| 05, 渡米したスポーツ800 |
この話しもA氏がビギナーだったその昔、大御所TAKE氏から伺った話しです。 現在海外に存在するスポーツ800は、A氏が知っているだけでも大まかに言って30台程度では無かろうかと思います。 その多くを占める20台程が米国本土に存在しているようで、この他にハワイに1〜2台、英国本土に2〜4台、併合前の香港に2〜3台、独国に2〜3台、豪州に1台以上あると聞いております。 また、ヤフオクに掲載された変形タイプがベトナムに1台あったことは記憶に新しいことでしょう。 この他にグアム、中近東、ベルギー、フランスに各1台存在しているという不確実な話しをも聞いておりますが・・・・・・・ 正規に海外輸出された事の無いスポーツ800が何故海外に存在するのか、その理由の一つを冒頭にお伝えした御大TAKE氏からのお話を掲載致します。 なに、実に簡単な話です。 当時、ここ日本に駐留し横田基地等に勤務していた米兵(GIと言っていたな)が、安価(中古も含む)に入手出来たスポーツ800を基地内外で乗り回しており、転勤の時にそれまで乗り回していた大半のスポーツを転勤先の基地に向け、家財道具と共に米軍の輸送機に積んで太平洋を渡って「空輸」されたそうです。 その費用も、当時の日本人でも驚くもの凄く安い料金だと御大TAKE氏から伺っております。(1ドルが360円の時代だったからね。当時のスポーツ800の値段を当時のレートに換算すると約1700ドル弱だから、って事は・・・・・・・) と言うワケで米国にスポーツ800が以外と多く存在していたのです。 しかし、あの頃はベトナム戦争が始まっており、運悪くベトナム転勤となった米兵と共に彼の地に渡ったのがヤフオクに登場したのかも知れません。 その他のスポーツ800のいきさつについてはA氏の預かり知らない事ですが、最近聞いた話によると当時米国内に持ち込んだ米兵の方達も今ではすっかりお年を召し、維持するのが億劫になって手放しているようです。 それら手放されたスポーツ800の一部が、更に大西洋を渡って欧州に向かったのではないかとA氏は想像しております。 英国に渡ったスポーツ800の一台は、ギネスブックのエコランにチャレンジしたけれど、A氏達が期待した程の成果が上がらず、チャレンジ終了後彼の地の博物館に売却された事は事実です。(後日、彼の地の交通事情を知る方からの話しによると、一般道での平均速度が日本とは比べものにならない程高く、その方は「爺さん婆さんドライバー達にさんざん抜かれた」と申しておりました) 噂によると、持ち帰ってくる費用がバカにならないので、チャレンジに掛かった費用の補填にあてる為に事前に売却が決まっていたらしいとのことです。 ひょっとすると、日本で生き永らえるスポーツ800よりも、自動車文化先進国の英国に持ち込まれたスポーツ800の方が終生幸せな余生が送れるのではないかとA氏は思います。 チャレンジと言えば、バブル期の終わり頃、青森から鹿児島までの列島縦断にチャレンジして、中京テレビで「走れヨタハチ!」などというタイトルで放映された、あの時のスポーツ800はその後何処へ行ったのやら? 車体よりも、搭載されていたエンジンがその後どうなったかの方が、A氏にはとても気になっているところです。 何せ、あのエンジン経緯には私A氏も少なからず関わっていたのですから。 |
| 04, てんとう虫 てんとう事件 |
それは、十年くらい前のある日の夕刻に掛かってきた一本の電話から話しが始まります。電話を掛けてきた相手は都内在住の某K氏。 K氏「実は、部品取りのK111(スバル360の型式名)があるんだけれど、A氏買わない?」 A氏「それっててんとう虫の事ですよね?」と確認を取りました。 このときA氏の脳裏に浮かんだのは、これより遡ること約1年前にスポーツ800とは別に足車としてT氏が購入したというスバル360の話しを思い出しました。何でもこの当時付き合っていた彼女の意向(小さくて可愛い)を踏まえて購入したそうです。 そのことを思い出したA氏は「てんとう虫ってT君が持っていたから彼にでも言ってみたら?」と言ったところ帰ってきた返事が。 K氏「実は、売り主がそのT君なんだ」と申すではありませんか? A氏「えっ!何それ?」と狐に摘まれたような返事に返す言葉もありませんが、まずは話しの先を伺ってみると事に。 K氏「この間、T君は例の彼女と一緒に、てんとう虫で房総ヘドライブに行ったらしい。」 A氏「ふむふむ、それで?」 K氏「帰りの山道で何を思ったか、コーナーのガードレールの切れ目から転落したらしい・・・・・」 A氏「えーっ!それって崖下に転落って事ですか !? 二人とも大丈夫なんですか?」 K氏「二人とも腕を擦り剥いただけ済んでいるらしい。」 A氏「てんとう虫で転落ですか?」 K氏「そう、これは『てんとう虫転倒事件』だね。」 A氏「う〜〜む、座布団一枚!」 この話し、現在のT君の法的配偶者に納まっている方はご存知無いと思われるが、あんな山ん中で一体何をやっていたのか未だに謎の残る話しです・・・・・・・ |
