終章
………なんだか、ここまで長々とかかって展開させて来たシリアスな部分は、カッパからげて一体どこへ行ったんだろうかと思うほどの急転直下な顛末で。どうかすると“夢オチ”より凶悪かも。
“あんたがそれを言うかね。”
あはは…。悲劇と喜劇は実は表裏一体。まったく同じ脚本でどちらの演出だって可能なのである、いやホントに。(ex,ロミオとジュリエット 関西弁バージョンとか…。)←ちょっと例えが違うぞ。
「早い話、あいつも何十年もの時間の無駄遣いをしとった訳だな。」
おお、いきなりなんて辛辣な。気持ちは判るが、それはちょっとキツイのでは。彼の言う“あいつ”がサンジのことだと判ったルフィは、少しばかり頬を膨らませると、
「そんな言い方すんなよな。知らなかったものは仕方がないんだし。」
意地悪な言いようをするゾロをちょいと睨みつける。こんな風にルフィがまだ庇うのが少しばかり詰まらなく感じたところへ、
「人の一生懸命や一途さを笑うのって嫌いだ。」
そうまで言われてますますムッと来た、少々大人気ないゾロだ。すぐに"嫌いだ"と口にする辺り、子供の短絡さから出たことだと気づかないところも大人気なくて、
「俺はお前らにその“一途さ”とやらを手ひどく踏みにじられてんだ。だからお相子あいこなんだよ。」
「…う。」
さすがにこれには反駁出来ず、今度は逆にルフィが言葉に詰まる。自分に“一途さ”を認める辺り、少々捨て身…もとえ、捨て鉢なゾロでもあるらしい。だが、
「サンジだって、あのナミとかいうお姉さんだって、相手の事が誰よりも大好きだったんだ。それで選んだことが、たまたま悪い方にばかり転がって、それで行き違いになってただけなんだよ。」
ちょっとばかり弱気な声音になりつつも、一丁前なことを言うルフィの言いようには理があるし、
「それに、もしもサンジがちゃんと事情を知ってたなら、俺のこと助けてはくれなかったことになるよ? 7年前のあの川辺にだって居合わせなかった訳だし、何代か後の別のサンジが居て、助けてはくれても、命までは取り戻すことは出来なかったろうから、そこのところはやっぱり感謝したいな、俺。」
「…まあ、そうだがな。」
物凄い“例えば”だが、それは他の何をおいても同感だと思うゾロである。そうでなければ、今ここにこの少年は存在しなかったのだから。ここはゾロの住まうマンションのリビングルームで、あれからもう3日ほどの日にちが経ってもいた。サンジに も一度エキスをもらって中和してもらい、ルフィは所謂“元の身体”に戻れている。その際に口づけられた跡がまだおとがいの陰に朱く残っているのが…消えていないことが何よりの証拠。何もこんな艶っぽい場所…首条あたりへのキスでなくても良かったのだが、そこは色々、深い想い入れがあってのこと。その翌々日の、永の別れの間際にも、
〈………。〉
感慨に浸ってか、無言のまま、しばしの間きゅうっと深くしっかり抱き合っていた彼らだとあって。当然、面白くないという顔になっていたゾロへ、
〈安心しなよ。手は出してないから。〉
そんなとんでもないことを言うサンジであり、
〈当たり前だ。そっちの国ではどうだか知らんが、日本じゃあ犯罪だぞ?〉
年齢が止まっていたなら、まだ十四歳ですからねぇ。買春法だか青少年育成保護法だかに引っ掛かってしまう筈。ややもすると憤然と言い返したゾロへ、
〈ふ〜ん。じゃあ、あと何日か遅かったら危なかった訳だ。〉
〈…っ☆〉
最後まで喧嘩売ってどうするね、サンジさん。まあ、それだけ複雑な心境だというのは判らんでもないが。腕の中を改めて覗き込むと、
〈何かあったら、寂しくなったらでも良い。きっと連絡しろな? 何日かかってもどんな遠くにいても、必ず会いに来るから。〉
ルフィにそうと言い置く彼で。だが、少年は殊更に明るく微笑った。
〈うん。でも、もう大丈夫だよ。寂しくはならない。〉
〈判らんぞ。もしも喧嘩なんかになったら、加勢しに来るからな。何かと手ごわそうな兄ちゃんだが、絶対こっちから折れるなよ?〉
おいおい。その一方で、
〈あの人、冷めてるように見えてて、実は情熱的っていうか甘いところがあるのよね。〉
こちらはゾロへと、そんな風に囁く声がある。落ち着いたデザインのサマースーツを、それはエレガントに着こなしたナミで、
〈あの時、あなたをさんざん煽ってたのも、あの子をあなたに返したくて、それで…自分を滅ぼせって持って行きたかったのかも知れない。〉
〈………。〉
