くて小さな拳を胸元へ握って見せて、
「美術館に招待されていた方々への聞き込み、出入りの業者さんへの聞き込み。当日の騒動の一部始終だけでなく、レセプション全ての周辺を隈無く浚って情報を集めて。」
ドキドキしているらしきルフィを背中に張り付かせたまま、こちらは…カウンターに肘をついて、他人事のお話を聞くかのように余裕の様子でいたゾロだったのは、手落ちなんて一片もない仕事だったからこその自信あってのこと。それを裏打ちするように、
「私に化けた謎の偽者さんとその秘書さんという存在までは絞り込めたんですが。」
此処に来て、うてな嬢は勢い込んでいた語調を緩めて、
「それがどこの誰だったのか。それだけが杳として知れません。」
盗み出されたという古陶の行方も追ってみたのですが、どうやらそちらは最初から偽物だったらしくって。となると、現物はその場で割れたのだから盗まれてはいないのであって、故買屋さんをあたっても無駄…と。かなり突っ込んで調べを尽くしたらしき うてなお嬢様だが、それでもやはり歯が断たなかった、恐るべし怪盗"大剣豪"ということなのだろうが。………では。そんな彼女がどうやって、今此処でそのお目当ての"大剣豪"と向かい合っていられるのか。
「そこで、ふと、資料の中にとあるものがあったのを拾い直しましたの。」
口許に小さな手を寄せ、こほんと小さな咳をして声を整えてから、
「A・マーニュの一点もののツーピースです。」
………はい?
彼女が口にした言葉の意味自体が、まずは理解しにくくて。それから、
「あ…そか、あの晩、俺が着てた…。」
言いかけてそのお口を慌てて両手で塞いだルフィだったが。………いや、もう、なんか。本人たちが認めるかどうかという段階ではない話なんだってば。(苦笑)
「A・マーニュのオリジナルデザインの、それもオートクチュールではない一点もの。この世に一着しかない、緋色のドレス。それを身につけていた偽者さんだったというのは、会場にいた方々から沢山の証言を得ていた事実です。だから、その流通経路の方から辿ってみたところが…。」
どひゃあ。それはまた、迂闊と言えば迂闊だったような。
「ルフィっ!」
「なんで…っ。ナミさんが、これが似合うからって薦めた服じゃんか、あれっ!」
そういや、あれってナミさんの持ち服だったって言ってなかったっけか、騒動の後。人目に晒されちゃったからあんたにあげるわと、後日談でそんな話をしていたような。うてなちゃんの執念に負けてか、思わぬものから足がついちゃったらしき顛末が明らかになり、さて。
「…一つだけ聞いても良いですか?」
女性陣同士のやり取りに気圧けおされたかのように、ゾロとはまた違った意味合いから口を挟めずにいたサンジが、ふと、お嬢様へと言葉を発した。
「そうまでして こいつらを捜し出そうとしたのはどうしてなんです? 自分の偽者という存在がそんなにも不名誉で不愉快だったのですか?」
自分でも言っていたように、彼女はあくまで肩書を勝手に使われた"被害者"だ。あの騒動の責任の一端を取れと詰め寄られたとか、興味本位にマスコミから追い回されたとかいう話も聞かない。その辺りへも"大財閥の令嬢"という事への、フォローというか圧力というかが掛かったらしくて。そんな具合にまるきりノータッチだったからこそ、事件そのものも風化するのは早く、ある意味で当事者だった彼らでさえ、今の今まですっかり忘れ去っていたほど。なのに、なんでまた。やんごとなきお嬢様が、裏世界などという…接するどころか存在さえ知らなくていい場所へまで直接手を伸ばすほど、興味を駆り立てられたのか。彼女の住まう世界もまた、様々に…名声上でのトップ争いやら確執やらがあったりして、決して暇ではないのだろうから、やなことがあったわねと忘れれば良いことだろうに、と。そうまでして炙あぶり出したかったのは何故なのかと、訊いてみたところが、
「よくぞ聞いて下さいましたvv」
いきなり"ぱぁ〜〜っ"と表情が明るくなったところを見ると。どうやら…それを聞いたら、いきおい話がややこしくなるか、後戻りが出来なくなるよなことだったらしいわよ?(笑) 筆者からの無責任な突っ込みはともかく。うてな嬢はその大きな瞳を情感たっぷりに潤ませると………。
