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「うわぁ〜〜〜。」
その道にさほど詳しい訳ではないルフィでも、ついつい小さくお口を開いて見とれたほどに、建築方式やらその造形に歴史的な価値さえ感じられる屋敷だ。作りは立派だし、階段やらホールの高天井を支える柱やらにも結構手の込んだ細工や彫刻が施されていて。
「この絵って"受胎告知"っていうんだろ?」
「へぇ、そうなんだ。」
聖母マリアと、彼女に神の子イエスを身ごもったことを知らせにと降臨した天使。一介の大工の住まいにしては神々しくも美しい白亜の建物や背景の中に、処女受胎の象徴であるユリを掲げての神聖な姿と場面を描いた有名な画題であって。色々様々な巨匠たちが描いており、窓とは対面の広い壁にと掛けてあったこれは…ボッティチェルリの模写であるらしい。さすがは"天使"が家紋に入っている家系であるが、
「でも、かなり汚れてるよな。がぶりよりが台なしだ。」
ペンライトで照らしたものの、絵も額縁もくすんでるやと、眉を顰める坊やの何げない呟きに、
「…もしかして"ガブリエル"っていうんじゃないのか? その天使。」
「え? そうなのか?」
お約束ネタですみません。(笑) 綺麗に保てばそれなりの豪邸だろうに、内部も外観に負けないくらい、古ぼけて煤けた印象が強い。警備会社から派遣された何人かがが詰めているというくらいで、人が居ない訳ではなかろうに、何とも殺風景な静まり返り方をした屋敷であり、
「執事や使用人だとかも、もともと置いてなかったらしいね。通いのお手伝いさんがご飯の支度をしてただけ。掃除は、あまりに目に余ったら業者にまとめてハウスクリーニングさせてたって。」
なかなか詳細まで調べて来たルフィであるらしく、
「別に気難しいとか変人だったとかいうんじゃなくて。研究がらみの旅行がちで、その上、随分ズボラだったんだってさ。」
入ってすぐは広間のようなエントランスホールで、階上へと上がるゆるやかなカーブを保った階段が、正面の奥、まるで舞台装置のように配置されている。高い天井まで続く、神殿を思わせるような柱は、マーブル模様が優美なお定まりの大理石。庭に向いた大窓の傍らにはソファが並べてある辺り、ちょっとしたホテルのロビーを想像していただくと分かりやすかろう。来客のコートや手荷物を預かったのだろう、執事が詰めていたらしき"クローク"があるところは、まるで本物のホテルかペンションのようだとルフィに感じさせたようだったが、
「分家とはいえ、一応は名のある一族の屋敷だな。」
ゾロの方は"ほほぉ"と感心して見せた。一般家庭では珍しいかもしれない作りだが、フォーマルなパーティーを開くことが、ある意味、当然な甲斐性でもある社交界に籍をおく上流階級の屋敷には、あって当然な代物なのだそうな。
「書斎は二階の奥。主寝室と続き部屋になってるんだって。」
最初からの作りではなく、学者肌なN卿が自分の使い勝手に合わせて、此処を買ってすぐ、そういう構えに作り直させたらしい。床一面にはカーペットが隈無く敷かれてあり、ゾロでなくとも足音があまり響かない。だが、
「監視カメラは少ないけど、さすがに書斎までの道筋に集中させてついてる。」
バックライトが仄白く光る、例のリモコンのモニター画面。屋敷内の見取り図を呼び出して、ルフィは先を行くゾロへとそんな声を掛けたのだけれど、
「そうか。」
それじゃあこれこれこういう対策を取ろうとか、せめて"用心して進もうな"とか、そんな見解を示すような気配をまるきり感じさせない、何とも平生のままな声音であり態度であり。暗がりの中をすたすたと階段に向かうと、そのまま平然と上り始める彼に、ルフィは少々小首を傾げてしまった。
"そりゃあ、昨日までにも調べて来た詳細全部、資料ってことでゾロに渡してあるけどさ。"
柔らかな頬が少しだけ膨れてしまったのは、気のない態度で聞き流されたのが、ちょっとばかり面白くなかったから。そんな感情的なものを優先したり意識したりしたまま手掛けると、それが隙になって危険なんだぞと、いつもいつも言われているが、
"…だってさ。"
ルフィは泥棒になりたかった訳ではない。カッコいいゾロのことが大好きで、それでそんなゾロから、一端いっぱしの能力なり働きなりが出来る奴だって認めてほしくて。それが発端で追っかけをし、やっと振り向かせた彼の、その凄腕たる仕事のお手伝いをさせてもらえるまでになって。いちいち手を取り足を取りという構われ方をしてくれないのは、信頼されていればこそな部分があってこそだという、そんな理屈は重々分かる。けどでも、一流の泥棒になりたいんじゃなくて、ゾロの相棒ってのになれたら良いななんて、コトの発端のそんな考え方は今も変わらないから…どうしても。褒めてほしいとか、分かりやすく構ってほしいとか、そんな甘えみたいなこと、ちょびっとくらいは感じてしまうルフィであって。
"………。"
………とはいえど、
"ガキだよな、俺。"
こんな風に解析してみると。構ってほしいって…何だよ、それ。自分で突っ込み出来るほど、ダサイこと思ってるって気がついて。そんな自分へ反省、反省。
"それでなくたって、悪名高きSSSが詰めてんだ。"
緊張感が足りないぞと、ルフィがぺちんと自分の頬を叩いたその時だ。
「…ルフィ。」
「え?」
半ば機械的にゾロの背中へと続いていたところへ、不意に声を掛けられてハッとする。見やれば…2階に上がってすぐの取っ掛かり。各部屋へのドアが連なる廊下を前に、ちょっとしたホールのようになっている空間にて、先をゆく頼もしい背中がその歩みを止めていて。
「その辺の物陰に隠れているか?