彼女の言いように、ゾロは無言のまま、だが、少しばかり目許を眇めるようにして唇を歪めた。丁度その時にはさすがにそこまで気が回らなかったが、後になって“…もしかして”とゾロにも思いが至ったこと。ゾロへと気を遣ったのではなく、あくまでもルフィの幸せだけを思ってのことなのだろうが、それでも…自分の身を捨ててまでというこれ以上はないレベルでの思いやりのある対処であり、
“それにしたって…。”
気障なことを思いつきやがって、何につけ素直じゃない奴だよなとちょこっとムッと来たゾロだった。彼のそんな胸中を察してか、
〈だから覚悟なさいよ? あの子、絶対、途轍もなく甘やかされてこの7年を過ごしてる筈だから。〉
ナミもまたちょっとばかり意地悪く言い、
〈でもま、あなたも十分甘やかしそうな人ではあるけれど。〉
クスクスと微笑って見せた。彼女もまた溢れんばかりの幸せのせいだろう、それでなくとも眸を引く冴えた美貌が目映いばかりに輝いていた。そんな…不思議なエトランゼたちであった彼らは、ナミを元の体に戻してもらうため、その約束をずっとずっとその手に温めて待っている一族の皇女のところへ昨日のうちに向かったばかり。
〈ビビ様を覚えている?〉
〈ああ。清楚で美しい娘さんだった。〉
〈彼女が私のマスターだったのよ。〉
それ以上の何やかやは、ゾロやルフィには語られなかった。秘密の一族。知らないでいた方が彼らもまたややこしい騒動に巻き込まれないで済むだろうし。
"しっかし、あいつも苦労するだろな。"
何しろ、愛しい相手に拳銃を向けて、眉ひとつ動かさずに撃てる女性である。いくら“そういう身”だと判っていても、そして自分もそうなのだとしても…そうそう出来ることではあるまい。空港で彼らを見送り、一連の奇妙な騒動に一応は幕が下りた格好になったのが昨日の夕刻。それをふと思い出していたところへ、
「ぞ〜ろ。」
「…☆」
甘えの滲んだ声で呼びながら、ソファーに座ったこちらの胸元へ“ぽふっ”と凭れ込んでくる。あの時は感極まって、らしくもなく“抱き締める”なんていう行動を取ってしまったゾロだったが、本来、そういう大胆な行為や“スキンシップ”は大の苦手な彼であり、少しずつ興奮状態が収まってくるにつれ、我に返ってか何だか照れ臭くなってきた模様。
「しっかり外国ナイズされやがってよ。」
ぶっきらぼうな言いようをしながら少々堅くなったのが肌を通して判ったのか、ルフィはくすくすと笑っている。
「サンジはそんな顔したことないぞ?」
「うるせぇな、いちいちあいつを引き合いに出すんじゃねぇよ。」
またまたムッとした彼だったが、
「サンジは、ゾロんこと、引き合いに出しても微笑っててくれたもん。」
「…ん?」
どういう意味だ?と問う顔へ、
「俺、日本に来ることになってからのずっと、毎日みたいに“ゾロは、ゾロが”って言ってた。最初は自分でも気がつかなかったんだけど、なんかゾロの話しかしてなくってサ。けど、サンジは一遍もそんな顔したことなかった。“そうか、そうか”って微笑って聞いてくれてたぞ?」
そ〜れはすらすらと答えたルフィであり、
「だから、ゾロも詰まんない焼き餅なんか焼くなよな。」
「誰が焼き餅なんか…。」
「んん?」
大きな眸で見上げて来られて、
「………。」
ついつい言い淀む。諭すような言い方や顔つきが、見かけの“子供”然とした様子と掛け離れたそれらに見えたのだ。
“…そういえば。”
ナミがどうして肝心な事を…元の体に戻る安穏な方の手段を教えるのを後回しにしたのかという点へ、一番最初に察しがついたのもこの少年だった。見かけのままな“子供”ではない。いや、どうかすると、自分よりも物事を深く洞察出来る彼なのかもしれないと、その大きな眸に見つめられて、ゾロはふと、そう感じた。
“………。”
思えば…あれほど別れ際に名残り惜しげにしていたサンジだ。この少年のことをそれは大切にして来たのだろうし、出来ることなら、これから先だってこれまでのように一緒に過ごしたかったに違いない。自分には想像もつかない長い歳月を孤独のまま生きて来た青年。どんなに覚悟があっても、どれほど堅く強く心を封じていたとしても、人が恋しくない筈はなく、人懐っこいこの少年と出会ったことが、彼にとってどれほどの癒しや潤いになったかは、あっさりと想像がつくというもの。そんな彼からの、心からの、飛びっきりのやさしさでくるまれていたルフィであり、こんなに“いい子”のままで育んでくれたことへは、さすがに礼を言ってもいいかなと思うゾロだった。
“さすが年寄りは奥行きが違うってか。”
こらこら。そりゃあまあ、見かけを大きく裏切る“年配者”ではあるけれども。おいおい なんでそうも意地悪な言いようをするかね。やっぱり嫉妬から、かしらん?
