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ルフィには懐かしいことに、晩餐はサンジが腕を奮ってくれて。近くのマーケットへのお買い物について行ったことに始まって、
『お、赤ちゃん握りは治ったんだな?』
『うん。お箸だってちゃんと使ってるぞ?』
調理の間も頑張ってお手伝いに勤しんだルフィに気をよくしてか、サンジ自身もかなりの気合いでサービス精神を繰り出したらしく。日頃も結構…一汁三菜の基本は守って品数を揃えるようにしている食卓だが、今夜は軽くその数倍は賑やかな様相となった。予備のテーブルとして、普段は炊飯器とポットを乗せているワゴンまで引っ張り出したほどに、卓上は豊かな混雑を見せていた。
「う〜ん、成程なぁ。」
キッチンで二人がパタパタと楽しげに立ち回っていた間、見事に放っておかれたゾロとしては、微妙な案配ならルフィには悪いが素直に褒めることは適わないかも…と危ぶんだその出来だったが、癪ながらもどれもこれもが唸るほどに美味しい。骨付き肉のグリルやウズラのソテー。ムール貝や車エビなどシーフード満載のパエリア。シーザーズサラダにポークチャップに、パイ生地で包まれた魚の蒸し焼き。甘鯛のカルパッチョ。その他いろいろ etc.…。今夜初めて見たような料理さえ、後を引くほどに旨い。
「だろ? 美味しいし、いくらでも入るしサvv」
特に好き嫌いのない…悪く言うと食べることに関心が薄いゾロが、全ての皿へ満遍なく箸やフォークを伸ばすのを嬉しそうに見つつ、まるで我が手柄のように胸を張るルフィだ。実際、その土地の名産を使ってその土地の風土の中で食べるからこそ美味しいとか、現地の人間の舌にしか合わない味付けだとか。何も海外に限らず、そういった料理はあちこちにあって。どんなに手順を守って作っていても、家で食べると何か足りなくてぼけて感じる…という経験はどなたにもお有りではなかろうか。お持ち帰りパックがあったのでと"お土産"に買って来た土地の有名な生ラーメンが、そんな"うわぁ〜っ"と感動するほど美味しくはなかったとか、旅館で出されたのは美味しかったのに、家で同じものを作ってみると全然味が違うとか。
「俺もサ、留学先の寮とか外のお店で食べた現地の料理が、何か旨くなかったんだ。でも、それは仕方ないのかもなって、一緒に行ってた皆と我慢するしかないなって言い合ってたんだ。だけど、サンジが作ってくれた同じ料理が凄んげぇ旨くてサ。あん時はびっくりしたもんな。」
ルフィが留学し、サンジと出会ったのは欧州の某・北海沿いの国である。…余談だが、原作のサンジさんて北国ノースブルー生まれなんですって? それにしては、熱帯海域でもあの暑苦しい格好でいる彼だが、平気なんだろうか。育ったのはイーストブルーということなのか? …それはともかく。(失礼しました/笑)気候や住環境が違う、歴史が違う、文化が違う、採れる作物・食物が違う。これで食味が同じな訳がないという納得の下に、仕方がないかと諦めていたルフィ少年が目の色を変えてそりゃあパクパクと食いついた…という話はゾロも以前にも聞いたことがあったが、
「そうか。こういうもんだって決めてかかってちゃあいけないんだな。」
おいおい、ゾロさん。なんだか勉学の道を極めてでもいるかのようなご意見まで出て、ワイングラスを傾けていた青い目のシェフ殿は面映ゆげに微笑った。そこへ、
「あ、でも…。」
やたら感心する保護者に、ふと、少年が及び腰な声を出して。闊達に動かしていたフォークをわざわざ止めまでしたから、
「んん?」
傍らのゾロだけでなく、給仕をしながら自分も席についていたサンジまでもが、注意を留めて彼を見やったが、