それとも、さっきみたいに俺にへばりついてるか?」
奥まった場所だから、随分と薄暗い中。低められていながらもくっきり届いたゾロの声。聞いたその時は、
「???」
咄嗟に意味がよく判らなかったのだが、
"…あっ。"
そかそかと。閃いたと同時、数歩分の間隙を埋めるよに、タッと踏み出して眼前の大きな背中に飛びついている。
「邪魔しないから…こうしてる方がいい。」
動くのが窮屈なのと、隠れた先で別の伏兵に襲われてはいないだろうかと気を回すことで集中が途切れるのと、どっちもどっちなんだよと。気を遣うなと言いたいのか、それともどっちにしたってお荷物なんだよと言いたいのか、何とも分かりにくい…素直じゃない説明を後でしてくれたお師匠さんであるものの、
「よ〜し。」
おぶさってそのまま、要領を心得て体を縮めたルフィの、自分の胸板前に回された腕を。その大きな手で"呑み込みが早いぞ"と褒めるように撫でてくれてから、
「さて、きっちりと料理してあげましょうかい。」
ここもまた天井が高い、2階の中ホール。ベルトから再び鋼鉄刀を引き抜いたゾロは、階段下と廊下の奥との2方向から駆けつけつつある…幾つもの足音と気配へと、余裕の表情を浮かべて向かい合ったのであった。
◇
いやもう、本当に。侵入の際の、それは静かで速やかで…赤外線を弾き飛ばすといったようなちょいとお茶目な力技もありはしたが、それでも精緻だった手管に比べると、もうもう全くの正反対なまでに、動の迫力に満ちた鮮やかな大殺陣たて回りを繰り広げたゾロであり。
『哈っ!』
相手は20人以上はいた、しかも屈強な体格の力自慢たちであり。手に手に特殊警棒やら木刀やら、果ては真剣、刃の立った大太刀をかざしていた、味方まで斬ったらどうすんだと思うよな危ない手合いもいたというのに。まずは、気合い一閃、鋭い一声を載せた最初の一太刀のみで、怒涛のように押し寄せた相手の足並みを怯ませて停めてしまったから物凄い。それから、
『屋敷をむやみに壊しちゃあ、本当の持ち主さんに気の毒だ。修羅場はこのホールに限ってやるから、明かりを点けたきゃ好きにしな。』
壁一面の天井まである大窓から射し込むのは、庭に幾つか立っている常夜灯の光。それがあるだけの、至って覚束無い闇の中。とはいえ、夜目が利くゾロには不自由などない筈なのに。ましてや、こちらは一人で相手は多数。暗い方が相手も一層混乱するだろうに、わざわざそんなことを言ったのは、
"俺が怖がると思ったからなんだ。"
ルフィはまだそんなにも夜仕事に引っ張り出されてはいない。だから…ただでさえ不安だろう闇の中、寸刻みの呼吸を読み合っては、相手の懐ろに飛び込んだり紙一重で切っ先を避けたりするよな、息を呑むよな"殺陣回り"が始まっては怖かろうと、気を回してくれたゾロなのだ。もっとも、
《 お前がさ、何が何やら判らないまま怖がって、
しゃにむにしがみついて来たら困ると思ったからな。》
後になってそんな憎まれを言った、相変わらず素直ではないゾロでもあったが、それはともかく。
『そうかい、そうかい。』
先程は気合い一つに怖じけて立ち止まったくせに。自分たちの数を思い出して少しは気を取り直したか、ゾロからの言いようへどこか横柄な声を返した奴がいて。
『こそ泥のくせしやがって、なかなか堂のいった口利きだな。』
『気障な野郎だが、後で後悔すんじゃねぇぞ。』
『そうだぜ。俺たちゃ此処いらの警察ほど優しかねぇからな。』
どこか嬲るような言いようへ周囲の全員が気を良くしたらしく、癇に障るダミ声の笑いがどっと沸いて侵入者二人を押し包んだ。それと同時にカカッと灯された目映い明かり。だが、
『…えっ?』
『あれ?』
階段を上がって来た組と、奥まった辺りから行く手を遮った組と。きっちりと前後を封じた筈が、だのに、
『どこ行きやがったっ!』
肝心な賊の姿を見失っていては世話はない。
『さっきまですぐそこで喋ってやがったんだろうが。』
『ああ。そこに立ってたのを見たぞ。』
若い声の不審な侵入者。さしてデカイ相手ではなかったが、なかなか鍛えた体躯をしてはいたような。とはいえ、はっきりくっきり人相まで見極めた訳ではないせいでか、
