夫婦の会話
Tea time


        




 お母さんと一緒。
 (だんだん怪しくなるサブタイトル…。妖しいよりはマシかな?)
おいおい


 朝から聞こえるのは、広場に組まれた"やぐら"から響く、囃し方の笛や太鼓の声。今日から明後日の夜更けまでの三日ほど、鎮守の森で春のお祭りが催される。その準備に追われてか、村全体が数日前からなんとなく、春めいて来た日和のせい以上に浮き立ってもいた。日頃は鄙
ひなびた静かな村だのに、この期間だけは祭り目当てに観光に訪れる村外からのお客様も少なくはないのだそうで、
『ここいらは桜の名所なんだよ。この祭りが合図みたいなもので、梅や桃から順番を引き継いで、いよいよ桜が咲き始める。』
 最初の春にそんな風に教えてくれた夫は、小さい頃はやんちゃ小僧たちの筆頭だったらしくて、
『そういえば…覚えてらっしゃいますか? 神社の大桜に毎日のように登っては神主様と追いかけっこになるのが、日課になってらしたでしょう?』
 五目寿司やお赤飯、お団子にお煮染めに田楽、ヤマメや鯛の姿焼きに鷄のじぶ煮、ハマグリのお吸いものに木の芽和え…などなどという、春のお祭りらしい御馳走の下ごしらえの手を休めた休憩中、そんな昔話が俎上に上った。お勝手の裏手で門弟たちがお団子用の餅をついていたのを監督していて居合わせた旦那様は、
『…ツタさん。頼むから、その話、子供達には…。』
 少々困ったように眉を下げたが、
『さぁて、どうしましょうか。』
 うふふと微笑って若い奥方と顔を見合わせるツタさんだったりする。いかにも"女同士"の示し合わせという観があったが、ここの奥様は実は魔女…じゃなくて
おいおい"殿方"なんですがね。


