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別に"あなたたちの正体を世間に広くバラすわよ"とか何とか、いかにもえぐい交換条件を突き付けられた訳でもないのに、このどこか妙ちくりんな依頼を呑んだゾロであり。
『最初に言っといたろうが。今回ばかりは、こんなところへ単身乗り込むなんて無茶をした度胸に免じて、依頼とやらを引き受けてやろうじゃないかってな。』
けろりと、そんな言いようをした上で、
『決行日は知らせた方が良いのかな。』
それ以前に、連絡はどうやってつけるんだ、あのメールアドレスか? 俺の方だってこの店はそうそういつも居合わせる訳じゃないんだし、と。こちらから話を進めたゾロの積極性に、
『連絡をつけて下さる必要はなくってよ。』
うてな嬢は輝くような笑顔を見せた。
『?』
『だって。あなたが侵入に成功したなら、何かしらの騒ぎが伝わってくる筈ですもの。伯父様のお屋敷にタッチしちゃいけないとは言われているけれど、その周囲の動向を窺うくらいなら何とか出来ますことよ?』
だから。それを察し次第、此処へ伺いますと、彼女はそう言って。何かしらの閊えがすっきり落ちたと言いたげな、それは爽やかな顔付きとなって、場末のスナックから出ていったのであった。
―――それから。
そんな彼女とはまるきり対照的なほど、まだどこかすっきりしないという憤懣をパンパンに詰めたような膨れっ面をしていたナミさんからの、
『一体何考えてるのよ、あんたはっっ!』
八つ当たりの怒号に追われるようにして『バラティエ』を飛び出したゾロとルフィは、そのままあれこれと下準備に入った。問題のお屋敷とやらの場所とか内部の間取り、N卿という"伯父様"の経歴やプロフィール。うてな嬢が資料にと彫像の写真を何枚か残していった"シャンディアの天使"についても少々調べてみたものの、こちらは…彼女の家にのみ伝わる話なのか、どんな伝承本にもそれらしい記載はなかった。
『まあ、そっちがそうそう簡単に割れるようなら、こんな騒ぎ自体が起こっちゃいないんだがな。』
一応調べとけと言ったくせに、何も出なかったという結果へそんな勝手な言いようをしたゾロへ、ルフィがむうと膨れたのも一時のこと。彼らには珍しくもなかなかの働き者ペースにて準備を進めて………。
◇
――― さて、当日。
そうと日を限られた依頼ではなかったが、もしかして人命が掛かっていること。見知らぬN卿とやらに恩義はないけれど、彼を助けたいからこその依頼なのだから、急ぐに越したことはないと。集めた資料から現場を…屋敷の場所も内部の間取りも全てきっちり頭に叩き込んで、いざ出陣に及んだのは、あの奇妙な会見からほんの数日後の真夜中のこと。時間帯が理由だけでは無さそうな、それは静かで人の気配もない町角の物陰に、それとなく到着していた二人分の人影は、擦り切れかかった石畳の道を挟んで向かい側、文学的に言うなら"古色蒼然"とした屋敷を見やって佇んでいた。
「まずは、正門に監視カメラが2基。」
門前の通りを撮影しているものと、門の中、玄関までのアプローチを撮影しているものということで、
「これは俺に任せてよね。」
その指先にペンライトにも見えるほど短いカーボナイトの釣竿を取り出したルフィが、2基のカメラそれぞれへと、自慢の竿捌きのワンアクションにて"ひゅんっ"と飛ばして"ぺたり"と取り付けたのは。一見すると碁石ほどのサイズのカプセル状の何か。
「…何だ、ありゃ。」
「マイクロサイズ仕様のデジタルカメラだよん。」
にししっと笑って見せ、
「………よしっと。」
十数秒ほどタイミングを測ってから、次に取り出したるは…携帯電話のような大きさ・形のコンソール・ツール、判りやすく言うならリモコン装置である。その機体の前面に並んだボタンをピッピッと軽快に押してゆくと、監視カメラに張り付いたカプセルから、にゅっと突き出した何かがあって。まるで模型の傘でも開くように枠がカクカクと広げられ、葉書くらいのサイズになったその中には、半透明の樹脂製らしき薄い膜がピンと張られている。そして、その膜…スクリーンが、監視カメラのレンズ部分へ真横から滑り込むように素早く立ち塞がり、
