月夜見
  
 
初夏緑条@ “蒼夏の螺旋・後日談”

        *このお話は当サイト唯一のパラレルシリーズ『蒼夏の螺旋』の後日談です。
            設定の説明をズボラしておりますので、
            お初にお読みとなられる方は
            ご面倒ではございましょうが、そちらから先にお読みください。
 


        1


「………。」
 ぽかりと眸が覚めた。いつもの部屋。いつものベッド。先日季節に合わせて薄物に代えたカーテンが、もうすっかり明けた朝の陽射しを、その向こうにある窓の形に透かしている。外は随分と上天気なのだろう。何の鳥だろうか、いやに甲高い声で同じ鳴き方を繰り返していて。それが何に驚いたか、不意にばたばたばたっと梢を蹴って飛び立ったらしい、羽ばたきの気配が届いた。
"………。"
 とろとろとまだ微睡
まどろみの中にある意識を包むのは、やさしい温みと、パジャマやシーツの清潔なさらさらとした感触と。だが、触れ合っている部分には、その奥まったところにある熱さを予感できる、どこかしとっとした感触がある。
「………。」
 薄暗い中、漫然と窓の方を見ていた顔をついと上げると、着ならされたパジャマ代わりの木綿のTシャツの上、男臭い顔が枕に頬を埋める格好で、やや首を傾げていて。そのやさしい顔に、いつものように見とれかかったその矢先、
"………あ。"
 胸の奥のどこかからじわじわと沸き上がってくるものがあった。くすぐったくて温かで、ちょっぴり泣きたくなるような切なさ。不意に思い出した感触や声。触れ合っていた肌はそこから蕩(とろ)けそうに熱くて。深みのある低い声は、いたわりながらも甘く掠れていて。
『…いやだったら、怖かったら言うんだぞ?』
 歯医者さんじゃあるまいに、あまりに場違いなことを言う彼の、だが、あまりに真面目な顔に、つい頷いたのを思い出し、思い出したその途端に、
"………えと。"
 顔に火がついたような、指先や爪先が震え出しそうな、急激な熱を感じた。体がいつもより気怠いのは何故なのか。少しずつ少しずつ覚醒してくるカラダとココロと。…そう。昨夜はいつもとは違ったのだ。
"どうしよう。"
 どんな顔をしていれば良いのかと、ドキドキと慌てた。昨夜そのまま眠ってしまったのだろう自分を、今になって悔しく思った。甘い余熱に満ちた夜陰の中で、何か少しでも話していれば。達成感にも似た想いで胸が一杯になって、嬉しくて愛しくて、彼のことがもっともっと好きになったことだとか。ちょっとで良いから何か言葉を交わしていたなら、今、こんなにどぎまぎしないでいられたのにと。そんなこんなと恥じらっていたところへ、
「…ん。」
 男の寝息が変わったような気がしてドキドキに加速がつく。枕の中の蕎麦殻がざくざくと鳴ってるように聞こえて、それが相手へ届きはしないかと本気で心配になるほどに。
"えと。"
 とりあえず。寝ている振りをしていようか? だけど、きっと我慢出来ない。目が覚めた"彼"からそそがれるだろうやさしい眼差しに、そっと触れられるかもしれない温かな指先に、ただでさえ不得手な我慢や演技をやり通せる筈がない。
"えと、えっと…。"
 パジャマは着せてもらっていたから、とりあえずベッドから出ておこうかな。そう思って、そぉっと寝返りを打つ。掛け布のシーツが擦れてさわさわと立てる音にさえどきどきしながら、出来るだけ出来るだけ静かに背中を向けて。
"………。"
 ただ寝返りを打つだけにこんなに神経を使ったのは生まれて初めてだったため、ちょっとだけ休憩して。
(笑)さあと身を起こそうとしたタイミングに、