『まさか、俺らの中に紛れ込んでんじゃなかろうな。』
辺りをキョロキョロと見回す輩たちが、ともすれば仲間たちまで疑って見回し始めたそんなタイミングへ、
『ぐがっ!』
『うわぁっ!』
その頭数が…どういう訳なのか、次々に崩れ落ちることで倒れ伏して減ってゆく。
『な、なんだっ。』
『お前ら、どうしたっ!』
声も立てずに床に崩れ落ちてゆく仲間内たちを、ゆさゆさ揺すって正気づかせようとする残りのメンツへ、
『一応は"警備会社"からの派遣社員だからか、
お揃いのスーツ姿なのが、お陰さんで良い目隠しになってくれるよな。』
素早く回り込んでは鋭い当て身を喰らわせて。一人ずつをこつこつと、半分くらいは打ち減らしたという余裕からか、そんなお言葉を言い放ち、
『うがぁっ!』
どうっと倒れた恰幅のいい小父さんの背後、昂然とした態度にて立っていた男があって…生き残り組の面々がギョッとする。
『なんだ、お前はっ!』
………いや、だからさ。あんたらが"迎え撃ってやろう"と鼻息荒くも意気盛んに、此処へ駆けつけたのは何でだね。筆者がコケそうになったのは場外だから置いとくとして、
『ただの"こそ泥"だよ。』
ご丁寧にも応じてやって。口の端を片方だけ引き上げ、にやりと笑ったその笑顔の、何とまあ渋いこと渋いこと。ここまでは柄の部分の先にて"がつごつ…"と、相手の肩の付け根や背中の急所を打ち据えて倒していたものを。おもむろに"ちゃきっ"と刃を鳴らして両手に持ち直し、その鋼鉄刀を視線の高さの先に切っ先を据える"正眼"に構え直した…精悍な青年。
"…こ、こいつ。"
姿が見えない間は、その口利きの軽さにややもすると幻惑されていたが。今もまた、何故だか背中に小さな少年を負っているという格好が…何だかコミカルな印象を投げかけもするのだが。(笑) 明るいところでよくよく見れば。悠然とした表情、眼差しのその奥に、相手を圧するような気魄と斬りつけてくるような気概とを合わせ持ち。身に沿った黒い装束のシャープな冴えさえ、何とも強かな印象に変換する、そのまま1本の鍛えられたる練鉄を思わせるような、不敵ながらも何ともしがたい威容に満ちた男であって。
『…くっ!』
単なる若造だと見て取ったか、昂然と睨まれたことに居たたまれなくなった一人が、相手をよくよく見据えもしないうち、武器を腰辺りに構えて突っ込んでいったが、
『…っ。』
その腕を、肩を。震わせたかどうかも見えなかった程度の、切っ先だけでのあしらいにて。
『はがっ!』
通り抜けた先、余力で歩みを運びながらも…男の背後にずるずると膝から崩れ落ち、ばったりと倒れてしまった同僚に、
『うっ。』
残った連中が息を呑む。これまでこうまでの腕の持ち主と対峙した覚えがないのであろう。優勢にあった試ししかないものだからか、何をどうして良いやらと、進退窮まって…それでもじりじりと立ち位置を下げ始めた残党たちへ、
『悪いがな、一人たりとも見逃す訳にはいかねぇんだ。』
ゾロは冷徹にもそうと言い放ち、依然として真っ直ぐに構えたままだった鋼鉄刀を、静かに静かに横手へと流しつつ、
『此処でしばらく、大人しく眠っててもらうから、覚悟しな。』
ちゃきっと構えた、今度は体に添わせた斜め下の"下段の構え"。だがだが、
『哈っ!』
そこから…気合い一閃、斜め上へと振り上げられた切っ先は、全く触れてはいなかったのに。彼らの立っていた背後の壁にかかっていた、結構大きなゴブラン織りのタペストリーが………たわわに活けられた花束の図案を真っ二つに裂かれて、布をピンと張るためにと、下に通されてあった心棒をカーペットの上へがらんと落としたものだから、
『ひぇえええぇぇ〜〜〜〜っ!!』×@
………………合掌。