「これで大丈夫。監視カメラから管制室へは、さっきの何秒かの間に撮影した画面が、エンドレスでずっとずっと送り込まれ続けるから。」
「へぇ〜。」
ピント合わせとか万全なんでしょうか。おいおい 映像を無線で送信する方式のカメラだったなら、その周波数に割り込ませる格好で…つまりはこっそりと電波ジャックして偽映像を送るってやり方になったからもっと簡単だったんだけど。そうされるのをきっちり警戒している辺り、さすがに敵さんも甘くはないやと、にんまり笑ったルフィであり。ともあれ、これで第一関門は通過クリアである。
「そんじゃあ、いよいよお邪魔しますかね。」
もともとにぎやかな繁華街からはかなり遠く、ご近所さんと呼べるような家屋も周囲には少ない、いたって寂れた町外れにある屋敷であり。近隣の住人や通りすがりの人という"外からの目"という要素へはそんなにも警戒する必要はない。そこで、という訳なのか、二人の服装は。動きやすくて遊びの少ない、身に沿ってシンプルな型のスェットスーツの上下という恰好。………あんたたち、トレーニングジムに来たんじゃないんだからさ。それとも寝間着かい? 小腹が空いて目が覚めたから、起きたそのままコンビニへでも行く途中だとか?
「あ、馬鹿にしてるな? 特別素材なんだよ、これ。」
埃の出にくい、静電気の起きにくい、擦れる音のしにくい、吸水性・発汗性に優れた、最新の機能素材で作られているんですって? ははあ、これはお見それ致しましたです。ルフィと筆者とのごちゃごちゃを尻目に、
「いくぞ。」
短く言って、ゾロは屋敷を囲う真っ黒な檻のような鉄の柵へと素早く近づく。辺りをしきりと見回しての忍び足やら、背中で壁に張り付くような、そういういかにもな用心深い動きは一切見せない。一つ一つの動作に無駄と迷いがないせいで、たいそう自然な足取りにての移動に見えるが、ちょっとした広場ほど、5、6メートルほどはあった幅の広い道をほんの2、3歩で渡り切った速さはちょいと尋常ではない。勿論、ルフィも慌てて後を追い、
「先に入るか?」
こんな時だというのにどこか悪戯っぽく"にやっ"と笑ったゾロに、
「…あ、えと。/////」
一瞬見とれてから、我に返ってぷるぷると首を横に振る。余裕から見せる男臭い頼もしい笑い方。口の端をちょいと吊り上げる、凄腕の怪盗である彼にそれはそれは相応しい、どこか不敵な笑みであり、お仕事の途中でもこんな顔をするゾロだと知って、ますます大好きになっちゃったルフィだというのは…坊やと皆さんとだけの秘密vvこらこら 無論、いざ仕事に入れば油断は禁物だと重々分かっていて、真剣であり大真面目でもあるゾロに違いはないのだが、だからと言って、終始きりきりと集中に集中を重ね、がちがちに緊張していては、手や指先、バランス感覚、その他、体の全てが自分の思い通りに動いてくれなくなる恐れがある。そこで、時間的にも行動範囲的にも、余裕をもってあたるようにと心掛けているゾロであり。殊に、ルフィという"半人前"な弟子を伴うようになってからは、自分の意志では制御が侭ままならない彼の存在を常に念頭に置かねばならなくなった訳で。いちいち面倒なことだと言いつつも、何だか余裕の部分が増えたような"大剣豪"さんだったりするのだが、これはまだご本人も気づいていないことなので此処だけの内緒vv
「…よっと。」
ゾロが無造作に手をかけて片腕懸垂で易々と乗り上がった門柱にも。柵にも門扉にもセンサーの類は設置されてはいない。監視カメラがある以上、そこまで厳重でなくても良いとの判断からだろう。下手にごちゃごちゃ過剰に設置すると、カラスが舞い降りただけでも作動したり、日頃のメンテナンスが大変で経費が嵩んだりと、却って面倒が起こりかねないので、効率を考えるとやたら装備するのも考えものなのだ。とはいえ、