  「………どこ行く。」
  「…っ☆」

 上になった片腕だけで、楽々と"通おせんぼ"をされてしまった。腕から胸元から、くるりと上体全部を抱きすくめられて、
「どした? トイレか?」
 軽々と懐ろへ引き寄せながら、ムードのない現実的なことを訊くものだから、
「…違うっ。」
 つい、ムキになって肩越しに振り仰げば、
「あ…と。」
 切れ長の眸の、やさしい眼差しが見下ろしていたのと真っ直ぐに視線がからんで、再び"ドキドキ"が脈打ち出す。どぎまぎしていた隙を突くように、手際よく体の向きを返されて、
「あの…さ。」
 何か言いかけたものの、
「んん?」
 小首を傾げてるのっぽな従兄弟のやさしい眼差しに、そっと額髪を梳いてくれる大きな手に、
「………。」
 ほらやっぱり、顔が熱くなって言葉が出て来なくなる。どうしたらいいのかと戸惑う少年の小さな体を、
「あ…。」
 長い長い腕と頼もしい胸板の、広い広い懐ろの奥へとそっと掻い込んだ彼は、
「…その、なんだ。」
 そうと言って、だが、
「………。」
 後が続かず、何も言わない。
「???」
 頼もしい肉置きの隆起も雄々しい、その胸元へと顔を伏せさせられていて、どんな顔をしているのかも見えなくて。どうしたんだろと思ったその時だ。

  "………あ。"

 頬をくっつけていた胸板のその奥から。話している時は、低く張って響きのいい声が伝わってくるその胸元から、普段は気づきもしなかった音がした。

  とくとくとくとく………。

 ねえ、知ってる? 大きな生き物はね、鼓動の間隔が広いんだよ? 小さな生き物ほど"とくとくとく…"の間隔は、短くて引っ切りなしで。
"これって俺のかな。それとも…。"
 一体どっちのドキドキなんだろう。今まで、ゾロの胸ってこんな小刻みにドキドキしてたことってなかったのに。いつだって余裕たっぷりで、こんな…ちょっとだけ腕が強ばってるみたいな緊張してたことってなかったよな。
「………。」
 そぉっと。その胸に手のひらを這わせると、途端にこくんって息を飲み込む音がして。
"………なんだ。"
 何だかホッとした。どうしようの"ドキドキ"が、気持ちのいい"ドキドキ"に変わる。大好きの"ドキドキ"が胸の奥から止めどなくあふれてくるのを意識しながら、くすくすと微笑うルフィであり、

  「…あのね?」
  「んん?」
  「あのね? おはよう。」
  「…ああ。おはよう。」

 やっと小さく微笑み合って。ゾロの頼もしい腕が、どこか懸命な風情で一杯だったその緊張をほどいて、まるで赤ん坊を掻い込むようなやさしい抱き締め方にし直して。それに合わせて、ルフィもその身をゆるゆると伸ばすと、男の胸板のラインに沿って胸元から腰の辺りまで、隙間なくぴったりとくっつくように寄り添って。恥ずかしいというそっぽの向き合いから離れて、いつものように、いつもより甘く、寄り添い合った彼らである。


  そか。とうとうやったんだな、あんたたち。(…こらこら/笑)


 正直言って少ぉし怖かった。日頃あれほどせがんでいたことなのに、いざとなると…そこはやはり、どうなってしまうのかが判らなかったから。膝の裏を抱えられて、両脚を開かされたのは、明かりは消えてたけどそいでも凄っごく恥ずかしくって。そいで………やっぱりなんか………凄っごく大っきかったけど、ただひたすら我慢して。大丈夫なんだからって、ゾロの背中とか逞しい胸元へ必死でしがみついていて。………ちょっと、少し、きつかったけれど、一緒になれたのがその何倍もとっても嬉しくて。だんだん慣れて来て、だいじょぶだよって小声で言ったら、それでもそっとそっと優しくしてくれてて。それがだんだん強く突き上げられて。きちきちで苦しい筈なのに、中の上の方に擦れるのが、何だかいつもより………えと…気持ち、よくって。やさしくキスしたり弄ってくれる胸とか首の横とか、他のトコまでいつもよりずっと気持ちよくって。呼吸が大変で、なんか犬みたいに口で息、いっぱい吐き出して。そいで、なんか、自分の声じゃないよな声がいっぱいいっぱい出て。揺さ振られ続けているうちに、何だかどこかへ飛んで行きそうな、追い上げられてるみたいな感じになって。足の裏から這い登ってくる、じんじん引き吊れるような熱さを踏みつけるようにして、小さな踵でシーツを踏んで上へ逃げようとしたのを、ぎゅうって捕まえられて。その後は覚えてないから………えと、意識が遠くなった…らしい。