「俺は…こんな凄いの、まだ作れないからな? だから、もうしばらくの間は"新米の料理"で我慢してくれよな?」
小さな肩を縮めて恥ずかしそうに言うものだから。大人たち二人が顔を見合わせ、珍しくも"くくっ"と同時に吹き出したほど。彼への"かわいい、愛しい"という想いが同じであればこその、一種"シンクロ"のようなものだろう。
「ああ。いくらでも待つさ。」
待ってくれと言われた当人のゾロが頷いてやる一方で、
「大体、俺は何十年も一人暮らしをしていた身だったんだぞ? 料理の手際だってそんな中で勝手に身についたんだし、食味だって…あちこち転々としたせいでどこかに偏ってないってだけのことなのかも知れん。そんだけかかった"あんなこんな"をいきなり身につけられるもんじゃないって。」
サンジが苦笑混じりに肩をすくめて見せた。まあ、それは言えてるかも…。若々しい見かけはゾロと変わらない二十代前半だが、中身は…下手すると三桁年齢ですからねぇ、この人。(笑)本人の至って冷静な分析へ、
「それでも凄いって。なあ、どっかにレストランでも建てないか?」
めげるどころか逆にコロッと立ち直ったらしく、ルフィはウキウキと誘ったが、
「そりゃあダメだな。」
それへは即効でダメ出しをするサンジだ。
「? なんで?」
「同じ料理ばっか何十食も作ってたら飽きるからな。誰かこの人ってのにだけ作るのが良いんだよ。」
にぃっこりと笑って、白い手の中で優美に回したグラスをルフィの方へと差し向ける。お前のためとかな…と言いたいのがありありしていて、
「あ、えと…。」
たちまち恥ずかしそうにドギマギして見せるルフィだったから、
"…おいおい。今度は堂々とのろけかい。"
傍で見ていたゾロとしては少々呆れるばかりである。これだから欧米人は…ってか?こらこら
◇
体の実年齢はまだ中学生なのだからと普段はダメと言われているのを、今日は嬉しいお客様がいるのだからと乾杯だけ付き合わせた甘いワイン。ほんの2、3口しか舐めていないのに、それだけでしっかり酔ってしまったルフィであるらしい。それでもしっかり、デザートの…パインとシトラス、どっちも固めるのが難しい素材が2層になった"オーロラゼリー"と、ハチミツ風味のシフォンケーキとを平らげてから、真っ赤な顔になってすうすうと気持ち良さげに寝入ったところを、ゾロが軽々と抱えて奥の寝室まで運んでやる。
「あんたはこっちを使ってくれるか?」
戻って来た彼がサンジへと示したのは、ダイニングの隣りの、普段は使っていない予備の部屋。本当だったらルフィの私室にしようと、昨年の夏に整理した、納戸 兼 書斎だったものだが、今は…ソファーベッドと整理ダンスが二本ほど入れられているだけの簡素な部屋だ。中に入ってくるりと見回し、ベッドに敷かれた清潔そうなカバーの上へ腰掛けた彼へ、
「何か要り用なものがあったら言ってくれ。」
ゾロが訊く。それはタオルだったり歯ブラシだったりを想定しての言いようだと判っていように、
「そか。じゃあ、ルフィを貰おうかな。」
「…おいおい。」
これも判り切っていたゾロからの反応へくすくす笑ったサンジである。それから、この家にとっては来客用なのだろう、妙に豪奢なカッティングのなされた、クリスタル製の灰皿をサイドボードに見つけて、さっそく紙巻きを一本、口に咥える。
「元気そうで安心したよ。」
最初の紫煙を吹き出して、分厚い胸板の上、リーチの長い腕を組んだまま、戸口の枠に凭れるような格好で立つ従兄弟殿へとそんな声を掛ける。誰のことかは言わずもがなで、ゾロはそのどこか頑なげな口許を、意外なほど緩くほころばせ、
「こないだは説教されたがな。もうあんたにまで心配はかけないよ。」