「ははあ。この先は一応、用心してるみたいだな。」
眉下から頬の縁までという目許全部をすっぽりと覆う、水泳用のそれのようなゴーグルを装着し、この門から庇つきの短い石段になったポーチの上に座った豪奢な玄関扉まで続く、前庭やアプローチを見渡しているゾロであり、
「ここから玄関までのアプローチには赤外線センサーの警報装置。」
先程、マイクロカメラを操作したリモコンの、小さな液晶部分を覗き込んでいたルフィがそうと告げる。電子手帳のような機能もあるらしく、この屋敷の資料を全部叩き込んであるのだろう。そして、
「ああ、赤い網目がよく見えるぜ。」
ゾロが装着していたゴーグルは、赤外線を識別出来るレンズのそれだ。まるで赤い糸の綾取りの図を思わせるような、センサー用赤外線レーザーによる三次元オブジェが、空中にカクカクと描き出されているのが、はっきりくっきりよく見えているらしい。
「庭の方から近づくのも無理だよ。同じ装置が並んでる。せめて庇づたいになる、コンクリの三和土たたきにまで寄らないと。」
家の周りというか、体育館の周りなんかの方が分かりやすいかな? ぐるりと一周、コンクリートが打ちっ放しになってるポーチみたいなトコのことで、そこの正式名称は"犬走り"といいます。こらこら つまりは屋敷周辺をセンサーがぐるりと取り囲んでいるらしく、
「センサー部にダミーの情報を流そうか?」
この手の装置は、光線を遮ると受信部が反応し、何か居るぞ、侵入者かもしれないぞと、監視統制室へその情報を伝える訳だから、その部分へ"何の異常も起こってないぞ"という偽データを流すことで誤魔化せるぞと言い出したルフィへ、
「そうそう小細工に頼るのもなぁ。」
坊やの腕前を信じていない訳ではないが、例えば…監視カメラに仕掛けたダミー映像だって、何かの拍子にスクリーンの角度がズレたら一巻の終わりだし、予期しないもの、パトカーや救急車などといった緊急車両が確かに通ったのに、カメラにそれが映し出されなかったら…以下同文。こらこら そんな風に、理論や手筈という次元では完璧でも、実際には何が起こるか分からないのが"現実"の底の知れなさで。
「ここは俺なりの、簡単なやり方でやり過ごそうや。」
気安い口調でそうと言いつつ、腕を差し伸べてルフィを上まで引っ張り上げてやり、
「おぶさりな。」
50センチ四方強くらいの狭い柱頭にて、最初から屈んでいたその背中をルフィへと向けたゾロである。
「え?」
唐突なこととてギョッとしたルフィだが、お暢気に逡巡しているような余裕はない。何か考えがあってのことだろうと、ここは遠慮なくその広くて頼もしい背中に胸やお腹をくっつけて おぶさりかかる。
「タイムラグの設定がどのくらいかにもよるんだが。」
こういう警報装置には、これまでのお仕事の中でも何度かお手合わせ願って来たゾロなのだろう。何やら呟いた彼の声を間近に聞いて、だが、ルフィに不安は一片もない。
「腕を両方振り回して使うからな。抱えてはやれねぇし、安定も悪い。自分の腕や脚でしっかりしがみついとけよ?」
「うんっ。」
小声で声を掛け合って、さて。腰に巻いたる いつものベルトの、大ぶりな作りのバックルの端をパチンと開いて操作したゾロで。バックルとベルトの端とを左右別の手で掴み分け、ぐっと掴んだバックルの方だけを手前へ引き出すと…ベルトの中からするする引き出されるのは、夜陰の中に鈍く光る特殊スティールの鋼鉄刀。どんなに厳重な、且つ、大所帯の警備に守られた最新鋭インテリジェントビルやら大邸宅でも、データがなければまずは歯が立つまいという折り紙付きの難攻不落な金庫が相手でも、ほぼ手ぶらの身一つで立ち向かうのをポリシーとして来たゾロではあったが。どうしても素手では逃れ得ない難関を前にした時に繰り出すのが、この変幻自在の撓やかさを誇る特殊鋼製の大太刀だ。もともと剣術の道場にいた彼であり、格闘技よりもよほど、こちらの方が得手であるらしいのだが、それでも最後の最後という段にならねば手にはしないものなだけに、
"???"