「お母さん、お母さん。」
 廊下の板張りをとたとたと軽く鳴らしながら茶の間まで駆けて来たのは、
「こらこら、走っちゃダメだろうが。」
 言葉では叱りつつも顔は穏やかに微笑っている夫がそれはそれは大切にしている幼い娘で、
「あ、ごめんなさい…。」
 言い訳もなく、すぐさま萎
しぼんで謝る素直さがまた愛らしい。和服姿の父の温かな笑みに"判っているなら良ろしい"との意を汲んで、ホッとしたように小さく微笑み返す顔のまた可愛らしいこと。…と、こればっかり綴っていたらキリがないので、父御ビジョンのラブラブ描写はちょっと置いて。あはは そのまま卓袱台をくるっと下座へ回って、父の脇にあたる傍らの定位置に座していた、こちらはポロシャツにチノパンという恰好の母の横へチョコンと座ると、
「お兄ちゃんは?」
 幼い顔を上げて訊いて来る。赤いタータンチェックのひだスカートに、丸襟のブラウスと真っ白なモヘアのカーディガン。年齢の割に少々小柄で、そういうところも含めて、傍から見ているといかにも"親子"という観のある二人であり、小走りに駆けて来たせいで少ぅし乱れた猫っ毛の髪を撫でてやる妻と、その手のひらの感触に嬉しそうに微笑う愛くるしい娘と、両方にぞっこんな父には素晴らしいまでに目の保養となる構図である。(おいおい、しつこいぞ。)
「あの子なら、朝、御神輿
おみこしを引きにって出掛けたきりだぞ? 社務所でおにぎりとかお弁当が出るそうだから、どうかすると昼過ぎまで戻って来ないんじゃないのかな?」
 母の言葉に、途端に小さく頬を膨らませるお嬢ちゃんで。そろそろお兄ちゃんは男の子のお友達と、彼女の方は女の子のお友達と遊ぶような年頃になって来たものの、お兄ちゃんが大好きな妹としては、まだちょっとは一緒に遊んで構ってほしいらしいのだ。
「どうして男の子しか御神輿引けないの?」
 祭りになると繰り出される御神輿は、正確には綱を引く"山車
だし"で、大人用の立派なものとは別に子供会の一回り小さなものもあるのだが、それを引くのは男の子と決まっている。お揃いの藍染めのハッピも可愛らしく、ねじり鉢巻きに真っ白な下履きという格好になって村中を練り歩く姿もまた、大人たちにはほのぼのとした春ならではの光景だが、いつも何でも一緒だったお兄ちゃんとの違いや区別が出来るのが、彼女にはちょいと不満であるらしい。
「う…ん。何でだろな。」
 かつては海神に祟られると言われたものが、今や船での航海という場にも女性が進出している昨今。神事では女性を穢れた存在としていて云々という説明は何だかナンセンスで、ルフィとしてもよくは判らないのが本音。大体、そういう"女性禁足"思想があるのは仏教である。数ある"霊峰(人々からの信仰を集める神秘的な山)"が女性禁足だったのもそこで修行する山伏が修める山岳仏教の教えから。巫女さんがいる神社では"女性"をどう捉えているのだろうか?
「けど、女の子はきれいな振り袖が着れるじゃないか。」
 先日、お雛様を飾った時に着た振り袖。ここいらの女の子は皆、このお祭りの初日にも着物を着る。一種の"お稚児さん行列"のようなもので、神社に集まってお祓いを受ける。男の子たちは神輿を引くためにハッピ姿で集まった時にやはりお祓いを受けている。地元の氏神様への信仰を大切にするという意味合いだけでなく、子供達の成長を村全体で把握し見守ることで、村全体の絆のようなものも強く結ばれることとなる。
「ツタさんが神社からお清めのお水をもらって来てくれたから、お風呂入って、頭洗って、お振り袖に着替えなきゃな。」
 禊
みそぎ代わりの清めにと、着替える前に神水を頭に垂らすのもしきたりの一つだそうで、毎年のこととて慣れたもの。母がポンポンと肩を叩いてやって、それを合図にお風呂当番でもある父が立ち上がりかけたその時だ。

「お母さんと入る。」

  ……………おや?

 すぐ傍らから"きゅうっ"と首元へしがみついて来てそんなことを言い出したものだから、
「あ、えっと…。」
 これは思わぬ展開だと、母は少々戸惑った。
「何、言い出すんだよ。ゾロの方が頭洗うのとか上手だろが。」
「でも、いや。お母さんと入るの。」
 何げない"いや"が結構効いたらしく、身を起こしかけた角度のまま止まっている夫らしいと気配だけで察しつつ、
「あ、ああ、判った。じゃあ、入って来ような。」
 取り急ぎ、茶の間から出て行くことにした妻だった。…一応、気を遣ってます。


