小川恵一学長の“無責任発言”トップ10(2005.12.1)
(注:選択と順位付けは、本ホームページ管理人の独断と偏見に基いて行った。括弧内の数字は、■小川恵一学長の「無責任発言集」(2005.12.1)中の番号)
第一位
(31)《「学問の自由と大学の自治」は、絶対重要ですし、もしそれを侵すようなことがあれば、私は身を挺してですね、それを阻止したい。いま、○○さん、笑ってますが、私、○○さん以上にそういうこと思ってますから。あのー、真剣です、私は。》
■03/12/04 『学長との“対話”集会』の記録(2003.12.22)
(コメント:実際にやっていることとまったく矛盾した“決意表明”の大見得を切って、満場の失笑を買った“仰天発言”。「学問の自由と大学の自治」がなぜ大切なのかを理解していないにもかかわらず、そのことを自覚していないがために、《私は身を挺してですね、それを阻止したい。・・・あのー、真剣です、私は。》などとヌケヌケと言う。詳しくは、下記の文書を参照。)
■小川学長の「虚ろに響く“決意表明”」(2003.12.22)
第二位
(67)《社会が成熟しているので、中間案のように行っても、学問の自由や大学の自治を犯すことはない。》
(共産党関議員の質問、「評価プロジェクト委員会の中間案について。国会の付帯決議にもあるように、学問の自由、大学の自治について配慮したのか?」に応えて。なお、この“はぐらかし”答弁に対して関議員は、《そんなことはない、問題だ。》と応酬した。)
■横浜市議会大学教育委員会傍聴記 理学部 一楽重雄(2004.6.30)
第三位
(5)《パートのおばさんに比べてずいぶん良い給与だと思いますが。》
■小川恵一学長の「古き良き時代」「パートのおばさん」発言と大学改革(2003.3.3)
(注:2002年度新学期の開始直前に、突如、大学当局は一方的に、非常勤講師に対する不利益変更(「給与支払方法の変更」:月給制(年額の月割り支給制)から時給制への変更とそれに伴う給与の削減)を通告した。これを機に、非常勤講師労働組合の結成を控えて、非常勤講師有志が小川学長と会見したが、その際、一連の“仰天発言”が飛び出した。この《パートのおばさん》発言のほかに、《古き良き時代は終わった》《市民に対するアカウンタビリティ》などがある。事務局べったりの小川学長の体質が露呈した。
■いま横浜市立大学で何が起っているか…「教員の欠員補充人事凍結に関する学長見解」の撤回を求める緊急アピール(2002.7.25)
■小川恵一学長の見識のなさが混乱・紛糾の原因の第一(2003.4.16) 参照)
第四位
(11)《「プラクティカルなリベラルアーツ」とは、・・・14人いれば14とおりの解釈があるので、私としては今、こうだとは言えない。》
■“御用”ヒアリング:たった15分の意見聴取で済ませて,強行突破する積もりか(2003.8.30)
(解説:14人とは、事務局主導で(“大学”側の)答申案(「大学像」(2003.10.29))をまとめた「プロジェクトR」幹事会の委員数のこと。あきれたことに、「プラクティカルなリベラルアーツ」(橋爪大三郎「あり方懇」座長の造語)は、「あり方懇答申」において、3学部を1学部に縮小・統合する際の骨格概念(教育“目標”)であったにもかかわらず、「プラクティカルなリベラルアーツ」の意味するところが「プロジェクトR」委員にも(したがって、当然、受験生にも)理解不能という理由で、結局、入試用の大学案内では一切使用しないようにし、それに代えて、(単なる言い換えに過ぎない)「実践的な教養」という言葉を使用することで統一したという。“実用的”(プラクティカル)でかつ“実用の役に立たない教養”(リベラルアーツ)という元々矛盾した概念では、どうにも説明のしようがないのは当然であろう。あきれたことに、学長自身、(65)の『東京新聞』特報:カリキュラム変更で競争力強化? 波紋広がる横浜市立大(2004.4.20)では、《答申の骨格概念「プラクティカルなリベラルアーツ(実践的な教養)」に不必要に反対しても、他の教育目標がなかった。》と述べている。(55)も参照。
■“御用”ヒアリング:たった15分の意見聴取で済ませて,強行突破する積もりか(2003.8.30)
■横浜市立大、大学改革推進本部主催 説明会(2004.10.5) より)
第五位
(8)《改革案の先頭に立って私がやりますので、まあ、何かまた、ぶっ倒れそうになりましたら、市長のお力をお借りしたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。》
■03/6/12「NHK首都圏ネットワーク」より(2003.6.15)
(引用:・・・NHKの報道では、冒頭で、去る5月7日の市長メッセージ『改学宣言』のドタバタ劇の際に、小川学長を市庁舎に呼びつけて滔々とまくしたてている中田市長の顔が大写しにされた。《大学が何もしなければ、このままではだめだよと言っているわけで。何もしないのだったら、こうするよと。要は、設置者(市長)としての意志を示しているわけで。・・・ていう風に何度も言ってきて、大学がしっかりと自分で考えるのも、それが基本なんだから。》さらに、小川学長の卑屈そのものに映る態度とせりふが続いた。・・・