これを使って一体何をしようというゾロなのか、ルフィには依然として不明ながらも、
「…。」
門柱の上から、野生の獣のように気配なく飛び降りたとあって、いよいよ動き出すらしいなと…息を呑んで身構える。小柄だとはいえ幼児ではないだけの体格があるルフィを、デイバッグのように軽々と…まるで重さも感じさせずに背に負ったまま、利き手に構えた大太刀を正眼に構え、さて。
――― ………え?
ルフィがぎょっとした。しばらく何かを見据えていたゾロが、それは無造作に…軽快に足を運び始めたからだ。門扉からご大層な玄関まで。ちょっとした大使館のように前庭を構え、その分だけ距離があるアプローチ。手入れの悪い茂みを左右に、何の障害物もないように見える空間だが、さっきの会話で確認し合った"赤外線センサーの警報装置"が設置されてあるというのに。
"…まさか。"
何となく嫌な予感を覚えつつ、けれど、くどいようだが…ルフィと知り合う前にもこの手の装置と相対して来た経験がある筈な彼であり、
"これまでもこの方法でやり過ごして来たんだろうか。"
ううう…と思い切り不安を感じつつも、今ここにこの彼が生存していることをのみ、成功する筈という担保代わり、逞しい肩口にぎゅうっと掴まったルフィであって………。
――― な〜にをクドクドと。
御託ばかり並べてじりじりと焦らしているんだと、お客様方におかれましては、そうと思われているやもしれませんが。実は実はこの怪盗さん、赤外線による侵入者への警報センサー装置とやらが茂みの中や縁石の陰などに油断なく居並ぶ、エントランスポーチまでのアプローチロードを…もう既に半分ほども突き進んでいる真っ最中なのである。だというのに、辺りは至って静かであり、警報が届いているならそれっとばかり、勇んで飛び出してくる筈の警備陣営が駆けつける気配もまるでない。そんな余裕の進軍を続けているゾロが取った対処というのは………先程ベルトの中から抜き放った特殊スティールの鋼鉄刀を、体の回りに隈無くというノリにて、ぶんぶんと振り回しているだけと来て。
"信じ難いことだよな、実際。"
彼らがこうしている事情というのか背景というのか、そういうのを全く知らなければ、テンポの良いバトントワリングや、切れの良い"剣舞"を見事なまでに演じているかのように見えるところだろう。右に左に、時には左手へ持ち替えたりもして、何もない中空を刀で薙ぎ続けるゾロであり。ひゅんひゅんという刀が風を切る音がずっとしていて。あまりに素早い動きなものだから、細身の刃は時に夜陰に呑まれて見えなくなりもし。そうこうするうちにも、二人には何事もないまま、数段ほどの階段が設けられたエントランスへと到着してしまった。
「よし、到着。」
上首尾だ、うんうんと。単なる"剣舞"であれ、あそこまで隈無く振り続けたれば腕や肩が痛いだろうに、ケロリとしているゾロのその背中から飛び降りて、
「…ゾロ。」
ルフィが小さく声を掛けた。
「なんだ?」
「もしかして、その刀で…。」
指差したのは、特殊鋼の長太刀。皆まで言わずとも通じたらしく、
「ああ。これの切っ先で赤外線を反射させて避けた。」
にんまりと笑ったゾロへ、
「〜〜〜〜〜。」
なんでそんな、SFみたいなことが出来んだよ〜〜〜と、ルフィは何とも言えない顔になってしまった。つまり。ゾロがやって見せたのは、中空を飛び交うことで埋めて、その罠に侵入者が踏み込むのを捕らえるという赤外線センサーを、刀に反射させて弾き飛ばしたという、スラップスティックな漫画みたいな芸当で。しかもしかも、ただその身に当てなきゃあ良いという種のものではない。そのままでは結局赤外線を遮ったことになるからと…受信機への空隙が生じると警報が鳴ってしまうのでと、その後で受信機へ飛び込む角度に戻るよう、もう一度スマッシュを決めて。そんな離れ業を連綿と続けることで、何十本とあったろうセンサーの網の中を、すたすたと見事掻いくぐったゾロだ…ということならしい。
「どうしてこんな単純な装置がいつまでも通用しているんだろうかね。」
ルフィがさっき持ちかけた方法だとか、いくらでも破りようはあるのになと、ゴーグルを外しながらにやにや笑っているお師匠様へ、
「ゾロっ!」
ルフィが少々鋭い声を投げ掛ける。こんな時だってのに…もっと真面目に構えろよなとかどうとか、お珍しくも彼の側からのお説教が飛ぶのかと思いきや、
「狡いぞっ。俺もゴーグルつけて見たかったのにっ! o(><)o」
………おいおい。(苦笑)まあ確かに、丁々発止と目にも止まらぬ剣さばきで、センサーを弾いては元の軌道へと叩き込んでたところが、レイザーでのバーチャル・テニスゲームみたいに見えたりして?(笑) 見たかったようと思う辺りは、今時のデジタルっ子なあんたも、実はいい勝負な人種なんだねぇ。
"だってさ、俺がさっきから色々と繰り出してる、PCがらみの裏技とか小道具とかだって、あんたみたいなアナログ人間から見れば、十分にSFっぽい代物なんだろ?"