何しろ、PC越しのメールのやりとりだけで、ルフィがどれほどの我慢を強いられて苦しんでいたのかを嗅ぎ取れた人物だ。それに引き換え、すぐ傍らにいたのに、こんなにも愛しい対象なのに、そして…ルフィの側からそうまでして想われていたのにと、全てが明らかになった時、あまりに迂闊な自分であったことも判明し、何とも情けないことよと思い知らされたゾロには、結構堪えた一件でもあった。(『千紫万紅』参照) そっかと苦笑するサンジへ、
「…なあ。」
ふと、ゾロの方から声を掛ける。んん?と顔を上げる白皙の美男へ向けて、
「あんた、なんか様子が訝おかしくはないか?」
「? そうか?」
思い当たる節はないがと"しれっ"としたままなサンジへ、
「昼間の…アレだよ。」
「アレ?」
「だから、その…あ、あやしい道具がどうのって発言だよ。」
妙に早口でしかもつっかえたところを見ると、言うだけでも恥ずかしいらしい。妙に純情なゾロが何となく可笑しいのか、
「ああ。あれは"いけない遊びのお道具"って言ったんだが。」
誰が正しく訂正しろと…。(笑)淡々とあっさりした言いようなのが、尚のこと、良いようにからかわれているように感じられ、
「だからっ。」
語調を荒げかけて、だが、リビングの奥の方をつと見やる。ここでの騒ぎは寝室にも届きかねないからで、ゾロは気を取り直すと声のトーンを落とし、言葉を選んで言い直す。
「…だから。あんな露骨な物言いは変だって。ルフィに余計なことを吹き込むような真似、あんたがするなんて変だ。」
そういや、昨年再会の夏にした時も。"パトロン"なんていうささやかな言葉さえ、知らないままでいましたものね、彼。とはいえ、
「そうだったかな。」
キョトンとしているところを見ると、自分では全く気がつかないでいたらしい。サイドボードから持って来た灰皿へ短くなった煙草をねじ込み、枕元に据えられた、サイドテーブル代わりのカラーボックスの上へと載せる。特に隠しごともなさそうな、淀みのない、なめらかな立ち居振る舞いではあるが、
「今回の仕事にしても、だ。わざわざ"来日"するほどのことでもないだろよ。」
今朝方のあの、社屋前での御対面の場で。社長を筆頭にした重役たちとの会話から察するに、ゾロの勤める商社の顧問の一人として名を連ねることとなった彼であるらしいのだが、ならば、と、特に契約を交わすという訳でも、はたまた運営関連の部署や担当者へのアドバイス研修などを設けているという訳でもないらしい。あとはよろしく頼むよとまるきり担当外のゾロへと身柄を任せた辺り、ただ直接顔を見せに来ただけの来賓という、そんな観のあった扱いであり、
「以前のように"追跡者"へ警戒する必要はなくなったからなのかも知れんが、それにしたって、わざわざ直に顔を見せに来るほどのことでもないだろに。」
言及するゾロへ、だが、
「妙にこだわるんだな。」
やはり、どこかあっけらかんと応じたサンジであり、
「そうまで神経質な性分たちだったか?」
くすんと苦笑する。先程ちょろっと触れた一件、前回、二人に…特にゾロの方へとちょっかいを出しに来たサンジであっただけに、ちょいと警戒している彼なのかもしれない。そうと読んでか、
「それとも、我慢し切れずにルフィのこと掻っ攫いに来た…とでも言やあ、納得するのかな?」
「………っ。」
どこまでが冗談でどこからが本気なのだか。飄々とした態度が、やはりどこかしら気に入らず、
"こいつとはよほど相性が悪いんかな。"
だとしても、意味のない迎合は性に合わない彼のこと。馴れ合うよりは…彼に懐いているルフィには悪いが角突き合う方がマシかもなと、ゾロは胸の裡で小さなため息をつきながら肩を竦めてしまったのだった。
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