   「………。」

 それだけいっぱい"乱れた"後だからか、もうあんまり恥ずかしくはないんだけれど。何か変だ。うん。何か言いたいのに言葉が浮かばない。大好きとか、いつものそんなような言葉ではちょっと違うような気がして。いっそのこと、ゾロの名前だけ連呼したいような、そんな気持ち。どうしようもなくって泣き出してしまいそうな、そんな気持ち。小さな拳でぽかぽかと頼もしいゾロの胸板を叩きながら、何かを大声で叫んでしまいたい。ぎゅうってしがみついたそのまま、ぎゅうぎゅうってどこもかしこも引き寄せて、強く強く抱き締めてほしい。そんなような、何とも言えない衝動的な気持ちが胸のあちこちに散らばっていて。
「………。」
 焦れったくなって顔を見上げると、髪や肩を撫でていた手を止めて、んん?って顔になるゾロで。やさしいのは良いんだけれど、でもでも、だから…やっぱりうまく言えなくて。もっと焦れったくなって、うう"ってなってたら、
「………☆」
 いきなり…まるで飛んで来たみたいな素早さで唇が重なってて、
「ん、んん…。」
 唇を端から齧り取って食べちゃうような、口の中全部浚うみたいな、物凄いキスだったから…ビックリした。
「は、ァふ…。」
 苦しくて"うぐうぐ"ってもがきかけたら、やっと解放してもらえて。大きなため息をこぼすと、

   「…悪りぃ。何か…変だな、俺。」

「やさしくしたいのにな。乱暴にもしたいような変な気持ちが、頭や胸だけじゃなく、腕ん中とかにもあって。なんか落ち着かねぇんだ。ごめんな。」
「あ………。」
 なんで判ったんだろうって、そう思った。なんで、思ってたこと判ったんだろう。ぎゅうってぎゅうって力任せにしてほしいって。


            ◇


 てぇ〜〜〜いっ! 朝っぱらからのろけ合ってばかりで話が一向に進まないだろうが、あんたらはっ! これが"裏"ならこういうのもありなのかも知れないが、残念ながら今回のはそうじゃないので、こゆのが実はちょっと好きな方々には悪しからず。MC交替と参りましょう。(MCだったのか、Morlin.って/笑)
「ゾロ、会社は? まだ良いの?」
 視線でまで愛でられているかのように、飽くことなくじっとじっと見つめられて、それだけで頬が赤くなるのを誤魔化したくてか、いやに現実的なものを引っ張って来たルフィだったが、
「今日は休みだよ。」
 小さく微笑いながら、そうとあっさり いなされた。そういえば土曜だったと思い出す。ゾロの勤め先は隔週土曜が休みになっている。さすがは一流商社…と言うか、海外に本拠を構える商談の相手先が休みでは話の進めようがないというところか。これも一種の"ワーク・シェアリング"なのかも知れない。(さあ『イミダス』とか『知恵蔵』とか『現代用語の基礎知識』とかを引いて調べようね?/笑)
「ほら、そんなことは心配しないで良いから、今日は一日大人しくしてな。」
 うんと頷いて、薄く、だが幸せそうに微笑って見せる、小さくて愛しい、最愛の従兄弟くん。宝物を守るようにそっと撫でていた手をようやく止めて、
「何か喰いたいもん、あるか?」
 こちらも少々"現実"へと触れてみる。何たって なまもの…もとえ、生き物な僕たち私たちなのだ。どんなに美味しくたって、ムードだけ食って生きてはいられない。
「うっとねぇ。じゃあ、おうどんが食べたいな。」
「…意外なものを思いつくなぁ、お前。」
 作者註。彼らの出身地は、一応"関東近隣"という設定です。(大阪人なら特に不思議でも何でもない、雑炊
おじやのノリで"ほいサっ"と作ってもらえるメニューなのだが。)
「こないだテレビで特集番組やっててさ。」
 それでハマっている彼であるらしい。
「冷凍の麺を買い置きしてあるから…。」
「判った、待ってな。」
 ホントはいつまでも触れていたいのを、おでこを撫でてキリをつけ、小さく笑って起き上がったゾロは、機敏な動作でベッドから離れると、そのままキッチンへと向かった。Tシャツにパジャマのズボンでくるまれた、大きな背中と長い脚を見送って、そういえば…と思いが及ぶ。
"ゾロが何か作ってくれるのって久し振りだよな。"
 このところはもうすっかりとルフィが食事の支度を任されている。時々は焦がしたり、分量を間違えて四日連続のカレーなんてご愛嬌もやらかすが、キンピラゴボウや茄子の挟み揚げ、ぶりの照り焼きにキンキの空揚げあんかけ、ハンバーグに照り焼きチキン、ポテトサラダにクリームシチューなどなどと、いちいちレシピを見なくても作れるレパートリーにも和洋にまたがって幅が広がりつつあって。
"そんでも、サンジが作ってくれてたのには全然敵
かなわないけど。"
 時々無性に、あのやさしかった金髪の保護者殿の作ってくれた…くるみが一杯入ったブラウニーやしっとり甘いフィナンシェ、ビスキュイで生クリームを挟んだブッセなどなどといった、可愛らしいおやつを食べたくなったりもするのだが(今手元にちょうど手作りケーキの本があるMorlin.なのだったりする/笑)、まかり間違ってもそんなこと、あの青年の前では言えないというもの。…いや、そうじゃなくってだな。美味しいものをいろいろ食べた経験値は、自分が何か作る時にも結構生かせるという。作った経験はなくたって、一体どういうものであるのか、少なくとも見て食べたことはある訳だから、簡単なレシピだけでも十分に仕組みというのか構成というのか、するすると飲み込めてちゃっちゃと作れるものなのだそうな。『料理は習うより慣れろ』って言いますしね。そういう蓄積があったからこそ、まるで破綻がない…とは言えないが、初心者だったにしては短期間に何とかこなせるようになったルフィであり、自分で作るようになったからこそ、作ってもらうありがたさも重々判る身になった。
"…あ、いい匂い。"
 ふんわりと。温かそうなお出しの香りがしてきたのへ"ふふっ"と微笑い、思い出したようにきゅーきゅーと鳴き出したお腹に慌てて手を当てた。