| 03, ドアノブ |
この話しは、二代目のレースのカーテン仕様の時の話しです。 全塗装してまもなくTSOCのニューイヤーツーリングの数日前にそれは起こりました。 ハッキリとは覚えてはいませんが運転席の外側のドアノブに手をかけて引こうとしたときノブがボロっと言う感じで外れました。まあ、もげたと言った方が近いかな。 さっそく市川のAB氏宅に伺い相談するも、対応が出来ないとのことでした。 次にお世話になっている千葉のHさんに連絡するとデブコンで固めるしかないとの事で したが、ツーリングの前の晩、A氏はHさんの勤め先に乗り込んで行きました。 ドアを止めておかなければ走れないので、銅線でドアのプルレバーとシートの根元をグルグル巻きにして固定しました。 このときドアロックのASSYは欠品で手に入ら無い状態にありましたから、今ある物何とかするしか無いのが実状でした。 H氏の勤め先に着いて、そうそうにドアの内張等を外してドアを銅線で固定する前に壊れたASSYを外してビックリ! 壊れるワケですよ、なんとそいつは、すでにバラバラにもげていた物を接着剤で固めていた代物だったのです! Hさんはもげた塊をジグソーパズルのように元の形に組み立て直して、細い銅線でグルグル巻きにし、その上からデブコンと言う接着剤で固めていったのです。 このASSYを銅線でぐるぐる巻きにしているとき、A氏の脳裏に突然「亀甲縛り」と言う言葉が浮かび上がったのですが・・・・・・ 当時、万能と言われていたデブコンでも硬化するまでには数時間を要するとのことなので再びドアを銅線で固定して帰る事に致しました。 あ、忘れていましたがヨタの乗降は運転席のドアが開閉出来ないので助手席側からの出入りでした。 翌日のツーリングは言うまでもなく2人して助手席側からの乗降で参加された方々に話題を提供した事は間違いありません。 このときの銅線グルグル巻が、今までの乗ったスポーツ800の中でこのロック方法が一番安心できたことは言うまでもありません。 その後、この組み上げASSYは約1年間の勤めを果たした後見事同様な御臨終を迎えてパブリカ用のASSYを使ってノブのみを交換し、その後の泥沼ライフに従事したのでした。 メデタシ、めでたし! |
| 02, ディフ (ディファレンシャル・ギヤ) |
| 最近ディフが欠品してきたようですね。また氷河期に入ってしまったのでしょうか。 スポーツ800のトラブルで一番辛いのはディフを含むリヤアクスル関係でしょう。 特にディフはスポーツ800の泣き所、一番のウィークポイントで、他の車に比べてディフが弱いのが困り者です。 一時期ディフが欠品と言う氷河期が有り、この時期に当たったスポーツ800のオールドオーナーの苦労は並大抵のものではなかったかと思います。 A氏もこれまで2回のディフトラブルとサイドベアリングのトラブルに遭遇し、今もディフにその兆候が現れ初めています。 まずディフの故障ですが、良く間違われるものにリヤアクスルのリテーナー部に有るベアリングの損傷から発生する音でしょう。 走行中シートの下辺りから「ゴー」と言う異音にいつの間にか気が付くということから始まります。 ここはディフケースに使われているベアリングの損傷と間違われることがありますが、たいがいはこのリテーナー部のベアリングの損傷です。 原因はリテーナーの内側に有るオイルシールの耐久力が落ちてディフ側のギヤオイルが漏れて来て汚れたオイルにベアリングがやられてしまう為です。 これを早めに気が付けばベアリング、リテーナーオイルシールの交換だけで済みます。(但しリテーナーは欠品らしいです。)が、A氏のように異音が発生していても、そのまま走り廻っているとブレーキシューの交換更に悪くするとブレーキドラムの交換または研磨にまで拡大します。 まあ、この「ゴー」と言う異音に気が付いて暫くしてからブレーキの効き具合が悪くなったような気がしたらブレーキシューはアウトですね。 次にディフの損傷ですがこれはスポーツ800の命を左右するものなのでA氏が知りえた話し及び経験をお伝えいたします。 先に述べたようにスポーツ800のディフは他の車に比べて大変弱く、「軽量化」と言う大儀によってなされた結果なのです。 