「その美術館へ予告状を出した怪盗"大剣豪"こそ、
今、私が心から求めるところの"救世主"だからです。」
………どうでも良いけど、いいトコのご令嬢があらぬ方を見やって"自分の世界"に陶酔するのはおよしなさい。(笑)
「救世主〜〜〜?」
これまたとんでもないフレーズが飛び出したもんだが。何を言い出すのやらと、呆れたような語調でフレーズをおうむ返しに言い返したナミに気づくと、
「言っておきますが。」
再び、どこか挑発的な、毅然とした態度になって見せるお嬢様であり、
「此処で私の消息が途絶えたなら、そして門限までに帰宅出来なくなったなら。私付きの秘書やメイド頭や執事が、警察へ通報すると同時に独自の探索部隊を立ち上げて、この港町中を隈無く調べて回ります。」
此処まで説明してもなお"何のお話やら"と誤魔化すか、最悪…彼女の口を封じようとまで思っているのならと。そうと先読みをした うてな嬢であったらしく、
「宇宙衛星からのGPS(位置測定用衛星システム)も使ってね。」
付け足されたのが…おいおい、それって。
「その歳で"迷子防止端末"を持たされてるのか?」
PHSを応用した装置で、車両に取り付けて盗難されてもその位置情報を送り続けたり、徘徊癖のあるご老人に持たせて、万が一行方が知れなくなった場合に探してもらうという方向にて開発が進んでいる…のだが。
"…問題なのはその点じゃなかろう。"
と、周囲から一斉に突っ込まれそうなことをルフィが訊いたのを押しのけて、
「まさかあんたにGPSの端末が埋め込まれてるって言うんじゃないでしょうね。」
ナミが問い詰めるように訊いている。渡り鳥の渡りのコースを調べるとか、ペットが迷子になっても捜し出せるようにという方面でも時々話題になるこのシステムだけれど、それには対象に発信装置をつけなければ意味がなく。ということは…と、発想がそこへと向いたのだが、
「そんな恐ろしいことをしなくても。」
お嬢様はクスクスと笑って、
「その時その時のみのデータ探索しか方法がない訳じゃあありませんことよ。24時間以内程度のデータなら、管理用のコンピューターのメモリー内に十分保存されている範囲内。それを逆上って、どこで消息が途切れたのかを照会すれば…。」
発信装置をどうにかされることで"今どこにいるのか"は分からなくなったとしても。今日一日のデータをどんと取り寄せて逆上ってみれば、彼女のデータが"動かない"ままになった場所というのが"最後にいた処"であって。すなわち、その消息が絶たれたのは此処だということにもなろうから、たとえ何時間か後からの追尾であれ、あっさりと解析出来てしまうと言いたいらしい。だが、
「そのシステムに働く携帯だかお洋服だか、あたしが奪ってどこかへ運んだらどうかしら?」
そんなもので脅されるような あたしたちじゃないわよと、負けるもんかという雰囲気にて…いささか意固地ムキになってナミが言い返してみたものの、
「それも無駄ですわ。今さっき、此処が今日の外出の重要な立ち寄り先場所ですよという信号を、そのGPS経由で届くように送ってしまいました。私自身の手で抹消修正しない限り、この記録は我が家のマザーコンピューターのデータベースに残り続けます。」
なかなか周到なご様子である。それへと、
「そんなの…。」
俺のテクで幾らでも削除出来るやいと言い返しかかったルフィの口を、大きな手ですっぽりと塞いで、
「判ったよ。認めようじゃないか。」
ここまではただ黙って、ナミとそのお嬢様とのやり取りを聞いていたゾロが、おもむろに口を開いた。
「俺があんたの言う、世間から"大剣豪"なんて仇名をつけられてる泥棒だ。」
理を尽くした彼女からの解説にあって、いつだって強気な筈のナミの反駁も…此処に至って"必死の抵抗"という観のある言い回しになるほど圧おされていたようだったし。どんなに言を左右にしたところで、これは時間の問題であろうと状況を見切った彼であるらしく、
「俺たちも余計な手間だの騒ぎだの、面倒は起こしたくないからな。」
いかにも面倒臭いという気色をのせた、気怠るそうな口調で応じてから、
「それに、あんたが今後も俺たちを利用するってのはまず無理な話だから、慌てやしないが。」
この言いようへは、
"…? お金持ちだから?"