 10分も経たぬ間に、かまぼことネギと揚げ玉は判るが、細く刻んだ油揚げや茹でたホウレン草や卵焼きまでトッピングされた、それはデラックスな"かやくうどん"を供されて、
"うう"、やっぱりゾロの方が上手なのかなぁ。"
 そうと感じつつもお腹が鳴るのは隠し切れず。素直に…風邪を引いた時に使った覚えのある小さなテーブルを膝へと出してもらって、まるで看護されてるような構えのまま"ちゅるちゅる・ずずず…"と一緒に朝ご飯を食べている。どんなに色気のないメニューでも、愛があれば一味違う。何にも替えられないほど愛らしい恋人の姿であり仕草であって、頬にアサツキが飛んだ顔だって可愛いったらないらしい。
「ほら、ついてるぞ。」
 やさしい表情のままに、赤ん坊でも相手にしているかのようにいちいち構うゾロであり、もともと少々甘えたなルフィもされるがままになっていて…MC交替していなければ、またぞろそういう描写が延々と続いたところである。
あはは
「あれ?」
 そこへと聞こえて来たのは、メールの着信チャイム。
「…どうする? 見とくか?」
 恐らくはルフィへの連絡メールだ。お仕事用に設定されている電子音で、一種の"着メロ"よろしく、ルフィのお気に入りだというどこかの国の子守歌が流れるようになっている。
「うん…。でも、いつもの定時連絡だと思うんだけどな。」
 さほど急ぎの特別連絡ではなかろうと、そう言いつつも箸を置くとベッドから降りようとするルフィへ、ゾロはテーブルをどけてやると、
「わ…っ♪」
 両の腕でひょ〜いと軽々抱えて隣室まで運んでやる。今朝はいつにも増して"新婚さんテイスト"な朝であることよ。
(笑)

   そうして、この、一風変わった恋人たちの新しい季節は、
   またまた何やら"一騒動
バタバタ"しそうな幕開けを
   華々しくも迎えようとしていたのであった。


   ……………そんな大層な。
(笑)


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