あんたみたいな…は余計じゃいって、そうじゃなくって。(笑) ルフィとて、理屈の裏付けがちゃんとあった手筈だったらしいというのは重々分かっている。さっきゾロが呟いていた"タイムラグ"つまり…誤差というのは、どんな精密機器にでも設定されている"あそび"という代物のこと。先にも挙げたが、現実にはどんな想定外な事が起こるか分かったものではなく、そうそう計算通りにはいかないもの。例えば木の葉や埃が舞っていたのまで感知していてはキリがないし、突風に機材が大きく揺れてしまうことだってあろう。もっと分かりやすい例を挙げるなら、そうですね…銀行などにある自動両替機で考えてみましょうか。
【偽札事件と自動識別システム】
PCとプリンターによるコピーから、大規模な設備を使った印刷ものまで。巧妙緻密な偽札事件が起こるたび、自動両替機やATMがその紙幣識別能力を取り上げられておりますが。そういった機械の識別センサーは大概、普段は識別レベルの精度を落としてある…というのはご存じだろうか。(『トリビアの泉』ではないので、机をむやみに叩かないように。/笑)世界一緻密な印刷とその技術を誇る日本の紙幣だが、それでも偽札事件は後を絶たず、殊に近年の事件で目を引くのは、人が肉眼で見たなら、コピーだとか偽物だとか、すぐに分かるような出来のものも少なくはないということ。つまり機械のセンサーを誤魔化すための技術をのみ駆使した偽札が増えた。勿論、両替機やATMのセンサーだとて、最高のレベルにセットしてあれば、そんな不細工な偽札くらい片っ端からチェック出来る。だのに、どうして。せっかくちゃんとした能力があるにも関わらず、精度レベルを落としてあるのかというと………そんな機械をどうして店頭に設置するのかという点へ話が逆上る。窓口業務で両替まで扱っていては、お客様を大変お待たせすることになるし、人件費もかかって効率が悪い。そこで、単純な仕事であるのならいっそ機械任せに出来ないものかと生み出されたのが、自動両替機や自動預け払い機(ATM)な訳で。ところが、精度が良すぎると、紙幣の折りじわやちょっとした汚れまでチェックしてしまい、
『あの機械おかしいわよっ』
と、結局は窓口へお客様に御足労いただくことになりかねない。そこで…少しくらいの汚れや折った跡などは通過させるようなレベルにセットしてあるのだそうで。精密であればあるほどに"現実"に対して折り合いが悪くなるのが、何だか笑えますな。
まま、つまりはそういう意味合いから、どんなに精密な機器でも、いやさ、精密であればあるほど、人間で言うところの"融通"を利かせるために、精度を故意に落としてあったり、きっちりぴっちり間断無くという設定は敢えて避けたりするそうで。そんな"誤差"を対応許容と断じたゾロであり、それにしたって何秒とはないのだろう瞬間的な間合いを計算に入れた上で実施に及んだ、ちょっと無謀な突入作戦…という訳であったらしい。あくまでもゾロさんほどの腕前があって出来ることゆえ、良い子の皆さんはくれぐれも真似をしないようにね?