大概のことはその財力と人脈で何とかなる人なのだから、と。だからこれ以降は関わりを断つだろうってそういう意味なのかな、でもそれだったら、今だって俺らなんかに接触して来ないだろうしなと。理屈が空回りしてルフィがキョトンとしたけれど、これに関しては後でサンジが説明してくれた。
『それもあろうがもっと簡単な話。此処から俺たちが居なくなりゃ良い。』
名前も肩書も変え、遠い町に拠点を移せば良いだけのこと。早い話が"リセット"だ。地位も居場所への勝手も、全てを一から立ちあげねばならなくなるが、それはそれこそ"自業自得"。尻尾を掴まれたドジが招いたことなんだから、今後はこういうドジを踏まないようにと肝に命じて、やり直せば良いだけのこと。相手が同じ裏世界の同業者ならそれでも追跡されかねないが、そういう相手ならそもそもそこまでの対応はしない。こっちからも尻尾を掴んでどうにでも持ってくさねと、余裕の笑みを見せてから、
『だがまあ、ナミさんには愚痴られそうだがな。』
それと、此処で集めたきれいなお嬢さん方という"お得意さん"とお別れしなくちゃならないのが痛いがと、彼らしいコメントがオマケについていたのだが…それはともかく。
「今回だけはその度胸に免じて、依頼とやらを引き受けてやろうじゃないか。」
ゾロがそうと言い放つと、不思議なことに。サンジも、彼女を胡散臭がって…ともすれば脅すかのように食いついていたナミでさえ、渋々ながらも唯々諾々、ふいっと視線を逸らしてその口を噤んでしまったから、
"え…?"
これもまたルフィにはちょこっと意外だったけれど。彼らはあくまでもコネクションの一端、つなぎを取る連絡員に過ぎず、実際に仕事をするのはゾロだから。その彼が話を聞こうと言い出したからには、サンジもナミもそれ以上の干渉は出来ない。ゾロはあくまでも"一匹狼"であり、ナミが籍を置くコネクションの構成員ではない。なので、こうして彼がそこを通さずに請け負う仕事へは反対したり意見したりする立場ではない…と、そういう理屈を目に見える形にするとこうなるのだろう。………とはいえ。ナミさんにおかれましては、いまだ不満は一杯であり、不平たらたらというのがありありとしていて、物凄いまでの"不承不承"というお顔だったのだけれど。(笑) そして、
「ありがとうございます。」
やっと、本題、彼女が怪盗"大剣豪"に依頼したいことというのを持ち出せる段階に入って。ここまでは凛々しくも毅然として構えていた うてなお嬢様も、そこはやはり…素人さんだ。いくら上流階級のお嬢様だとて、その度胸にも限度というものがある。自分のホームグラウンドではないこんな慣れない場所にて、気勢で負けるものかと気丈にも頑張っていた部分が大きかったと見えて、此処で胸元を押さえてほうっと溜息を一つ。それで何とか気を取り直したらしいと、こそりと苦笑し、
「こっちへ。」
スツールから立ち上がり、カウンターから離れて、奥まったボックス席へと場を移す。立ち上がったゾロの背中には、ルフィが相変わらずくっついたままでいて。ちろんと肩越しにそちらを見やると、見つめ返して来た眼差しに、
「〜〜〜〜〜っ。」
俺だって話聞くもん、離れないからなという意向がはっきりと感じ取れて。
"…まあ、いっか。"
不肖の弟子だが、女装して頑張った仲間内だというのはこの彼女にしても分かっているようだしとそのままに。彼ごと4人掛けのテーブルへと移り、サンジに目配せをして、アイスティーを3人分用意させて、さて。
「私が…あなたにお願いしたいことというのは。」
冷たい紅茶に喉を潤したうてな嬢は、手にしていた皮革製の書類バッグ、ブリーフケースの蓋をパチンと開いた。そこから、幾葉かの写真や書類を取り出しながら、
「あなたにお願いしたいのは、
失踪した私の伯父、N卿の行方を捜すことなんです。」
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*あんまり長いもんで小休止。
何だか"一気にまくし立てての説明"という、
ちょぉ〜っとずるい仕立てで話が展開されておりますが。
(だから、ノリが悪かったんですよう。/涙)
どか もう少しほどお付き合いくださいませです。 |