            ◇


 タオルを首にかけ、その両端を握ってという格好でルフィが戻って来た茶の間では、
「………ゾロ。」
 離れた時のまんまな角度でいる夫であり、妻は少々呆れた。その声でやっと我に返ったらしく、
「あ、ああ。風呂は?」
 まさか目の前にいるルフィの事を訊いている彼ではなかろうと察し、
「もう上がったよ。今、汗を少し引かせながら、ツタさんに振り袖着せてもらってる。」
 この一家のお風呂は、妻が長いこと一人で入れなかったせいもあって、ずっと四人一遍に入っていた。だが、子供達が大きくなるにつれ、上がってからの世話というのも必要になって来て…先に上がらせると濡れたままで家中駆け回るお元気坊主がいるものだから(しかも、それをやはり素っ裸で追いかける奥方だったりするものだから/笑)、入れるのは父御で、出て来たところを掴まえて拭いてやるのが母御という分担になっていたのだ、これまでは。それが、
『お母さんと入る。』
と来たものだから、こ〜れは"娘にぞっこん"な父としてはショックも大きい。こだわりなく無邪気な子供ではなくなって来たということなのだから…。
「………。」
 何だか…何を言っていいやらとありありと気落ちしている夫へ、妻は肩をすくめて助け舟を出してやることにした。
「別にゾロが嫌いになったっていうんじゃないんだってば。」
「ホントか?」
「ああ。着物着たら境内まではお父さんと行くんだって、嬉しそうに言ってたし。あの子の"ゾロ好き"は半端じゃないんだから大丈夫だよ。」
「そ、そうか。」
 ちょっとは立ち直った模様。それへと微笑った妻は、卓袱台の真ん中に置かれた塗りの菓子椀に手を伸ばし、
「何であんなこと言ったんだって聞いたけど、何となく…なんて言ってたしな。良く判ってないままに言ったみたいだったぞ。」
 海苔の帯が巻かれた、松の木の肌みたいなおかきをつまむとポリポリと齧る。こらこら、御飯前に。
「第一、俺だって男だぞ? 嫌いになった訳でもなく、男だからって理由でお父さんとが"いや"なら、俺だって同じ理由で"いや"な筈じゃんか。」
「うん、まあ…そうかもな。」
 ややこしいご一家ですからねぇ。
「あれじゃないのかな。お友達が"もうお父さんとはお風呂入ってない"とか言ってたのを、意味も解らないで真似してるだけじゃないかって。」
「もうそういう年齢
トシなのか?」
 だとすれば成長の証しではあるが、確実にひとつ、父からは手が離れたには違いない。
「あの娘
にはちょっと早いかも知れないけどな。でも、サミさんが言ってたぞ。お友達の中で誰か一人でもそういう大人びたことを言い出すと、他の子も後に続くもんだって。意味は後からやって来るんだってさ。」
 実を言えば、母上には予測があったことならしい。おかきを咥えたままというちょこっと行儀の悪い格好で、傍の手炙
あぶり火鉢にかけられた鉄びんをひょいと持ち上げ、お茶を二人分とも淹れ直す。
「サミさんって、いつも回覧板回してくれるミスノさんチの…。」
「うん。何でも教えてくれる、ナミみたいに元気で優しい奥さんだぞ?」
 よほど仲良くしてもらっているらしく、ルフィはにこにこと笑っている。解らないことがあるとツタさんへと同じくらい頼りにして、何かとお世話になっているところのご近所の奥様の名前である。…SAMI様、こんな役どころでいかがでましょ?(既婚者はおイヤですか?)
「成程な。」
 理屈は判ったとして、
「そういうこと、最初に言い出しそうなっていうと…上原さんトコのひよこちゃんとかか?」
 良く遊びに来るので顔を覚えていたらしいお友達の名を挙げてそうと訊く夫へ、妻は小首を傾げて見せた。
「さあ、どうかな。そこまでは話も進まなかったけど。かえるさんチのお子さんかも知んないしな。」
「そっか。ウチの娘
より一歳いっこ"お姉ちゃん"だよな。確か、如月薬局の弥生ちゃんもお姉ちゃんだったような…。」
「そうだっけ? 日向さんトコの花南ちゃんと勘違いしてないか?」
「それをやらかしたのは筆者だ。」
 …お二方とも、いつぞやは済みませんでした(汗)
「みるくちゃん…はどうだろう。」
「お花屋のひめづきさんチのか? う〜ん、どうだろう…。」
「じゃあ…久世さんのところは?」
「あそこの衣音ちゃんは男の子だよ?」
「いや、ちよちゃんの方は?」
「まだ随分小さいから違うって。あと堂本さんとこは…。」
「珠ちゃんはウチ以上にお父さんが大好きみたいだから違うだろうしな。」
 さりげなく…お嬢ちゃんのお友達に関して、えらいこと詳しいお父さんである。
「スカイ堂さんのお嬢ちゃんは?」
「ああ、本屋の。けど、あの子はそりゃあ大人しくて優しい子だから、誰かが嫌いだのイヤだのって話は持ち出さないと思うぞ?」