"…しないって。"
当のゾロさんご本人から突っ込みを入れられたところで、さあさあ、お次だ。センサーが囲う防御陣営の、まずは内側に入れたものの、
「窓ガラスには振動を拾って反応する警報装置がついてるらしいよ。」
回転錠の近くを割ったり切ったりして…という侵入者が多いのでと、近年では一般家庭用のも色々と出回っている。そういうのは"これ見よがし"なタイプが多く、内側に貼られてあるのを見て、
《 ああ、この家はダメだ。》
そんな風に感じさせる抑止力効果もあるらしいが、
「パッと見には気づかないような設置のものが多い辺り、犯人を検挙してナンボっていう"歩合制"の警備会社なんだろうかね。」
ちょいと首を伸ばしてゾロが見やったのは、前庭に向いた部屋たちのカーテンを透かしている、壁代わりの大窓の列。ここから真っ直ぐの1面全部がそうであるらしいほどに、足元から天井までの大きなガラス窓が延々と続いているのだが、そういうセンサー仕様の装置があるようには見えない。
"防犯という思想はないらしいのな。"
侵入者を捕まえて、
《 ほら、私どもが守っていたればこそ、捕らえることが出来たのですよ。どこの組織が何の目的で侵入しようとしたのか、吐かせましょうか?》
そう持っていくクチの警備会社であるらしい。
"まま、自信がなきゃ出来ん手ではあるがな。"
そですね。最初ハナから近寄らせないに越したことはないのに、侵入者の意図を明らかにするためとはいえ…敢えて"カモ〜ン"と無防備を装ってるなんて、余裕というか自信があってこその考え方ですよね。
「どうする? 窓は諦める?」
「まぁな。」
せっかく坊やが集めてくれた情報だ。それをちゃんと生かしてやらねばならない。…とはいうものの、
「じゃあ、この扉の鍵を破る? それともお勝手に回るか、2階のテラスに取りついて…。」
補修用の隠し扉から屋根裏に潜り込むの?と、幾つかの参考案を出したルフィの目の前で、
「…哈っ。」
鋭い気合いと共に、夜陰が満ちた宙を切り裂いた一閃の煌めき。まだベルトへしまっていなかった鋼鉄刀を、再び"すぱんっ"と、目にも留まらぬ素早さで繰り出したゾロであり。
「え? え?」
一体何を斬ったんだろうかと、辺りをキョロキョロ見回したルフィの横手。天然材らしき重厚な扉の真ん中を、
「ほれ。」
今度こそ刀をしまったゾロが軽く手のひらで押して見せる。すると…20センチ程もあろうかという分厚いドア材の中央部、細長いトンネルみたいな穴を穿(うが)たれていて。クッキー型でくっきりと抜かれたかのようなそのまま、ゾロの手で押されて"ずずず…"とそれはなめらかに内へ吸い込まれてゆくから、
「…凄げぇ〜、面白れぇ〜vv」
いいコンビだ、あんたたち。(笑) 鍵を開けてみようと試みないどころか、考えもしなかったらしい辺り、さすが凄腕の怪盗さんは思考パターンが一般人とは違うんだねぇ。当然のことながら、スルリと入った屋内は、やはり相変わらずにシンと静かだ。もしも錠前を触っていたならば、
"うん。やっぱりセンサーが働いて、警備員が駆けつけてたよ。"
そこへの…こういう侵入方法は想定外だったらしく、
「金持ちの本格志向が災いしたようだな。」
癖の混ざった合板ではなく天然材の一枚板で、しかもこうまで厚みがあったからこそ、斬った瞬間や斬った後に余計な振動を起こさなかったという訳で。うんうん、天然ものはやっぱり良いねぇと、ちょぉっとばかり筋違いな感慨に耽って見せた"大剣豪"さんだったが、
「それじゃあ、書斎とやらへ急ごうか。」
「おうっ。」
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*ううう、建物へ突入するだけのことへ、こんなにも行数を割いてしまいました。
オフラインの活動をしていた時も、
こんな感じでどんどんとページが増殖してしまった、
困った文章書きだったです。
『うふふのふ U』再びにならなきゃ良いんだけれど。(苦笑)
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