■小川学長の発言
03/6/12「NHK首都圏ネットワーク」より(2003.6.15) より)
第六位
(21)《・・・そのとき私まだ、あまりそういう筋の人達とですね、今でもあまりありませんが、どうしていいかよく分からないことだったんですが。たとえば、市長とお会いしてもですね、市長はとっても厳しかった。ちゃんとやらないとだめだよみたいな、そうは露骨にはおっしゃいませんが、なんとなくそういうニュアンスで話して、・・・》
■03/12/04
『学長との“対話”集会』の記録(2003.12.22)
(コメント:これが、ムスコほども歳の離れたシチョーを相手に、しかも、そのオトコのせいで破滅へと追い込まれようとしている大学の最高責任者の口から出たコトバとは・・・。小川学長には、「学問の自由と大学の自治」がなぜ大切なのかがまったく分かっておらず、時の権力者からそれを死守すべき闘いの最前線に、今まさに、自分が立たされているのだという自覚もなかったのだろう。したがって、「学問の自由と大学の自治」を守るために、権力からの侵害に抗して闘い抜く気概などあろうはずがない。その一方で、舌の根も乾かぬうちに、《「学問の自由と大学の自治」は、絶対重要ですし、もしそれを侵すようなことがあれば、私は身を挺してですね、それを阻止したい。・・・》などと、ヌケヌケと言うのである。(31)を参照のこと。)
第七位
(26)《そして、任期制については、・・・普通、ごく普通に、大学で、大部分の皆さんはそうだと思いますけれども、授業だとかですね、研究に役立っている方は、決してこれに不安になることはない。そういう任期制にいたします。で、まあ、たまたま幸か不幸かですね、いろんな意味で、ああ、あの人は問題があるなあと、中の多くの方が感じるような方が、いま、仮りにいらっしゃったとすると、そういう方にはですね、少し頑張ってくださいよと、ということになって、それでもダメだということになってくると、それではっていう、まあそのぐらいのことで、任期制については考えたいと思います。普通の人はむしろ、全然問題にならないと。そして、むしろ評価してもらえてですね、任期制になったときはそれだけ自分の実績が認めてもらえたんだというふうになって、そんなシステムにしたらどうかなということを、いま、私は考えております。で、年俸制も、働けばそれに報われるという、そういう年俸制ということです。まあ、ちょっと時間が少しオーバーしましたけれど、そんなところで。どうも。》
■03/12/04 『学長との“対話”集会』の記録(2003.12.22)
(コメント:危機意識がまったく欠落している上に、市長・事務局の操り人形と化しているという自覚もない。任期制・年俸制について、《決してこれに不安になることはない》《働けばそれに報われる》などと、根拠を欠いた楽観的な説明を行った。信じられないことだが、本人は、本当にそう思い込んでいるらしいだけに、どうしようもない。)
第八位
(76)《私は任期制については素人だが、運用次第でどうにでもなるでしょう。》
(引用:私は怒りがこみあげてきた。全教員を不幸のどん底につき落す決定を下しておきながら、この時点になってもまだ「素人」と言い逃れする学長の無責任さにあきれはてた。本当に最高責任者なのであろうか。自らの下した決断が無知に基づいたことであったことを、さも我関せず風に答えられる学長のいいかげんさが許せなかった。・・・
■学長という病 (2005.2.15) より)
第九位
(66)《答申を踏まえて自由な議論ができた。市長とは人格と人格のやりとりでまとめた改革案で、間違いない。「競争力のある大学」に生まれ変わる。新しい動きに批判はつきもので、結果で証明するしかない。》
■『東京新聞』特報:カリキュラム変更で競争力強化? 波紋広がる横浜市立大(2004.4.20)
(引用:大学管理本部が主導する大学破壊に(都立大学の)茂木総長が大学人としての筋を通した声明を出して抗ったのに対して、市大の前学長は「市長とは人格と人格のやりとりでまとめた改革案」(『東京新聞』04年4月20日)などと平然と言い、首長に対して媚びへつらう態度に徹した。
■「横浜市大の前学長あてにこのブックレットを送ってあげたい」 公立大学という病 更新雑記(2005.9.24) より)
第十位
(4)《答申を真摯に受け止め、今後市立大学が策定する『中期目標・中期計画』に答申に掲げられた改革の具体的内容を反映させてまいります。・・・この答申を機に建学の精神に立ち返り、変革する社会の要請に応える教育研究と大学運営を目指し、大学改革を推進する決意であります。》
(解説:中田市長の私的諮問機関である「あり方懇」が市長に対して答申した際(2003.2.27)、“諮問をした訳でもなく、答申を受けた当事者でもない”小川学長が、(事務局から言われるままに、)上記の“個人的な”コメントを直ちに新聞発表してしまった。本来なら、学内での民主的な議論を経た上で、大学としての正式な対応をすべきところを、無思慮にも、小川学長は、またしても、取り返しのつかない“歴史的な”愚行を犯してしまった。
■藤山嘉夫(教員組合委員長):「あり方懇」答申に関する学長への質問書(2003.3.28) 参照)