  *お友達の皆様、勝手にお名前拝借してすみません。(滝汗)

「う〜ん。」
 結果は出ぬままながら、そうこうと話しているうちに何となくだが落ち着いた夫へ、お茶を淹れ直した湯呑みを差し出しながら、
「今度のことみたいにまだ意識はしてないんだろけど。」
 ふと…今度は妻の方が、
「遊ぶお友達が男の子女の子って分かれて来たし。そのうち、訊かれるかも知んないな。」
 どこかトーンが落ちたような趣きのある声を出す。
「んん?」
 何をだ?と、目顔で訊く夫へ、
「どうしてウチはお母さんが男の人なの?ってサ。」
 小さく微笑いながらだが、どこか感慨深いものがありそうな声で言うルフィであり、
「………。」
 成程、それも充分にあり得ることではある。本人たちがあまりにあっけらかんとしているせいか、それとも人柄を買われてか、ご近所様方におかれましてはさほど奇異なこととは思われていないようだが(妙なところで先進の土地である)、子供たちの素直な目から見た疑問としていつかは訊かれもするだろう。今から"どうしたもんだろな"という顔になる妻へ、

  「正直にホントのことを言やぁいい。」

 夫は動じず、伏し目がちになって湯呑みを手にした。
「ホントのこと?」
「ああ。
 お父さんがお母さんにそりゃあもうベタ惚れで、月の綺麗な晩に"結婚して下さい"って頭下げて頼んだからだ、ってな。」
 事もなげに言われて、
「…えと……。」
 妻はたちまち頬を赤くする。懐かしいけど照れ臭くもある"プロポーズ"の思い出で、
「…頭は下げてなかったぞ。」
「そうだったか?」
 おお、覚えてたか。けれど、やたら嬉しそうなのは変わらなくて、
「そだな。お母さんはわんわん泣いて"ありがとう"って言ってお嫁に来たんだって言やいいんだな。」
 自分からもそう言うものだから、
「…ありがとうなんて言ったか?」
 今度はゾロの方が小首を傾げる。そんな彼へと眩しげに笑って見せつつ、
「んん、心の中で言ったさ。」
 立ち上がると広くて頼もしい背中へとおぶさりかかって、
「凄げぇ嬉しかったもん。」
 うっとりした声でそうと囁いた。


  「好きな人の処へ嫁に行くのが一番だからな。」


 それはそうなんだが、ここんチは…やっぱちょっと違うぞ、奥さん。


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  〜Fine〜    02.1.8.〜1.10.


 *本当は、夏祭りのお話にしたかったんですよ。
  浴衣を着る前にお風呂って段度りで。
  でもあまりにも季節感が外れ過ぎてるもんで、
  せめて春のお祭りということにしました。

 *突然ですが、
  ロロノアさんチのご近所さんになろう企画、こっそり進行中です。
  お名前をお出しするだけで、
  何かさせるとか言わせるとかいうものではございませんので、
  ご安心下さいませ。
  今回、ちょこっとフライング気味でしたので、
  勝手にお名前を使わせていただいた方々、
  イヤだ〜と当然お思いでございましょうから、まずは"今回限り"ということで。
  勿論"このままで良いよんvv"とか"設定は変更してねvv"もアリですので、
  ご遠慮なくお申し付け下さいませ。(HNが特殊な方は要相談/笑)
  ひとつ屋根の下に同居も同然の、門弟さんとかお手伝いさんとか、
  馴染みの酒屋の御用聞きのお兄さんとか、
  お子たちの習いごとの先生とかご主人の呑み友達とか。(笑)
  ご要望ございましたら、Morlin.までお寄せ下さいませませvv
  (一人しか居なかろう設定に多数重複の場合は抽選で。
   一遍に全部は難しいけど、出来るだけお聞きしますよ?)


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