「俺、ゾロに凄く逢いたかった。」
その素直な“いい子”のルフィは、思うままの言葉を続けて口にする。
「もう誰にも…シャンクスやエースにも会えないって言われて、そんな理屈は判ったし我慢も出来たけど、でも…。」
実の父や兄より逢いたかったと、何だかとっても熱烈なことまで言われて、胸の奥から沸き立つ想いに噎むせそうになりつつも、
「こんなガキから名前で呼ばれるのはちょっとなぁ。」
照れ隠しにそんな事を言い出すゾロだが、その“子供”を妙に意識しているのはどこのどどいつだね。勿論、ルフィの方だって黙ってはいない。
「だって、昔も名前で呼んでたぞ?」
たちまち即妙に言い返してくる腕白さは懐かしいほど変わっておらず、
「あの頃は2つしか違わなかったろうが。」
「今だって同んなじだよ。見かけで判断しないでくれよな。」
そ、そうかな。パトロンの意味も知らなかったくせして。
「…お前、あのサンジとやらに物凄く甘やかされて来たろう。」
「? 何で?」
キョトンとするが…さっきからの身の擦り寄せ方といい、口の利き方といい、
“判らいでか。”
ナミの尻に敷かれそうなサンジばかりでなく、こちらもこれから苦労が絶えないかも知れないゾロである。
「言っとくが、俺はあいつみたいに取り立てては優しくしないし、何につけお前優先って訳にもいかねぇからな。」
「いいよ。俺、見かけほどガキじゃねぇもん。」
………ホンマか? こんなこと言ってますぜ、ゾロの旦那。こらこら
「それよかさ、ゾロって商社に勤めてるんだよな。」
「ああ。」
「通訳要らないか? 俺、英語もフランス語もペラペラだぜ? ドイツ語とイタリア語は日常会話程度だけどサ。」
「いらんよ。今日びはパソコンにだって翻訳機能がついてんだぜ?」
「ふぅ〜ん。じゃあ先々でクライアントと会う時にも、いちいちパソコン広げるのか? 大体、そういうのの"翻訳"ってかなりアバウトで、商談なんかで使うと後々で齟齬が生じたりして危ないんだぜぇ?」
「…う"。」
さすがは見かけによらない“二十一歳”。かてて加えて、これでもあの世界的な舞台で辣腕な経済コンサルタントの傍らに長くいただけのことはあって、言うことがどこか本格的というか実践的なそれだったりする。そうなると…社会人としてのキャリアでは微妙に下かも知れないゾロとしては言葉に詰まる。
「なあ、今から少しずつ慣らしてけば、すぐに身につくからさぁ。家庭教師ってことで雇ってくれよ。勿論、給料なんて要らないし食費も入れるから、ここに住み込みってコトで、なっ、なっ?」
「それよか…お前は一旦実家へ帰れって。叔父さんには俺が…奴から聞いといた話をちゃんと説明してやるから。」
いくら生きていたことへは喜んでくれそうな身内であっても、こうまでまるきり育っていない身で"ただいま"と言われては合点がいかないだろうからと、そこは小芝居を打つことになっている。ゾロが勤め先の商社の伝てで知り合ったとある外国人顧客が、母国の病院に長い間眠ったままでいた少年の話をしてくれて、それがルフィが失跡した国でもあったので、よもやと思いつつ会いに行ったところがなんと彼本人だった…という作り話を、実まことしやかに説明することになっていて、その“口裏”…証拠の刷り合わせはサンジとナミが全て整えてくれるらしい。そう、彼らは約束してくれたのだ。このルフィの身の上に於けるあらゆる融通に彼らの“特殊な辣腕”をいかほどにでも振るってくれると。だから、中学中退となっている学歴やら、7年間の失踪状態やらが、彼の“これから”に何かしらの支障となる恐れも一切ない。
〈とりあえず、俺の事務所に籍を置いとくからな。〉
という“計らい”から、現在のルフィは、サンジの運営している経営コンサルティング事務所の唯一の“職員”という扱いになっているほどだ。だというのに、
「や〜だよ。此処に居るからね、もう決めたもん。」
当人はそんな“駄々”をこねて憚らない。それならそれで通さなければならない手順だとか手続きだとか、ちゃんと判っているのだろうにそんな言いようをする彼で、
「都合が悪くなると“子供”になんのかよ。」
「あはは…、それ良いな。そうしよっと。」
「こら、ルフィっ。」
言葉だけを眺めていると、叱って叱られ、口喧嘩でもしているかのような彼らだが、その実態はといえば…膝の上で甘えてじゃれつく仔犬を、苦笑混じりにあやす主人という風情なのが何ともはや。少年の両の脇に手を差し入れ、軽く抱え上げて、
「ん?」「んん?」
額同士をくっつけて、見交わした互いの視線がさも眩しかったかのように、それは甘やかに微笑い合う。開け放たれた大窓の外には、爽風が吹き抜ける水色の空と初夏の陽射し。彼らの上で凍りついたまま永く止まっていた“夏”時間は、たった今始まったばかりだった。
〜Fine〜 01.10.6.〜11.5.
終わったぞぉ〜〜〜っ!おいおい
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