まず一番初めに気が付く異音が有ります。それは窓の外から聞こえてくるような感じで「コー」と言うやや甲高い音が聞き取れるかどうかの音量で感じます。これはハンドルを握る方のドラテクの問題です。 特にガンガン走る方で加速減速の行為が頻繁に行われてエンジンブレーキなぞを良く使うとディフの寿命が短くなります。 更に最近まで出回っていた補給部品のアッセンブリはピニオン側に使われているスペーサーに問題が有ってより損傷が早まることになっています。 このスペーサーはオリジナルではリングギヤ、ピニオンギヤの当たり具合を調整するため6本が用意されていました。 しかし再生産された補給部品で現れたディフアッシー(これが出るようになってから多くのスポーツ800が動けるようになったのは紛れもない事実です。)に使われているスペーサーはこの調整時の手間を省くためスペーサーが潰れて長さが変わることの出来る構造になりました。 6本から選択するこのスペーサーはどの部品番号で注文しても同じ物で来ます。便利な品物ですが消耗も早いです。 先程の甲高い音は、ピニオンギアとリングギヤに隙間が生じてリングギヤ側にキズが付いてから起こる摩擦音です。バックラッシュですね。 これが更に悪化すると突然「ゴー」と言う音に発展します。結構大きなこの音とリテーナー部ベアリングの損傷音が似ているので十分注意しましょう。 次にバクラッシュが広がると「コキン!」と言う金属同志がぶつかり合うような音がかすかに聞こえるようになります。 停車状態からゆっくり発進するときや後進するときに聞こえます。この音の行き着く先はピニオンギヤの破損です。 ピニオンギヤが破損しても暫くは走れますがギヤの刃先が折れてフォーシングケースやキャリアの中に転がってオイルの撹拌とと共にキャリア内を転がっているワケですからいつ何時ギヤを噛んで走行不能になるかは「神の味噌汁」じゃあ無くて「神のみぞ知る」です。 まあ、刃先が折れてからは「カラカラカラ」と言う空き缶が転がるような音がたまに聞こえます。こうなったら交換しかありません。まあ部品が手に入ればの話ですが。 この事はA氏の1号車であったことです。何も知らないビギナーの時期で、初め何の音なのか理解できませんでした。 快調に走っているある時ふと気が付くと窓の外から「カラカラカラ」と言う音が聞こえました。これと言って思い当たるフシが無いのでそのまましばらく乗っていたある時、やっちゃあ行けない御法度の信号グランプリをやりました。 勢い良くクラッチをミートして走りはじめた刹那、頭の後ろでいきなり「グォングォン」「ガラガラ」と言う音がスポーツ800に発生したのです。スタート直後いきなり大音響がキャビン内に充満してA氏の脳味噌が真っ白になりました。 その日の予定が「ガラガラ」と音たてて崩れて行くのは当然の結末でした。 壊れてからいたわるのでは遅いのですが、通りの少なさそうなルートを使って遠く離れたディーラのサービスまで這うようにして持ち込んだときの惨めな気分はいやなものでした。 ディーラで応対に出た人はあまり状況を把握していなく、A氏の話を聞いただけで「大丈夫です。心配ありません」と言うではありませんか。 納得しきれなかったのですが、そう言われてしまうとそのように納得するしかなく、スポーツ800を伴ってディーラーを後にしたのです。 それからものの10分と走らないうちに「ガラガラ」音の他にガクンガクンと振動が出たのです。お尻のしたから突き上げるような振動に驚いて、そのままディーラーに1ヶ月留置されることになりました。 |
| 01, TSOC |
| TSOCとは TOYOTA SPORTS 800 OWNER'S CLUB の略称であって、決して「東×靴○センター」の略称
ではありません。 「東×靴○センター」ってTKOCではなくて、どうしてTSOCなのでしょうか? 靴をShoesと英訳したのなら何故、「卸」と言う文字 をWholesaleと英訳しないのか理解に苦しみます。 本来なら「東×靴○センター」はTSWCとするのが正 しいのではと思いますが如何でしょうか? もしかしたら「クラブ名を無断拝借して、無理矢理こじつけたのでは?」とA氏は思ってしまいますが、如何なもので しょうか。 話は変わって。 とある人は、現会長であるOさんの「O」の 頭文字をもじって「とっても素敵なOさんクラブ」の略称 として使用しているのですが、A氏はこの表現がとて も気に入っています。 |
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