………と、いうような。派手なんだか地味なんだか、真面目なんだかふざけていたのか。間近に見ていたルフィにも、演者の真意が良く分からない大殺陣回りをやってのけてから。先の宣言通りというか、相手に通告した通りにきっちり全員延ばしたゾロは、自分の肩のところに襷たすきのようにくくりつけていた細い目のロープをするするっと解くと、それを使って全員の手首を、それは手際良くひとまとめに縛り上げてしまった。…どっかの配送センターで、梱包のアルバイトでもやってたんだろうか。おいおい 日頃の侵入の時などには、登攀用にも使っているほどの品、そう簡単には切れない頑丈な逸品であるらしく、
「さて。そんじゃ、行くかな。」
とうに背中からは降ろしていたルフィに向けて、そんな声をかけて来たゾロであり、
「…あ、うん。」
自分は全く出る幕なかった仕儀だけに、我に返ったような反応で顔を上げたルフィだったが。
「悪りぃな。」
「え?」
すぐ傍らまで歩みを運んで来たゾロからの唐突な謝意。意味が分からなくて、ひょこんと小首を傾げると、
「お前が調べて来たこと、信じてなかったんじゃねぇよ。ただな、こいつらをちょいと大人しくさせときたかったんでな。」
ゾロはどこか悪戯っぽい笑い方をする。とはいえ、
「えと…。」
まだちょっと、意味が分かりかねているルフィであり。そんな坊やの鼻先にまでと、ひょいと屈んで間近になったゾロのお顔が。まるで同い年の仲間同士、やんちゃな企みの打ち合わせをしているかのように楽しげにほころんで、
「家人さえ居ないのなら、中ではどんなに騒いでも大丈夫だってことだからな。」
ならばいっそ、さっさと平らげておこうと構えたゾロであったらしい。そこで、故意に見つかるよう、彼らが捕まえにとやって来るように、警報システムの情報を無視し、無防備に歩き回ってみたゾロだったらしい。それと、
「ちゃんと全員倒したんだよな。こいつらの総員数、調べてあるんだろ?」
「あ、うん。えと…うん。全員だ。」
慌てて数えて、頷いて、
「不用心な奴らだよな。せめて一人くらい、管制室に残すもんだろうに。」
くくっと笑うゾロへ、ルフィも…こちらは少々呆れたように肩をすくめて、説明を付け足した。
「こいつら、地元警察に通報する事が滅多にないんだよ。」
普通一般の警備会社の場合、そこに直接詰めている場合でも、侵入者があった時はまずは警察に連絡する。よほどの罪状の現行犯以外、警察官ではない"一般人"には逮捕する権限がないからで、
「まずは雇い主に連絡して判断を仰ぐんだって。そうすれば、警備を破られたっていう評判も流れないしね。」
だから…自信あってのことでもあろうけど、警察への連絡を要請するような"居残り"を考えとかない態勢であたって来ていて、これまではそれで良かったんだろうね。相手が悪かったね今回は…とか、ざまあ ご覧あそべとか、そういう意味とはまた別に、
"…えと。/////"
何だかちょっぴり。ううん。物凄く嬉しいと、口許がほころんでしようがないルフィでもあって。
『悪りぃな。』
『お前が調べて来たこと、信じてなかったんじゃねぇよ。』
ちょこっと。調べて来たこと、気のない態度で聞き流されたのが面白くなくって。褒めてほしいとか、分かりやすく構ってほしいとか、そこまで甘えたいとは言わないけれど、それでも…何かリアクションしてほしいな、なんて思っていたから。
"…何で分かったんだろ。"
甘えたなお顔になっていたのかな? だったらダセェなと、困ったことだよなと思いつつも、お顔の方は正直なもの。ほこほこ笑いがどうしても止まらない。
「さ、伯父様とやらの書斎へ行くぜ。」
「うんっ!」
無人の館なのだからと再び照明を落とした薄暗い廊下。すぐ傍らには、人事不省の小父さんたちが何人も何人も、後ろ手にくくられて伸びてるそんな場所だっていうのに…笑顔満開、ウキウキと。頼もしい背中について行く、泥棒さんの"見習い"くんであったのだそうな。
………これで懲りてくれたなら、
本当のお兄さんの方はきっと喜んだんだろうにね。(笑)
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*何だか長引いておりますです。
夏休み中に終わらなくても、怒らないで下さいませね?
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